生坂ダムの上を左岸へ渡る地元の車も渡っていた。軽自動車までだと思います。
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11/15 9:18
生坂ダムの上を左岸へ渡る地元の車も渡っていた。軽自動車までだと思います。
日岐城東の物見に直接上陸。周りが竪堀や地形で急なので手すりあり。多分整備してから時間が経ち、樹林も鬱蒼。
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11/15 9:38
日岐城東の物見に直接上陸。周りが竪堀や地形で急なので手すりあり。多分整備してから時間が経ち、樹林も鬱蒼。
日岐城東の物見
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11/15 9:39
日岐城東の物見
日岐城東の物見
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11/15 9:39
日岐城東の物見
日岐城東の物見。浅間大明神を祀った跡あり。
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11/15 9:40
日岐城東の物見。浅間大明神を祀った跡あり。
三の曲輪への道
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11/15 9:42
三の曲輪への道
三の曲輪
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11/15 9:43
三の曲輪
三の曲輪から犀川と国道19号。生坂ダムのバックウオーター部。煙は小さな工場あり。
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11/15 9:45
三の曲輪から犀川と国道19号。生坂ダムのバックウオーター部。煙は小さな工場あり。
二の曲輪への道
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11/15 9:46
二の曲輪への道
二の曲輪。ひろい。
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11/15 9:48
二の曲輪。ひろい。
ニノ曲輪より生坂役場方向と北安曇連峰。木々鬱蒼。往時はもちろん丸見えだ。
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11/15 9:48
ニノ曲輪より生坂役場方向と北安曇連峰。木々鬱蒼。往時はもちろん丸見えだ。
ニノ曲輪より堀切挟んで一ノ曲輪。
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11/15 9:49
ニノ曲輪より堀切挟んで一ノ曲輪。
一の曲輪。柵がある方は急斜面。四阿は鉄製。整備は30年前。
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11/15 9:51
一の曲輪。柵がある方は急斜面。四阿は鉄製。整備は30年前。
一の曲輪に古い墓あり。日岐丸山さん?
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11/15 9:51
一の曲輪に古い墓あり。日岐丸山さん?
一の曲輪 案内板
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11/15 9:52
一の曲輪 案内板
一の曲輪。四阿屋と案内板。以前は展望もあったことでしょう。大きいのは柏の木です。
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11/15 9:52
一の曲輪。四阿屋と案内板。以前は展望もあったことでしょう。大きいのは柏の木です。
一の曲輪より京ヶ倉への尾根
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11/15 10:18
一の曲輪より京ヶ倉への尾根
ダムの上通って右岸へ戻る。
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11/15 10:24
ダムの上通って右岸へ戻る。
右岸から日岐城。左端はダム施設。
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11/15 10:30
右岸から日岐城。左端はダム施設。
万平から京ヶ倉。万平は、河岸段丘の上の段で、おそらく丸山氏の館や城下町があったあたり。京ヶ倉連山の眺め良し。ここを車で通過するのはもったいない。
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11/15 10:50
万平から京ヶ倉。万平は、河岸段丘の上の段で、おそらく丸山氏の館や城下町があったあたり。京ヶ倉連山の眺め良し。ここを車で通過するのはもったいない。
万平から京ヶ倉の南嶺。こちらは道記号など地図にないが、連山の半分を占める。
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11/15 10:52
万平から京ヶ倉の南嶺。こちらは道記号など地図にないが、連山の半分を占める。
万平の松並木、実際には桜並木。松は見当たらない。南列は桜、北列は杉が多い。
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11/15 10:53
万平の松並木、実際には桜並木。松は見当たらない。南列は桜、北列は杉が多い。
並木の由来と祠
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11/15 10:54
並木の由来と祠
並木の終点、道が曲がるところに庚申塔と道祖神、馬頭観音。
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11/15 10:58
並木の終点、道が曲がるところに庚申塔と道祖神、馬頭観音。
道祖神
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11/15 10:58
道祖神
石仏案内
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11/15 10:59
石仏案内
屋根、凝ってます。毎年葺き替えるとのこと。
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11/15 10:59
屋根、凝ってます。毎年葺き替えるとのこと。
登山口案内。充実の情報。地形図と照らし合わせる。こや城と日岐城の案内も是非。
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11/15 11:10
登山口案内。充実の情報。地形図と照らし合わせる。こや城と日岐城の案内も是非。
こや城登り口(東面】に灯籠二基。しかしその後道らしきものは無し。
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11/15 11:13
こや城登り口(東面】に灯籠二基。しかしその後道らしきものは無し。
こや城、一ノ曲輪。これは広い。
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11/15 11:18
こや城、一ノ曲輪。これは広い。
こや城一ノ曲輪、案内板。
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11/15 11:19
こや城一ノ曲輪、案内板。
こや城一の曲輪の西の深い堀切
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11/15 11:20
こや城一の曲輪の西の深い堀切
こや城一ノ曲輪より南側絶壁方向。
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11/15 11:22
こや城一ノ曲輪より南側絶壁方向。
京ヶ倉への途上、おおこば見晴らし台。木々が伸び、満足な眺めではなくなってきている。こういうところぐらい、木を伐ってはどうだろう。
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11/15 11:59
京ヶ倉への途上、おおこば見晴らし台。木々が伸び、満足な眺めではなくなってきている。こういうところぐらい、木を伐ってはどうだろう。
見晴らし台から北安曇連峰。こちらも樹間から、背伸びして撮る感じ。
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11/15 12:00
見晴らし台から北安曇連峰。こちらも樹間から、背伸びして撮る感じ。
稜線手前の大庇。かろうじて雨をしのげるかどうかという張り出し。砂岩層。
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11/15 12:10
稜線手前の大庇。かろうじて雨をしのげるかどうかという張り出し。砂岩層。
京ヶ倉見えた。
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11/15 12:16
京ヶ倉見えた。
坂北方面。聖山と、四阿山(上信国境)、その手前に冠着山
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11/15 12:24
坂北方面。聖山と、四阿山(上信国境)、その手前に冠着山
京ヶ倉と馬の背
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11/15 12:28
京ヶ倉と馬の背
馬の背、両側。ここが本日一番の絶景ポイント。北アルプスから北信の山、東信の山、それに南アもバッチリ。筑北の盆地山間地が見えて見飽きない。
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11/15 12:28
馬の背、両側。ここが本日一番の絶景ポイント。北アルプスから北信の山、東信の山、それに南アもバッチリ。筑北の盆地山間地が見えて見飽きない。
馬の背にて 黄葉の海
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11/15 12:29
馬の背にて 黄葉の海
馬の背から生坂と犀川屈曲部、安曇連峰。常念、つばくろ、餓鬼に雪ちょっぴり。有明山の右後ろは野口五郎連山。
生坂の大屈曲部と、日岐城、こや城の位置関係がバッチリ見える絶好点。
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11/15 12:30
馬の背から生坂と犀川屈曲部、安曇連峰。常念、つばくろ、餓鬼に雪ちょっぴり。有明山の右後ろは野口五郎連山。
生坂の大屈曲部と、日岐城、こや城の位置関係がバッチリ見える絶好点。
犀川と安曇連峰。やはり高瀬川左岸側はこの時期白さに差がつく。蓮華岳以北の白さよ。我らが唐沢岳はまだ黒い。
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11/15 12:32
犀川と安曇連峰。やはり高瀬川左岸側はこの時期白さに差がつく。蓮華岳以北の白さよ。我らが唐沢岳はまだ黒い。
馬の背。コワい人のためにロープ残置あり。
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11/15 12:32
馬の背。コワい人のためにロープ残置あり。
黄葉の海に浮かぶ聖山。この一枚岩も美しい。左奥には飯綱山、右は冠着山とその後ろに四阿山(上信国境の)と根子岳。聖山の南西面中腹に散財する山間集落、この春全部歩いて訪ねた。中世以来の古い日本。
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11/15 12:34
黄葉の海に浮かぶ聖山。この一枚岩も美しい。左奥には飯綱山、右は冠着山とその後ろに四阿山(上信国境の)と根子岳。聖山の南西面中腹に散財する山間集落、この春全部歩いて訪ねた。中世以来の古い日本。
犀川屈曲部、常念など雪チラリ。村の中心部をこうして俯瞰できる山を持つ生坂村、素敵な村です。2つの山城跡もよく分かる。低い丘陵の先の安曇野が見えている。
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11/15 12:39
犀川屈曲部、常念など雪チラリ。村の中心部をこうして俯瞰できる山を持つ生坂村、素敵な村です。2つの山城跡もよく分かる。低い丘陵の先の安曇野が見えている。
京ヶ倉山頂。連山の最高点。
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11/15 12:42
京ヶ倉山頂。連山の最高点。
京ヶ倉山頂
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11/15 12:42
京ヶ倉山頂
京ヶ倉より大城と犀川、北安山脈。主稜線上の城はあそこに築かれた。
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11/15 12:44
京ヶ倉より大城と犀川、北安山脈。主稜線上の城はあそこに築かれた。
左遠くは上信国境の四阿山。正面遠くは、筑北の四阿山。その左奥に浅間山。手前は生坂西列山脈。こことの間の谷にも知られざる集落あり。
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11/15 12:57
左遠くは上信国境の四阿山。正面遠くは、筑北の四阿山。その左奥に浅間山。手前は生坂西列山脈。こことの間の谷にも知られざる集落あり。
大城、案内板。丸山氏は甲斐武田に下り、33年後には地元の小笠原の逆襲でここを去った。
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11/15 13:11
大城、案内板。丸山氏は甲斐武田に下り、33年後には地元の小笠原の逆襲でここを去った。
大城一の曲輪
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11/15 13:11
大城一の曲輪
大城二の曲輪
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11/15 13:20
大城二の曲輪
大城三の曲輪
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11/15 13:21
大城三の曲輪
物見から北安山脈。やっぱり北安は雪が違う。対岸にあるのは揚水式発電施設か。
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11/15 13:26
物見から北安山脈。やっぱり北安は雪が違う。対岸にあるのは揚水式発電施設か。
物見岩
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11/15 13:32
物見岩
物見岩
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11/15 13:32
物見岩
三角点。地形図では「大城」という字がここに書いてある。
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11/15 13:36
三角点。地形図では「大城」という字がここに書いてある。
はぎの尾峠。東側の山麓から生坂中学校へ通学路だったとある。健脚中学生だ。
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11/15 13:39
はぎの尾峠。東側の山麓から生坂中学校へ通学路だったとある。健脚中学生だ。
峠の案内
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11/15 13:42
峠の案内
松の穏やかな道
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11/15 13:47
松の穏やかな道
窪みあり。4mx1.5m。炭焼き窯?でも石垣は無い
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11/15 13:52
窪みあり。4mx1.5m。炭焼き窯?でも石垣は無い
地形図にもある100m以上の広い窪地あり。田崎真也寄付の森林整備事業などという看板あり。
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11/15 13:56
地形図にもある100m以上の広い窪地あり。田崎真也寄付の森林整備事業などという看板あり。
朴の葉は白く、遠くからは雪かと思う
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11/15 14:04
朴の葉は白く、遠くからは雪かと思う
「眠り峠登山口」から舗装道路。ここが生坂山脈北端の登山口のよう。
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11/15 14:09
「眠り峠登山口」から舗装道路。ここが生坂山脈北端の登山口のよう。
眠り峠。山脈東側の山間地との往年のメインルート。山清路は道が作れずこっちを越えたとのこと。今の国道19号が松本長野間で開通したのは1937年(昭和12年)で、かなり遅い。それまでは犀川通船時代もあり、おそらくこの峠が現役だった。日中戦争、盧溝橋事件の年。
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11/15 14:10
眠り峠。山脈東側の山間地との往年のメインルート。山清路は道が作れずこっちを越えたとのこと。今の国道19号が松本長野間で開通したのは1937年(昭和12年)で、かなり遅い。それまでは犀川通船時代もあり、おそらくこの峠が現役だった。日中戦争、盧溝橋事件の年。
眠り峠。山脈東側の山間地との往年のメインルート。山清路は道が作れずこっちを越えたとのこと
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11/15 14:10
眠り峠。山脈東側の山間地との往年のメインルート。山清路は道が作れずこっちを越えたとのこと
眠り峠、大須が池への案内
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11/15 14:11
眠り峠、大須が池への案内
大須が池への道
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11/15 14:16
大須が池への道
大須が池(大菅沼)
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11/15 14:16
大須が池(大菅沼)
大須が池
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11/15 14:19
大須が池
大須が池案内
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11/15 14:21
大須が池案内
雲根山からの下山路。聖山山腹の集落群が正面
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11/15 14:38
雲根山からの下山路。聖山山腹の集落群が正面
聖山に山腹の集落群が正面。犀川水面が見えてきた
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11/15 15:03
聖山に山腹の集落群が正面。犀川水面が見えてきた
送電塔ルート
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11/15 15:03
送電塔ルート
雲根峠への道だった
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11/15 15:13
雲根峠への道だった
雲根峠への道入口
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11/15 15:13
雲根峠への道入口
坂北村への新しい橋を作っている
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11/15 15:17
坂北村への新しい橋を作っている
往年の名所、山清路。往年は本流沿いに道ができず、江戸末期からの犀川通船も1903年の篠ノ井線全通でなくなる。ここに橋が懸けられたのもそのころか。そのころから大正昭和初期にかけ絶景地として信濃10大景勝に選ばれた。露岩と峡谷。1937年長野松本間自動車道開通、1957年ダム完成で景観が変わり、今は19号線の通り道に。
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11/15 15:22
往年の名所、山清路。往年は本流沿いに道ができず、江戸末期からの犀川通船も1903年の篠ノ井線全通でなくなる。ここに橋が懸けられたのもそのころか。そのころから大正昭和初期にかけ絶景地として信濃10大景勝に選ばれた。露岩と峡谷。1937年長野松本間自動車道開通、1957年ダム完成で景観が変わり、今は19号線の通り道に。
新旧山清路橋
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11/15 15:25
新旧山清路橋
旧橋。昭和6年竣工。日本橋みたいな立派な石材。
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11/15 15:26
旧橋。昭和6年竣工。日本橋みたいな立派な石材。
旧橋。昭和6年竣工
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11/15 15:26
旧橋。昭和6年竣工
旧橋と旧国道
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11/15 15:27
旧橋と旧国道
あと2時間待ち。日中の便はあまりない。
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11/15 15:29
あと2時間待ち。日中の便はあまりない。
山清路の景勝の岩壁
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11/15 15:33
山清路の景勝の岩壁
19号線の歩道、あるのは有り難いけど草ぼうぼう。誰も歩かないでしょうね。ほとんど空中のせり出しの後付。
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11/15 15:38
19号線の歩道、あるのは有り難いけど草ぼうぼう。誰も歩かないでしょうね。ほとんど空中のせり出しの後付。
夕映え京ヶ倉 雲根集落あたりから
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11/15 15:51
夕映え京ヶ倉 雲根集落あたりから
民家の植え込みの香りの良い花。ヒイラギの花だった。
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11/15 15:54
民家の植え込みの香りの良い花。ヒイラギの花だった。
土蔵と京ヶ倉 雲根集落
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11/15 15:55
土蔵と京ヶ倉 雲根集落
犀川バックウォーターと京ヶ倉。水鳥多し。
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11/15 15:57
犀川バックウォーターと京ヶ倉。水鳥多し。
対岸、大日向への橋。昭和13年に架けるまで、渡し場だったとある。対岸には温泉の看板もあり。
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11/15 16:06
対岸、大日向への橋。昭和13年に架けるまで、渡し場だったとある。対岸には温泉の看板もあり。
京ヶ倉、大城への登路
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11/15 16:17
京ヶ倉、大城への登路
八幡原縄文遺跡の案内
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11/15 16:21
八幡原縄文遺跡の案内
京ヶ倉のすぐ下辺りを通過。
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11/15 16:24
京ヶ倉のすぐ下辺りを通過。
生坂、道の駅はもう店を閉めていた。日が暮れた。バスがくるまで15分。
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11/15 17:14
生坂、道の駅はもう店を閉めていた。日が暮れた。バスがくるまで15分。
信濃の山城と館4 宮坂武男より 日岐城と小屋城、鳥瞰絵図。
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11/15 22:24
信濃の山城と館4 宮坂武男より 日岐城と小屋城、鳥瞰絵図。
信濃の山城と館4 宮坂武男より 大城、鳥瞰絵図。
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11/15 22:26
信濃の山城と館4 宮坂武男より 大城、鳥瞰絵図。
信濃の山城と館4 宮坂武男より 日岐城と小屋城、縄張り図
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11/15 22:26
信濃の山城と館4 宮坂武男より 日岐城と小屋城、縄張り図
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