町石道を辿って高野山へ+奥高野山三山
- GPS
- 32:00
- 距離
- 30.5km
- 登り
- 1,662m
- 下り
- 956m
コースタイム
- 山行
- 7:15
- 休憩
- 1:25
- 合計
- 8:40
天候 | 晴 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2014年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
ケーブルカー(ロープウェイ/リフト)
帰路:高野山・奥の院からバスで高野山駅へ行き、ケーブルカーで極楽橋、南海電車で新今宮へ。 |
コース状況/ 危険箇所等 |
危険個所はありません。町石道は途中進行方向の左右に下るルートが何か所もあるので迷い込まないように注意しました。 1町(109m)ごとに建てられた町石が180あります。スタート地点の慈尊院に180町石が、大門から檀上伽藍へ進んだ左手の茂みに1町石があります。概ね展望がありませんが、町石の番号が減るのが、楽しみになります。 高野三山も危険は個所はありません。道標を見逃さなければ迷うことは無いでしょう。 |
写真
感想
街道歩きの好きなN氏と高野山の参詣道・町石道と高野三山を歩いてきた。
南海電車・九度山駅から歩き始め、スタート地点の慈尊院まで約20分、丹生官省符神社へ登る階段の途中に180町石がある。
最初は集落を抜け、すぐに柿の栽培地となる。展望が聞くのはこのあたりだけだ。尾根に付けられた参詣道をひたすら歩く。急坂は無い。町石の番号が減っていくのが楽しみになった。
二ツ鳥居で昼食休憩した。その先に120町石があった。
笠木峠の手前に90町石があったので、ちょうど半分の行程だ。その後、矢立に至った。ここには唯一茶店とトイレがあった。60町石があったので2/3を過ぎた。ここから少し急になるが袈裟掛石や鏡石があって多少気がまぎれる。国道の下を通るようになると番号が20台になり、ラストスパート体制を取る。
12町石あたりから九十九折の坂を登ると、突然目の前に大門が聳えていたて、8,9町石があった。大門からしばらく歩いた左手の林の中に1町石があった。特に案内などなくひっそりとした佇まいだった。
再建工事中の中門の横を抜けて根本大塔横の階段を下って宿坊・西禅院に着いた。
なかなか立派な宿坊で、3部屋続きの豪華な部屋に通された。庭園は重森三玲氏によるものだったが、重森氏の作品は作意が強すぎてあまり好きではない。
着いたのが遅かったので、汗を流す間もなく夕食となった。意を凝らした精進料理はなかなか美味しかったし、ビールも飲むことができた。
食後に入った風呂は旅館並みの設備で、一般の旅館より数段上質のサービスを受けることができた。
翌朝は朝の勤行に参加して、奥の院に向かった。著名な武将の墓が立ち並ぶ参道を通って奥の院に参拝してから摩尼山、楊柳山、転軸山と回って、奥の院に下り、参道を通って中の橋に出た。ここからバスで高野山駅へ、ケーブルカーで、極楽橋へ、南海電車で新今宮駅に帰り着いた。
高野三山は高野山が女人禁制だったころ、女性の信者が弘法大師空海の御廟を拝むために歩いた女人道にある山々の一部になるようだ。
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