まずは、あぶくま洞に向かいます。
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9/4 8:33
まずは、あぶくま洞に向かいます。
第2駐車場の片隅にヒナノキンチャク等の案内板があり、その裏手にたくさん咲いていました。
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9/4 8:39
第2駐車場の片隅にヒナノキンチャク等の案内板があり、その裏手にたくさん咲いていました。
ヒナノキンチャクです。
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9/4 8:46
ヒナノキンチャクです。
小さなお花も虫たちと共存共栄してるんですね。
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9/4 8:46
小さなお花も虫たちと共存共栄してるんですね。
(以下案内板の説明です)
ヒナノキンチャク(ヒメハギ科)
7〜15cm程度の小さな植物で、
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9/4 8:49
(以下案内板の説明です)
ヒナノキンチャク(ヒメハギ科)
7〜15cm程度の小さな植物で、
名前は果実が巾着に似ていたことに由来します。
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名前は果実が巾着に似ていたことに由来します。
夏から秋にピンク色の小さな花を咲かせます。
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夏から秋にピンク色の小さな花を咲かせます。
全国的にも生育地が20カ所程度しかない珍しい植物で、
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全国的にも生育地が20カ所程度しかない珍しい植物で、
国の絶滅危惧種に指定されています。
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国の絶滅危惧種に指定されています。
あぶくま洞は数千個体が生育する、日本最大の生育地です。
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あぶくま洞は数千個体が生育する、日本最大の生育地です。
この岩場のほかにも駐車場周辺やラベンダー畑にも見られます。
(以上です。)
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9/4 9:00
この岩場のほかにも駐車場周辺やラベンダー畑にも見られます。
(以上です。)
ただこのお花に注目する一般の方は皆無でした。
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9/4 9:07
ただこのお花に注目する一般の方は皆無でした。
これくらい咲いていれば見つけやすいですね。
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9/4 9:10
これくらい咲いていれば見つけやすいですね。
そろそろ切り上げてお山へ行きましょう。
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9/4 9:11
そろそろ切り上げてお山へ行きましょう。
車で仙台平の駐車場まで移動し、案内板を確認してスタートです。
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9/4 9:40
車で仙台平の駐車場まで移動し、案内板を確認してスタートです。
案内にしたがって進むと、まずは下りになります。
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9/4 9:41
案内にしたがって進むと、まずは下りになります。
まずは鬼穴に行きます。
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まずは鬼穴に行きます。
ここは坂上田村麻呂と戦った大多鬼丸が最後の砦とした所だそうで、財宝を井戸に落として果てたそうです。
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ここは坂上田村麻呂と戦った大多鬼丸が最後の砦とした所だそうで、財宝を井戸に落として果てたそうです。
また、この穴はあぶくま洞に繋がっているということです。鉄格子から奥をのぞくと目の前に白い物体がブラ〜リと垂れ下がってきました。
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9/4 9:46
また、この穴はあぶくま洞に繋がっているということです。鉄格子から奥をのぞくと目の前に白い物体がブラ〜リと垂れ下がってきました。
思わずのけ反ってよく見ると青大将君のお腹でした(怖)
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9/4 9:48
思わずのけ反ってよく見ると青大将君のお腹でした(怖)
分岐に戻って進むと車道に出ました。最初の(仙台平)登山口はスルーします。近くに駐車地もあります。
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9/4 9:53
分岐に戻って進むと車道に出ました。最初の(仙台平)登山口はスルーします。近くに駐車地もあります。
かつてはこんな一大レジャー施設だったようですが・・・
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9/4 9:55
かつてはこんな一大レジャー施設だったようですが・・・
フシグロちゃんがまだこんなに咲いていました。
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9/4 10:07
フシグロちゃんがまだこんなに咲いていました。
案内に従ってホテル跡方面に向かいます。大滝根山頂は雲に隠れています。辺りではソーラーパネルの新設工事が行われていました。
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9/4 10:11
案内に従ってホテル跡方面に向かいます。大滝根山頂は雲に隠れています。辺りではソーラーパネルの新設工事が行われていました。
かつての大越町の観光案内版
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9/4 10:16
かつての大越町の観光案内版
ホテル跡の入り口に禊場の碑と、
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9/4 10:19
ホテル跡の入り口に禊場の碑と、
霧島権現産婆神様が祀られていました。これはホテル経営者が奉納したもののようですが、その後ろに首のない先代が控えています。
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9/4 10:19
霧島権現産婆神様が祀られていました。これはホテル経営者が奉納したもののようですが、その後ろに首のない先代が控えています。
霧島権現は湯殿山権現を勧請したようです。偏平足さんのブログによれば、出羽三山信仰の姥神が、普及の過程で子育ての神に変身したというです。
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9/4 10:20
霧島権現は湯殿山権現を勧請したようです。偏平足さんのブログによれば、出羽三山信仰の姥神が、普及の過程で子育ての神に変身したというです。
兵どもが夢の跡・・・今は廃墟スポットのようです。
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9/4 10:21
兵どもが夢の跡・・・今は廃墟スポットのようです。
足長のキノコさん。
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9/4 10:37
足長のキノコさん。
大きな石庇がありました。かつては案内板があった感じ。
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9/4 10:40
大きな石庇がありました。かつては案内板があった感じ。
日山権現分岐。この地図を良く見ていれば「霧島権現」に気づいたかも?
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9/4 10:41
日山権現分岐。この地図を良く見ていれば「霧島権現」に気づいたかも?
ここが賽の河原のようです。近くに説明の碑がありました。以降、徒渉の連続になります。
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9/4 10:42
ここが賽の河原のようです。近くに説明の碑がありました。以降、徒渉の連続になります。
大岩の壁
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9/4 11:04
大岩の壁
御沢子育地蔵尊。
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9/4 11:10
御沢子育地蔵尊。
この辺から急登の傾斜が一段と増します。
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9/4 11:18
この辺から急登の傾斜が一段と増します。
平坦部を少し歩くと自衛隊のレーダーが見えてきます。
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9/4 11:31
平坦部を少し歩くと自衛隊のレーダーが見えてきます。
薄色のトリカブトかな? 大多鬼丸は矢じりにトリカブトの毒を塗って応戦したそうです。
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9/4 11:32
薄色のトリカブトかな? 大多鬼丸は矢じりにトリカブトの毒を塗って応戦したそうです。
大嶽根山峯霊神社の由来。祭神は品侘和気命。奈良時代、延暦二十年(801)坂上田村麻呂創建と伝えられているそう。
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9/4 11:32
大嶽根山峯霊神社の由来。祭神は品侘和気命。奈良時代、延暦二十年(801)坂上田村麻呂創建と伝えられているそう。
社号標(S・48)には「宝亀九年」(778)創建、「峯霊権現とも呼称される」とあります。
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9/4 11:33
社号標(S・48)には「宝亀九年」(778)創建、「峯霊権現とも呼称される」とあります。
石鳥居、石燈篭と大きめの石祠。実は何を早合点したが「霧島権現」とはこの神社の別称だと思ってしまっていました。それはさておき、
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9/4 11:36
石鳥居、石燈篭と大きめの石祠。実は何を早合点したが「霧島権現」とはこの神社の別称だと思ってしまっていました。それはさておき、
三春駒の里帰りです。大多鬼丸との戦いで苦戦を強いられた坂上田村麻呂のピンチを救った木駒が三春駒発祥の由来だそうです。
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9/4 11:41
三春駒の里帰りです。大多鬼丸との戦いで苦戦を強いられた坂上田村麻呂のピンチを救った木駒が三春駒発祥の由来だそうです。
神社の裏手を一段登ると、フェンスの向こうに「大滝根山」1192.2m一等三角点が見えます。
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9/4 11:45
神社の裏手を一段登ると、フェンスの向こうに「大滝根山」1192.2m一等三角点が見えます。
中に入って見学するには2週間以上前に許可申請が必要とのこと。
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9/4 11:48
中に入って見学するには2週間以上前に許可申請が必要とのこと。
♬あれ、マツムシが咲いている〜。ちょっとした広場には秋の花々が咲いていました。
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9/4 11:48
♬あれ、マツムシが咲いている〜。ちょっとした広場には秋の花々が咲いていました。
ウメバチソウ
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9/4 11:49
ウメバチソウ
梵天岩まで足を延ばしてみました。登ってみると、
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9/4 11:53
梵天岩まで足を延ばしてみました。登ってみると、
レーダー群が良く見えました。『シンウルトラマン』の台詞にも登場したそうですが、一聞で気づいた人は相当な基地マニアですね。
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9/4 11:54
レーダー群が良く見えました。『シンウルトラマン』の台詞にも登場したそうですが、一聞で気づいた人は相当な基地マニアですね。
梵天岩に立つ三春駒と騎乗のドーハン君。
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9/4 11:59
梵天岩に立つ三春駒と騎乗のドーハン君。
さて、下山はそうそうに道間違い。看板方向へ直進してしまいましたが、正解はフェンス沿い。
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9/4 12:23
さて、下山はそうそうに道間違い。看板方向へ直進してしまいましたが、正解はフェンス沿い。
するとすぐに分岐があります。さらに進んで、
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9/4 12:24
するとすぐに分岐があります。さらに進んで、
左はペラペラ石方面(今回はパス)、
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9/4 12:28
左はペラペラ石方面(今回はパス)、
直進は直下降の入神田への道。右の仙台平(鬼穴)方面の道へ行きました。
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9/4 12:29
直進は直下降の入神田への道。右の仙台平(鬼穴)方面の道へ行きました。
途中にある日山権現への分岐を見逃してしまい、戻ります。
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9/4 12:35
途中にある日山権現への分岐を見逃してしまい、戻ります。
左が戻ってきた道、右が日山権現方面。テープがあったのに何で気づかなかったのだろう。この後ロストして再び元の道に戻ってしまい、
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9/4 12:37
左が戻ってきた道、右が日山権現方面。テープがあったのに何で気づかなかったのだろう。この後ロストして再び元の道に戻ってしまい、
もう1回やり直して、やっと目的のルートに乗れました。
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9/4 12:50
もう1回やり直して、やっと目的のルートに乗れました。
日山権現の由来。ご祭神は大日如来。こちらも出羽三山信仰の神様のようです。
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9/4 13:03
日山権現の由来。ご祭神は大日如来。こちらも出羽三山信仰の神様のようです。
鎖で下降して、岩場に沿ってトラバースして行くと、岩陰に「日山天津祇大神」「品牟侘別乃大神」「木乃花咲夜姫大神」の三座神の木祠がありました。
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9/4 13:06
鎖で下降して、岩場に沿ってトラバースして行くと、岩陰に「日山天津祇大神」「品牟侘別乃大神」「木乃花咲夜姫大神」の三座神の木祠がありました。
さらにその先には何もなさそうなので、岩壁の縁を戻り、
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9/4 13:11
さらにその先には何もなさそうなので、岩壁の縁を戻り、
分岐にあった大岩の下方を調べてみました。結局何もなく戻りましたが、
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9/4 13:15
分岐にあった大岩の下方を調べてみました。結局何もなく戻りましたが、
ここが本日の核心部になりました。
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9/4 13:17
ここが本日の核心部になりました。
岩の上は展望台になっていました。麓のホテル跡も見えました。
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9/4 13:22
岩の上は展望台になっていました。麓のホテル跡も見えました。
登山道の整備があまりなされていませんでしたが、樹木案内はやたらにありました。桧枝岐では曲物の材料になる「ネズコ(黒檜)」の大木があちこちありました。
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9/4 13:25
登山道の整備があまりなされていませんでしたが、樹木案内はやたらにありました。桧枝岐では曲物の材料になる「ネズコ(黒檜)」の大木があちこちありました。
賽の河原で往路のコースと合流しました。
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9/4 13:39
賽の河原で往路のコースと合流しました。
これが「オヒョウ」なんですね。「オヒョイ」さんではありませんよ。
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9/4 13:41
これが「オヒョウ」なんですね。「オヒョイ」さんではありませんよ。
<参考>以前、北海道屈斜路湖畔の民芸店で手に入れたオヒョウの樹皮で編んだ小物入れ。ガム入れとして、長旅を支えてくれています。
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9/5 23:58
<参考>以前、北海道屈斜路湖畔の民芸店で手に入れたオヒョウの樹皮で編んだ小物入れ。ガム入れとして、長旅を支えてくれています。
これは釣堀跡でしょうか。今でもキレイな沢水が勢いよく注いでいます。
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9/4 13:54
これは釣堀跡でしょうか。今でもキレイな沢水が勢いよく注いでいます。
うっかり乗車したら、扉が閉まって動き出すかも・・・
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9/4 13:56
うっかり乗車したら、扉が閉まって動き出すかも・・・
産婆神様の所まで戻りました。
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9/4 14:05
産婆神様の所まで戻りました。
先代を良く見ていなかったので、確認すると背面に良い銘がありました。
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9/4 14:05
先代を良く見ていなかったので、確認すると背面に良い銘がありました。
中央「霧嶋□御寶(前)」その両脇に「文政六癸未年(1823)/八月良辰」とあるようです。
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9/4 14:06
中央「霧嶋□御寶(前)」その両脇に「文政六癸未年(1823)/八月良辰」とあるようです。
「霧嶋」の次は欠けていますが「宮」かなぁ。
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9/4 14:07
「霧嶋」の次は欠けていますが「宮」かなぁ。
♪ソババ ウババ ソババ 広いおソバの畑は・・・銘が読めてご機嫌です!
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9/4 14:16
♪ソババ ウババ ソババ 広いおソバの畑は・・・銘が読めてご機嫌です!
キャンプ場の一画にある鬼生稲荷神社
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9/4 14:39
キャンプ場の一画にある鬼生稲荷神社
駐車場を通り過ぎてしばらくすると当地ゆかりの石碑がありました。
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9/4 14:49
駐車場を通り過ぎてしばらくすると当地ゆかりの石碑がありました。
征夷大将軍 坂上田村麻呂VS北東の英雄 大多鬼丸
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9/4 14:50
征夷大将軍 坂上田村麻呂VS北東の英雄 大多鬼丸
大滝根山を歩きながら、ふと朝廷の平定に抗した大多鬼丸を地元の方はどう思っているのだろうと考えていました。
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9/4 14:50
大滝根山を歩きながら、ふと朝廷の平定に抗した大多鬼丸を地元の方はどう思っているのだろうと考えていました。
その答えの一つがこれですかね。
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9/4 14:50
その答えの一つがこれですかね。
「北東の英雄 大多鬼丸」。自身の首塚のある仙台平山頂を見つめているようです。
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9/4 14:51
「北東の英雄 大多鬼丸」。自身の首塚のある仙台平山頂を見つめているようです。
碑文によると、「北東の英雄」の称号を与えたのは坂上田村麻呂だそうですが、地元の方々の声と解釈しました。
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9/4 14:51
碑文によると、「北東の英雄」の称号を与えたのは坂上田村麻呂だそうですが、地元の方々の声と解釈しました。
大平神社。当地は牧場として良馬を産していたとのこと。その関連で明治 27 年に南相馬市の太田神社から分霊したそうです。「駒」の話につながりましたね。
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9/4 14:59
大平神社。当地は牧場として良馬を産していたとのこと。その関連で明治 27 年に南相馬市の太田神社から分霊したそうです。「駒」の話につながりましたね。
仙台平山頂の展望台。
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9/4 15:10
仙台平山頂の展望台。
ハング、パラグライダーの基地のようです。
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9/4 15:11
ハング、パラグライダーの基地のようです。
大多鬼丸首塚。バックはガスった大滝根山。
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9/4 15:11
大多鬼丸首塚。バックはガスった大滝根山。
「仙台平」869.88 m四等三角点
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9/4 15:14
「仙台平」869.88 m四等三角点
仙台平から大滝根山
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9/4 15:15
仙台平から大滝根山
大滝根山と三春駒と騎乗のドーハン。
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9/4 15:20
大滝根山と三春駒と騎乗のドーハン。
ドリーネはよくわかりませんでした。
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9/4 15:25
ドリーネはよくわかりませんでした。
仙台平の駐車場に戻ってゴールです。広めのPスペースとwcあります。手前は放射能の測定器かな?
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9/4 15:49
仙台平の駐車場に戻ってゴールです。広めのPスペースとwcあります。手前は放射能の測定器かな?
最後にもう一度、ヒナキンに会ってから帰りました。
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9/4 16:13
最後にもう一度、ヒナキンに会ってから帰りました。
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9/4 16:18
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霧島権現が祀られている場所は殆ど知られていないようで、登山案内サイトやその他の資料でも霧島権現の具体的な場所も写真も見たことがありません。
もしまた行かれることがありましたら、写真36の鎖場を登るときに左の木の茂みに注意してみてください。案内プレートが無くなった鉄ポールが立っているのが見つかるはずですから、そこの茂みに踏み込むと断崖の向こうに霧島権現の祠が見られますよ。
ヤマレコには載せていませんが、ヤマップにレポを載せていますので、もし宜しかったらご覧になって参考にしてみてください。ヤマップでは投稿者名がPickyとなっていますが、私です。
https://yamap.com/activities/16944852
霧嶋権現の場所、詳しく教えていただいてありがとうございました。湯殿山の分霊と聞いてはまた行かねばなりませんね。また、ヤマップでは山座同定もしていただいて、とても参考になります。駐車場所の教訓も肝に銘じておきますね。それでは本当にありがとうございました。godohan
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