大菩薩峠から8ヶ月ぶりに牛の寝通りへ
![情報量の目安: S](https://yamareco.info/themes/bootstrap3/img/detail_level_S2.png)
![都道府県](/modules/yamainfo/images/icon_japan_white.png)
- GPS
- --:--
- 距離
- 14.2km
- 登り
- 548m
- 下り
- 1,408m
コースタイム
10:12 大菩薩峠 10:40
11:30 石丸峠
13:07 榧ノ尾山 13:30
14:43 狩場山
15:00 棚倉
17:10 小菅の湯
天候 | ![]() ![]() |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2012年09月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
高尾 07:02-甲斐大和 08:01 甲斐大和駅 08:10 - 上日川峠 08:50 [b]【帰り】[/b] 小菅の湯(17:23)ー金風呂 金風呂ー奥多摩駅 |
写真
感想
家族がたまにはハイキングに行きたいなーということで自分が大好きな大菩薩エリアへ行く事にしました。
当日は台風が迫っていることは承知でしたが、雨が降る前に下山できると判断し出発しました。
同行者は裂石から登りだすと体力的に厳しいと判断し、今回は甲斐大和駅から上日川峠まで直接バスで向かいました。
大菩薩は人気の山なだけあって、上日川峠に到着すると小さな子供や獣などを連れた登山者もいました。
ロッジ長兵衛で金峰山のバッジだけ購入しました。
(金峰山は登頂したものの未購入だったため)
小屋番さんは少々戸惑っていましたが無事購入しました。
他の山のバッジも売っていることを知って、買いに来たことに動揺してました。(他の山のバッジを売っていることに罪悪感があるのかな?)
その後、駐車場から南アルプスや奥秩父の笠取山あたりをしばらく眺めてから出発しました。
福ちゃん荘を通過し、大菩薩峠まで休憩なしで進みました。
残念ながらこの日は富士山が見えませんでしたが、南アルプスがちょこっと見えたので良かったです。
東側には奥多摩の山々が望めましたが、どうやら他の登山者には人気がないようでした。
ここで軽めの食事をとり、他の登山者とはお別れし、石丸峠方面へ向かいました。
前回は積雪のため熊沢山の標識に気づきませんでしたが、ちゃんとありました。
熊沢山の厳密なピークにはとくに標識などはありませんでした。
ピークを過ぎると石丸峠まで防火帯を下っていきました。
石丸峠から少し進むと牛の寝通りの分岐があり、そこを曲がりました。
熊沢山までは多少、石が出ている場所がありましたが、この先は土の道となり歩きやすかったです。
長峰の分岐から見た長峰への道は相変わらずヤブが深そうでした。
ダケカンバや針葉樹の巨木が多く生えている道を進むと榧ノ尾山に出ました。
ここで昼食をとりました。
周辺は伐採されているものの展望はそこまでよくありません。
榧ノ尾山を発ち、なだらかな道をのんびりと進みました。
狩場山には小祠があるということだったので、少しの間探してみましたが見つかりませんでした。
棚倉跡に到着すると雨が降りだしたので、大マテイ山を経由せずに下山することとなりました。
ここから北上し、高指山手前の分岐を右折し、ワサビ田の中を抜けて下山しました。
途中、川から逃げ出して山へ向かうヒキガエルに10匹以上やサワガニ数匹に出会いました。
小菅の湯に到着し、バスの時刻表を確認すると
なんと 約10分後に終バスが出てしまうことがわかりました。
仕方がないので小菅の湯での入浴は諦め、そのままバスに乗ることにしました。
奥多摩駅から青梅まで出ると、台風の影響で御岳駅付近は運行が中止となってしまいました。その後も八高線や八王子市周辺の中央線も運転中止となってしまい、帰宅するのに苦労しましたが、無事帰宅できました。
[b]【まとめ】[/b]
登りを圧倒的に減らしてみましたが、このルートでも同行者にとってはなかなか歩きごたえのあるルートのようでした。
グループ山行用の少し楽なルート探しもしなければならないなぁと感じました。
牛の寝通りはあまり人気のないルートのようですが、
大菩薩嶺に立ち寄るくらいなら、こちらを通ったほうが山を楽しめるのになぁ、なんて個人的にはそう思います。
残念ながら、時期が少しばかり早かったようで、紅葉はあまり始まっていませんでした。
[b]【おまけ】[/b] 甲斐国志より大菩薩坂 611 461
是小菅と丹波より山梨郡萩原へ越ゆる山路なり升(昇)降八里(塩山駅付近〜小菅村が大体そのくらい)
峠に妙見菩薩 社二つあり 一は小菅に属し、一は萩原村に属す
萩原村より米穀を小菅の方へ送るもの此峠まで 持來り、妙見社の前に置きて歸(帰)る
小菅の方より荷を運ぶ者も亦(また)峠に置き、彼の萩原より送る所の荷物を持歸る
此間 數日を經ると雖(いえど)も絶えて盗去る者なし
冬雪降りて二月末に至り漸く往來する
此 互に荷物を送るに去冬の置ける物 紛失することなく相易へて持歸るなり
峠より東へ下ること壹里半にして狩場山神に至る小祠あり神體(御神体) 十一面観音の銅像なり 相傳(つた)ふ 弘安中 長根ノ山上より掘出す所なりと(詳細は神社部)
此より分れて壹里餘 辰の方へ連る峯あり 長峯山と云(白草ノ頭がある長峰)
此峯に平地あり上屋敷下屋敷と云あり(詳しくは古蹟部)
未申の方 數所の谷間を凡(すべ)て小金澤と稱(称)し (長峰の南側の沢)
之に對して此邊 數里の間 同名なり峯(長峯)の丑寅を土室澤と云 (長峰の北側の沢)
古蹟部より 長峯山館跡
峯平坦にして廣し上屋敷下屋敷と云地あり
土人相傳古へ相馬將門の餘類深く世を忍びて此山中に隠れ住ける所なりとぞ時人長峯殿と稱す其邊麗水湧出る地ありカネツケ水と云 彼らの婦人たち齒を染し水なりと云う此水鐵氣あるにや今も落葉の比水に浮ぶ葉惣ち黝みけるとそ
長根より十一面観音の銅像を掘出すころあり 長四寸餘 重さ九拾八匁あり色深遒砲靴導袿靴△觴燭稜,渓蟾甚だ精密にして本朝の物にあらず必ず舶來の物なるべし是盖長根某。
安置佛なるべし後小祠を建て此像を安置し山神と號し金山 土室兩山の守護神とし
每年十月十七日祭日とすと近世も其地より陶器掘出せしことありと云
水瓶なとにやありけん水五升許も入へし村民の家にありしか後 破裂して其かたわれ存するのみ是亦長根が家具なるべし
ロッジ長兵衛の由来となった長兵衛さんを調べるといろいろと曰くつきみたいですねー
奥秩父ってこういう怖い話が今も昔も多いですよねー
でもそういう不気味さがあっても自分はこの山域が好きです。
前回の牛の寝通りの山行記録です。もしよろしければどうぞ
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-164012.html
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する