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Yamareco

記録ID: 1307706
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無雪期ピークハント/縦走
甲斐駒・北岳

南アルプス ドンドコ沢から鳳凰三山

1999年10月22日(金) ~ 1999年10月24日(日)
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GPS
56:00
距離
15.9km
登り
2,048m
下り
2,057m
天候 晴れ
アクセス
利用交通機関:
自家用車
ドンドコ沢〜五色の滝
2000年07月12日 21:03撮影
7/12 21:03
ドンドコ沢〜五色の滝
オベリスク
冠雪の白峰三山
2000年05月21日 15:07撮影
5/21 15:07
冠雪の白峰三山
薬師岳にて
富士山遠望(観音岳より)
富士山遠望(観音岳より)
青木鉱泉
2000年07月05日 00:19撮影
7/5 0:19
青木鉱泉
南アルプスを背景に
南アルプスを背景に

感想

今年は、八月に槍ヶ岳、九月に北八ヶ岳、十月には常念岳と信州のビッグな山をたくさん登っている。もう、信州の山は、終わりかなと思っていたので、今回の南アルプスは思いがけない山行である。鳳凰三山は、二人が運命的な出会いをした年に知った、ことのほか思い入れの強い、憧れの山である。平成元年、それまで北アルプスを中心に歩いて来た父さんが、南アルプスに入山して最初に選んだコースが、夜叉神峠から鳳凰三山そして浅夜峰縦走であり、二人が出会った年でもある。まだ、登山の経験もなく、山の楽しみ方も分からなかった頃であったが、地蔵岳のオベリスクが印象的で、地蔵岳をバックに赤抜沢付近を歩く父さんの姿を絵葉書として描いた。また、夜叉神峠をヨマタ峠と読み違え二人で大笑いしたことも覚えている。今回は、車の場所に戻ることを考えて、青木鉱泉からドンドコ沢を登り、中道から青木鉱泉に戻るというコースをとった。
二十一日、仕事を終えて夕方六時に出発。中央自動車道を韮崎で降り、二十号線を走り青木鉱泉への入口を探すが、深夜でもあり目標物がわからず、登山地図の林道を探しながら甘利山に向けて進む。林道は工事中であったり、枝道が多かったりとどこをどう走ったかわからない。半ば諦めかけていた頃、神の救いか青木鉱泉の案内表示板を見つけ、十二時頃、青木鉱泉駐車場に着いた。登山者か観光客か停まっている車は少ない。明日の行程は鳳凰小屋まで約五時間なのでビールを飲み、朝まで仮眠する。
 早朝、天気は曇り。しかし、金曜日ということもあり、静かな青木鉱泉の朝である。駐車場は、水場やトイレがあり、朝食には絶好の場所で、身支度を整え八時に出発。憧れの青木鉱泉を眺めながら、ドンドコ沢を歩き始める。紅葉した樹林帯の静かな山道で、気持ちが良い。約二時間で南精進ノ滝に着く。ガスって山は何も見えないが、滝は爆水で途中から二段に分かれ美しい。思ったより登りやすく体調も良い。しかし、ここからが厳しい。沢は荒れ、倒木やジグザグの急登で、すぐに疲れてしまい、次の鳳凰の滝や白糸の滝までが、随分長く感じられた。午後一時二十分。やっとの事で五色の滝に着いた。高い岸壁、落差のある滝は見事で、陽があたると五色に輝くのかも知れない。睡眠不足も手伝って足が思うように前に進まないが、ここまで頑張ったんだからと自分を励まし、まだ見ぬオベリスクを思い浮かべながら歩く。ザレた急登が苦しい。とにかく一歩足を前に出せば小屋に着く…それだけで歩いていた。突然、目の前に「オベリスクが見えるよ!」と父さんが言った。言われた方向を見上げると、尖っている岩峰が見えた。全体の形は、よく分からないが、双眼鏡で覗くと確かにオベリスクの岩峰だ。やっとここまで来た。オベリスクに手の届く所まで歩いて来たのだ。涙が頬をつたう。北御室小屋跡の広場に着き、オベリスクを遠くに見ながらゆっくり休憩をとった。それから鳳凰小屋へは程なく着いた。 午後三時四十分。実に長い道程だった。途中で追い抜いた若い夫婦の人も着いた。小屋前の丸太で作ってあるベンチでお互いの疲れをねぎらい、山の話に花が咲き、下山も同じコースと知った。とにかく今日はもう歩かなくてよい。小屋は北アルプスの様に派手ではないが、地蔵岳直下の樹間の中に静かに建っていた。小屋主が外で薪を燃やしお茶を沸かしていたのが素朴で安らぐ。今夜の宿泊は、三夫婦と単独行の男の人だけで、静かな小屋である。談話室には堀炬燵があり、家庭的でくつろげる。ギターもある。二階の蚕部屋で着替えるのに時間がかかっていたら「夕食です。みんな集まってますよ。あたたかい間に食べて下さい。」と声がかかり慌てた。夕食はカレーライスと卵の吸い物。土間で木のテーブルと木の椅子、薄暗くはあったが、心は温かく、家族のように談笑しながらいただいた。途中で見つけた茸の話題になり、やはり持ってくれば良かったと後悔した。食事を終えて、みんなで堀炬燵に足を突っ込む。父さんがギターを弾けるので、小屋の御主人、細田さんは「久しぶりだなあ、このギター弾いてもらえるのは、今日は全員集まったからいいなあ。」と言って、歌詞を棚から出してきた。父さんは、コードがなくてもどんどん弾いてくれる。歌声喫茶で歌った懐かしい歌で盛り上がった。父さんはギターを、私は歌が上手とほめられ、「昔何かやっていたの?」とまで聞かれ、二人は今夜の人気者になってしまった。小さな部屋に九人の登山客。昔からの仲間のように語り合い、歌声は鳳凰小屋を暖かく包みこんだ。ランプのやわらかな灯りの下、細田さんは、お酒をしみじみと美味しそうに飲んでいた。動物や植物の写真を撮るプロカメラマンであり、またセンチメンタルで物静かな人だと思った。小屋の雰囲気と共に最高に楽しい夜を過ごすことが出来た。私はますます父さんを尊敬した。
夜は寒くてなかなか寝付けなかった。しかし、疲れていたのか、目が覚めたら六時になっていた。トイレに起きると辺り一面朝陽で真っ赤に燃えている。最高のお天気だ。トイレから戻ると、もう既にみんな起きていて、毛布やシュラフを片付けている。また慌てた。朝食を済ませ、手のちぎれる様な冷たい水で顔を洗う。沢のそばだけあって水は豊富だ。朝出発する私たちを見送ってくれるかのように、小屋前で食事をする細田さん・若者(息子?)。一緒に写真を撮ってもらい、楽しかった夕べの集いを喜んでいただきお別れをした。
七時二十分、地蔵岳に向かって出発。白砂の斜面をジグザグに登ると右手にオベリスクが見えた。振り返れば、観音岳の左に肩を広げ冠雪した富士山が大きく見えた。賽の河原に着いた時、十年前、父さんに始めて写真で見せてもらった、同じ景色のオベリスクが、岩頭を天に突き上げ大迫力で立っていた。自然の造形美……不思議だった。今までのいろんな思いがこみ上げ、嬉しくて……涙があふれるのをこらえた。子供に恵まれるようにと、祈願されたお地蔵さんも、たくさん並んでいた。その奥に、父さんが歩いた早川尾根の縦走路、そして浅夜峰から甲斐駒ヶ岳への稜線が、続いている。さらに奥に、南アルプスの女王、仙丈岳が大きなカールを広げ、白く雪をいただいている。オベリスクの中腹からは、冠雪した北岳、間ノ岳、農鳥岳が一列に並んでそびえていた。落葉松やダケカンバは、黄葉している。厳しい自然の中で、這い松の様に背が低く、白い雪に映えている様子は日本庭園の様だ。憧れのオベリスクをバックに、写真を撮り赤抜沢ノ頭へと歩く。岩の急坂を登り切ると、十五分で着いた。ここからの北岳はことのほか迫力がある。父さんは北岳を指さして、大樺沢や白根御池小屋、砂(草)すべり、バットレス、八本歯のコル等を教えてくれた。鳳凰三山から見た白峰三山に魅せられ、次の年に父さんが歩いたコースである。深い谷は、南アルプスの中心を流れる野呂川で、南部の方へと続いている。八本歯のコルの前には肩を張って、池山吊尾根が見える。一列に並んだ白峰三山、北アルプスの様に一つひとつの山に派手さはないが、緑深くどってりと大きな山が南部まで続いている。振り返ると甲斐駒ヶ岳の右奥に槍ヶ岳、穂高岳まで見える。素晴らしい展望を十分に楽しみ観音岳に向かう。目の前に見えているのに岩稜の急登がしんどい。父さんは、鳳凰三山は一つの山のようなものと言うけれど、やはり山が大きくアップダウンがきつい。北斜面の吹き溜まりには数日前に降った雪が積もり、膝下まで雪に入る。山頂は巨岩が重なり、ここからの富士山は薬師岳を手前に配し、素晴らしい。やはり日本一の山だ。コーヒーを沸かし休憩していると昨日の恋人同士のような若夫婦に出会った。ヤマケイの表紙になりそうな、感じの良い夫婦で薬師をバックに写真を撮ってあげた。私たちも同じ場所で写真を撮り、薬師岳に向かう。ここからは、這い松帯の広くて快適な稜線歩きである。野呂川渓谷をはさんで右に日本第二の高峰北岳、左前方に大きく手を広げた日本一の富士山。父さんが言ったように両方手をつないで歩く様は、日本一ぜいたくな稜線漫歩である。薬師岳は北アルプスの燕岳に似ている。山頂は広く、白砂青松の日本庭園という言葉がぴったりくる。父さんは十年前、富士山を遠くに見るこの砂場で、特産のタカネビランジを見た。庭園にピンクの花が咲き、きっときれいなことだろう。砂払岳との鞍部に薬師岳小屋がある。そこまで足をのばすことにした。小屋には雪だるまが作ってあった。御主人はおとなしそうな人で冬を迎える準備を黙々としていた。昼食のラーメンを食べながら父さんは、「昔の人は、この砂払岳で身体を清めて鳳凰三山に登ったのかな。だから、砂払岳と言うのかな。」とつぶやくように言った。そうかもしれない。
薬師岳まで戻り、もう一度南アルプスの山々を心の奥深く刻んだ。富士山、農鳥、間ノ岳、そして北岳………。ここから、中道に向かって一歩下れば、もうこの景色は見えない。「さあ、降りようか……。」父さんが言った。こらえきれずに涙が溢れた。
長い長い急斜面を青木鉱泉に向かって下山。途中大きな御座石がある。茸を採りながら降りると男の人に出会い、歩くのが早いと驚かれた。途中、美しい落葉松の黄葉が、秋の陽光を受け、黄金色に輝いて見えた。
 林道出合着、三時三十分。鳳凰小屋で出会った仲良し夫婦が砂防ダムの上で食事をしていた。軽く挨拶をかわし、青木鉱泉へ。鉱泉は夕食の受付が四時と書いてあり、早足で歩き始めたが、間に合いそうにない。下山で出会った男の人の車に運良く出会い、女のあつかましさで理由を話し、青木鉱泉まで乗せてもらった。親切な人だった。青木鉱泉の御主人に採った茸を見せたが、食べられるのはアミタケだけだった。お風呂は思ったより小さく、私だけだったが、後から三人入ってきた。出ようとしたら、又若夫婦の女の人が入ってきてびっくり。「四時までに間に合ったのですか?」と聞かれ事情を話し、本当のさよならを言って別れた。夕食は、ビールと熱燗で天ぷら、アマゴの塩焼き、煮付け、山芋の酢の物と山の幸のフルコースだった。美味しかった。観光客と登山者と棟が別れているようである。二人、楽しかった山を回想しながらゆっくり眠る。
翌朝はゆっくり、十時に出発。帰りは、御座石鉱泉に寄って行こうという事になり、御座石鉱泉に立ち寄る。「タカネビランジを薬師岳と北荒川岳で見た。」と話をしたら「そこにはない、高嶺と地蔵岳の所にしか生息しないからタカネビランジと言うのだ」と……。また、「ドンドコ沢の滝は偽物で、本物の滝はこちらだ。精進ノ滝に南も北もない。こちらがその精進ノ滝だ」と………。そして、最後に「青木鉱泉は関東の者が経営していて、かなりケチだ。うちは駐車場も無料だ」と………。青木鉱泉とかなり仲の悪いと思われるこの頑固親父は、細田という名前で鳳凰小屋の御主人と親戚関係にあるらしい。物静かな鳳凰小屋の御主人とはえらく違う。帰りは、本物の滝?の道を走り、武川から二十号線(甲州街道)に出て、途中「やまぜん」と言う骨董や甲冑の置いてある和食の店でお昼を食べた。甲州街道からは、縦走した鳳凰三山、浅夜峰、そして黒戸尾根から迫り上がる鋭鋒甲斐駒ヶ岳がよく見えた。優しく受け入れてくれたそれらの山々に、最後の別れを告げ、諏訪インターより高速に乗った。
初めての南アルプス、鳳凰三山の縦走……。この記念すべき山行は、十年前、二人が出会ったあの時から、準備されていたような気がする。青空に映える地蔵岳オベリスクも、新雪に輝いていた白峰三山も、みんなみんな、今回の山行を心待ちにしていたかのように二人に美しい姿を見せてくれた。そして、鳳凰小屋の楽しかった夜は、十周年記念を祝う二人のためのセレモニーであったようにも思える。憧れの鳳凰三山……、観音岳から見えた美しき南アルプスの山々、それらの山々を鳳凰山行を序章として、これから二人でゆっくり歩きたい。

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