後立山縦走
- GPS
- 56:00
- 距離
- 22.9km
- 登り
- 2,726m
- 下り
- 2,235m
コースタイム
- 山行
- 7:00
- 休憩
- 0:50
- 合計
- 7:50
- 山行
- 10:02
- 休憩
- 0:19
- 合計
- 10:21
天候 | 13日晴れ 14日午前晴れ・午後より霧 夜間雨 15日朝より霧のち雨 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2014年08月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
バス
ケーブルカー(ロープウェイ/リフト)
|
写真
装備
個人装備 |
Tシャツ
ソフトシェル
ズボン
靴下
防寒着
雨具
着替え
靴
サンダル
ザック
ザックカバー
昼ご飯
行動食
非常食
調理用食材
ハイドレーション
ガスカートリッジ
コッヘル
ライター
地図(地形図)
コンパス
笛
計画書
ヘッドランプ
予備電池
筆記用具
ファーストエイドキット
針金
日焼け止め
ロールペーパー
保険証
携帯
時計
サングラス
タオル
ツェルト
ストック
ナイフ
カメラ
テント
テントマット
シェラフ
|
---|---|
備考 | 新聞紙を持っていって良かった。 |
感想
8月13日
夜行のバスで頭をグラングラン揺らされながら、AM4時、扇沢到着。
トイレと水汲みをすまし、再乗車、柏原新道前までバスに連れて行ってもらう。
まだ真っ暗、眠くて頭がはっきりしない。夜行のバスというのは、とにかく眠れないのだ。
フラフラしながら座席を見直し、忘れ物の確認をし、バスを降りてヘッドライトをつける。
運転手さんが、それほど重くもなさそうに、各客のザックを外に運び出している。重くないわけがないのだ。自分のザックだって重いのだから、他人のなんて。
「すみません、ありがとうございます」
頭が下がる。
バスが行き、寝ぼけた頭のまま何が準備かもはっきりしないまま、ザックを背負う。
4時20分。
爺ヶ岳登山口の看板を発見。
「登山口」
と書いてある。
いやいやいや、こんな眠い頭で登山なんてとんでもない、と思う。
「一休みされたい方は、こちらに仮眠スペースがございますので、どうぞ」とか、声がかけられることを期待してしまう。眠い。
しかし、声もかけられない。
見上げると、月。
眠いけれど、行くことにし、登山口を出発した。
高地だからだろう、バスを降りてすぐ肌寒く感じた。
取り外し式のシャツの袖を付け直し、その上からまた薄い雨具を防寒具代わりに羽織る。
それでも少し歩くとすぐ暑くなってきた。雨具を脱ぎ、袖をはずす。
雨具を脱ぎながら、このカッパは去年防寒着として使ったのみだということを思い出す。実際の雨には逢っていないのだ。今回の山行では天気が崩れそうだった。どうなるだろうか。
4:50
明るくなってきた。
それでもまだ月が出ていて、その下の山に朝日があたり、モルゲンローテが美しい。
8:20
歩き出して4時間?
第一チェックポイントの種池山荘到着
写真を撮りながら、九時まで休み、おにぎりも一つ食べる。
爺が岳のバッジも購入。
ここから、爺ヶ岳・鹿島槍ヶ岳方面へ。
この尾根の道は、先ほど小屋の前もそうだったが、花が幾種類も咲いていて美しい。
西側には、ノコギリみたいなゴジラの背びれみたいな荒々しい山並みが遠くに見えた。あれは……! 思わずカメラを構える。
「あれ、劔岳ですよね?!」とは、僕の後ろから歩いてきた女性。
「そうですよ。劔岳ですよね!」
うまく撮れないが、何度もシャッターを押してしまう。
そうしているうち、反対側東の空の向こうには、
北アルプス一有名なランドマークが、雲の狭間から頭を覗かせていた。
槍ヶ岳、槍の穂先だ。
9時49分、爺ヶ岳の南峰登頂。
親子登山の方で、ビデオをとりながら、映画『岳』のメインテーマを流している方がいた。
面白かった。
そのあと、だんだんに霧が出てきて、真っ白な景色に。
11時30分、この日の目的地の冷池山荘到着。
この日はこれで終了。
幕営の受付をしていると、カウンターに「生ビール」の文字があるのを見つける。
「生ビールあるんですか!?」
カウンターのお姉ちゃんに息せき切って聞くと、
「あるんですよ〜、美味しいですよ〜。後で飲みに来てくださいね〜」とニコニコして言うのである。
「じゃあ、後で来ます!」
幕営地使用料は600円、鹿島槍のバッジ500円。
この小屋は幕営地が驚くほど遠く、不便だ。「小屋から8分」とあるが、登りがあるのでこたえる。
行動途中なら気にならなくても、「ついたー」と思って気を抜いた後で、そこからまた8分だか10分だか歩かされるのは、なかなかだ。
でも、テン場のロケーションは素晴らしかった。立山三山と劔岳が、真ん前に見えるのだ。
テントを張り、ザックを中に放り込み、自分も靴を脱いで中に寝っ転がる。
気持ちよくて、言葉も出ない。
気持ちよく、そして眠くて眠くて、しばらく動けず、目を閉じた。
しかし、みんな知ってると思うが、真昼のテントの中は暑いのだ。
そして、腹も減った。
水を汲みにもいかなければならない。
トイレも、始末しておかなければならない。
それに、山の上での生ビールを、何としてでも飲んでおかなければならないと思ったのだ。
起き上がり、食べ物と水入れ用のプラティパスとペットボトルと財布を袋に担ぎ、山荘へ向かった。
生ビールは900円。うまくないわけがない。
これを、持って来ていたチーズと柿の種で、大事に大事に飲む。
水は一リットル100円。これを2リットル買う。
そして最後に、トイレ。トイレは100円。
幕営地からトイレが遠いというのが、実は一番困る。
そして、ちょっとアルコールが入った勢いで、ウイスキーの小瓶を買ってしまった。
ウイスキー 1000円。
そして、幕営地に戻る。
改めて空腹を満たすため、ペンネをゆでる。ゆでがったあたりでベーコンを炒め、そこにペンネ投入、出来合いのトマトソースを入れ、炒め煮。
これをおかずに、鮭のおにぎりを食べる。
さっき買ったウイスキーを水割りにする。家から持ってきたプラティパスの水がまだ半分ぐらい凍っていて、冷たい水が飲め、これで水割りを作ると美味かった。
食べ終わって、もう一杯水割りを作って飲んでみたところで急激に睡魔が襲ってきて、そのあとは昼寝になった。
さっきまで暑かったのが、うまい具合に太陽が雲の中に隠れてくれ、ちょうどいい気温だった。
周りの喧騒がうるさかったことを覚えているが、3時間ほども昼寝してしまった。
明日は9時間ぐらい歩かなければならないのだ。
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二日目 8月14日
昨夜は7時過ぎにシュラフに入った。
この日はなんとか座流星群の日だったのだが、空は曇っていて星は見えなかった。
大体皆おとなしく寝ているのに、一部の若人が初めての山行で興奮しているのか、ずいぶん遅くまで喋っていた。どこかの大学生だろうか? うるせーーなぁと、頭にきたので、チリ紙を耳の穴に突っ込んで寝た。
夜半、パラパラと、雨音がしていた。
あ〜、濡れるんなら、テント撤収が面倒だな〜、泥だらけにならないと良いな〜とか、ぼんやり思った。まだ真夜中に、隣がガサゴソとテント撤収をやっていた。もう朝かと思って時計を見たら、まだ一時半。一時半って、いくらなんでもまだ真っ暗のはず。星も出てない夜だったし。
そんなんで、3時50分ごろ、もう時間だと思って起床。
昨夜はあまり眠られなかった。うるさかっただけではなく、昼間変な時間に寝たために晩御飯を食べるタイミングがなくなり、夜中に腹が減ったりもしたのだ。
日清カップヌードルと、コンビニのおにぎりを食す。カップヌードルはまあまあだったが、そのスープにおにぎりを入れて作った雑炊は、どろどろになってあまり美味しくなかった。
昨日から、あまり食欲が無い。腹は減るのに。ご飯を、食べたいと思わない。
よく考えれば前からこんな傾向はあったのだった。アルファ米が、あんまり食べたくないみたいである、自分は。理由は、よくわからないのだけれど、もしかしたら高度障害から来るものだろうか。今回、持って行きはしたのに、アルファ米を一度も食べなかった。
食べ終わり、マットとシュラフをザックにつめ、外に出る。空は曇りで星は出ていない。夜半雨の音を何度も聞いたのに、テントは乾いていた。グランドシートも濡れていなく、ありがたく撤収。
5時出発。
昨日よりザックが重く感じる。腰も痛い。
水は、昨日の昼、山荘で買い足しただけで、そのあとは汲みなおすことはしていない。幕営地から山荘までの距離が離れすぎていて、そこまで行く気になれないのだった。それでも今でも2リットルはあるし、中間地点のキレット小屋まで4時間なら、それで保つ。
ヘットライトをつけ、歩き出す。
5時58分、布引山。
鹿島槍ヶ岳の南峰が前方に見える。
左遠方には、昨日からずっと荒々しい劔岳が独特の存在感で居続けている。
あまり高低差のない、のんびりした道がしばらく続いた。
6時52分、鹿島槍南峰。
鹿島槍ヶ岳は双耳峰で、頂上が北と南に二つあり、ミミズクか猫の耳みたいな山である。この南峰から、吊り尾根という鞍部を挟んで北側に北峰がある。
昨日の出発から、ここまで、なんともないのんびりしたハイキングだった。
歩き出して二時間。今日は8〜9時間歩かなければならず、まだまだ全然である。そのため登頂したのに感慨はわかない。山頂標だけ写真を撮ると
この直後から、ちょっと岩稜地帯が始まっていく。
南峰はすぐに下る鞍部に繋がっていて、遠くから見れば釣り尾根だが、その場にいるものからすれば断崖だった。
登るならまだいいが、下りるのは、でかい荷物を背負っているとなかなかに辛いものがあった。岩は、登りより下りが難しい。
そして、鞍部。鹿島槍ヶ岳の北峰へ続く。
北峰へ登る直前で八峰キレットへ続く縦走路への分岐があり、皆そこでザックを下ろし、空身で北峰へ登っていた。自分もザックをおろし、カメラだけを持って北峰へ登る。
ここからまた、ちょっとした断崖をかなり下る。
けっこう急なくだりが多く見えるので、ここでヘルメットをかぶる。
登りの岩場は良い。下りは苦手だ。ザックが重いからか、脚だけで下りられない。ガンガン飛び跳ねるように下りて膝や足首に負担をかけるのも嫌で、ストックか手をついて、ゆっくり下りる。
鎖やはしごがいくつもあった。
写真では見えにくいが、崩れた梯子のような木道のようなものがある。その上から、下まで、下りてくる。
人が少ないので良かったが、もし多ければ、落石が非常に恐ろしいところだ。
キレットの核心は鎖と梯子で、かえって対処しやすかった。そこまで至るまでに、嫌なところが多かった。
ここを抜けると、9時10分、キレット小屋に到着したのであった。
キレット小屋到着。ここまでで今日の行程の大体半分くらいである。残り半分、4時間から5時間だ。
ここで中休止。コーラを買い、のどを潤す。
ポッカレモンを絞って入れてみると、美味い。
トイレもここで済ます。
さて、ここで本来なら水を補給しておくべきところだ。水を見てみると、ここまではそれほど減ってはいなかった。まだ一リットルほど残っている。天気は曇りで、時々小雨もぱらつき、涼しかった。
今までの行程で減らなかったこと、まだ一リットルも残っていること、天気も涼しいことから、ここで致命的な判断をしてしまった。「一リットルあれば、足りるだろう。ここで補給して重くなるのも嫌だ」と。
これが後々に響いた。
9時30分、キレット小屋を出発。
小屋を振り返ったところ。
岩場をS字を書くように登っていく。
後を振り返って、鹿島槍ヶ岳を拝む。
しばらくして、のどが渇いてきた。
水を一口飲む。が、もう水は好きなだけ飲めないと思うと、飲む量を控えてしまう。
最初は良いが、長時間がたって何度も繰り返すと、次第に喉が渇いていることが常態になっていく。
もう、水は一リットルは、無い。
時間は11時30分。小屋からもう2時間も歩いていた。そして、腹も、減ってきた。
プラティパスの水に、元気づけ用のポッカレモンを、全部絞って入れた。
酸っぱくて美味しい。水は、残り400ミリリットルほどか。
行動食兼非常食として持ち歩いている羊羹を、食べた。
しっとりしていて美味かった。意外なことに、のどの渇きも増さなかった。むしろ少しのどの渇きが収まった気がした。助かった。
11時54分。
五竜岳手前のピークが、かなり近くなってきている。ここからでは、ルートが良く見えない。
12時半。G5
こんな感じで攀じ登る。
頂上直下への最後の道。
このあたりで、のどが渇いて乾いて仕方がなかった。
が、残り、明らかに200ミリリットル程度。
ここから、頂上まで、水を飲むのをやめにした。二口三口ほど飲み、残りは150ミリリットルほど、これは頂上で飲むべしと、ザックにしまう。ここから約一時間ほどで山頂なのだ。
写真は迫力が無い。
実際には一枚の巨大な壁のようにみえる三角形の岩山が目の前にそびえたっている。
見たことはないけれど、北岳のバットレスとは、こんな感じだろうかと思った。
道はあるが、軽いクライミング要素が豊富にあり、歩かなくてもいい。両手両足でよじ登れる箇所がいくつもあり、歩くよりはるかに楽に登れた。
のどの渇きは先ほどから耐えがたく、息をすると喉の粘膜同士が張り付くように感じる。口中の唾液が蒸発するのがもったいなく、無理に鼻で息をするが、苦しくなってすぐに口を開いてしまう。
体中の水分が失われていき、血液の粘度が高まり、頭の細い血管に血栓ができそうだった。
振り向くと、けっこうなスピードで攀じ登ってくる男女のクライマーのペアがいた。
ここまで、いろいろなパーティを抜きつ抜かれつして来たが、登山は競争ではないのだけれど、この山頂への道で誰かに追い抜かれるのは、頭の血管が破裂しそうなくらい嫌だった。
死んだりしないことは分かっている。水は、頂上につけば飲める、もうすぐそこに頂上があるのだ。頂上につけば水が飲めるのだから、頂上につけ。頂上につけば水を飲めるのだから!
血の巡りの悪い頭の中で、考えることは水のことだけだった。
岩を両手で掴み、片足を上げ、そこに体重をかけ、全身を上に移動させる。これを繰り返す。
ルートを示す○や◎、そして危険なので通行禁止を示す×マークなどが岩にペンキで書かれている。それをざっと確認しながら、それでも自分が攀じ登りやすいところを、落石を起こさないよう注意しながら登っていく。
岩を掴むと、無機物のくせに、暖かい。岩の体温と、それを掴むことで安心感を感じるのか、不思議とその無機物に親近感を感じる。クライマーズハイが始まっているのか。
この攀じ登る動作の繰り返しが、気持ち良い。
脚だけで歩く登山より、手も使って全身で岩山を上がっていく感覚が、快感に感じる。
フリークライミングもたまにやるし、それはそれで楽しいのだけれど、やはり自分はこちらのほうが好きだ。
この山を越えて、今日の目的地の五竜山荘に下りれば、コーラを飲んでやろうと思った。
コーラやCCレモンが頭に浮かび、山荘では両方買って飲んでやろうと思った。ビールよりもまずコーラにCCレモンだ、と。それから余裕があれば、ビールを飲んでやってもいい。
喉が渇き、つばが飲み込みにくくなる。つばがあまり出なくなってきた。
曹操の李の故事を思い浮かべても見る。
もしここで頂上に着けず、水も飲めなければ、自分はコーラを恨んで死んだ鬼になるだろう。頂上ではコーラを欲しそうな顔で、心霊写真に写ってやろう。
それほどにコーラを想った。
13時55分、頂上が見えた。
到着。
ガスで曇って景色も何もない。
喉が乾きすぎて、ほかのことを考える余裕がなかった。
ザックをおろし、水を喉に流し込む。干物になりかけた全身に水が行き渡る錯覚を覚えた。
こうして、最後の水を消費。苦痛と快感が入り交じり、頭がくらくらする。しばらく動けなかった。
後は、ここからコースタイムで40分、五竜山荘に下りれば良いのだ。
意外に実際には長く、3時過ぎ、霧の中、五竜山荘に到着した。
幕営を申し込むのと同時に、コーラとポンジュースのペットボトルを買った。
幕営料600円。
コーラ500円。
ポンジュース500円。
CCレモンが無かったのだ。そしてポンジュースはペットボトルで量が多そうだった。
コーラをその場で喉を鳴らして飲む。
ここでようやくしみじみと命が繋がるのを感じた。
幕営地は狭い上に、混んでいた。
グランドシートを敷いて、もうそれで動く気になれず、座り込んでポンジュースを飲んだ。
予想をはるかに上回るうまさで、のどを鳴らして半分ほども一気に飲んでしまった。
さっきのコーラよりもうまかったのだ。
「うめー。もう一本買いに行こう、後で」
これでテントを張る力が出た。
テントを張り終え、マットを敷き、靴を脱いで全身を伸ばし、ポンジュースをまた飲んだ。
やはりうまい。
驚愕のうまさだった。ポンジュースがこんなにうまいとは、知らなかった。
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三日目 8月15日
縦走三日目。
昨夜はビールもウイスキーも飲まず、さっさと飯を喰うと眠りについた。
目覚めたのは三時前。
夜半、やはりずいぶん雨が天幕を叩く音を聞いた。
湯を沸かしてコーヒーを入れ、SOYJOYを三本食べる。が、三本は少し多かった。
食べ終わり、すぐにテント撤収。ありがたいことに、この日もテントは濡れていなかった。
四時過ぎには出掛ける準備は整った。
トイレを澄まし、出発する。水は、昨日のうちに汲んであった。
4時30分、まだ暗い中、ヘットライトを点けて進む。
ザックは、身体が慣れてきたのか、昨日の朝ほど重く感じない。
しばらく歩くと、縦走路と、山荘の後ろにある小さな丘ほどの山へ行く道とに分かれる分岐についた。丘の向こうが東で、これから太陽が登ってくることを思って、縦走路を外れて丘の方に向かう。
まだ明けぬ東の空は、雲海が濃い青に染まり、雲海の水平線が黄色く染まりかけていた。
そして黄色は見る見るうちにオレンジ色に変わって行く。夜明け。
振り向けば、黒く青く鎮座しているまるで巨獣のような岩の塊が、朝日を浴びてその体色をグラデーションに染めていた。昨日登って下りてきた五竜岳だ。
15分か30分ほどもその丘にいて写真を撮っていた。世界を彩る光は一秒ごとにその色彩を変え、
異なる表情を見せた。
風はなく、寒くなかったため、いくらでもその場にいられたのだ。
太陽がすっかり顔を出したころ、ぼくは縦走路に戻った。
高低差のない、緩やかな道がしばらく続き、歩きやすく景色も美しく、気持ちがよい。
前方にはこれから目指す唐松岳と大黒岳が三角形の山頂を並べて見える。振り返ると左後ろには五竜岳。
夜露が太陽光に熱せられて気化し、大量の水蒸気になっていた。そしてそれは空と繋がり、どうやら雲になっていくようだ。
「こんなところからも雲はできるのか」
ずいぶん感心して、つまらないことを考えた。小学生の息子が聞くのだ。お父さん、雲はどうやってできるの?と。父(自分)は何も言わず夏休みに息子を連れて、この山の奥へ連れてくる。眠い目をこする息子を日が昇る前にたたき起こし、この光景を見せる。斜面に貼りつくように茂る森林と、そこからもくもくと生まれてくる白い雲。
そして息子にいうのだ。「ほら。雲が生まれてるよ」
もちろんぼくには息子はいないのだけれど。
ひとしきり、山と雲の写真を撮り、また進み続ける。移動は、水平から垂直へと方向を変え始めた。
道はこんな感じで、唐松岳手前の大黒岳に向かっていく。ここを上に上がったあたりから、また岩がゴロゴロし始め、クライミングっぽい感じが楽しい。今日は水もたっぷりある。
たしか、馬の背、手前。
この後が非常に狭く切れ落ちた断崖絶壁で、鎖が張られてある。そこが馬の背。
風が強くなり、早く通りたいところを、反対側から登ってくる人がたも多くいて、渋滞になった。
馬の背を過ぎるとすぐ唐松岳頂上山荘が見えてきた。
頂上山荘到着。7時30分。
さて。ここからどうするか。
予定では唐松岳登頂後そのまま北上し、不帰ノ嶮キレットを通って白馬岳のほうまで行くつもりだった。
ところが、先ほどの馬の背のあたりから風が強くなって来、それに混じって雨も降ってきていた。
迷っていると、雨がパラパラと降って来て、とりあえず山荘に入る。
山荘の中は、出かける人と入ってきた人とで、混雑していた。皆、カッパを着ていた。
僕はここで、唐松岳のバッジを買い、入り口のテレビにある天気予報を見た。天気予報は、午後から雨と出ていた。
何もしないで玄関をうろうろしていても申し訳なく、外に出ると、風はさっきよりさらに強くなっていた。不定期に、雨もぱらつく。
いろいろ考えたが、ここで、不帰ノ嶮を通ることを、断念した。
今回初回の不帰ノ嶮、話に聞くだけなら自分でも難なく通過できるだろう。しかし、爺が岳からここまで来るまでにもいくつもの難所を、自分は「厳しい、怖い」と思ったのだ。万が一にも、不帰ノ嶮を通っているときに「これは無理!」と思わない場所に出会わないという保証は無いのだ。
しかも、この天気である。通常の天気なら問題はないかもしれない。しかし、雨や風が吹き、岩や鎖が濡れて滑りやすくなっていては、どうか。大丈夫だ、という自信はなかった。
それに、こんな天気ならば、通過できたとして、景色は期待できるものではない。ならば、何のために行くのか。天気予報では、明日はもっと悪い天気なのだ。
とりあえず、不帰ノ嶮には行かないで、唐松岳の八方尾根から下山することに決まった。
ザックを山荘の壁に立てかけ、カメラだけを持って、唐松岳頂上へ向かった。山荘から頂上までは15分程度。頂上と、頂上から見下ろす不帰ノ嶮を、見ておきたかったのだ。
唐松岳頂上、2696m。
頂上から見下ろす不帰ノ嶮。
見れば行けそうだと思う。行きたい―と思う。
が、風が強く、雨がさらに強くなってきた。
行かないほうが良いに決まっている、と思う。
が、ザックを担いだ男女ペアが上がってきた。
さわやかに、
「すみません、シャッター押してもらえませんか?」と頼まれて、シャッターを押す。
ヘルメットにザックの装備からして、不帰ノ嶮を行くように見えたので聞いてみた。
「すみません、不帰、いくんですか?」
「ああ、そうです。はい」
気軽にこたえられるのが、悔しい。
悔しがっていると、老婦人に声をかけられた。
「すみません、カメラをお願いできませんか」
老婦人は旦那さんらしい男性と、お孫さんらしい可愛らしい男の子と、三人だった。
こころよくシャッターを押してあげると、
「おにいさんも写真、どうですか?」
旦那さんが、写真を撮ってくれた。
それが、この写真。ありがとうございます。
フォト
そこで、いったん山荘まで下りた。
山荘付近まで来ると、さらに雨風が強く当たるようになってきた。
さて、これからどうしようか。
考える方法は、二つあった。
一つはここでテントを広げ幕営して、一日のんびりし、明日下山すること。
もう一つは、今日今すぐ下山してしまうこと。
下山した後、東京まで帰る予約しているバスは、明日の午後なのだ。それを考えて逡巡した。
山荘の入り口に入ると、ひと時の雨を避難して山荘に入った人であふれていた。
山荘入り口のテレビの天気予報では、雨の予報。
携帯の山専用天気予報のメールでは、今朝から大荒れ警報を出していて、明日はもっとひどいという予報だった。
「あら」
という老婦人がいた。さっき、頂上で写真を取り合ったお婆さんだ。
「さっきはどうも」
「酷い天気ねぇ」
「ほんと、酷い雨ですよね」
「酷い雨よねぇ」
そんな挨拶をしながら考えて、結論が出てきた。
今日ここでテントを張ったとして、のんびりできるかどうか、分からない。風がもっと強くなり酷い目にあうかもしれない。明日の予報はもっと酷いのだから水浸しで、雨が大降りの中を下山することになるかもしれない。酷ければ、下山すらできない状況だってあるのだ。
それらを考えて、今日もうここで八方尾根から下山することにした。
カッパのポケットに入れていたソイジョイを、一つ食べる。さて、行動開始だ。
ザックを取りに外に出ると、強い風と雨が音を立てて顔をたたいた。
ザックはもう濡れている。久しぶりにザックカバーを出してかぶせた。
ザックを背負う。
そして、以下、下山。
下山を始めて、ほどなくして、雨は本降りに変わった。
ポツポツではなく、ざぁざぁざぁざぁ・・・・・。
シャワーのように雨水が身体をたたく。
登山道は次第に小川になり、何度も渡渉めいたことをするうちに防水のはずの靴も濡れていった。
カッパは。今回、薄手の簡易レインウェァのようなものを着ていた。これが軽くてかさばらなくて、重宝するのだ。ちょっとの雨では問題ないし。しかし、今回のように何時間も滝のように降り続ける雨では、ダメだった。下山に、ロープウェー駅まで2時間半ぐらいだっただろうか。
最初は雨水をはじいていたレインウェアも、一時間二時間とたつうち、雨水が浸みて、中の体を濡らしていった。
びしょ濡れ。まったくの濡れ鼠状態であった。
驚くのは、こんなに悪天候であるのに、それでも登ってくる登山者が何人も何十人もいたことだ。
唐松岳の八方尾根はロープウェー駅からの登山ができるので、登山が手軽にできるようだった。夏休みだからか、子供連れが非常に多く、皆しっかりした山用のレインウェアを着てはいたが、低体温症にならないか心配になるほどだった。
ロープウェー駅付近の木道のあたりでは、お年寄りの団体も多かった。薄いビニールカッパを着て、杖を突いて歩いているのだ。中にはそして滑って転んでいる人もいた。
何か、訓練登山か何かだったんだろうか?
雨の中、リフトで下山。
この時が一番さむかった。雨も風もあるのだ。
驚くのは、それでも登ってくる観光客がいることだった。
日本人は不思議だ。
途中の駅で着替えをし、上から下まですべてを着替えた後、そこの食堂で温かいそばと揚げたこ焼きと生ビールを。美味かった。
そして下山先の白馬村で、急きょ取ったペンション。
近くのコインランドリーで服をすべて洗濯し、自分はお風呂で身体を温め、靴には古新聞紙を突っ込んで乾かし、温かいご飯を食べ、美味い酒を飲み、夜は風も雨の音も気にせず豪快に寝た。
朝は、3時とか4時とか5時とか不自然な時間には起きず、7時半まで熟睡し、8時半の朝ごはんに温かいコーヒーと焼いたパンにバターを厚く塗ったのと、新鮮な野菜のサラダと、アツアツのくせして半熟のオムレツという、夢に見るようなブレックファーストを食べた。
ペンションのオーナーは白馬駅まで車で送ってくれ、
「今年は天気がひどかったけれど、また来年くると良いずら」
そんなことを言ってくれた。
後半のこの尻切れトンボさがたまらないのだが、次回はここから再度登って、不帰ノ嶮を越えたいと思うのであった。
≪第一部 完≫
短い間でしたが、応援ありがとうございました。
またどこかでお会いしましょう!
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