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Yamareco

記録ID: 6375571
全員に公開
ハイキング
中国

岡山市東区 馬路山〜新庄山〜高尾〜岩倉山 大山展望&動植物

2024年01月14日(日) [日帰り]
 - 拍手
Machapuchare その他1人
体力度
2
日帰りが可能
GPS
04:39
距離
10.7km
登り
457m
下り
446m
歩くペース
ゆっくり
1.31.4
ヤマレコの計画機能「らくルート」の標準コースタイムを「1.0」としたときの倍率です。

コースタイム

日帰り
山行
3:31
休憩
1:08
合計
4:39
8:38
4
竹原神社駐車場
8:42
8:45
13
竹原神社
8:58
9:24
5
明王寺
9:29
9:29
3
9:32
9:34
1
馬路山西鉄塔
9:35
9:35
38
馬路山頂上(2回目)
10:13
10:13
12
新庄山登山口
10:25
10:30
11
10:41
10:48
6
10:54
10:58
12
南光台
11:10
11:12
13
明王寺(2回目)
11:25
11:25
50
岩倉山東北東の大師堂参道入口
12:15
12:18
2
12:20
12:33
16
岩倉山遺跡
12:49
12:49
2
岩倉山南登山口
12:51
12:54
20
岩倉八幡宮
13:14
13:14
3
岩倉山東北東の大師堂参道入口(2回目)
13:17
竹原神社駐車場
神社・史跡や展望、旬の動植物観察を楽しむコース
歩行距離10.5km、歩行時間3時間30分、歩行数17,700歩、消費カロリー1,160Kcal
天候 晴れ
過去天気図(気象庁) 2024年01月の天気図
アクセス
利用交通機関:
自家用車
 竹原神社の駐車場に自動車を停めました。奥にお店?があるので邪魔にならないのは3台程でしょうか。明王寺参道入口の駐車場は2台は厳しそうです。向かいの空き地も駐車場だと思っていたのですが、枯れ草が茂って利用不可能な状態でした。三徳園の駐車場は開園時間の9〜17時以外は閉鎖です。今回は開園前に到着したので、駐車場の状況はわかりませんでした。
 砂川沿いは護岸工事中で重機が入り車両通行止め箇所があります。今回は歩くのは可能でしたが、日曜日で工事が休みだったためかもしれません。
コース状況/
危険箇所等
 ヤブコギはありません。岩倉山北西尾根は一部、足元が見えるギリギリで少し急な箇所があるので、上りは大丈夫ですが下りはあまりおすすめしません。また、岩倉山東北東尾根はたまに道が不明瞭になることがあり、木の間の歩きやすい所を選んで歩きました。岩倉山の登山道は知っている限りでは北、北西、今回歩いた東と南の4コースありますが、南からが最も整備され歩きやすいと思います。北西の石池に下りる道は最後にどうしても大量の「引っ付き虫」がつきます。

 明王寺<写真06〜16>から新庄山<写真32〜35>への時計回り周回コースはよく整備されています。
 馬路山<写真19>へは途中から岩盤道です。岩盤は滑りにくく、周辺も見た目はザレ場のようですが、意外にも下りも歩きやすかったです。
 新庄山登山口<写真30>からは石埋まりが多く落ち葉が積もっているので、この時期は上りがおすすめです。
 新庄山からは比較的平坦な道が続き、途中、地形図にはない道に入りました。たまに岩盤がありますが歩きやすく、再び明王寺の境内から舗装道路に出ました。

 岩倉山<写真51>周回コースは、一部不明瞭な箇所や足元が見えるギリギリで少し急な箇所があります。
 東北東の大師堂参道入口からコンクリートの階段を上ると、標高15m辺りにそれらしき建物がありました。過ぎるとすぐに落ち葉が積もった土道で、下りは滑りやすそうでした。
 標高30m辺りで道から逸れてしまったようで、引き返して適当に斜面を登り、そこからはたまに不明瞭になると木の間の歩きやすい所を選んで歩きました。
 石仏<写真44>の南にピンクテープと明瞭な道が北に向かって延びていましたが、無視して西に見えているピンクテープの方へ無理に歩いてしまい、引き返す方向に石仏を見つけました。ここを過ぎるとたまに境界標柱があり、道は明瞭ですが足元に折れた枝が散乱していることが度々ありました。
 岩倉山北東の110m峰<写真47>を過ぎ、ピンクテープが複数ある分岐で地形図の破線の道から逸れて岩倉山へと向かう細道に入りました。標高90m辺りから標高130m過ぎまではササやシダの間の細道です。足元はギリギリ見えますが一部は少し急で掴める木が少ないので、上りは大丈夫ですが下りはあまりおすすめしません。
 岩倉山頂上から岩倉山遺跡<写真53〜61>のある140m峰まではきれいに整備されています。岡山県の埋蔵文化財地図によれば、周辺は岩倉山遺跡という鎌倉・室町時代の磐座(いわくら)で、信仰の対象なので、上には上がらないほうがいいです。一応、一番高い岩には上がらないようにしました。
 帰りは南尾根を下りることにしました。標高130m辺りからシダが足に当たりますが、足元は見えますし歩きやすいです。そのうちに岩盤が出てくるとシダはなくなりました。標高30m辺りからしばらくは高さ30cm程のササの間の細道です。
その他周辺情報 三徳園の開園時間は9〜17時で、閉園時間帯は駐車場も閉鎖です。西側のもも畑やいちごハウスなどの研修農場は一般の利用者は立ち入り禁止です。フェンスがあるので誤って入ってしまうことはないと思います。
01竹原神社鳥居&狛犬…駐車場の向かいです。ここの石段は濡れていても滑りにくそうでした。
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01竹原神社鳥居&狛犬…駐車場の向かいです。ここの石段は濡れていても滑りにくそうでした。
02竹原神社随身門…随身像と新しい幣がありました。
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02竹原神社随身門…随身像と新しい幣がありました。
03竹原神社拝殿…竹原(たけわら)神社は、大正2(1913)年に八幡宮、貴船神社、片岡神社が合併し創祀されました。安産、 方除け、 火難除けの3つの御利益があり、一願三叶(一つの願いで三つが叶う)の宮といわれています。
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03竹原神社拝殿…竹原(たけわら)神社は、大正2(1913)年に八幡宮、貴船神社、片岡神社が合併し創祀されました。安産、 方除け、 火難除けの3つの御利益があり、一願三叶(一つの願いで三つが叶う)の宮といわれています。
04竹原神社本殿&稲荷宮…左は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)をお祀りした稲荷宮です。境内社は6社で、そのうちの1社が飛び地にあるというのが気になりました。
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04竹原神社本殿&稲荷宮…左は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)をお祀りした稲荷宮です。境内社は6社で、そのうちの1社が飛び地にあるというのが気になりました。
05竹原神社お狐様…お稲荷様ではなくお狐様😊左にかまどの神様である奥津彦命と奥津姫命をお祀りした荒神社、さらに左にも稲荷宮がありました。
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05竹原神社お狐様…お稲荷様ではなくお狐様😊左にかまどの神様である奥津彦命と奥津姫命をお祀りした荒神社、さらに左にも稲荷宮がありました。
06明王寺境内図…明王寺の参道入口にあります。駐車場は2台は厳しそうで、こんなに狭かったかなと思いました。今回はこれを見て初めて十三仏<写真14>と摩利支天<写真15,16>に参拝することにしました。
06明王寺境内図…明王寺の参道入口にあります。駐車場は2台は厳しそうで、こんなに狭かったかなと思いました。今回はこれを見て初めて十三仏<写真14>と摩利支天<写真15,16>に参拝することにしました。
07明王寺猿光稲荷大明神鳥居越しに猿塚…鳥居の奥に見えている猿塚は、腸が外に垂れ出して苦しんでいた猿を葬ったものといわれています。痔などの下の病気にご利益があるそうです。近くのカボチャのオブジェはまだあるのでしょうか。
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07明王寺猿光稲荷大明神鳥居越しに猿塚…鳥居の奥に見えている猿塚は、腸が外に垂れ出して苦しんでいた猿を葬ったものといわれています。痔などの下の病気にご利益があるそうです。近くのカボチャのオブジェはまだあるのでしょうか。
08明王寺猿光稲荷大明神のお猿像…猿塚の奧にある祠の内部です。さまざまな猿像がありました。左奧の石の左端に猿像が彫られているようです。今まで気づきませんでした。
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08明王寺猿光稲荷大明神のお猿像…猿塚の奧にある祠の内部です。さまざまな猿像がありました。左奧の石の左端に猿像が彫られているようです。今まで気づきませんでした。
09明王寺観音堂&本堂…左が観音堂です。平安時代初期の作とされる聖観音立像は国の重要文化財に指定されていますが、公開されていません。
09明王寺観音堂&本堂…左が観音堂です。平安時代初期の作とされる聖観音立像は国の重要文化財に指定されていますが、公開されていません。
10明王寺ナスのオブジェ越しに本堂…ナスのオブジェ健在😊馬路山(まじさん)明王寺は、天平勝宝年間(749〜756年)に報恩大師により開かれた備前国48箇寺の一つです。ご本尊は毘沙門天です。
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10明王寺ナスのオブジェ越しに本堂…ナスのオブジェ健在😊馬路山(まじさん)明王寺は、天平勝宝年間(749〜756年)に報恩大師により開かれた備前国48箇寺の一つです。ご本尊は毘沙門天です。
11ハッサク?…葉柄にかなり小さな翼があり、直径8〜9僂亮造なっていました。ハッサクのようです。
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11ハッサク?…葉柄にかなり小さな翼があり、直径8〜9僂亮造なっていました。ハッサクのようです。
12ユズ?…葉柄にはかなり大きな翼があり、枝にはトゲが見られました。直径7冂の実は少しデコボコしています。ユズのような気がしました。
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12ユズ?…葉柄にはかなり大きな翼があり、枝にはトゲが見られました。直径7冂の実は少しデコボコしています。ユズのような気がしました。
13明王寺凍てつくひょうたん池?…境内図<写真06>には記載がないひょうたん型の小さな池です。浅いので表面は完全に凍っていました。奧に白いサザンカが咲いており、いい香りがしていましたが、残念ながら花は傷んでいました。まだしばらく花は期待できそうです。
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13明王寺凍てつくひょうたん池?…境内図<写真06>には記載がないひょうたん型の小さな池です。浅いので表面は完全に凍っていました。奧に白いサザンカが咲いており、いい香りがしていましたが、残念ながら花は傷んでいました。まだしばらく花は期待できそうです。
14明王寺十三仏…小さな墓地の奧にありました。中央は阿弥陀如来です。来世利益のミニ霊場だそうで、初七日の不動明王など死後にお世話になる仏様の像の周りを一周しながら動画を撮りました。これで極楽浄土へ行けそうです😊西側は桜がたくさん植わっており、適当に南側の土道に下りました。
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14明王寺十三仏…小さな墓地の奧にありました。中央は阿弥陀如来です。来世利益のミニ霊場だそうで、初七日の不動明王など死後にお世話になる仏様の像の周りを一周しながら動画を撮りました。これで極楽浄土へ行けそうです😊西側は桜がたくさん植わっており、適当に南側の土道に下りました。
15明王寺摩利支天…土道を北上すると開けた場所にポツンとありました。境内図<写真06>には土俵が描かれていますが、よくわかりませんでした。秋には学業成就・心願成就を祈願して、奉納相撲が行われるそうです。
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15明王寺摩利支天…土道を北上すると開けた場所にポツンとありました。境内図<写真06>には土俵が描かれていますが、よくわかりませんでした。秋には学業成就・心願成就を祈願して、奉納相撲が行われるそうです。
16明王寺摩利支天像…祠の扉が開いており、中が丸見えでした。武士が枕本尊として信仰した勝利の女神ですが、このように男性に見える像などデザインはさまざまです。この日は共通テストということもあり、受験生の合格祈願をしました🙏ここからさらに北上し小さな橋を渡ると馬路山頂上<写真19>への近道だったのですが、見落としていったん西に向かいました。
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16明王寺摩利支天像…祠の扉が開いており、中が丸見えでした。武士が枕本尊として信仰した勝利の女神ですが、このように男性に見える像などデザインはさまざまです。この日は共通テストということもあり、受験生の合格祈願をしました🙏ここからさらに北上し小さな橋を渡ると馬路山頂上<写真19>への近道だったのですが、見落としていったん西に向かいました。
17馬路山南南東尾根…実は、馬路山<写真19>は予定外で7年半前に登ったことも忘れていたのですが、三徳園に向かう前に道標のない分岐に気づいて立ち寄ることにしました。途中からこのような岩盤道となり、ロックガーデンを楽しみながら動画を撮りました。
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17馬路山南南東尾根…実は、馬路山<写真19>は予定外で7年半前に登ったことも忘れていたのですが、三徳園に向かう前に道標のない分岐に気づいて立ち寄ることにしました。途中からこのような岩盤道となり、ロックガーデンを楽しみながら動画を撮りました。
18馬路山頂上東の小ケルン…標高90m辺りで再び岩盤道を歩きながら動画を撮りました。この小ケルン周辺は開けており、展望が効きます。
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18馬路山頂上東の小ケルン…標高90m辺りで再び岩盤道を歩きながら動画を撮りました。この小ケルン周辺は開けており、展望が効きます。
19馬路山頂上の大ケルン…2016年6月にはここが馬路山頂上となっており、ケルンにプレートが立てかけてありました。登山道から逸れた木立の中ですが、なぜか気づいてしまいました。現在は登山道沿いに山名プレートが取り付けられているようですが、気づきませんでした。
19馬路山頂上の大ケルン…2016年6月にはここが馬路山頂上となっており、ケルンにプレートが立てかけてありました。登山道から逸れた木立の中ですが、なぜか気づいてしまいました。現在は登山道沿いに山名プレートが取り付けられているようですが、気づきませんでした。
20鉄塔越しに岩倉山…南南西方面です。左手前に岩倉山北東の磐座(いわくら)<写真47>のある110m峰、その奧に岩倉山遺跡<写真53〜61>のある140m峰、その右(中央少し左寄り)に岩倉山<写真51>が見えました。道はさらに西へと延びていましたが、ここで引き返しました。
20鉄塔越しに岩倉山…南南西方面です。左手前に岩倉山北東の磐座(いわくら)<写真47>のある110m峰、その奧に岩倉山遺跡<写真53〜61>のある140m峰、その右(中央少し左寄り)に岩倉山<写真51>が見えました。道はさらに西へと延びていましたが、ここで引き返しました。
21馬路山頂上東より新庄山&展望台高尾…馬路山頂上東の小ケルン<写真18>の下の岩盤より東北東方面を望みました。左が新庄山<写真32〜35>、中央が展望台高尾<写真37,38>、右の鉄塔の奧に隠れて見えないのが南光台<写真39,40>です。
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21馬路山頂上東より新庄山&展望台高尾…馬路山頂上東の小ケルン<写真18>の下の岩盤より東北東方面を望みました。左が新庄山<写真32〜35>、中央が展望台高尾<写真37,38>、右の鉄塔の奧に隠れて見えないのが南光台<写真39,40>です。
22馬路山頂上東より岩倉山…南南西方面です。左手前に岩倉山北東の磐座(いわくら)<写真47>のある110m峰、その奧に岩倉山遺跡<写真53〜61>のある140m峰、中央に岩倉山<写真51>が見えました。動画には熊山も映っています。
22馬路山頂上東より岩倉山…南南西方面です。左手前に岩倉山北東の磐座(いわくら)<写真47>のある110m峰、その奧に岩倉山遺跡<写真53〜61>のある140m峰、中央に岩倉山<写真51>が見えました。動画には熊山も映っています。
23三徳園サザンカ…この南側にあるツバキ展示園から園内に入りました。開花中なのはヤブツバキだけで、ピンク色のつぼみが見られた木以外はつぼみが小さくまだまだでした。ここは見上げる高さのサザンカが並んでおり、見応えがありました。動画も撮りました。
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23三徳園サザンカ…この南側にあるツバキ展示園から園内に入りました。開花中なのはヤブツバキだけで、ピンク色のつぼみが見られた木以外はつぼみが小さくまだまだでした。ここは見上げる高さのサザンカが並んでおり、見応えがありました。動画も撮りました。
24ジョウビタキ♂…ジョウビタキのオスはジョビ男と呼ばれることがあります。寒いので羽毛をふくらませていました。サザンカ<写真23>の前でずっとキョロキョロして逃げないので動画を撮りました。
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24ジョウビタキ♂…ジョウビタキのオスはジョビ男と呼ばれることがあります。寒いので羽毛をふくらませていました。サザンカ<写真23>の前でずっとキョロキョロして逃げないので動画を撮りました。
25センダン実…この辺りは2018年のリニューアル前から変わっていません。直径1冂のセンダンの実はまだたくさん残っていました。毒性があり人間や家畜は無理ですが、ヒヨドリなどはこれを食べても大丈夫なようです。
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25センダン実…この辺りは2018年のリニューアル前から変わっていません。直径1冂のセンダンの実はまだたくさん残っていました。毒性があり人間や家畜は無理ですが、ヒヨドリなどはこれを食べても大丈夫なようです。
26アオジ♂…三徳園から出て舗装道路を歩いていると、餌を探して跳ね回っていました。オスはくちばしの付け根周辺が黒く、頭部は黒っぽいオリーブ色、目の上の黄色い眉斑はわかりにくいです。尾羽を左右に振りながら跳ねる様子が可愛くて動画を撮りました。
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26アオジ♂…三徳園から出て舗装道路を歩いていると、餌を探して跳ね回っていました。オスはくちばしの付け根周辺が黒く、頭部は黒っぽいオリーブ色、目の上の黄色い眉斑はわかりにくいです。尾羽を左右に振りながら跳ねる様子が可愛くて動画を撮りました。
27ジョウビタキ♀…オス<写真24>がジョビ男なのに対して、メスはジョビ子です。腰から尾羽にかけてオレンジ色で翼に白紋があります。こちらも寒いのでコロコロになっています😊
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27ジョウビタキ♀…オス<写真24>がジョビ男なのに対して、メスはジョビ子です。腰から尾羽にかけてオレンジ色で翼に白紋があります。こちらも寒いのでコロコロになっています😊
28トトロ⁉…<写真27>とは別の個体です。メスはこのように正面から見ると地味な色です。動画を撮っていると、ちょくちょく正面を向きこのポーズ。トトロのようです😄
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28トトロ⁉…<写真27>とは別の個体です。メスはこのように正面から見ると地味な色です。動画を撮っていると、ちょくちょく正面を向きこのポーズ。トトロのようです😄
29まん丸ジョビ子…<写真28>と同一個体です。寒いらしく、この状態で動かないのでほぼ真下から動画撮り放題😊ジョビ男<写真24>とのまん丸対決はジョビ子に軍配😄
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29まん丸ジョビ子…<写真28>と同一個体です。寒いらしく、この状態で動かないのでほぼ真下から動画撮り放題😊ジョビ男<写真24>とのまん丸対決はジョビ子に軍配😄
30新庄山登山口…石鉄神社<写真32>の鳥居があり、扁額は石鉄山となっています。ここからは石埋まりが多く落ち葉が積もっているので、この時期は上りがおすすめです。
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30新庄山登山口…石鉄神社<写真32>の鳥居があり、扁額は石鉄山となっています。ここからは石埋まりが多く落ち葉が積もっているので、この時期は上りがおすすめです。
31小部の不動さん&新庄山分岐…正確には分岐の道標からわずかに東に入った所です。高さ30冂の備前焼の不動明王像は、8年前にはありませんでした。ここから先は道がなさそうに思えたので引き返したのですが、新庄山<写真32〜35>の東を巻いて頂上に向かう道があり、途中の不動堂が小部の不動さんのようです。
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31小部の不動さん&新庄山分岐…正確には分岐の道標からわずかに東に入った所です。高さ30冂の備前焼の不動明王像は、8年前にはありませんでした。ここから先は道がなさそうに思えたので引き返したのですが、新庄山<写真32〜35>の東を巻いて頂上に向かう道があり、途中の不動堂が小部の不動さんのようです。
32新庄山頂上の石鉄神社…周辺は新庄山城跡です。主郭にある石鉄神社は、城主の新庄助之進と伊予前神寺の分霊を祀っています。なお、ここを浦上宗景が宇喜多直家に与えた奈良部城跡とする記述がありますが、岡山県古代吉備文化財センターの「岡山県中世城館跡総合調査報告書」では史実の検討を要するとなっています。
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32新庄山頂上の石鉄神社…周辺は新庄山城跡です。主郭にある石鉄神社は、城主の新庄助之進と伊予前神寺の分霊を祀っています。なお、ここを浦上宗景が宇喜多直家に与えた奈良部城跡とする記述がありますが、岡山県古代吉備文化財センターの「岡山県中世城館跡総合調査報告書」では史実の検討を要するとなっています。
33新庄山頂上より経盛山&熊山&大谷山…石鉄神社<写真32>の裏(北)より北北東方面を望みました。中央最奥は熊山、その手前が大谷山、熊山の左の少し尖ったのが経盛山です。
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33新庄山頂上より経盛山&熊山&大谷山…石鉄神社<写真32>の裏(北)より北北東方面を望みました。中央最奥は熊山、その手前が大谷山、熊山の左の少し尖ったのが経盛山です。
34新庄山頂上より本宮高倉山&大錫丈山&小廻山&大廻山…北西方面です。中央手前は西日本豪雨で氾濫した砂川で、岩倉山<写真51>周辺には護岸工事中の箇所があります。その奥を横断するのは山陽新幹線の線路です。左最奥が本宮高倉山、その右が大錫丈山(おおしゃくじょうやま)で手前が小廻山(こめぐりやま)、その右が大廻山(おおめぐりやま)です。動画も撮りました。
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34新庄山頂上より本宮高倉山&大錫丈山&小廻山&大廻山…北西方面です。中央手前は西日本豪雨で氾濫した砂川で、岩倉山<写真51>周辺には護岸工事中の箇所があります。その奥を横断するのは山陽新幹線の線路です。左最奥が本宮高倉山、その右が大錫丈山(おおしゃくじょうやま)で手前が小廻山(こめぐりやま)、その右が大廻山(おおめぐりやま)です。動画も撮りました。
35新庄山頂上石鉄神社境内社?…石鉄神社<写真32>の裏(北)にあります。右の大きいほうが本殿で左が境内社のような気もしますが、わかりませんでした。
35新庄山頂上石鉄神社境内社?…石鉄神社<写真32>の裏(北)にあります。右の大きいほうが本殿で左が境内社のような気もしますが、わかりませんでした。
36新庄山南尾根より甲山&桂山&我城山…この少し北に新庄山城跡の幅10mの堀切があったようですが、気づきませんでした。登山道整備の際に埋められたようで、当時の深さは不明だそうです。岩盤の上より東南東方面を望みました。中央少し左寄りが甲山(こうやま)、その右奧が桂山、右端鉄塔の奧が我城山(がきやま)です。
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36新庄山南尾根より甲山&桂山&我城山…この少し北に新庄山城跡の幅10mの堀切があったようですが、気づきませんでした。登山道整備の際に埋められたようで、当時の深さは不明だそうです。岩盤の上より東南東方面を望みました。中央少し左寄りが甲山(こうやま)、その右奧が桂山、右端鉄塔の奧が我城山(がきやま)です。
37展望台高尾より熊山&大日幡山&西大平山…東屋とベンチがありますが、東屋の外のほうがよく見えます。北東方面を望みました。中央が大日幡山(おおひばたやま)、その左奧は熊山と手前に尖った大谷山、熊山の左に尖って目立つのが経盛山です。大日幡山の右奧は台形っぽいのが西大平山、その右が東大平山です。
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37展望台高尾より熊山&大日幡山&西大平山…東屋とベンチがありますが、東屋の外のほうがよく見えます。北東方面を望みました。中央が大日幡山(おおひばたやま)、その左奧は熊山と手前に尖った大谷山、熊山の左に尖って目立つのが経盛山です。大日幡山の右奧は台形っぽいのが西大平山、その右が東大平山です。
38展望台高尾より80卆茲梁膸魁鎮聾誼舂匹轡肇螢に鳥取県の大山(だいせん)が見えると教えていただきました。雪で真っ白で頂上付近が台形といえば、大山しかないでしょう。まさか標高137m地点から見えるとは思いませんでした。証拠動画も撮りました。
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38展望台高尾より80卆茲梁膸魁鎮聾誼舂匹轡肇螢に鳥取県の大山(だいせん)が見えると教えていただきました。雪で真っ白で頂上付近が台形といえば、大山しかないでしょう。まさか標高137m地点から見えるとは思いませんでした。証拠動画も撮りました。
39南光台より金甲山&怒塚山…ここにもベンチがあります。南南西方面に西大寺配水場のタンク越しに左に電波塔が林立する金甲山(きんこうざん)、右に怒塚山(いかづかやま)が見えました。
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39南光台より金甲山&怒塚山…ここにもベンチがあります。南南西方面に西大寺配水場のタンク越しに左に電波塔が林立する金甲山(きんこうざん)、右に怒塚山(いかづかやま)が見えました。
40南光台より梅ヶ原山&井島&勝賀山&城山…南方面少し西寄りです。手前の鉄塔は久保配水場がある辺り、児島湾越しに左奧の鉄塔の右が梅ヶ原山、その右奧は井島の一部、拡大してもかなりうっすらでわかりにくいですが、さらに右奧に富士山チックな勝賀山、右端にかすかに見える鉄塔の左手前が乙子(おとご)城跡のある城山です。動画も撮りました。
40南光台より梅ヶ原山&井島&勝賀山&城山…南方面少し西寄りです。手前の鉄塔は久保配水場がある辺り、児島湾越しに左奧の鉄塔の右が梅ヶ原山、その右奧は井島の一部、拡大してもかなりうっすらでわかりにくいですが、さらに右奧に富士山チックな勝賀山、右端にかすかに見える鉄塔の左手前が乙子(おとご)城跡のある城山です。動画も撮りました。
41クチナシ実…再び明王寺の境内に戻ってきました。長さ2.5冂のクチナシの実がたくさんなっていました。
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41クチナシ実…再び明王寺の境内に戻ってきました。長さ2.5冂のクチナシの実がたくさんなっていました。
42ナンテン実…直径1兮らずの赤い実はおいしそうですが、野鳥はそれほど好んで食べません。この下にジンチョウゲのつぼみがたくさん見られました。
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42ナンテン実…直径1兮らずの赤い実はおいしそうですが、野鳥はそれほど好んで食べません。この下にジンチョウゲのつぼみがたくさん見られました。
43灯篭?…岩倉山東北東麓にある大師堂の参道からたまに不明瞭になる道を歩きました。ピンクテープから少し逸れて歩いてしまい、引き返す方向にこれを見つけました。20兒擁くらいだったでしょうか。灯篭ではないかと思います。
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43灯篭?…岩倉山東北東麓にある大師堂の参道からたまに不明瞭になる道を歩きました。ピンクテープから少し逸れて歩いてしまい、引き返す方向にこれを見つけました。20兒擁くらいだったでしょうか。灯篭ではないかと思います。
44石仏…右の小さいほうの石仏の裏には昭和52年と彫られていました。詳細は不明です。
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44石仏…右の小さいほうの石仏の裏には昭和52年と彫られていました。詳細は不明です。
45岩倉山北東の磐座東の石仏…岡山県の埋蔵文化財地図に江戸時代の磐座(いわくら)と記載されている辺りだと思います。手前の石仏は高さ30冂でした。
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45岩倉山北東の磐座東の石仏…岡山県の埋蔵文化財地図に江戸時代の磐座(いわくら)と記載されている辺りだと思います。手前の石仏は高さ30冂でした。
46岩倉山北東の磐座東の岩場…石仏<写真45>の周辺の岩場も磐座(いわくら)の一部かもしれません。
46岩倉山北東の磐座東の岩場…石仏<写真45>の周辺の岩場も磐座(いわくら)の一部かもしれません。
47岩倉山北東の磐座…石垣の上に上がるとこうなっていました。岡山県の埋蔵文化財地図に江戸時代の磐座(いわくら)と記載されているメインはこの辺りだと思います。ここまでに60兒擁の石板が上に載ったこのような祠のようなものを何度も見かけました。
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47岩倉山北東の磐座…石垣の上に上がるとこうなっていました。岡山県の埋蔵文化財地図に江戸時代の磐座(いわくら)と記載されているメインはこの辺りだと思います。ここまでに60兒擁の石板が上に載ったこのような祠のようなものを何度も見かけました。
48ツガサルノコシカケ…アカマツの切り株に生えており、カサの直径は20冂でした。かなり色褪せていますが、針葉樹に生えているのでツガサルノコシカケだろうと思います。
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48ツガサルノコシカケ…アカマツの切り株に生えており、カサの直径は20冂でした。かなり色褪せていますが、針葉樹に生えているのでツガサルノコシカケだろうと思います。
49鉄塔越しに岩倉山遺跡&岩倉山…鉄塔越しに南西方面に左に岩倉山遺跡<写真53〜61>のある140m峰、右に岩倉山<写真51>が見えました。
49鉄塔越しに岩倉山遺跡&岩倉山…鉄塔越しに南西方面に左に岩倉山遺跡<写真53〜61>のある140m峰、右に岩倉山<写真51>が見えました。
50明王寺&馬路山…北北東方面です。中央手前の木の左に明王寺境内の猿光稲荷大明神の赤い鳥居<写真07>、その奧に本堂と左に木に隠れ気味に観音堂、背後に大きく馬路山<写真19>が見えました。
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50明王寺&馬路山…北北東方面です。中央手前の木の左に明王寺境内の猿光稲荷大明神の赤い鳥居<写真07>、その奧に本堂と左に木に隠れ気味に観音堂、背後に大きく馬路山<写真19>が見えました。
51岩倉山頂上…標高153mの頂上は木に囲まれ展望は効きません。新旧の山名プレートが向かい合うように取り付けられていました。ここは狭くゆっくりできないので、先に進もうとすると足止めを食らいました。<写真52>へ。
51岩倉山頂上…標高153mの頂上は木に囲まれ展望は効きません。新旧の山名プレートが向かい合うように取り付けられていました。ここは狭くゆっくりできないので、先に進もうとすると足止めを食らいました。<写真52>へ。
52メジロ…たくさんいましたが、枝から枝へと飛び回るのでこれが精一杯でした。
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52メジロ…たくさんいましたが、枝から枝へと飛び回るのでこれが精一杯でした。
53岡山市公共三角点越しに磐座…国土地理院ではなく、岡山市が設置した三角点です。岡山県の埋蔵文化財地図によれば、周辺は岩倉山遺跡という鎌倉・室町時代の磐座(いわくら)で、土師器が出土しています。信仰の対象なので、磐座の上には上がらないほうがいいです。
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53岡山市公共三角点越しに磐座…国土地理院ではなく、岡山市が設置した三角点です。岡山県の埋蔵文化財地図によれば、周辺は岩倉山遺跡という鎌倉・室町時代の磐座(いわくら)で、土師器が出土しています。信仰の対象なので、磐座の上には上がらないほうがいいです。
54岩倉山遺跡(磐座)越しにおくの細道アルプス…一応、一番高い岩の上には上がらないようにして展望を楽しみました。南東方面です。中央に国道2号線、左にわずかに吉井川、最奥はおくの細道アルプスの山々です。
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54岩倉山遺跡(磐座)越しにおくの細道アルプス…一応、一番高い岩の上には上がらないようにして展望を楽しみました。南東方面です。中央に国道2号線、左にわずかに吉井川、最奥はおくの細道アルプスの山々です。
55岩倉山遺跡より剣山&金甲山&怒塚山…南南西方面です。中央に砂川、左手前に西大寺配水場のタンク、その奥にわずかに児島湾、さらに奧は左に剣山、その右奧に金甲山(きんこうざん)、右に怒塚山(いかづかやま)が見えました。
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55岩倉山遺跡より剣山&金甲山&怒塚山…南南西方面です。中央に砂川、左手前に西大寺配水場のタンク、その奥にわずかに児島湾、さらに奧は左に剣山、その右奧に金甲山(きんこうざん)、右に怒塚山(いかづかやま)が見えました。
56岩倉山遺跡より吉井川越しに八丈岩山&三頂山…南方面少し西寄りです。中央に吉井川に架かる岡山ブルーラインの西大寺大橋、その奧中央に三頂山、左に八丈岩山が見えました。
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56岩倉山遺跡より吉井川越しに八丈岩山&三頂山…南方面少し西寄りです。中央に吉井川に架かる岡山ブルーラインの西大寺大橋、その奧中央に三頂山、左に八丈岩山が見えました。
57岩倉山遺跡より吉井川越しにおくの細道アルプス&小豆島…南東方面です。中央は吉井川、最奥は小豆島で最高点が四方指の辺り、すぐ手前はおくの細道アルプスの山々で、中央が大雄山です。
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57岩倉山遺跡より吉井川越しにおくの細道アルプス&小豆島…南東方面です。中央は吉井川、最奥は小豆島で最高点が四方指の辺り、すぐ手前はおくの細道アルプスの山々で、中央が大雄山です。
58岩倉山遺跡より吉井川&豊島&米崎&梅ヶ原山…南方面です。中央は吉井川、左のほう鉄塔がある台形の山は鉄塔の右がユルギ岩、左奧から豊島(てしま)が長く延び、右から延びている半島の先端が米崎、右端鉄塔の右は梅ヶ原山です。
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58岩倉山遺跡より吉井川&豊島&米崎&梅ヶ原山…南方面です。中央は吉井川、左のほう鉄塔がある台形の山は鉄塔の右がユルギ岩、左奧から豊島(てしま)が長く延び、右から延びている半島の先端が米崎、右端鉄塔の右は梅ヶ原山です。
59岩倉山遺跡より五剣山…南南東方面に右にうっすらと香川県の五剣山が見えました。動画には岡山県瀬戸内市の西大平山や甲山(こうやま)も映っています。
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59岩倉山遺跡より五剣山…南南東方面に右にうっすらと香川県の五剣山が見えました。動画には岡山県瀬戸内市の西大平山や甲山(こうやま)も映っています。
60岩倉山遺跡より砂川&雨乞山&芥子山…少し南に下りてみました。岩場はさらに下へと続いていました。南西方面です。中央に砂川、左端に吉井川、中央最奥にうっすらと怒塚山(いかづかやま)、右の岩場の奧に雨乞山、さらに奧に芥子山(けしごやま)が見えました。
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60岩倉山遺跡より砂川&雨乞山&芥子山…少し南に下りてみました。岩場はさらに下へと続いていました。南西方面です。中央に砂川、左端に吉井川、中央最奥にうっすらと怒塚山(いかづかやま)、右の岩場の奧に雨乞山、さらに奧に芥子山(けしごやま)が見えました。
61岩倉山遺跡より砂川&吉井川&八丈岩山&三頂山&貝殻山…南南西方面です。右手前は西日本豪雨で氾濫した砂川で、護岸工事中の辺りが見えているようです。中央に吉井川に架かる岡山ブルーラインの西大寺大橋、左奧のほうに八丈岩山、その右は少しわかりにくいですが三頂山、中央より少し右になだらかな貝殻山が見えました。動画も撮りました。
61岩倉山遺跡より砂川&吉井川&八丈岩山&三頂山&貝殻山…南南西方面です。右手前は西日本豪雨で氾濫した砂川で、護岸工事中の辺りが見えているようです。中央に吉井川に架かる岡山ブルーラインの西大寺大橋、左奧のほうに八丈岩山、その右は少しわかりにくいですが三頂山、中央より少し右になだらかな貝殻山が見えました。動画も撮りました。
62ミニ鳥居&祠…引き返す途中で見つけました。下りて正面にまわると高さ20冂の小さな金属製の鳥居と巣箱サイズの祠がありました。これは後世のものだと思います。
62ミニ鳥居&祠…引き返す途中で見つけました。下りて正面にまわると高さ20冂の小さな金属製の鳥居と巣箱サイズの祠がありました。これは後世のものだと思います。
63カナメモチ実…直径数个亮造びっしりついていました。我が家のベニカナメ「レッドロビン」に葉はよく似ています。「レッドロビン」のほうは交雑種なので結実はあまりせず、1か所に数個です。
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63カナメモチ実…直径数个亮造びっしりついていました。我が家のベニカナメ「レッドロビン」に葉はよく似ています。「レッドロビン」のほうは交雑種なので結実はあまりせず、1か所に数個です。
64岩倉山南登山口…くぐって振り返ってみました。岩倉山の登山道では最も整備され歩きやすいと思います。
64岩倉山南登山口…くぐって振り返ってみました。岩倉山の登山道では最も整備され歩きやすいと思います。
65岩倉八幡宮鳥居越しに拝殿…調べてみましたが、詳細はわかりませんでした。周辺はきれいに手入れされた木が多く、大切にされているようです。
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65岩倉八幡宮鳥居越しに拝殿…調べてみましたが、詳細はわかりませんでした。周辺はきれいに手入れされた木が多く、大切にされているようです。
66岩倉八幡宮本殿&奥ノ院古宮様…右の祠には奥ノ院古宮様と書かれていました。岩倉山東北東尾根にあった神社からここに移されたのでしょうか。
66岩倉八幡宮本殿&奥ノ院古宮様…右の祠には奥ノ院古宮様と書かれていました。岩倉山東北東尾根にあった神社からここに移されたのでしょうか。
67岩倉八幡宮サザンカ…よく咲いていました。三徳園の木<写真23>と同じ品種でしょうか。動画も撮りました。
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67岩倉八幡宮サザンカ…よく咲いていました。三徳園の木<写真23>と同じ品種でしょうか。動画も撮りました。
68キウイ鈴なり…岩倉山南登山口まで戻ってくると、足元にキウイがたくさん転がっていました。見上げると、頭上に鈴なりでした。
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68キウイ鈴なり…岩倉山南登山口まで戻ってくると、足元にキウイがたくさん転がっていました。見上げると、頭上に鈴なりでした。
69ナズナ&ホトケノザ…道沿いにたくさん咲いていました。白い花のナズナは春の七草のひとつです。ピンクのホトケノザは春の七草ではなく、七草のホトケノザはコオニタビラコを指します。
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69ナズナ&ホトケノザ…道沿いにたくさん咲いていました。白い花のナズナは春の七草のひとつです。ピンクのホトケノザは春の七草ではなく、七草のホトケノザはコオニタビラコを指します。

装備

個人装備
長袖シャツ ズボン 靴下(厚手) 防寒具 手袋(防水加工) 軍手 雨具 日よけ帽子とフード 雨用帽子 登山靴(防水加工) 靴ひも予備 サブザック ザックカバー 地形図 コンパス マップケース 筆記用具 タオルハンカチ カメラ 飲料水(スポドリ&茶) 水筒(保温) 非常食(栄養補助食品) スマホ(地図アプリ使用) eTrex22x(GPSナビゲーター)

感想

【竹原神社から明王寺へ】
 2018年11月、三徳園がリニューアルされた直後に訪問し、まだ工事中でなんとなく歩きにくかったこともあってしばらく足が遠のいていました。
 5年ぶりとなる今回、最初は三徳園から出発するつもりでしたが、駐車場は開園時間の9〜17時以外は閉鎖となっていました。明王寺に向かいましたが、ここの駐車場も以前よりかなり狭くなった印象で駐車中の1台の横に停めにくかったので、竹原(たけわら)神社を出発点としました。とりあえず、ここから歩けば三徳園到着は開園時間内になりそうなので、予定通り竹原神社の北にある新庄山と南にある岩倉山を8の字に周回することにしました。

 竹原神社は大正2(1913)年に八幡宮、貴船神社、片岡神社が合併し創祀されました。一願三叶(一つの願いで三つが叶う)の宮といわれ、ご神徳のひとつに方除があります。悪い方角にひそむ災いを祓い退けられるようにと祈願しました。

 続いて向かったのは馬路山(まじさん)明王寺です。天平勝宝年間(749〜756年)に報恩大師により開かれたと伝えられ、備前四十八ヶ寺の一つとされた天台宗の古寺です。平安時代前期(8世紀)の作とみられる国指定重要文化財の聖観音立像は、残念ながら一般公開はされていません。竹原神社ではお狐様<写真05>が祀られていましたが、ここではお猿様<写真08>が祀られていました。
 参道入口の境内図<写真06>で十三仏と摩利支天があることを確認していたのですが、境内図の位置関係がデフォルメされていたせいか、行き着くのに少し迷いました。十三仏<写真14>は来世利益のミニ霊場だそうで、初七日の不動明王など死後にお世話になる仏様の像の周りを一周しました。摩利支天<写真15,16>は武士が枕本尊として信仰した勝利の女神で、この日は共通テストということもあり、受験生の合格祈願をしました🙏

【Nice View! 馬路山〜新庄山〜展望台高尾】
 摩利支天から向かったのは明王寺の北に位置する馬路山<写真19>です。実は、予定外で7年半前に登ったことも忘れていたのですが、三徳園に向かう前に道標のない分岐に気づいて立ち寄ることにしました。
 地形図上は無名の101m峰ですが、整備された道があり、しかも写真や動画でも紹介していますように、頂上直下まで岩盤が続くアトラクションに満ちた山です。岩盤は滑りにくく、周辺も見た目はザレ場のようですが、意外にも下りも歩きやすかったです。頂上は展望が効きませんが、南南東尾根の岩盤道からは、これから登る新庄山<写真32〜35>、展望台高尾<写真37,38>、岩倉山<写真51>なども見え、低山ながらも景観<写真21,22>を楽しめる山でした。
 ちなみに馬路山明王寺にユズの実がなっていましたので、“これぞ馬路山のユズ!”と唸ってしまいました😁ユズが特産の高知県馬路村の可愛いCMが懐かしいです😊

 馬路山を下り、歩きやすい土道を北北東へ、途中で右折して三徳園に入りました。「小鳥の森」のほうが通りがいいかもしれません。リニューアルで樹木が減りシロハラなど小鳥の数も激減していましたが、ヒヨドリやメジロのさえずりが聞こえていました。その中でも特に我々を惹きつけたのは、ジョウビタキのオスとメスです。詳細は後述します。
 ツバキ展示園の花はヤブツバキ以外はつぼみでしたが、サザンカは季節柄、ほどよい開花状況でした。もう少し時期をずらして訪問すると、ツバキとサザンカのコラボが見られそうです。
 園内の東半分は以前のままのようで、フェンス沿いに右往左往せずにすみました。

 三徳園を出た後、東にある新庄山に登りました。ここは城跡でもあります。浦上宗景が宇喜多直家に与えた奈良部城跡とする記述がありますが、岡山県古代吉備文化財センターの「岡山県中世城館跡総合調査報告書」では史実の検討を要するとなっています。
 頂上からは北東方面には熊山<写真33>、北西方面には本宮高倉山<写真34>など、山肌までクリアに見えました。

 新庄山からは比較的平坦な道が続きました。南尾根には新庄山城跡の腰曲輪(くるわ)や堀切がありますが、登山道整備で改変された箇所もあるようで、気づかずスルーしてしまいました。
 しばらく尾根を南下した後、西に延びる道を進んで程なく、「展望台高尾」に続く道が北に延びていたので立ち寄りました。すると、ここに何度も来られている仲良しトリオが大山が見えることを教えてくださいました。最初は遠近感がつかめず、数卆茲砲△觧海留に真っ白な山らしきものは見えたのですが、自信がなく見つめていると、山の上にかぶさるように白く見えるのが雲ではなく雪が積もった大山<写真38>だと言われました。ズームして見ると、頂上付近が台形で、雪化粧で真っ白でした。そんな山は中国地方広しといえど、大山を除いて他にありません。ここから大山までは直線距離にして80劼發△蠅泙后まるでこの日の気象がもたらしたマジックを見ているようで、この山行最大のサプライズとなりました。
 その後、しばらく会話が弾み、謝意を表しながら展望台を出て、最後の目的地の岩倉山に向かいました。

【ジョビ男VSジョビ子 まん丸対決】
 前述の三徳園周辺を歩いていると、ジョウビタキのオスとメスに出会いました。最初に見たのはオス(通称ジョビ男)<写真24>です。我々の方を興味深く見て、時折小首をかしげる姿がとても可愛く、しかも冬特有のまん丸体形をしていたので、見ていて飽きません。立ち去ろうとしないので、我々の方からその場を離れていきました。
 程なく出てきたのは、メス(通称ジョビ子)<写真27〜29>です。つぶらな瞳に、どう見ても球体にしか見えないその体形に我々は完全にやられました😍
 野鳥は以前より減ってはいるものの、こうした新たなアイドルを見ると、非常に心が和みました。

【岩倉山と2か所の磐座】
 岩倉山は地元の方にとっても謎めいた山のようです。先程、展望台高尾でお会いした仲良しトリオも登ったことがないとのことでした。登山道があるのもご存じないようでした。
 我々は過去にいくつかルートを試し、今回が3回目です。北西の石池に下りる道は最後にどうしても大量の「引っ付き虫」がつくので、今回は避けてお初の東尾根からアプローチし、最も整備されている南尾根を下りるコースを選びました。
 東北東の大師堂参道入口からコンクリートの階段を上ると、標高15m辺りにそれらしき建物がありました。正面のガラス戸は下のほうが割れており、内部も建材?が散乱して荒れていました。標高40m過ぎには瓦が積まれ、手水鉢があり、明らかに神社の跡のようでした。
 石仏<写真44>の南にピンクテープと明瞭な道が北に向かって延びていましたが、無視して西に見えているピンクテープの方へ無理に歩いてしまい、引き返す方向に石仏を見つけました。ここを過ぎるとたまに境界標柱があり、道は明瞭ですが足元に折れた枝が散乱していることが度々ありました。また、60兒擁の石板が上に載った祠のようなものを何度も見かけました。不思議なことに内部は空っぽで、小石が敷き詰められた上に同様の石板が載っていたり、石板の上に巣箱のような祠が載っていたりすることもありました。
 岩倉山北東の110m峰には、岡山県の埋蔵文化財地図に記載されている江戸時代の磐座(いわくら)と思しきもの<写真47>がありました。例の祠のようなものはここの参道の丁石として設置され、以前は内部や上に石仏が安置されていたのかもしれません。
 岩倉山頂上は展望が効かず狭いので、すぐに岩倉山遺跡<写真53〜61>のある140m峰に向かいました。岡山県の埋蔵文化財地図によれば、周辺は岩倉山遺跡という鎌倉・室町時代の磐座(いわくら)で、土師器が出土しています。信仰の対象なので、磐座の上には上がらないほうがいいです。一応、一番高い岩には上がらないようにして、おくの細道アルプスや児島湾越しの山々などの展望を楽しみました。
 帰りは南尾根を下りることにしました。岩倉山の登山道は知っている限りでは北、北西、今回歩いた東と南の4コースありますが、南からが最も整備され歩きやすいと思います。

 下山後に岩倉八幡宮<写真65〜67>に参拝しました。調べても詳細はわかりませんでしたが、周辺はきれいに手入れされた木が多く、大切にされているようです。
 磐座が2か所あるなど、岩倉山は昔から信仰の対象だったことは間違いありません。しかし、今回は東北東の大師堂が荒れ神社の境内は跡地になっており、前回、前々回は北西麓がゴミだらけでした。
 人々の心の拠り所にしてはかなり残念な状況もありますが、なぜかまた訪問したくなる山です。次回はどんな信仰跡を見つけられるか楽しみです😊



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コメント

おはようございます。
三徳園界隈は明王寺まで下りたことがありません。ミモザやミツバツツジの頃にはよく行きます。
いろいろあって楽しめますね。まんまるジョビたちが愛らしい。金山,本宮高倉山,金甲山なら大山見たことありますが,まさか高尾から見えるとは!県南からの大山ビューにびっくりです。
2024/1/23 6:55
satopan7さん
コメントありがとうございます。
8年前の1月10日に同地域を訪問したし際には
ツバキ、サザンカ、梅、菜の花などが咲いていましたが、
今年は全体的に開花時期が遅れているようでした。
以前は「小鳥の森」と呼ばれていた三徳園も野鳥の数が減りましたが、
ジョウビタキやメジロなどのスズメ目の野鳥は多数いました。
個人的にはスズメ目の野鳥は動きや表情、そして冬の体形が可愛いので
とても癒やされます。

岡山市の山の背後に大山が見えたのは衝撃でした。
香川県の小豆島や臨海部の山が見えるのとは次元の異なる世界でした。
冬だからこそ明確に見えた貴重なシーンでした。
2024/1/23 9:18
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