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ハイキング
奥秩父
大仏伝説の寺平へ再び…長久保川分水嶺を周回して父不見山
2016年04月19日(火) [日帰り]
体力度
4
1泊以上が適当
- GPS
- 09:49
- 距離
- 17.8km
- 登り
- 1,248m
- 下り
- 1,255m
コースタイム
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2016年04月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
駐車場無料。トイレ在り。 |
コース状況/ 危険箇所等 |
●右岸尾根(往路) 前回レコでは藪漕ぎが無い様な事を書いていたが、二日経ってから書いたため記憶が曖昧になっていた様だ。幾つかの小ピークで藪漕ぎはある。ただしそれは、余り歩かれない為に藪化した感じで、地面には踏み跡が認められる。TVアンテナが二箇所設置されていたりして、左岸尾根に比べると頻繁に人が入り人里に近い印象。また、父不見山フラワーラインから長久保の頭まで長々とブル道が続き、気分はどうあれ迷う心配はない。 ●左岸尾根(復路) こちらも昨年歩いているが、その時の記憶と現物を目にした印象の乖離が激しい。もっと明るい陽質な尾根と感じていた。踏み跡はあるにはあるが、はっきりした所とそうでない所の差が大きい。特にP720手前鞍部への下りと、三角点からの下り。支尾根の方がなだらかなんで間違ってるのではと不安になる。620mまで下ると巻き道が現れ、以降はガンガン巻いて行ける。 |
その他周辺情報 | ・風呂 吉田元気村 料金3時間まで500円。 千鹿谷鉱泉 料金700円 ・食事 駐車地の倉尾ふるさと館で食事が出来る。(当日は開いてなかった。休日のみの営業かも。) |
写真
感想
図書館に「秩父の伝説」という本が有ったので読んでみた。寺平の伝説は要約すると以下の様になる。
昔、弘法大師がこの地を訪れ、高野山と同じ様な寺を建立しようとした。七堂伽藍を建て、高野山から七十五人の僧侶を呼び寄せて寺を守ったが、ある時大変な嵐がこの地を襲い、裏山が崩れて寺が埋まってしまった。僧侶たちは復興しようとしたが、再建は出来なかった。仕方なく高野山へ帰る事にしたが、後片付けに時間がかかって冬になってしまい、上州の峠で大雪に見舞われて皆凍え死んでしまった。
この本では大仏が埋まったという具体的な話は出て来ない。しかし、岨道峠道さんの山ノ神峠の頁をみると、「大仏伝説の寺平から鐘撞堂へトラバースしてゆき、どんどん場から少しで峠」と書かれている。また、yamadanukiさんの書かれた父不見山の基本情報にも、「寺平地区には大仏が埋っていると言われている」との一文が見られる。やはり地元ではその様な言い伝えがあるのだろう。
それにしても気になるのは、「寺平から鐘撞堂へトラバース」の部分だ。これは建物の鐘撞堂を言っているのだろうか。今回、峠から寺平へ逆に辿り、建物と仮定の基に探してみたが、その様な物は無かった。2006年の時点では存在したのだろうか。それとも、寺平と同じく地名を指しているのか。あの廃屋の在った所が鐘撞堂なら合点がいくけど。それともう一つ、どんどん場が何なのかも気になるなあ。
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