(移動日)またまたの熊野古道、新幹線から新大阪で特急くろしお号に乗り継ぎ、和歌山で途中下車して駅前の東横インに前泊します
50
12/13 21:36
(移動日)またまたの熊野古道、新幹線から新大阪で特急くろしお号に乗り継ぎ、和歌山で途中下車して駅前の東横インに前泊します
(1日目)始発の鈍行は民間ロケット、カイロス2号発射で2両増結、臨時列車も増発されて賑やかな紀伊田辺駅に到着しました
25
12/14 7:55
(1日目)始発の鈍行は民間ロケット、カイロス2号発射で2両増結、臨時列車も増発されて賑やかな紀伊田辺駅に到着しました
(1日目)まずは駅近くにある闘鶏神社に参拝、世界遺産の構成資産のひとつですが、参詣道とすると大辺路となります
28
12/14 8:08
(1日目)まずは駅近くにある闘鶏神社に参拝、世界遺産の構成資産のひとつですが、参詣道とすると大辺路となります
(1日目)本殿は国の重要文化財、社名は平家物語の故事(鶏合わせ神事)に由来、とのこと
37
12/14 8:10
(1日目)本殿は国の重要文化財、社名は平家物語の故事(鶏合わせ神事)に由来、とのこと
(1日目)ちょうど朝の神事が行われていて、宮司の読む祝詞が厳かな雰囲気を高めてくれます
28
12/14 8:11
(1日目)ちょうど朝の神事が行われていて、宮司の読む祝詞が厳かな雰囲気を高めてくれます
(1日目)紀伊田辺は武蔵坊弁慶生誕の伝承地、向かって右手の御方は当然義経かと思いきや、父とされる熊野別当、湛増とのこと
37
12/14 8:12
(1日目)紀伊田辺は武蔵坊弁慶生誕の伝承地、向かって右手の御方は当然義経かと思いきや、父とされる熊野別当、湛増とのこと
(1日目)御神木は樹齢1,200年の大楠
38
12/14 8:13
(1日目)御神木は樹齢1,200年の大楠
(1日目)これから3連泊するのはこちらのビジネスホテル、見た目はワンルームマンションですがお部屋もそのまんまでした
23
12/14 8:19
(1日目)これから3連泊するのはこちらのビジネスホテル、見た目はワンルームマンションですがお部屋もそのまんまでした
(1日目)大阪から来た紀伊路が中辺路と大辺路に分岐する地点に建つ道分け石、右きみい寺、左くまの道と掘られています
25
12/14 8:29
(1日目)大阪から来た紀伊路が中辺路と大辺路に分岐する地点に建つ道分け石、右きみい寺、左くまの道と掘られています
(1日目)中辺路スタート地点から道に迷いながらたどり着いた高山寺、弘法大師が開創したとされるお寺です
31
12/14 8:50
(1日目)中辺路スタート地点から道に迷いながらたどり着いた高山寺、弘法大師が開創したとされるお寺です
(1日目)江戸時代の立派な多宝塔が建っています
41
12/14 8:50
(1日目)江戸時代の立派な多宝塔が建っています
(1日目)境内には博物学者の南方熊楠や、合気道の開祖、植芝盛平の墓があります
23
12/14 8:55
(1日目)境内には博物学者の南方熊楠や、合気道の開祖、植芝盛平の墓があります
(1日目)海を見下ろす高台らしい貝塚跡、発掘された品々は最終日に和歌山県立博物館で見学することになります
19
12/14 8:57
(1日目)海を見下ろす高台らしい貝塚跡、発掘された品々は最終日に和歌山県立博物館で見学することになります
(1日目)天気雨に先を思い悩まされながらも最初の王子、秋津王子安井宮跡、川の氾濫などで周囲の状況が変わり、石碑以外には何も残されていません
18
12/14 9:19
(1日目)天気雨に先を思い悩まされながらも最初の王子、秋津王子安井宮跡、川の氾濫などで周囲の状況が変わり、石碑以外には何も残されていません
(1日目)初日の里パートは何度も橋を渡りますが、南北朝時代になると川の徒渉が嫌われ、山越えの潮見峠がメインルートとなります
26
12/14 9:33
(1日目)初日の里パートは何度も橋を渡りますが、南北朝時代になると川の徒渉が嫌われ、山越えの潮見峠がメインルートとなります
(1日目)なかなか止まない雨でズボンの裾が濡れ始め、また靴の中まで浸水するのかとやきもきしながら先に進みます
19
12/14 9:34
(1日目)なかなか止まない雨でズボンの裾が濡れ始め、また靴の中まで浸水するのかとやきもきしながら先に進みます
(1日目)須佐神社は石段登りたくなくてスルーしちゃいました(汗)
25
12/14 9:39
(1日目)須佐神社は石段登りたくなくてスルーしちゃいました(汗)
(1日目)万呂王子は石碑も何もなく、あたりを暫く彷徨ってしまいました
18
12/14 10:12
(1日目)万呂王子は石碑も何もなく、あたりを暫く彷徨ってしまいました
(1日目)古道から少し離れて国指定史跡の三栖廃寺塔跡、白鳳時代の寺院跡には塔の礎石が残されています
38
12/14 10:23
(1日目)古道から少し離れて国指定史跡の三栖廃寺塔跡、白鳳時代の寺院跡には塔の礎石が残されています
(1日目)下三栖交差点を北に進むと後にメインルートとなった潮見峠への道(振り返って撮影、右手が瀬見峠)
18
12/14 10:30
(1日目)下三栖交差点を北に進むと後にメインルートとなった潮見峠への道(振り返って撮影、右手が瀬見峠)
(1日目)スーパーの先を右折し未舗装路に入ると里山の風景が広がりました
29
12/14 10:38
(1日目)スーパーの先を右折し未舗装路に入ると里山の風景が広がりました
(1日目)お次の王子は三栖王子跡、貴族たちの日記にも登場する由緒ある場所のようです
19
12/14 10:44
(1日目)お次の王子は三栖王子跡、貴族たちの日記にも登場する由緒ある場所のようです
(1日目)雨で濡れた下草でズボンの裾がビシャビシャになりながらあまり歩きやすくない里道を進むと、完全な山道へと変わりました
25
12/14 10:54
(1日目)雨で濡れた下草でズボンの裾がビシャビシャになりながらあまり歩きやすくない里道を進むと、完全な山道へと変わりました
(1日目)山中には南方熊楠ゆかりの地、褌一丁で撮影しているのは森林伐採の抗議活動とのこと
21
12/14 11:05
(1日目)山中には南方熊楠ゆかりの地、褌一丁で撮影しているのは森林伐採の抗議活動とのこと
(1日目)山から下りて最初の王子は八上王子跡、世界遺産の構成資産です
23
12/14 11:16
(1日目)山から下りて最初の王子は八上王子跡、世界遺産の構成資産です
(1日目)残されたお社は古いものではないようで、拝殿にはなぜかシャンデリアがぶら下がっていました
22
12/14 11:18
(1日目)残されたお社は古いものではないようで、拝殿にはなぜかシャンデリアがぶら下がっていました
(1日目)瓢箪を奉納するって西国らしいなぁ
49
12/14 11:18
(1日目)瓢箪を奉納するって西国らしいなぁ
(1日目)四国遍路のような川沿いの道
18
12/14 11:24
(1日目)四国遍路のような川沿いの道
(1日目)田中神社は田んぼに囲まれた鎮守の森がいい雰囲気
24
12/14 11:32
(1日目)田中神社は田んぼに囲まれた鎮守の森がいい雰囲気
(1日目)ここは鎮守森の伐採や無節操な神社合祀に抗議した南方熊楠ゆかりの地でもあります
28
12/14 11:32
(1日目)ここは鎮守森の伐採や無節操な神社合祀に抗議した南方熊楠ゆかりの地でもあります
(1日目)お次の稲葉根王子へは2ルートあり、峠越えのルートを選択します
18
12/14 11:43
(1日目)お次の稲葉根王子へは2ルートあり、峠越えのルートを選択します
(1日目)ちょっとした峠も四国遍路でよくあるパターン
26
12/14 11:51
(1日目)ちょっとした峠も四国遍路でよくあるパターン
(1日目)そしてここも世界遺産の構成資産、五体王子として社格も高い稲葉根王子に到着です
21
12/14 11:58
(1日目)そしてここも世界遺産の構成資産、五体王子として社格も高い稲葉根王子に到着です
(1日目)境内のカエデがきれいでした
49
12/14 11:59
(1日目)境内のカエデがきれいでした
(1日目)お次は国道沿いを暫く進み、途中で大きな富田川を渡って一瀬王子
22
12/14 12:34
(1日目)お次は国道沿いを暫く進み、途中で大きな富田川を渡って一瀬王子
(1日目)ここも紅葉が見ごろでした
66
12/14 12:35
(1日目)ここも紅葉が見ごろでした
(1日目)結構大きな川なのに何度も対岸を行き来します(徒渉は禊ぎの意味があったとのこと)
28
12/14 12:43
(1日目)結構大きな川なのに何度も対岸を行き来します(徒渉は禊ぎの意味があったとのこと)
(1日目)ひっそりと道しるべ、左くまの道、右みむら口?と道標も兼ねています
21
12/14 12:48
(1日目)ひっそりと道しるべ、左くまの道、右みむら口?と道標も兼ねています
(1日目)飛び出し坊やは見るからにアンコントロールな造形で運転も慎重になりそう(^^)
35
12/14 12:48
(1日目)飛び出し坊やは見るからにアンコントロールな造形で運転も慎重になりそう(^^)
(1日目)穏やかな流れですが、増水時にはいっぺんに9人もの従者が亡くなる事故もあったとのこと
23
12/14 12:54
(1日目)穏やかな流れですが、増水時にはいっぺんに9人もの従者が亡くなる事故もあったとのこと
(1日目)ご丁寧に古道は高台を通過します
16
12/14 12:56
(1日目)ご丁寧に古道は高台を通過します
(1日目)集落に降りてからも山寄りに古道は進みます
22
12/14 13:11
(1日目)集落に降りてからも山寄りに古道は進みます
(1日目)無料で旅人を千人宿泊させた田上家の功徳を偲んで明治時代に建立された千人供養塔、いろんな時代の石造物がオンパレードです
19
12/14 13:14
(1日目)無料で旅人を千人宿泊させた田上家の功徳を偲んで明治時代に建立された千人供養塔、いろんな時代の石造物がオンパレードです
(1日目)国道沿いに復帰すると鮎川王子、バス停とトイレが隣接しています
19
12/14 13:21
(1日目)国道沿いに復帰すると鮎川王子、バス停とトイレが隣接しています
(1日目)再び川を渡って住吉神社
22
12/14 13:31
(1日目)再び川を渡って住吉神社
(1日目)県天然記念物に指定された御神木のオガタマノキが昨年倒れ、社殿のいくつかが倒壊したままになっていました
15
12/14 13:33
(1日目)県天然記念物に指定された御神木のオガタマノキが昨年倒れ、社殿のいくつかが倒壊したままになっていました
(1日目)暫く川沿いの道を進むと世界遺産に追加登録された北郡越えのルートとなります
21
12/14 13:55
(1日目)暫く川沿いの道を進むと世界遺産に追加登録された北郡越えのルートとなります
(1日目)道祖神と庚申塔が仲良く鎮座
21
12/14 13:56
(1日目)道祖神と庚申塔が仲良く鎮座
(1日目)名残りの紅葉を愛で
32
12/14 13:57
(1日目)名残りの紅葉を愛で
(1日目)頭痛に悩まされた後白河上皇、この渕に沈んだ前世の髑髏を取り上げ念仏を唱えたら頭痛が治った、という伝承地の念仏渕、なにげに高巻きが怖いです
18
12/14 14:01
(1日目)頭痛に悩まされた後白河上皇、この渕に沈んだ前世の髑髏を取り上げ念仏を唱えたら頭痛が治った、という伝承地の念仏渕、なにげに高巻きが怖いです
(1日目)途中から左手に降りていきますが、直進しても熊野古道ではない標識で道迷いがわかるようになっています
20
12/14 14:07
(1日目)途中から左手に降りていきますが、直進しても熊野古道ではない標識で道迷いがわかるようになっています
(1日目)オオウナギ棲息指定地域境界、長さ1.7m、重さ28キロの個体も保護されたことがあるとのこと
28
12/14 14:12
(1日目)オオウナギ棲息指定地域境界、長さ1.7m、重さ28キロの個体も保護されたことがあるとのこと
(1日目)ふたたびの庚申さま、踏んづけている疳の虫?や三猿がかわいらしいです
24
12/14 14:24
(1日目)ふたたびの庚申さま、踏んづけている疳の虫?や三猿がかわいらしいです
(1日目)南無阿弥陀仏の碑は、和歌山県出身で江戸時代の徳本上人が全国を布教して回った証、同様の石碑は長野にも多く、上高地の徳本峠の由来との説もあり
21
12/14 14:24
(1日目)南無阿弥陀仏の碑は、和歌山県出身で江戸時代の徳本上人が全国を布教して回った証、同様の石碑は長野にも多く、上高地の徳本峠の由来との説もあり
(1日目)またまた川を渡りますが、こちらの吊り橋は車もOKな模様
31
12/14 14:38
(1日目)またまた川を渡りますが、こちらの吊り橋は車もOKな模様
(1日目)能の道成寺や歌舞伎の娘道成寺で有名な清姫の墓、実在の人だったとは知りませんでした
23
12/14 14:47
(1日目)能の道成寺や歌舞伎の娘道成寺で有名な清姫の墓、実在の人だったとは知りませんでした
(1日目)当地で生まれた清姫、産湯の井戸も残されています
18
12/14 14:59
(1日目)当地で生まれた清姫、産湯の井戸も残されています
(1日目)一族の居住地跡は畑になっていました
18
12/14 15:00
(1日目)一族の居住地跡は畑になっていました
(1日目)日差しが傾き動いていても寒くなってきた頃、本日の最終目的地に近づきました
27
12/14 15:18
(1日目)日差しが傾き動いていても寒くなってきた頃、本日の最終目的地に近づきました
(1日目)滝尻王子に着くと各駅停車の路線バス以外に空港に向かう快速バスがあるのを発見、タイミングよく来たバスに滑り込みました
19
12/14 15:30
(1日目)滝尻王子に着くと各駅停車の路線バス以外に空港に向かう快速バスがあるのを発見、タイミングよく来たバスに滑り込みました
(1日目)ということで本日から3連泊の宿、1泊7千円也(道中の民宿はひとりで泊まると1泊2万円弱もします)
31
12/14 16:34
(1日目)ということで本日から3連泊の宿、1泊7千円也(道中の民宿はひとりで泊まると1泊2万円弱もします)
(1日目)夕飯は紀伊田辺駅近くの歓楽街で見つけた吉位寿司に飛び込み、まずは生ビール(^^)
49
12/14 17:26
(1日目)夕飯は紀伊田辺駅近くの歓楽街で見つけた吉位寿司に飛び込み、まずは生ビール(^^)
(1日目)寿司屋というより小料理屋です
26
12/14 17:31
(1日目)寿司屋というより小料理屋です
(1日目)まずは桜エビのかき揚げ、薬味が効いてて食感も最高です
52
12/14 17:39
(1日目)まずは桜エビのかき揚げ、薬味が効いてて食感も最高です
(1日目)地物もずくしゃぶ、出汁のきいたスープもまいうー
41
12/14 17:48
(1日目)地物もずくしゃぶ、出汁のきいたスープもまいうー
(1日目)わさび菜の細巻はおとなの味
46
12/14 17:53
(1日目)わさび菜の細巻はおとなの味
(1日目)小鯛バッテラ、押し寿司は関西らしくていいなぁ
59
12/14 17:58
(1日目)小鯛バッテラ、押し寿司は関西らしくていいなぁ
(1日目)最後はウツボのかき揚げ、こちらもなんともいえない食感でした
43
12/14 18:20
(1日目)最後はウツボのかき揚げ、こちらもなんともいえない食感でした
(2日目)翌朝の始発バスは大盛況、みんな山を歩く出で立ちです
27
12/15 6:13
(2日目)翌朝の始発バスは大盛況、みんな山を歩く出で立ちです
(2日目)続々とバスを降りる方々、先月はうじゃうじゃ居た西洋系の方はほぼ皆無で、皆さんアジア系のようです
23
12/15 6:53
(2日目)続々とバスを降りる方々、先月はうじゃうじゃ居た西洋系の方はほぼ皆無で、皆さんアジア系のようです
(2日目)始発で来たのだしガシガシ歩くのかと思いきや、皆さんは熊野古道館の方に吸い込まれて行きました
19
12/15 6:56
(2日目)始発で来たのだしガシガシ歩くのかと思いきや、皆さんは熊野古道館の方に吸い込まれて行きました
(2日目)滝尻王子も五体王子のひとつ、世界遺産の構成資産です
24
12/15 6:57
(2日目)滝尻王子も五体王子のひとつ、世界遺産の構成資産です
(2日目)社殿の後ろ側、石抱きの巨木のところからいきなりの直登がスタートします
21
12/15 7:01
(2日目)社殿の後ろ側、石抱きの巨木のところからいきなりの直登がスタートします
(2日目)胎内くぐりには先客あり、狭いところは苦手なので見るだけで通り過ぎます
23
12/15 7:13
(2日目)胎内くぐりには先客あり、狭いところは苦手なので見るだけで通り過ぎます
(2日目)藤原秀衡の夫人がここで産気づいて出産、赤子はオオカミに託され、岩から滴る乳を飲んで父母の帰りを待ったという乳岩、奥州からここまで夫人同伴で来て、出産しても参拝、赤子は放置でも育つという発想が凄い
27
12/15 7:14
(2日目)藤原秀衡の夫人がここで産気づいて出産、赤子はオオカミに託され、岩から滴る乳を飲んで父母の帰りを待ったという乳岩、奥州からここまで夫人同伴で来て、出産しても参拝、赤子は放置でも育つという発想が凄い
(2日目)不寝王子(ねずおうじ)は江戸時代に唐突に登場した王子、当て字の意味も気になります
20
12/15 7:17
(2日目)不寝王子(ねずおうじ)は江戸時代に唐突に登場した王子、当て字の意味も気になります
(2日目)剣ノ山経塚跡、明治時代に盗掘され、外側の壺だけが麓の熊野古道館に展示されているとのこと
19
12/15 7:41
(2日目)剣ノ山経塚跡、明治時代に盗掘され、外側の壺だけが麓の熊野古道館に展示されているとのこと
(2日目)スポットライトの当たるサザンカが暗がりに浮かび上がります
31
12/15 7:47
(2日目)スポットライトの当たるサザンカが暗がりに浮かび上がります
(2日目)結構登ったなぁと思ったところで飯盛山の展望台、三等三角点が鎮座しています
19
12/15 7:51
(2日目)結構登ったなぁと思ったところで飯盛山の展望台、三等三角点が鎮座しています
(2日目)思わぬ絶景と白くなった遠くの山並みに感動
40
12/15 7:50
(2日目)思わぬ絶景と白くなった遠くの山並みに感動
(2日目)北側には白くなった持平山、笠塔山など標高千メートル前後の山並み
42
12/15 7:50
(2日目)北側には白くなった持平山、笠塔山など標高千メートル前後の山並み
(2日目)眼下には崖を覗き込むような角度で栗栖川の集落、右上には天空の梅林が広がっています
34
12/15 7:50
(2日目)眼下には崖を覗き込むような角度で栗栖川の集落、右上には天空の梅林が広がっています
(2日目)北西側には瀬見峠越えの古道が中腹を走っている槇山
27
12/15 7:51
(2日目)北西側には瀬見峠越えの古道が中腹を走っている槇山
(2日目)ちょっと歩くと針地蔵尊、この後も名もなき石仏がいくつか巡礼者を見守ってくれていました
24
12/15 8:12
(2日目)ちょっと歩くと針地蔵尊、この後も名もなき石仏がいくつか巡礼者を見守ってくれていました
(2日目)高原の集落にたどり着くと北北東側の山々が更に白くなり、待っていたかのように雪まで降り出しました
29
12/15 8:30
(2日目)高原の集落にたどり着くと北北東側の山々が更に白くなり、待っていたかのように雪まで降り出しました
(2日目)高原熊野神社は立派な本殿あり、こじゃれたペンションや民宿の建ち並ぶ集落にあるトイレで休憩し天気の回復を待ちます
28
12/15 8:35
(2日目)高原熊野神社は立派な本殿あり、こじゃれたペンションや民宿の建ち並ぶ集落にあるトイレで休憩し天気の回復を待ちます
(2日目)この先3時間半から4時間は人家もないぞという複数の脅し標識にヒヤヒヤしながら山中に分け入ると、いい感じの日差しが戻ってきました
24
12/15 8:54
(2日目)この先3時間半から4時間は人家もないぞという複数の脅し標識にヒヤヒヤしながら山中に分け入ると、いい感じの日差しが戻ってきました
(2日目)巨木のシルエットに感動
41
12/15 8:56
(2日目)巨木のシルエットに感動
(2日目)標高はそれなりにあるはずなのに今ごろカエデが見ごろです
51
12/15 8:56
(2日目)標高はそれなりにあるはずなのに今ごろカエデが見ごろです
(2日目)三角屋根の作業小屋を過ぎます
25
12/15 8:56
(2日目)三角屋根の作業小屋を過ぎます
(2日目)山中に唐突に現れた高原池
27
12/15 9:09
(2日目)山中に唐突に現れた高原池
(2日目)大門王子は中世の記録にはないらしいけど、立派な祠が建っています
20
12/15 9:17
(2日目)大門王子は中世の記録にはないらしいけど、立派な祠が建っています
(2日目)奥には江戸時代紀州藩が据え置いた石碑と、鎌倉時代の笠塔婆が仲良く鎮座
20
12/15 9:18
(2日目)奥には江戸時代紀州藩が据え置いた石碑と、鎌倉時代の笠塔婆が仲良く鎮座
(2日目)こちらは貴族の日記にも登場するという十丈王子
19
12/15 9:43
(2日目)こちらは貴族の日記にも登場するという十丈王子
(2日目)紀州藩は熊野古道に一里塚もこしらえたし、王子跡の石碑建てたりして文化的なことにも関心があったのかな
19
12/15 9:44
(2日目)紀州藩は熊野古道に一里塚もこしらえたし、王子跡の石碑建てたりして文化的なことにも関心があったのかな
(2日目)日差しが戻ると気持ちのいいなだらかな道
22
12/15 9:45
(2日目)日差しが戻ると気持ちのいいなだらかな道
(2日目)小判を咥えたままここで息絶えた巡礼者を弔って建立されたという小判地蔵、この先には悪四郎屋敷跡や、今回の山旅最高地点688mにある上多和茶屋跡が続いて登場します
20
12/15 9:52
(2日目)小判を咥えたままここで息絶えた巡礼者を弔って建立されたという小判地蔵、この先には悪四郎屋敷跡や、今回の山旅最高地点688mにある上多和茶屋跡が続いて登場します
(2日目)三個の月が現れるという伝説(三体月伝説)の伝承地は直進ですが、メインルートは左下に降りていきます
23
12/15 10:38
(2日目)三個の月が現れるという伝説(三体月伝説)の伝承地は直進ですが、メインルートは左下に降りていきます
(2日目)大坂本王子跡にも紀州藩の石碑と鎌倉時代後期の笠塔婆あり
19
12/15 10:56
(2日目)大坂本王子跡にも紀州藩の石碑と鎌倉時代後期の笠塔婆あり
(2日目)道の駅中辺路の周囲に残るカエデの紅葉、しばらく緩やかに登るとここで休憩、食事をした花山院が茅を折って箸にしたことに由来する箸折峠に到着します
34
12/15 11:11
(2日目)道の駅中辺路の周囲に残るカエデの紅葉、しばらく緩やかに登るとここで休憩、食事をした花山院が茅を折って箸にしたことに由来する箸折峠に到着します
(2日目)箸折峠には花山院の旅姿を模したという牛馬童子像、牛と馬の2頭に跨がる童子の姿は不思議以外のなにものでもありません
24
12/15 11:26
(2日目)箸折峠には花山院の旅姿を模したという牛馬童子像、牛と馬の2頭に跨がる童子の姿は不思議以外のなにものでもありません
(2日目)お隣には鎌倉時代の宝篋印塔、ちなみに牛馬童子のお隣に座っているのは役行者です
26
12/15 11:27
(2日目)お隣には鎌倉時代の宝篋印塔、ちなみに牛馬童子のお隣に座っているのは役行者です
(2日目)ということで中辺路のお宿が集中する近露集落、このヘンな名前はまたもや花山院で、赤い茅の軸に付いた露を「血か露か」と問うたのが起源とか
38
12/15 11:31
(2日目)ということで中辺路のお宿が集中する近露集落、このヘンな名前はまたもや花山院で、赤い茅の軸に付いた露を「血か露か」と問うたのが起源とか
(2日目)モミジの絨毯が広がる近露王子でお昼ご飯とします
22
12/15 11:41
(2日目)モミジの絨毯が広がる近露王子でお昼ご飯とします
(2日目)梅とおかかのおにぎりは紀伊田辺駅前にあるMy Asaで今朝調達したもの、早朝から営業してくれているお店はありがたいです
39
12/15 11:47
(2日目)梅とおかかのおにぎりは紀伊田辺駅前にあるMy Asaで今朝調達したもの、早朝から営業してくれているお店はありがたいです
(2日目)近露集落のメインルート、各駅停車の路線バスもこの商店の前に止まります
31
12/15 12:07
(2日目)近露集落のメインルート、各駅停車の路線バスもこの商店の前に止まります
(2日目)お隣も味わいのあるお店です
31
12/15 12:07
(2日目)お隣も味わいのあるお店です
(2日目)向かい側には近露伝馬所跡、紀州藩が設けた駅舎とのこと
23
12/15 12:09
(2日目)向かい側には近露伝馬所跡、紀州藩が設けた駅舎とのこと
(2日目)小学校の土手にはリンドウが咲いていました
46
12/15 12:15
(2日目)小学校の土手にはリンドウが咲いていました
(2日目)街道筋から見える山並み、右奥に乙女の寝顔(半作嶺)、左手には三日森山、日本オオカミ最後の生息地、狼屹山と続きます
22
12/15 12:40
(2日目)街道筋から見える山並み、右奥に乙女の寝顔(半作嶺)、左手には三日森山、日本オオカミ最後の生息地、狼屹山と続きます
(2日目)山腹を巻いて走る古道に接して比曽原王子
17
12/15 12:46
(2日目)山腹を巻いて走る古道に接して比曽原王子
(2日目)継桜王子社への石段、境内に立つ老杉はすべて那智大社の方角を向いて枝が張り出していて、野中の一方杉と呼ばれます
25
12/15 13:03
(2日目)継桜王子社への石段、境内に立つ老杉はすべて那智大社の方角を向いて枝が張り出していて、野中の一方杉と呼ばれます
(2日目)登り切った先には小さいけれど手の込んだ彫刻のある祠あり
26
12/15 13:04
(2日目)登り切った先には小さいけれど手の込んだ彫刻のある祠あり
(2日目)一段下には紀州藩の板碑、檜に接がれた桜があった場所で継桜王子となったとのこと
18
12/15 13:05
(2日目)一段下には紀州藩の板碑、檜に接がれた桜があった場所で継桜王子となったとのこと
(2日目)とがの木茶屋は藁葺き屋根の古民家、紅葉や雪の頃は絶好の撮影スポットとなります
40
12/15 13:06
(2日目)とがの木茶屋は藁葺き屋根の古民家、紅葉や雪の頃は絶好の撮影スポットとなります
(2日目)暫く先には中川王子跡
18
12/15 13:20
(2日目)暫く先には中川王子跡
(2日目)モチツツジに季節は関係ないのかもしれませんね
41
12/15 13:23
(2日目)モチツツジに季節は関係ないのかもしれませんね
(2日目)本日最後の王子は小広王子、この周辺がバス路線に復帰する最後のポイントです
20
12/15 13:46
(2日目)本日最後の王子は小広王子、この周辺がバス路線に復帰する最後のポイントです
(2日目)ということで快速も止まる小広峠のバス停に到着、この後には雪も降り出し、凍えそうになりながら小一時間バスを待ちました
22
12/15 14:38
(2日目)ということで快速も止まる小広峠のバス停に到着、この後には雪も降り出し、凍えそうになりながら小一時間バスを待ちました
(2日目)前日と同じ快速バスで紀伊田辺駅、和食の地場チェーン店の一吉駅前店でお得な日替わりセット千円ぽっきりを頂きます
64
12/15 17:44
(2日目)前日と同じ快速バスで紀伊田辺駅、和食の地場チェーン店の一吉駅前店でお得な日替わりセット千円ぽっきりを頂きます
(3日目)翌朝は同じく駅前の、焼きたてぱん D’oh!で前日仕入れた調理パン
50
12/16 4:29
(3日目)翌朝は同じく駅前の、焼きたてぱん D’oh!で前日仕入れた調理パン
(3日目)始発の路線バスで再び小広峠バス停に向かい、お手洗いのあるこちらで熊野古道に復帰します
25
12/16 7:42
(3日目)始発の路線バスで再び小広峠バス停に向かい、お手洗いのあるこちらで熊野古道に復帰します
(3日目)歩き出すとすぐに上り坂、息を切らしながら熊瀬川王子跡
18
12/16 7:50
(3日目)歩き出すとすぐに上り坂、息を切らしながら熊瀬川王子跡
(3日目)道中には江戸時代に紀州藩が設置した一里塚あり、以前は目印の松の木も植えられていたそうです
23
12/16 7:55
(3日目)道中には江戸時代に紀州藩が設置した一里塚あり、以前は目印の松の木も植えられていたそうです
(3日目)草鞋峠で再びの下り坂となりますが、周囲はヤマビルが多く蛭降峠百八丁と呼ばれたとのこと、ちなみにヒルは今でも健在のようです
19
12/16 8:03
(3日目)草鞋峠で再びの下り坂となりますが、周囲はヤマビルが多く蛭降峠百八丁と呼ばれたとのこと、ちなみにヒルは今でも健在のようです
(3日目)舗装路に降りると仮設トイレあり、この先の岩神王子への道は2011年の台風(紀伊半島大水害)で地滑りの兆候があるため通行止め、ここを右手に進んで迂回します
16
12/16 8:15
(3日目)舗装路に降りると仮設トイレあり、この先の岩神王子への道は2011年の台風(紀伊半島大水害)で地滑りの兆候があるため通行止め、ここを右手に進んで迂回します
(3日目)迂回路はヘアピンカーブで沢に降ります(振り返って撮影)
15
12/16 8:21
(3日目)迂回路はヘアピンカーブで沢に降ります(振り返って撮影)
(3日目)石仏も解説版もなくて退屈な急坂を登り詰めると迂回路ピークとなる岩上峠(峠の手前で動物の物音に遭遇しました)
20
12/16 8:52
(3日目)石仏も解説版もなくて退屈な急坂を登り詰めると迂回路ピークとなる岩上峠(峠の手前で動物の物音に遭遇しました)
(3日目)標高672mからは、木々の隙間から遠くの山並みが見渡せます
22
12/16 8:59
(3日目)標高672mからは、木々の隙間から遠くの山並みが見渡せます
(3日目)蛇形地蔵で本来の古道に合流、微妙なお顔付きですが妖怪から旅人を守ったり、明治の大水害では土石流から村人を守ってくれたりしたありがたい存在です
23
12/16 9:27
(3日目)蛇形地蔵で本来の古道に合流、微妙なお顔付きですが妖怪から旅人を守ったり、明治の大水害では土石流から村人を守ってくれたりしたありがたい存在です
(3日目)今や近くに人家なんてないのに、丁重にお守りされている雰囲気が伝わってきました
24
12/16 9:27
(3日目)今や近くに人家なんてないのに、丁重にお守りされている雰囲気が伝わってきました
(3日目)その村人が居た道湯川集落跡、中世の豪族、湯川氏発祥の地で、街道筋にあって大いに賑わったとのこと
17
12/16 9:29
(3日目)その村人が居た道湯川集落跡、中世の豪族、湯川氏発祥の地で、街道筋にあって大いに賑わったとのこと
(3日目)集落にある湯川王子、上皇や女院の参詣時にはここで宿泊することが多かったそうです
22
12/16 9:33
(3日目)集落にある湯川王子、上皇や女院の参詣時にはここで宿泊することが多かったそうです
(3日目)道すがらにはバイカオウレンの葉っぱがたくさんあり、花はありませんでしたがカンアオイもあちこちで見られました
27
12/16 9:47
(3日目)道すがらにはバイカオウレンの葉っぱがたくさんあり、花はありませんでしたがカンアオイもあちこちで見られました
(3日目)花は開いていませんでしたが、当地固有種のアサマリンドウも残っていました
34
12/16 9:50
(3日目)花は開いていませんでしたが、当地固有種のアサマリンドウも残っていました
(3日目)小さく登って舗装路に出ると三越峠の関所跡、近くにはトイレもあります
23
12/16 9:58
(3日目)小さく登って舗装路に出ると三越峠の関所跡、近くにはトイレもあります
(3日目)湯の川集落は昭和48年に廃村、先ほどの道湯川集落も昭和31年に廃村になったそうで、意外と最近まで人が居たことに驚きました
19
12/16 10:16
(3日目)湯の川集落は昭和48年に廃村、先ほどの道湯川集落も昭和31年に廃村になったそうで、意外と最近まで人が居たことに驚きました
(3日目)すぐ隣には道の川集落跡、2011年の台風被害で当時の面影はありませんが、広々とした日当たりのいい場所だったようです
17
12/16 10:18
(3日目)すぐ隣には道の川集落跡、2011年の台風被害で当時の面影はありませんが、広々とした日当たりのいい場所だったようです
(3日目)暫く舗装路を進みますが、猪鼻王子は道を逸れた川沿いにあり、分岐を見落としてしまい、いったん先に進んでから戻って到着しました
19
12/16 10:50
(3日目)暫く舗装路を進みますが、猪鼻王子は道を逸れた川沿いにあり、分岐を見落としてしまい、いったん先に進んでから戻って到着しました
(3日目)ふたたびの急坂を登ると発心門王子跡、悟りの心を開く入り口として重要視され、社格の高い五体王子のひとつだったとのこと
25
12/16 11:03
(3日目)ふたたびの急坂を登ると発心門王子跡、悟りの心を開く入り口として重要視され、社格の高い五体王子のひとつだったとのこと
(3日目)少し先にある広場には東屋とトイレ、事務所があり、ちょっと早いですが昨日同様、駅前で買ったおにぎりでお昼ご飯とします(今日は梅と日高昆布です)
36
12/16 11:08
(3日目)少し先にある広場には東屋とトイレ、事務所があり、ちょっと早いですが昨日同様、駅前で買ったおにぎりでお昼ご飯とします(今日は梅と日高昆布です)
(3日目)右奥に休憩した東屋とトイレ、自販機もあり、紀伊田辺からの各駅停車の路線バスはここが終点となります
19
12/16 11:18
(3日目)右奥に休憩した東屋とトイレ、自販機もあり、紀伊田辺からの各駅停車の路線バスはここが終点となります
(3日目)バス通りを歩いていると、なんとコセリバオウレンが狂い咲きしていました(驚)
71
12/16 11:30
(3日目)バス通りを歩いていると、なんとコセリバオウレンが狂い咲きしていました(驚)
(3日目)たった一株だけですが、先月のバイカオウレンといい本来は今の時期には見れないはずの花に歓喜しました
67
12/16 11:30
(3日目)たった一株だけですが、先月のバイカオウレンといい本来は今の時期には見れないはずの花に歓喜しました
(3日目)のどかな集落は紅葉が見ごろ
39
12/16 11:33
(3日目)のどかな集落は紅葉が見ごろ
(3日目)歯痛のお地蔵さんもありました
26
12/16 11:42
(3日目)歯痛のお地蔵さんもありました
(3日目)お次は水呑王子跡、小学校分校跡地に隣接しています
22
12/16 11:43
(3日目)お次は水呑王子跡、小学校分校跡地に隣接しています
(3日目)こちらにも紀州藩の石碑がありました
19
12/16 11:44
(3日目)こちらにも紀州藩の石碑がありました
(3日目)晴れたり曇ったりの一日、山上集落には茶畑が広がり、たわわと実った柿の木がありました
32
12/16 12:06
(3日目)晴れたり曇ったりの一日、山上集落には茶畑が広がり、たわわと実った柿の木がありました
(3日目)遠望するのは先月歩いた果無山脈、小辺地は手強かったなぁ
24
12/16 12:13
(3日目)遠望するのは先月歩いた果無山脈、小辺地は手強かったなぁ
(3日目)お次の伏拝王子は熊野本宮大社を見下ろし、伏して拝んだからとのこと
21
12/16 12:16
(3日目)お次の伏拝王子は熊野本宮大社を見下ろし、伏して拝んだからとのこと
(3日目)植え込みにはキチジョウソウ、キイジョウロウホトトギスも植えてあるとの標識も立っていました
40
12/16 12:16
(3日目)植え込みにはキチジョウソウ、キイジョウロウホトトギスも植えてあるとの標識も立っていました
(3日目)本宮に参拝しに来た和泉式部がここで月の障りとなり、困っていたら熊野権現が現れ快く受け入れてくれたという伝承地、和泉式部の供養塔が建っています
18
12/16 12:17
(3日目)本宮に参拝しに来た和泉式部がここで月の障りとなり、困っていたら熊野権現が現れ快く受け入れてくれたという伝承地、和泉式部の供養塔が建っています
(3日目)本宮大社は見えなかったけど、遠くの山並みが一望できました
28
12/16 12:17
(3日目)本宮大社は見えなかったけど、遠くの山並みが一望できました
(3日目)しばらくで前回歩いた小辺路との合流地点、右かうや左きみい寺と書かれた道しるべが建っています
22
12/16 12:37
(3日目)しばらくで前回歩いた小辺路との合流地点、右かうや左きみい寺と書かれた道しるべが建っています
(3日目)前回は見落とした左本宮道の文字もチェックしました
22
12/16 12:37
(3日目)前回は見落とした左本宮道の文字もチェックしました
(3日目)九鬼ヶ口関跡、小辺路の方向からホラ貝高らかな一群が歩いてきました
23
12/16 12:37
(3日目)九鬼ヶ口関跡、小辺路の方向からホラ貝高らかな一群が歩いてきました
(3日目)ちょっとよりみち展望台からの大鳥居、見下ろして感動して伏して拝んだ人たちの気持ちがわかりました
35
12/16 13:03
(3日目)ちょっとよりみち展望台からの大鳥居、見下ろして感動して伏して拝んだ人たちの気持ちがわかりました
(3日目)本日最後は祓殿王子跡、旅人はここで最後の禊ぎを行い、翌日に熊野川の中州にあった本宮を詣でたとのこと
22
12/16 13:18
(3日目)本日最後は祓殿王子跡、旅人はここで最後の禊ぎを行い、翌日に熊野川の中州にあった本宮を詣でたとのこと
(3日目)明治の大水害で本宮が高台移転してきたので、今では祓殿王子と熊野本宮大社は隣り合わせです
26
12/16 13:20
(3日目)明治の大水害で本宮が高台移転してきたので、今では祓殿王子と熊野本宮大社は隣り合わせです
(3日目)ということで二回目の熊野本宮大社、前回見落とした黒いポストもパシャリ
32
12/16 13:22
(3日目)ということで二回目の熊野本宮大社、前回見落とした黒いポストもパシャリ
(3日目)行楽シーズンも終わり静かな境内です
33
12/16 13:27
(3日目)行楽シーズンも終わり静かな境内です
(3日目)厳かな、という言葉がぴったりな古いお社には神さまごとに専用窓口あり、ひとつずつ参拝していきます
29
12/16 13:28
(3日目)厳かな、という言葉がぴったりな古いお社には神さまごとに専用窓口あり、ひとつずつ参拝していきます
(3日目)境内には和泉式部の祈願塔、ブームが到来する院政の時代より前に詣でているとは先見の明があったんだろな
21
12/16 13:28
(3日目)境内には和泉式部の祈願塔、ブームが到来する院政の時代より前に詣でているとは先見の明があったんだろな
(3日目)境内のカエデもいい感じ
32
12/16 13:35
(3日目)境内のカエデもいい感じ
(3日目)大斎原の大鳥居、先月に引き続き旧社地もきちんと参拝させて頂きました
34
12/16 13:44
(3日目)大斎原の大鳥居、先月に引き続き旧社地もきちんと参拝させて頂きました
(3日目)バス待ちの時間には世界遺産熊野本宮館で熊野古道の歴史を勉強、南方熊楠と熊野の関わりについても詳しい展示がなされていました
31
12/16 14:11
(3日目)バス待ちの時間には世界遺産熊野本宮館で熊野古道の歴史を勉強、南方熊楠と熊野の関わりについても詳しい展示がなされていました
(3日目)帰路は三日続けての快速バス、終点は白浜空港で白浜温泉も通過するとのこと、せっかくなので2時間半掛けて白浜温泉に向かいました
25
12/16 16:40
(3日目)帰路は三日続けての快速バス、終点は白浜空港で白浜温泉も通過するとのこと、せっかくなので2時間半掛けて白浜温泉に向かいました
(3日目)紀伊田辺の駅前とは一変したリゾート気分満点の海辺をバスは走ります
26
12/16 16:43
(3日目)紀伊田辺の駅前とは一変したリゾート気分満点の海辺をバスは走ります
(3日目)2種類の源泉が楽しめる牟婁の湯、石けんもドライヤーもないけれど濃厚なお湯は最高でした
27
12/16 16:53
(3日目)2種類の源泉が楽しめる牟婁の湯、石けんもドライヤーもないけれど濃厚なお湯は最高でした
(3日目)湯上がりは湯崎バス停すぐ近くの浜食堂で生ビール!^^
41
12/16 17:38
(3日目)湯上がりは湯崎バス停すぐ近くの浜食堂で生ビール!^^
(3日目)おかずたっぷりの焼き肉定食は千円也、ここもお客の半分は中国人でした
56
12/16 17:45
(3日目)おかずたっぷりの焼き肉定食は千円也、ここもお客の半分は中国人でした
(3日目)高層ビルも建つバリバリのリゾート地にあって絶滅危惧種の大衆食堂、次回の訪問があるかわかりませんが、いつまでも続いていってもらいたい
31
12/16 18:05
(3日目)高層ビルも建つバリバリのリゾート地にあって絶滅危惧種の大衆食堂、次回の訪問があるかわかりませんが、いつまでも続いていってもらいたい
(予備日)翌朝は3連泊にして初めて味わうホテルの無料朝食、見てる前で焼いてくれるオムレツがここの売りです
45
12/17 6:59
(予備日)翌朝は3連泊にして初めて味わうホテルの無料朝食、見てる前で焼いてくれるオムレツがここの売りです
(予備日)部屋でゆっくりしたら特急くろしお号で前泊した和歌山市へと向かいます
33
12/17 8:29
(予備日)部屋でゆっくりしたら特急くろしお号で前泊した和歌山市へと向かいます
(予備日)和歌山と言えば紀州犬、我が家で昔飼っていた白い犬も足が太くて紀州犬の血が入っているようなミックスだったのを思い出しました
37
12/17 9:50
(予備日)和歌山と言えば紀州犬、我が家で昔飼っていた白い犬も足が太くて紀州犬の血が入っているようなミックスだったのを思い出しました
(予備日)駅前には近鉄百貨店、お土産買いに入ったデパ地下は高めなのも置いてるし、1階にはルイ・ビトンもあって地方都市とは思えぬ品揃えでした
21
12/17 9:57
(予備日)駅前には近鉄百貨店、お土産買いに入ったデパ地下は高めなのも置いてるし、1階にはルイ・ビトンもあって地方都市とは思えぬ品揃えでした
(予備日)25分ほど歩いて国史跡和歌山城、きちんと大手門から入城です
28
12/17 10:21
(予備日)25分ほど歩いて国史跡和歌山城、きちんと大手門から入城です
(予備日)ここの素晴らしいのは高低差のある野面積みがしっかり残されていること、プレカットではない石材をその場で組み合わせていくのは秀吉時代の高い技術力そのもの
32
12/17 10:28
(予備日)ここの素晴らしいのは高低差のある野面積みがしっかり残されていること、プレカットではない石材をその場で組み合わせていくのは秀吉時代の高い技術力そのもの
(予備日)広い敷地内にはクスノキの巨木たち
27
12/17 10:30
(予備日)広い敷地内にはクスノキの巨木たち
(予備日)復元天守とは思えぬ堂々とした天守
57
12/17 10:35
(予備日)復元天守とは思えぬ堂々とした天守
(予備日)屋上階からの眺め、まずは南側、今回旅した熊野古道の山並みは見えてるのかな
32
12/17 10:42
(予備日)屋上階からの眺め、まずは南側、今回旅した熊野古道の山並みは見えてるのかな
(予備日)東側は今日歩いてきたJR和歌山駅方面、奥には高野山が遠望できます
27
12/17 10:43
(予備日)東側は今日歩いてきたJR和歌山駅方面、奥には高野山が遠望できます
(予備日)北側には和歌山市役所や新しめなホテルやマンション群、奥には和泉山脈が連なっています
25
12/17 10:43
(予備日)北側には和歌山市役所や新しめなホテルやマンション群、奥には和泉山脈が連なっています
(予備日)西側にはうっすらと淡路島、遠く四国方面も見えるようです
25
12/17 10:43
(予備日)西側にはうっすらと淡路島、遠く四国方面も見えるようです
(予備日)現存天守でなくても当時の眺望を想像しながら楽しむだけでも登城する甲斐があるというものです
28
12/17 10:45
(予備日)現存天守でなくても当時の眺望を想像しながら楽しむだけでも登城する甲斐があるというものです
(予備日)お城を降りると映えスポットの表示、確かに銀杏と大天守の対比がいい感じかも
31
12/17 10:57
(予備日)お城を降りると映えスポットの表示、確かに銀杏と大天守の対比がいい感じかも
(予備日)お城の周りにあるツワブキにスポットライトが当たります
26
12/17 11:00
(予備日)お城の周りにあるツワブキにスポットライトが当たります
(予備日)古い石垣にはいろんな形をした刻印あり、家来の誰が施工したのかがわかる目印だったとのこと
27
12/17 11:01
(予備日)古い石垣にはいろんな形をした刻印あり、家来の誰が施工したのかがわかる目印だったとのこと
(予備日)真っ赤な追廻門は現存する当時のもの
28
12/17 11:03
(予備日)真っ赤な追廻門は現存する当時のもの
(予備日)名勝西之丸庭園は別名紅葉渓庭園、カエデの紅葉が楽しめます
33
12/17 11:16
(予備日)名勝西之丸庭園は別名紅葉渓庭園、カエデの紅葉が楽しめます
(予備日)池に浮かぶ鳶魚閣(えんぎょかく)と復元された御橋廊下(右奥)が美しい
29
12/17 11:19
(予備日)池に浮かぶ鳶魚閣(えんぎょかく)と復元された御橋廊下(右奥)が美しい
(予備日)銀杏も見ごろで子ども連れが楽しそうに落ち葉を拾い集めていました
33
12/17 11:32
(予備日)銀杏も見ごろで子ども連れが楽しそうに落ち葉を拾い集めていました
(予備日)こちらも現存の岡口門、国の重要文化財指定です
24
12/17 11:35
(予備日)こちらも現存の岡口門、国の重要文化財指定です
(予備日)お城でたっぷり時間を使ってしまいましたが、本来の目的は熊野速玉大社の国宝神像を見ることです
20
12/17 11:39
(予備日)お城でたっぷり時間を使ってしまいましたが、本来の目的は熊野速玉大社の国宝神像を見ることです
(予備日)黒川紀章が設計した県立美術館の入り口には銀座にあった中銀カプセルが展示されていました
23
12/17 11:41
(予備日)黒川紀章が設計した県立美術館の入り口には銀座にあった中銀カプセルが展示されていました
(予備日)県立博物館の特別展は撮影不可ですが、常設展の多くは撮影可能、和歌山県の成り立ちも勉強できてためになりました
33
12/17 12:28
(予備日)県立博物館の特別展は撮影不可ですが、常設展の多くは撮影可能、和歌山県の成り立ちも勉強できてためになりました
(予備日)初日に見た高山寺の貝塚についての展示もありました
25
12/17 12:33
(予備日)初日に見た高山寺の貝塚についての展示もありました
(予備日)東京国立博物館で開催された大神社展で国宝男神像は見たことがありましたが女神像は初見、残りの2神も見たかったなぁ
27
12/17 12:39
(予備日)東京国立博物館で開催された大神社展で国宝男神像は見たことがありましたが女神像は初見、残りの2神も見たかったなぁ
(予備日)長旅の〆は中華そばないとうで和歌山ラーメン、やっぱりしょっぱいものが旨いですね(^^;
70
12/17 12:57
(予備日)長旅の〆は中華そばないとうで和歌山ラーメン、やっぱりしょっぱいものが旨いですね(^^;
【熊野古道◆杁伊田辺から熊野本宮大社を歩かれたのですね。中辺路の前半部、上皇や女院も利用したメインルートを歩くのが目的だったとは。
ハハッ! 初日は民間ロケット「カイロス2号」発射と重なり賑やかだったとは (笑) 3日間で68.8キロとロングコースを歩かれて凄いです!さらに移動日に和歌山城と県立博物館も訪れ、こちらにも紅葉🍁が楽しめて良かったですね。和歌山の歴史もよくわかりましたよ。グルメではお寿司🍣から〆の和歌山ラーメンまで美味しそう😋 今回も「花と食と湯」を十分に満喫されましたね〜😄
今後、歩かれる予定の「大阪からの紀伊路」「半島先端を歩く大辺路」「伊勢に向かう伊勢路」も楽しみです。
3日間、大変お疲れさまでした
第1弾熊野古道歩きに続いて、その翌月に第2弾熊野古道歩きあるとは。白浜までわざわざ足を伸ばしたり、和歌山観光もがっつり楽しまれたようで、相変わらずの行動力と企画力に脱帽です。実家が和歌山市なので、和歌山城や県立博物館をもう一度、大人視点で分析的に見てみたくなります。
yamaonseさんの足元にも及びませんが、紀伊路は今住んでいる大阪の家の近くを通ってるので阿倍王子神社とかウォーキングでよく歩いていますよ。yamaonseさんなら、全ルートあっという間に走破しそうですね。
熊野古道 第二弾、またまた歩いて来ましたねー🏃💦😆 第一弾もどんだけ歩くの?って距離と累積標高に驚きでしたが、Mなんでしょうか?😁 四国八十八箇所の歩き遍路も、私たちは車で走りながらここyamaonseさん歩いたんだね〜なんて驚愕してましたがホント凄い🙀💦私達には無理。😅熊野古道は一番キツそうなトコから攻めたので、あとは紀伊路、大辺路、伊勢路なんですね。お恥ずかしい話、「世界に二つしかない世界遺産の巡礼路」自体全然知らなかったのでyamaonseさんレコで勉強してる次第😁あざ〜っす😆💦南紀白浜温泉も良かったデスか〜、四国のあと私達も白浜回りたかったのですが根性無しで断念、いつかは行ってみたいと思いまーす。和歌山ラーメンも美味そう食べたか〜&コセリバオウレン🌼にもビックリ、そっちはもう春🌸が来てるのかと思いましたよ😁来年の第三弾も起きをつけて✋😄
拠点の町、今回は田辺市の宿に宿泊して、毎日歩き足してゆく、
ルートプランニングは、流石の企画力ですね。
熊野古道の歩きでは、確実に赤線が伸びる
達成感を感じますし、万一のアクシデントでの
途中撤退にも柔軟に対応できますね。
車を使わないプランは、制限時間内に確実に
歩き進めないといけないですが、その点もお見事です。
熊野古道の雰囲気も、古民家、クラシカルなお茶屋さんなど
雰囲気がよく、ハグマも見られて何よりです。
ところで、一般的なホテルの料金は、本当
高くなりましたね。旅好きには悩ましいところですね。
歩かれた距離が長いと追うのも時間が掛かり遅コメ失礼します!
前回のyamaonseさんの熊野古道も実はよくわかっていなかったのに再度出掛けられたとは……!!
そして、え?未だ道がある?
決定版は無いというような事を仰せでしたね。
『熊野古道へ行って来た』
という友人がいるのですが、
大門坂→熊野那智大社→青岸渡寺→那智の滝→大門坂
だったそうで、高尾山のビアマウントへ行っただけでも『高尾山へ行って来た』という感じ?
茶店の佇まい、いい感じですね!
>廃村になった集落は昭和31年、昭和48年、
yamaonseさんの
>つい最近
という表現に、高度成長期だっただろうに、そんな憂き目に遭ってしまった集落に思いを寄せてしまいました。
食べ物はなんといっても品数豊富な定食が1000円だなんてビックリ!
こういう『うまい話』に出会いたいものです!
おつかれさまでした、
雨もよいでしたのに今回は体調は大丈夫そうですね
って言って
先月に引き続き、長大な旅お疲れ様です。じっくり拝読していましたので遅いコメント失礼致します。
毎回思いますが計画と、難なく成し遂げる実行力が凄いと思います。今回も約70kmですか……😱
写真80〜82の景色が私は好きですね。まだまだ私が未知な風景が日本にはあると思うとワクワクしますね。私もいつの日か歩いてみたいですね。
私も地方に行くと積極的に街の飲食店には行きますが、その地の特性があり面白いですよねね。今回はウツボのかき揚げが気になりました。私もウツボの天ぷらは食べた事がありますが見た目が怖い割りには上品な味わいだったのを記憶しています。そして和歌山ラーメンで〆は最高ですね😋
観光レコも和歌山城、石垣が良いですね☺️
流石に徳川御三家の居城だっただけの事はありますね。鉄分も補給出来て楽しい旅だったのがレコからも窺えます。
熊野古道伊勢路、大辺路、紀伊路編レコも楽しみに待っています☺️
写真80以降の数枚は飯盛山展望台からの眺望、遠くに白い山並みが見え、手前には奈落の底に箱庭みたいな集落が見下ろせる構図、おまけに一段上には空中梅林が広がる光景は今回旅の眺望としては白眉でした。これで標高は270メートル、いかに熊野は谷が深いか、身をもって実感できた思い出の場所となりました。
食に関しては今回は節約旅、そんななかでちょっと奮発した初日のお寿司屋さんは食べてみたいメニューのオンパレードでした。ウツボはこの時期の当地名物みたいで、ふんわりモチモチした食感は最高でした。和歌山ラーメンは店による違いもあった様子、今回は飛び込みだったので、次回は調査して人気店を押さえたいです。
観光レコの和歌山城は復元天守なんて大したことないだろうという事前予想を見事に覆してくれました。野面積みは秀吉時代の遺物、大阪城のようにその後の城主が埋めたり壊したりして消し去ることが多いなか、この城は打ち込みはぎ、切り込みはぎと石垣のデパートでした。鉄分補給もできたし、旅って全部が楽しいモノですね。
熊野古道は、私は全体の情報がよくわからないままに、バスやら川下りの船やらを使いつつ、2泊3日で核心部?(今回なら、牛馬童子口〜小広峠、発心門王子〜本宮。前回なら、補陀落寺〜青岸渡寺)をつまみ食いで歩きましたが、これは歩き通しですごいですね。古道というくらいだから石畳でもあるかと思いきや、古道っぽいのはごく一部分で、普通の山道や普通の車道が多かったりして、結構道がわかりにくいんですよね。しかし、全体的に閑散としていて、途中で食べる場所も少なければ、泊まる場所なんて全くないなあと思っていましたが、バスで戻って再度そこからという手もありましたか。次回以降のレポも期待します。
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