道しるべ「八王子道」安永十年(1781)。日光東照宮を警固する八王子千人同心が通った道だそうです。
4
9/16 7:55
道しるべ「八王子道」安永十年(1781)。日光東照宮を警固する八王子千人同心が通った道だそうです。
左側面には「左 ちゝぶ」その下に
3
9/16 7:55
左側面には「左 ちゝぶ」その下に
「ひき いわどの道」
2
9/16 7:56
「ひき いわどの道」
右側面には「右 日光」その下に
3
9/16 7:57
右側面には「右 日光」その下に
「よしみ いわどの道」まずは此方に向かいます。
2
9/16 7:57
「よしみ いわどの道」まずは此方に向かいます。
直前に道標を兼ねた納経拝礼供養塔もありました。右面に「右 松山熊谷行田道/左 小川八幡山道」
2
9/16 8:01
直前に道標を兼ねた納経拝礼供養塔もありました。右面に「右 松山熊谷行田道/左 小川八幡山道」
裏面に「左 坂戸渡船/川越江戸道」、左面に「嘉永七年甲寅四月吉日(1854)/高坂驛上町 願主銘」
2
9/16 8:01
裏面に「左 坂戸渡船/川越江戸道」、左面に「嘉永七年甲寅四月吉日(1854)/高坂驛上町 願主銘」
マリンちゃん(MTB)を駆って都幾川を渡ります。上流側、東上線の鉄橋。
2
9/16 8:06
マリンちゃん(MTB)を駆って都幾川を渡ります。上流側、東上線の鉄橋。
下流側
2
9/16 8:25
下流側
坂東十一番岩殿山安楽寺にとうちゃこ!(秋の旅も始まりましたね)
2
9/16 8:43
坂東十一番岩殿山安楽寺にとうちゃこ!(秋の旅も始まりましたね)
通称、吉見観音。初訪問です。
1
9/16 8:44
通称、吉見観音。初訪問です。
此方が道標「右のいわどの山」です。
3
9/16 8:46
此方が道標「右のいわどの山」です。
金剛力士立像(阿形)、元禄十五年(1702)造立。
2
9/16 8:47
金剛力士立像(阿形)、元禄十五年(1702)造立。
おなじく吽形像。それにしてもすごい筋肉です!
2
9/16 8:47
おなじく吽形像。それにしてもすごい筋肉です!
蓮池がありました。
2
9/16 8:51
蓮池がありました。
蓮の実ってこうなってんのね。
5
9/16 8:52
蓮の実ってこうなってんのね。
本堂
2
9/16 8:59
本堂
「岩殿山」頂きました。
7
9/16 9:00
「岩殿山」頂きました。
左甚五郎作といわれる「野荒しの虎」
2
9/16 9:01
左甚五郎作といわれる「野荒しの虎」
三重塔、高さ24.3m。江戸初期、寛文年間に再建。源範頼の建てた物は約2倍の48mあったというからビックリです。
4
9/16 9:02
三重塔、高さ24.3m。江戸初期、寛文年間に再建。源範頼の建てた物は約2倍の48mあったというからビックリです。
太子堂脇の石造物。左は廻國塔、安永二年(1773)「<キリーク・サ・サク阿弥陀三尊種子>六十六部供養塔」「武州豊嶋郡上板橋村産 廻國行者恵誉□□ 母妙林尼」中央は巡拝塔、文化四年(1807)「奉順拝百八十八箇所供養」そして右に
1
9/16 9:06
太子堂脇の石造物。左は廻國塔、安永二年(1773)「<キリーク・サ・サク阿弥陀三尊種子>六十六部供養塔」「武州豊嶋郡上板橋村産 廻國行者恵誉□□ 母妙林尼」中央は巡拝塔、文化四年(1807)「奉順拝百八十八箇所供養」そして右に
聖徳太子塔がありました。「天保十四」年(1843) 主に職人さん達が講をつくり、賃金等の取り決めをしたそうです。
3
9/16 9:08
聖徳太子塔がありました。「天保十四」年(1843) 主に職人さん達が講をつくり、賃金等の取り決めをしたそうです。
太子堂。今でも建築関係などの職人さん達の参詣があるようです。
1
9/16 9:11
太子堂。今でも建築関係などの職人さん達の参詣があるようです。
「<サ観音菩薩種字>坂東十一番入口」の道しるべがありました。本来は参道の先にあったのでしょう。
2
9/16 9:19
「<サ観音菩薩種字>坂東十一番入口」の道しるべがありました。本来は参道の先にあったのでしょう。
左面「南かわごへ道/安永二癸巳稔(1773)仲春・・」
2
9/16 9:19
左面「南かわごへ道/安永二癸巳稔(1773)仲春・・」
右面「北くまがや行田道/松村 願主銘」
3
9/16 9:21
右面「北くまがや行田道/松村 願主銘」
吉見大仏、阿弥陀如来坐像。高さ約3m。寛文二年(1790)鋳造。
2
9/16 9:21
吉見大仏、阿弥陀如来坐像。高さ約3m。寛文二年(1790)鋳造。
こちらには青石の「聖徳皇太子」塔がありました。裏に「弘化二乙巳卯月/石工 五反田」
1
9/16 9:23
こちらには青石の「聖徳皇太子」塔がありました。裏に「弘化二乙巳卯月/石工 五反田」
六地蔵。それぞれの像にたくさんの紙札が貼られています。この段階では「お彼岸も近いし、この地域の信仰風習かな」とちょっと思っただけでした。
1
9/16 9:26
六地蔵。それぞれの像にたくさんの紙札が貼られています。この段階では「お彼岸も近いし、この地域の信仰風習かな」とちょっと思っただけでした。
チャリがドングリを踏みつける音が『こころ旅』っぽいです。
2
9/16 9:38
チャリがドングリを踏みつける音が『こころ旅』っぽいです。
皆様のレコで知った八丁湖。ここも初めてです。
2
9/16 9:39
皆様のレコで知った八丁湖。ここも初めてです。
体に問題なければジョグで周回したいところです。ちなみにチャリの乗り入れは禁止になっています。
4
9/16 9:41
体に問題なければジョグで周回したいところです。ちなみにチャリの乗り入れは禁止になっています。
まさに実りの秋ですね。すでに収穫を終えた田んぼもかなりありました。
2
9/16 9:48
まさに実りの秋ですね。すでに収穫を終えた田んぼもかなりありました。
高負彦根(たかおひこね)神社、和銅三年(710)創建と伝わる式内社。この地域、水利の便が良く古代から開けていたみたい。
2
9/16 9:57
高負彦根(たかおひこね)神社、和銅三年(710)創建と伝わる式内社。この地域、水利の便が良く古代から開けていたみたい。
明治四十五年一月建立の社号標がありました。
2
9/16 9:58
明治四十五年一月建立の社号標がありました。
本殿左奥に三峰神社と稲荷社も祀られています。
1
9/16 10:03
本殿左奥に三峰神社と稲荷社も祀られています。
そしてポンポン山。『埼玉県の山』にも記載されていたので、ずっと気になっていましたが、やっと来れました。
8
9/16 10:05
そしてポンポン山。『埼玉県の山』にも記載されていたので、ずっと気になっていましたが、やっと来れました。
たしかに踏音が変わりますね。踏み心地に空洞感があります。
5
9/16 10:07
たしかに踏音が変わりますね。踏み心地に空洞感があります。
さらに岩場の先へ行くと、
4
9/16 10:08
さらに岩場の先へ行くと、
かなかなの眺めです。
3
9/16 10:08
かなかなの眺めです。
山頂風景。左に庚申塔も御座います。
3
9/16 10:09
山頂風景。左に庚申塔も御座います。
玉鉾山(ポンポン山)38m山頂に立つドーハン。
8
9/16 10:11
玉鉾山(ポンポン山)38m山頂に立つドーハン。
「于時(トキニ)寛文十庚戌天(1670)十月吉日」思ったよりも大きめでした。
3
9/16 10:11
「于時(トキニ)寛文十庚戌天(1670)十月吉日」思ったよりも大きめでした。
三猿メインの初期の庚申塔ですね。古いわりにはおサルさんの目や表情がわかりますね。願主銘もあります。
3
9/16 10:13
三猿メインの初期の庚申塔ですね。古いわりにはおサルさんの目や表情がわかりますね。願主銘もあります。
山頂下にもう一つの青面金剛の庚申塔、これも逸品。「宝暦六丙子天(1756)閏十一月吉日」
3
9/16 10:15
山頂下にもう一つの青面金剛の庚申塔、これも逸品。「宝暦六丙子天(1756)閏十一月吉日」
日月のそれぞれの瑞雲が中央部で絡み合いながら盛り上がっています。こんなに主張する雲はなかなか見ません。
3
9/16 10:16
日月のそれぞれの瑞雲が中央部で絡み合いながら盛り上がっています。こんなに主張する雲はなかなか見ません。
お顔は少し潰れていますが、表情はわかります。ショケラは腰巻の後ろ姿のようです。
3
9/16 10:16
お顔は少し潰れていますが、表情はわかります。ショケラは腰巻の後ろ姿のようです。
「施主 田甲村中」
2
9/16 10:16
「施主 田甲村中」
そして三番叟猿、見事に舞っています。二鶏も生き生きとして彫られています。ちょっとニワトリっぽくないですが・・。
3
9/16 10:16
そして三番叟猿、見事に舞っています。二鶏も生き生きとして彫られています。ちょっとニワトリっぽくないですが・・。
側面には道しるべも。「左くまがや道三り」
2
9/16 10:18
側面には道しるべも。「左くまがや道三り」
「右 吉見かんおん道十六丁」
2
9/16 10:18
「右 吉見かんおん道十六丁」
岩場の先に行ってみます。
3
9/16 10:20
岩場の先に行ってみます。
それなりの高度感があります。
4
9/16 10:21
それなりの高度感があります。
行者が使ったのかな。
3
9/16 10:21
行者が使ったのかな。
下山道もあります。
2
9/16 10:23
下山道もあります。
先程見下ろした岩場。崖下に「嘉永二酉年(1849)九月 田甲村中」の石塔があります。
3
9/16 10:25
先程見下ろした岩場。崖下に「嘉永二酉年(1849)九月 田甲村中」の石塔があります。
崖面に「救世殿」そして
4
9/16 10:27
崖面に「救世殿」そして
岩場好きのハチさんもいるようですね。
4
9/16 10:27
岩場好きのハチさんもいるようですね。
登山口から戻ります。
2
9/16 10:29
登山口から戻ります。
ここだけ見たらそこそこのお山感があります。
次は岩室観音を目指します。
3
9/16 10:30
ここだけ見たらそこそこのお山感があります。
次は岩室観音を目指します。
途中にあった青面金剛庚申塔。日月雲はあっさりバージョン。
天明二年(1782)
3
9/16 10:43
途中にあった青面金剛庚申塔。日月雲はあっさりバージョン。
天明二年(1782)
ショケラと邪鬼の顔がよくわかります。三猿二鶏は確認できず。
3
9/16 10:44
ショケラと邪鬼の顔がよくわかります。三猿二鶏は確認できず。
「右よしみかんおん道十二丁」
2
9/16 10:46
「右よしみかんおん道十二丁」
♬曼珠沙華 白い花さえ真赤に染める
8
9/16 11:07
♬曼珠沙華 白い花さえ真赤に染める
和名沼。なにこれ初光景!こんなやり方もあんのね。
2
9/16 11:11
和名沼。なにこれ初光景!こんなやり方もあんのね。
天神沼前の「馬頭観世音」塔、文化五戊辰歳(1808)。台石に「横見郡久米田村中講中二拾七人」
2
9/16 11:21
天神沼前の「馬頭観世音」塔、文化五戊辰歳(1808)。台石に「横見郡久米田村中講中二拾七人」
「天神沼災害復旧工事記念碑」S・26年
1
9/16 11:22
「天神沼災害復旧工事記念碑」S・26年
これも珍光景?沼一面に水草。釣り人に尋ねると「ヒシ」だそうです。
5
9/16 11:25
これも珍光景?沼一面に水草。釣り人に尋ねると「ヒシ」だそうです。
大沼。こちらは安心の予想通りの光景。
2
9/16 11:30
大沼。こちらは安心の予想通りの光景。
東屋の近くに「旱害対策溜池改修記念」碑、昭和九年。
1
9/16 11:32
東屋の近くに「旱害対策溜池改修記念」碑、昭和九年。
そして「水神宮」明治二十一年五月。
1
9/16 11:33
そして「水神宮」明治二十一年五月。
岩室観音。こちらもはじめてです。
2
9/16 11:47
岩室観音。こちらもはじめてです。
もうすぐお彼岸。あちこちで花盛りです。
5
9/16 11:48
もうすぐお彼岸。あちこちで花盛りです。
石仏は弘法大師順錫の四国八十八ヶ所の本尊を模したもの。いながらにして霊場巡拝の功徳があるそうです。
1
9/16 11:50
石仏は弘法大師順錫の四国八十八ヶ所の本尊を模したもの。いながらにして霊場巡拝の功徳があるそうです。
四國八十八ヶ所 阿 第壱番霊山寺/寛政十午十月吉日(1798)/
旙 ラ(幡羅)郡宮ケ谷戸村願主銘/比企郡川島堀合村願主銘二
2
9/16 11:52
四國八十八ヶ所 阿 第壱番霊山寺/寛政十午十月吉日(1798)/
旙 ラ(幡羅)郡宮ケ谷戸村願主銘/比企郡川島堀合村願主銘二
大日様ですが、ここでも石仏の一つ一つに紙札が貼られていました。
1
9/16 11:53
大日様ですが、ここでも石仏の一つ一つに紙札が貼られていました。
岩室観音は龍性院の境外仏堂。松山城主が代々厚く信仰したが、天正十八年(1590)の兵火で焼失。江戸時代、寛文年間(1661〜1673)龍性院三世の堯音が再建。懸作り様式(清水寺と同じ)で貴重な建物である。
1
9/16 11:55
岩室観音は龍性院の境外仏堂。松山城主が代々厚く信仰したが、天正十八年(1590)の兵火で焼失。江戸時代、寛文年間(1661〜1673)龍性院三世の堯音が再建。懸作り様式(清水寺と同じ)で貴重な建物である。
まさに岩室です。
6
9/16 11:56
まさに岩室です。
イワタバコの葉っぱがびっしり!ほんと此処はお気軽お花見ポイントのようです。
2
9/16 11:59
イワタバコの葉っぱがびっしり!ほんと此処はお気軽お花見ポイントのようです。
これは実ですかねぇ?
1
9/16 12:00
これは実ですかねぇ?
来夏イワタバコとのコラボが楽しみ!と思っていたら、
なんてこった!
1
9/16 12:00
来夏イワタバコとのコラボが楽しみ!と思っていたら、
なんてこった!
まだ咲いている花がありました!
5
9/16 12:01
まだ咲いている花がありました!
この時季でも元気に咲いています。
5
9/16 12:01
この時季でも元気に咲いています。
これは嬉しすぎるサプライズです!
7
9/16 12:01
これは嬉しすぎるサプライズです!
鎖場を登ってみると、
2
9/16 12:04
鎖場を登ってみると、
ここが胎内くぐりでした。具合が良くなるよう願いながら、
4
9/16 12:05
ここが胎内くぐりでした。具合が良くなるよう願いながら、
くぐって振り返ると、これがハート形ですね。
5
9/16 12:06
くぐって振り返ると、これがハート形ですね。
二階にあるお堂
1
9/16 12:09
二階にあるお堂
東松山市街地の向こうに、笠山堂平山方面
2
9/16 12:09
東松山市街地の向こうに、笠山堂平山方面
お隣は吉見百穴です。
5
9/16 12:10
お隣は吉見百穴です。
近在近郷の馬方さん達が奉納したものですね。
1
9/16 12:11
近在近郷の馬方さん達が奉納したものですね。
お腹が空いたので『はらぺ食堂』でお昼にしました。カツカレー(710円)。カレーに味噌汁、冷麦の付け合せがこの手の食堂らしくていいです。
10
9/16 12:38
お腹が空いたので『はらぺ食堂』でお昼にしました。カツカレー(710円)。カレーに味噌汁、冷麦の付け合せがこの手の食堂らしくていいです。
久しぶりにコテコテのザ・昭和の大衆食堂を堪能できました。
3
9/16 12:52
久しぶりにコテコテのザ・昭和の大衆食堂を堪能できました。
そしてその向かいにあるのが、本日の目的地の一つである不動沼。
2
9/16 12:54
そしてその向かいにあるのが、本日の目的地の一つである不動沼。
お堂の中には、倶利伽羅不動が・・・何てこった!首(頭部)がないじゃないですか!?施錠されているので盗難や悪戯ではないと思いますが、地震か何かで崩れたのかなぁ。残念です。
2
9/16 12:57
お堂の中には、倶利伽羅不動が・・・何てこった!首(頭部)がないじゃないですか!?施錠されているので盗難や悪戯ではないと思いますが、地震か何かで崩れたのかなぁ。残念です。
お堂の下から清水がコンコンと沼に注いでいます。
気を取り直して次の場所へ。
1
9/16 12:58
お堂の下から清水がコンコンと沼に注いでいます。
気を取り直して次の場所へ。
高速沿いの県道<41>を南下して、唐子橋で都幾川を渡ります。
最初に信号を右折して高速下をくぐります。
2
9/16 13:06
高速沿いの県道<41>を南下して、唐子橋で都幾川を渡ります。
最初に信号を右折して高速下をくぐります。
「ばんどう山緑地」の道を行ってみます、「マムシ注意」の看板あり。草刈りなどの整備はなされていないようです。
1
9/16 13:13
「ばんどう山緑地」の道を行ってみます、「マムシ注意」の看板あり。草刈りなどの整備はなされていないようです。
階段の登って隣のゴルフ場のフェンス。
1
9/16 13:20
階段の登って隣のゴルフ場のフェンス。
今度は下り階段。痺れた足に此処が一番きつかったです。
2
9/16 13:25
今度は下り階段。痺れた足に此処が一番きつかったです。
廃線敷ルートのようです。
2
9/16 13:26
廃線敷ルートのようです。
踏切跡を通過。
1
9/16 13:28
踏切跡を通過。
いかにもそれっぽくていいですね。
4
9/16 13:30
いかにもそれっぽくていいですね。
貨物線跡の説明板。このような貨車が走っていたのですね。
廃線敷ルート出口からきつかった高本山峠を越えて、
1
9/16 13:32
貨物線跡の説明板。このような貨車が走っていたのですね。
廃線敷ルート出口からきつかった高本山峠を越えて、
弁天沼です。坂上田村麻呂が岩殿山の悪竜を退治し首を埋めたことから、蛙が住みつかず「鳴かずの池」とも呼ばれたそうです。
3
9/16 13:47
弁天沼です。坂上田村麻呂が岩殿山の悪竜を退治し首を埋めたことから、蛙が住みつかず「鳴かずの池」とも呼ばれたそうです。
紅をさした弁天様が奏でているのは筑前系の琵琶ですかねぇ。何となく江戸趣味のようですから。足元には相棒も白蛇をいます。
2
9/16 13:49
紅をさした弁天様が奏でているのは筑前系の琵琶ですかねぇ。何となく江戸趣味のようですから。足元には相棒も白蛇をいます。
集会所あたりに阿弥陀寺という寺があったみたいです。東屋近くの石造物群には、
1
9/16 13:51
集会所あたりに阿弥陀寺という寺があったみたいです。東屋近くの石造物群には、
青面金剛庚申塔。「奉造立庚申尊像一躰」「元徳十三庚辰年(1700)十月吉日」お顔もくっきり、何となく異国情緒。
3
9/16 13:52
青面金剛庚申塔。「奉造立庚申尊像一躰」「元徳十三庚辰年(1700)十月吉日」お顔もくっきり、何となく異国情緒。
三猿の表情もかわいい。二鶏はいないみたい。
1
9/16 13:52
三猿の表情もかわいい。二鶏はいないみたい。
閻魔様ですがこの衣装にはテレがあるみたい。「正徳二壬辰歳(1712)七月十六日」「神戸村願主清元」
1
9/16 13:53
閻魔様ですがこの衣装にはテレがあるみたい。「正徳二壬辰歳(1712)七月十六日」「神戸村願主清元」
「石橋供養尊」見返り地蔵、遅れる子はいないか確認のため振り返っているそうです。「元文二丁巳星(1737)霜月十八日/供養佛願主念生」
1
9/16 13:54
「石橋供養尊」見返り地蔵、遅れる子はいないか確認のため振り返っているそうです。「元文二丁巳星(1737)霜月十八日/供養佛願主念生」
パッと見、イエス様に見えて思わず錫杖にクロスがないか探してしまいました。髪形は正反対ですがジミヘンにも見える。
4
9/16 13:54
パッと見、イエス様に見えて思わず錫杖にクロスがないか探してしまいました。髪形は正反対ですがジミヘンにも見える。
卯歳なのでウサギは好きなのですが、染付の意匠でもそうですが、江戸期の兎ってあまりかわいくないんですよね。
1
9/16 13:54
卯歳なのでウサギは好きなのですが、染付の意匠でもそうですが、江戸期の兎ってあまりかわいくないんですよね。
阿弥陀堂の板石塔婆。<アーンク>胎蔵界大日如来種子、應安元年戊申八月二日(1368)、明超上人。650年も前の物がきれいに残っていますね。
2
9/16 13:58
阿弥陀堂の板石塔婆。<アーンク>胎蔵界大日如来種子、應安元年戊申八月二日(1368)、明超上人。650年も前の物がきれいに残っていますね。
そしてガラッと変わって、クオッカタイムです。
ちょうど公開時間の入れ替えで、前のクオッカが部屋の戻り、別のドアが開きました。
2
9/16 14:29
そしてガラッと変わって、クオッカタイムです。
ちょうど公開時間の入れ替えで、前のクオッカが部屋の戻り、別のドアが開きました。
母親のリコはとっとと表の出て、草を食んでいますが、娘のミモザちゃんはなかなか外に出られないようです。」
1
9/16 14:35
母親のリコはとっとと表の出て、草を食んでいますが、娘のミモザちゃんはなかなか外に出られないようです。」
意を決して出ようとしますが、
4
9/16 14:36
意を決して出ようとしますが、
ダメみたいで再び隠れます。でも最後には
3
9/16 14:36
ダメみたいで再び隠れます。でも最後には
軽やかなジャンプで飛び出してきました。ママの所へまっしぐらでした。
6
9/16 14:36
軽やかなジャンプで飛び出してきました。ママの所へまっしぐらでした。
たぶんリコ。
2
9/16 14:39
たぶんリコ。
3
9/16 14:39
3
9/16 14:42
リコ
2
9/16 14:42
リコ
手前がリコで、奥がミモザ
6
9/16 14:43
手前がリコで、奥がミモザ
3
9/16 14:43
2
9/16 14:44
1
9/16 14:45
2
9/16 14:46
コアラ君は全員お昼寝?でした。口だけはモグモグ動いてました。
4
9/16 15:02
コアラ君は全員お昼寝?でした。口だけはモグモグ動いてました。
これぞ三猿ならぬ「三かんがるー」
8
9/16 15:04
これぞ三猿ならぬ「三かんがるー」
これが例のお風呂ですね。打たせ湯付。これに入るには独鈷の湯ぐらい勇気が必要ですね。
1
9/16 15:10
これが例のお風呂ですね。打たせ湯付。これに入るには独鈷の湯ぐらい勇気が必要ですね。
さすがカピパラさん達はギャラリーサービス旺盛です。
4
9/16 15:12
さすがカピパラさん達はギャラリーサービス旺盛です。
カピパラ姉妹もいました。
2
9/16 15:12
カピパラ姉妹もいました。
安いのにしたのであまり似てないな。でもよろしく。
5
9/16 15:22
安いのにしたのであまり似てないな。でもよろしく。
巌殿観音参道絵地図の案内板
1
9/16 15:38
巌殿観音参道絵地図の案内板
やっと道標「左のいわどの山」とうちゃこです!
2
9/16 15:49
やっと道標「左のいわどの山」とうちゃこです!
「巌殿山」頂きました。
3
9/16 15:49
「巌殿山」頂きました。
金剛力士立像(阿形)、文化年間(1808〜1814)の再建。
1
9/16 15:55
金剛力士立像(阿形)、文化年間(1808〜1814)の再建。
吽形像。先代は運慶作といわれていたみたい。
1
9/16 15:55
吽形像。先代は運慶作といわれていたみたい。
正法寺由緒書
1
9/16 15:58
正法寺由緒書
「坂東十番霊場巌殿山正法寺」寺号標と増上寺石灯籠【本来は文昭院(六代家宣)の墓前に縫殿頭・松平乗眞が奉献したもの】がありますね。乗眞の母方を辿ると北條時政の娘(畠山重忠未亡人)にあたるのが興味深い。縁は異なものですね。
2
9/16 15:59
「坂東十番霊場巌殿山正法寺」寺号標と増上寺石灯籠【本来は文昭院(六代家宣)の墓前に縫殿頭・松平乗眞が奉献したもの】がありますね。乗眞の母方を辿ると北條時政の娘(畠山重忠未亡人)にあたるのが興味深い。縁は異なものですね。
薬師堂。現在、薬師如来様が特別開帳されています。
1
9/16 16:02
薬師堂。現在、薬師如来様が特別開帳されています。
3
9/16 16:05
立派な大銀杏、黄葉の時季に見てみたいですね。
5
9/16 16:06
立派な大銀杏、黄葉の時季に見てみたいですね。
こちらも本来は増上寺石灯籠【文昭院(六代家宣)の墓前に信州松本城主・水野忠周が奉献したもの】がありました。
1
9/16 16:07
こちらも本来は増上寺石灯籠【文昭院(六代家宣)の墓前に信州松本城主・水野忠周が奉献したもの】がありました。
境内社には御嶽大権現も祀られているようです。
2
9/16 16:08
境内社には御嶽大権現も祀られているようです。
そして岸壁の石仏群。
3
9/16 16:11
そして岸壁の石仏群。
まさに巌殿観音
3
9/16 16:11
まさに巌殿観音
百観音、四国札所の写本尊が安置されているようです。
2
9/16 16:12
百観音、四国札所の写本尊が安置されているようです。
「奉献石燈籠/観音堂 宝前」「従五位下兼備中守源姓横田氏/由松」「享保五庚子(1720)二月十八日」、
1
9/16 16:13
「奉献石燈籠/観音堂 宝前」「従五位下兼備中守源姓横田氏/由松」「享保五庚子(1720)二月十八日」、
「武州比企郡巖殿山」これは正真正銘此処にあるべきものですね。
0
9/16 16:13
「武州比企郡巖殿山」これは正真正銘此処にあるべきものですね。
おびんづる様
4
9/16 16:18
おびんづる様
巌殿観音本堂と狛犬
3
9/16 16:19
巌殿観音本堂と狛犬
境内奥の階段を上り県道を横断して、山頂へ向かいます。物見山と言えば埼玉のチャリダー御用達の練習コースですが、山頂は初めてです。
1
9/16 16:26
境内奥の階段を上り県道を横断して、山頂へ向かいます。物見山と言えば埼玉のチャリダー御用達の練習コースですが、山頂は初めてです。
最高点には何もありませんでしたが、少し下った所にこれが。シャベルが無かったので確認できませんでしたが、三角点でしょう。(二等三角手点「石坂」139.4m)
3
9/16 16:30
最高点には何もありませんでしたが、少し下った所にこれが。シャベルが無かったので確認できませんでしたが、三角点でしょう。(二等三角手点「石坂」139.4m)
物見山、田村麻呂の頃はどんな眺めだったのでしょうか。岩殿山という別名もあるようです。
2
9/16 16:31
物見山、田村麻呂の頃はどんな眺めだったのでしょうか。岩殿山という別名もあるようです。
正法寺に戻って元禄十五年(1702)再建の鐘楼。
2
9/16 16:40
正法寺に戻って元禄十五年(1702)再建の鐘楼。
元亨二年(1322)鋳造の銅鐘。「武蔵比企郡岩殿寺・・・」表面の傷は軍器として戦乱の度に持ち出された証。
1
9/16 16:41
元亨二年(1322)鋳造の銅鐘。「武蔵比企郡岩殿寺・・・」表面の傷は軍器として戦乱の度に持ち出された証。
朝のスタート地点に戻りました。
1
9/16 17:03
朝のスタート地点に戻りました。
駐車した都幾川リバーサイドパークでゴールです。
2
9/16 17:06
駐車した都幾川リバーサイドパークでゴールです。
2つの「いわどの山」御朱印を頂きました。クオッカ君初仕事です。
4
9/16 17:22
2つの「いわどの山」御朱印を頂きました。クオッカ君初仕事です。
わが東松山周辺の悠久の歴史を感じさせて頂くレコありがとうございます。
ほとんどが行ったことある場所なので、とても親しみを感じると同時に、自分には到底真似出来ない庚申塔の読字や彫刻の差の観察など、とても感銘を受けました。素晴らしいですね!まるで行った事のない所をガイドさんに連れて行って頂いたような感覚です。特に「三かんがるー」はツボりました
岩室観音のイワタバコは、私も先日歩いて吉見のさくら堤公園へ彼岸花を見に行った際に立ち寄り、まだ咲いていることに大変驚きました。
東松山にはまだ、一度位は行ってみてもいい様な場所もあるので、また機会を見つけて出掛けて下さい。
体調が思わしくないとのことで心配ですが、無理をせずに十分休息して頂いて万全に回復できることを願っています。また、元気になられてから VR バリバリのレコを拝見できることを楽しみにしています。
次回は低山でしたら、是非ウクレレも背負って行って弾いて来てください♪
お疲れさまでした。
八丁湖をはじめ今回のコースは Nimasgs さんのレコを大いに参考にさせて頂きました。こちらこそお礼申し上げます。東松山は歴史があるのでほんと見所がたくさんあり、今回も我慢した所がたくさんありました。特に松山城跡や館跡関係は廻れなかったので、近いうちにまたお訪ねしたいと思います。紅葉の季節もいいでしょうね。
体調のお心遣いもしていただいてありがとうございます。いつかウクレレ背負った者同士が何処かの峠あたりで鉢合わせして、「お主何奴?」という場面が来るといいですね。
コメントありがとうございました。
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する