八溝川の最下流の万年橋
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八溝川の最下流の万年橋
万年橋から久慈川合流方面
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万年橋から久慈川合流方面
鉄橋の下から久慈川下流方面
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鉄橋の下から久慈川下流方面
見落としの八景
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見落としの八景
この場所は、八景の一つ「溝ケ淵」で、鮎の好漁場です。
水戸藩士の特設釣り場だったそうです。
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12/5 9:53
この場所は、八景の一つ「溝ケ淵」で、鮎の好漁場です。
水戸藩士の特設釣り場だったそうです。
久慈川上流方面
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久慈川上流方面
八溝川に掛かるJR水郡線の鉄橋
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八溝川に掛かるJR水郡線の鉄橋
京都の嵯峨の味わいがあると言われ「三ケ草」(嵯峨草)と地名がつけられています。
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京都の嵯峨の味わいがあると言われ「三ケ草」(嵯峨草)と地名がつけられています。
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水汾岩
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水汾岩
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今日歩く稜線です。
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12/5 10:00
今日歩く稜線です。
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久慈川釣友会休憩所
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12/5 10:06
久慈川釣友会休憩所
この上の辺りに、天狗岩が有ったのだけれども、昭和61年4月4日に崩落してしまい、現在はその姿は見られません。
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12/5 10:06
この上の辺りに、天狗岩が有ったのだけれども、昭和61年4月4日に崩落してしまい、現在はその姿は見られません。
昭和2年水郡線を通すために久慈川の縁に聳える崖を掘削し、残った岩が天狗の形状をしていたので天狗岩。
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12/5 10:10
昭和2年水郡線を通すために久慈川の縁に聳える崖を掘削し、残った岩が天狗の形状をしていたので天狗岩。
118号線から、久慈川と八溝川の合流
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12/5 10:11
118号線から、久慈川と八溝川の合流
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今から行くよ「子午線岩」
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12/5 10:20
今から行くよ「子午線岩」
「見落としの八景」方面
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12/5 10:23
「見落としの八景」方面
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月待ちの滝
もみじ苑の裏側から
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12/5 10:29
月待ちの滝
もみじ苑の裏側から
月待ちの滝
この滝は、高さ15メートル、幅10メートル、三筋に流れ落ちる滝であるが、普段は二筋の夫婦滝となっています。しかし、水量が増えると子滝が現れて親子滝となります。
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12/5 10:30
月待ちの滝
この滝は、高さ15メートル、幅10メートル、三筋に流れ落ちる滝であるが、普段は二筋の夫婦滝となっています。しかし、水量が増えると子滝が現れて親子滝となります。
滝の横にある水車小屋の中で、選別されたソバの丸抜きを石臼で製粉してるそうです。
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12/5 10:31
滝の横にある水車小屋の中で、選別されたソバの丸抜きを石臼で製粉してるそうです。
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12/5 10:31
古くから安産、子育て、開運を祈る二十三夜講(二十三夜の月の出を待って婦女子が 集う)の場とされたところから月待の滝と呼ばれ、胎内観音をお祀りしてあります。
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12/5 10:31
古くから安産、子育て、開運を祈る二十三夜講(二十三夜の月の出を待って婦女子が 集う)の場とされたところから月待の滝と呼ばれ、胎内観音をお祀りしてあります。
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12/5 10:32
水に濡れることなく滝の裏に入ることができるとこから、別名「裏見の滝」または「くぐり滝」ともいわれています。
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12/5 10:33
水に濡れることなく滝の裏に入ることができるとこから、別名「裏見の滝」または「くぐり滝」ともいわれています。
裏見の滝
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12/5 10:34
裏見の滝
手打ちそばが堪能できる店が「月待の滝もみじ苑」、人それぞれで!
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12/5 10:36
手打ちそばが堪能できる店が「月待の滝もみじ苑」、人それぞれで!
パワースポットとして結構有名な場所です。
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12/5 10:36
パワースポットとして結構有名な場所です。
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12/5 10:38
二十三夜尊の碑
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12/5 10:38
二十三夜尊の碑
ここから取り付きます。
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12/5 10:41
ここから取り付きます。
白山神社
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12/5 10:44
白山神社
Oh、サントリーローヤル12年角瓶業務用ですね。
プレミアムがついて、8,000円ぐらいするんですよね。
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12/5 10:44
Oh、サントリーローヤル12年角瓶業務用ですね。
プレミアムがついて、8,000円ぐらいするんですよね。
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12/5 10:44
社の裏側に踏み跡があります。
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12/5 10:46
社の裏側に踏み跡があります。
稜線から
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12/5 10:54
稜線から
久慈川側は切れ落ちてますので、注意。
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12/5 10:58
久慈川側は切れ落ちてますので、注意。
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子午線岩の上
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12/5 11:03
子午線岩の上
ウスムラサキシメジ
鍋の蓋ぐらいの大きさですが、ホコリ臭くて食べませんよ。
大きさを比べるために、脇にスマホを置きました。
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12/5 11:13
ウスムラサキシメジ
鍋の蓋ぐらいの大きさですが、ホコリ臭くて食べませんよ。
大きさを比べるために、脇にスマホを置きました。
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12/5 11:26
釜田三等三角点(334m)
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12/5 11:39
釜田三等三角点(334m)
大子町方面
日光連山や高原山方面は、雲が掛かっていて見えません。
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12/5 11:39
大子町方面
日光連山や高原山方面は、雲が掛かっていて見えません。
タップリの落ち葉。
しかし、滑ります。
一度滑ったら、止まらないかも?
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12/5 11:41
タップリの落ち葉。
しかし、滑ります。
一度滑ったら、止まらないかも?
327mピーク
ここから、生瀬方面に下山です。
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12/5 12:04
327mピーク
ここから、生瀬方面に下山です。
頭の上は、いい天気なのですが、遠くは雲に隠されていて見えません。
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12/5 12:04
頭の上は、いい天気なのですが、遠くは雲に隠されていて見えません。
あらら、この作業道を当てに降りて来たのですが、廃道ですね。
東日本震災以前は、ここ生瀬や大生瀬がキノコ採りのホームでした。
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12/5 12:32
あらら、この作業道を当てに降りて来たのですが、廃道ですね。
東日本震災以前は、ここ生瀬や大生瀬がキノコ採りのホームでした。
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12/5 12:33
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12/5 12:37
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むかしの貨物列車の最後尾についていた車掌車。
今は、住人も居ないようですが?
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12/5 12:38
むかしの貨物列車の最後尾についていた車掌車。
今は、住人も居ないようですが?
日当たりが良いのでしょうね。
沢山咲いてました。
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12/5 12:43
日当たりが良いのでしょうね。
沢山咲いてました。
通るバスは、1日3本。
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12/5 12:46
通るバスは、1日3本。
牛の鳴き声が聞こえてくるのだけど、見えるのは農家のサイロだけ。
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12/5 12:53
牛の鳴き声が聞こえてくるのだけど、見えるのは農家のサイロだけ。
勝手にシャッターが・・・
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12/5 12:53
勝手にシャッターが・・・
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12/5 12:54
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12/5 12:56
馬頭観音
文字の部分は、セメントで綺麗に補修されてます。
大事にされているんですね。
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12/5 12:56
馬頭観音
文字の部分は、セメントで綺麗に補修されてます。
大事にされているんですね。
ザ・里山です。
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ザ・里山です。
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12/5 13:04
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12/5 13:05
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塩の久保の一本松の傍らに、峠のお地蔵様があります。
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12/5 13:11
塩の久保の一本松の傍らに、峠のお地蔵様があります。
お地蔵様は5体あります。300年前に造られたと言われ、建物の屋根は、農家の母屋の煙だしをそのまま使ったそうです。
農家の人々が篤くお地蔵像様を信仰していた現われですね。
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12/5 13:12
お地蔵様は5体あります。300年前に造られたと言われ、建物の屋根は、農家の母屋の煙だしをそのまま使ったそうです。
農家の人々が篤くお地蔵像様を信仰していた現われですね。
古道の感じ100%です。
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12/5 13:12
古道の感じ100%です。
山が綺麗で、手入れされているようですが、道のすぐ脇なので栽培?じゃないですよね。
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山が綺麗で、手入れされているようですが、道のすぐ脇なので栽培?じゃないですよね。
なめこちゃん、取敢えず頂き〜。
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なめこちゃん、取敢えず頂き〜。
この峠には次のような話が残っています。
ある夜に1人の旅人が歩いていると、おしろいのような妖艶な匂いが漂っていた。そこで提灯の明かりをかざして見ると白い幽霊であった。
旅人はびっくりして足元の石を投げつけたが、 倒れたと思ったら立ち上がり、それにまた石を投げつけたら、倒れてまた立ち上がり、それを何回か繰り返した。
旅人は、何かと思い提灯の明かりを近づけて見たところ山百合の花を50も付けた一株の大きな山百合だった。
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12/5 13:18
この峠には次のような話が残っています。
ある夜に1人の旅人が歩いていると、おしろいのような妖艶な匂いが漂っていた。そこで提灯の明かりをかざして見ると白い幽霊であった。
旅人はびっくりして足元の石を投げつけたが、 倒れたと思ったら立ち上がり、それにまた石を投げつけたら、倒れてまた立ち上がり、それを何回か繰り返した。
旅人は、何かと思い提灯の明かりを近づけて見たところ山百合の花を50も付けた一株の大きな山百合だった。
水懸峠
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12/5 13:20
水懸峠
さたけ寺道標
道標の表には、「至是右さたけ寺十里道 左さいけ道 川渡やみぞ山六り 」と書かれ、
意味は、是より右はさたけ寺に至る十里の道であり、左はさいけ道(けもの道すなわち山道)で川を渡って八溝山まで六里の距離。
右の道は、水懸坂(峠)に至り、麓より峠まで14町3間(約1700m)の距離で、大生瀬村へ上る場所である。1806年 常陸国太田郡の郡奉行の雨宮端亭の書いた「美ち艸」(みちくさ)の本に書かれてあると言う意味。と現しています。
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12/5 13:23
さたけ寺道標
道標の表には、「至是右さたけ寺十里道 左さいけ道 川渡やみぞ山六り 」と書かれ、
意味は、是より右はさたけ寺に至る十里の道であり、左はさいけ道(けもの道すなわち山道)で川を渡って八溝山まで六里の距離。
右の道は、水懸坂(峠)に至り、麓より峠まで14町3間(約1700m)の距離で、大生瀬村へ上る場所である。1806年 常陸国太田郡の郡奉行の雨宮端亭の書いた「美ち艸」(みちくさ)の本に書かれてあると言う意味。と現しています。
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12/5 13:24
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12/5 13:24
裏には右の道の説明が表示され「水懸坂麓より峠まで十四町三間なり 大生瀬村へ 上る所なり 文化三年 雨宮端亭 美ち艸」と書かれいます。
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12/5 13:24
裏には右の道の説明が表示され「水懸坂麓より峠まで十四町三間なり 大生瀬村へ 上る所なり 文化三年 雨宮端亭 美ち艸」と書かれいます。
久慈川に掛かる下野宮橋
土地の人々は、赤石橋と呼んでます。
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12/5 13:27
久慈川に掛かる下野宮橋
土地の人々は、赤石橋と呼んでます。
下野宮橋から下流
この辺りを赤石淵と呼んでます。
このように大きな石が川にあるのは、久慈川の流れの中でこの場所だけです。
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12/5 13:27
下野宮橋から下流
この辺りを赤石淵と呼んでます。
このように大きな石が川にあるのは、久慈川の流れの中でこの場所だけです。
下野宮橋から上流
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12/5 13:28
下野宮橋から上流
橋の上から川を覗けば、透きとおる綺麗な水が流れてました。
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12/5 13:29
橋の上から川を覗けば、透きとおる綺麗な水が流れてました。
シャッター・チャンスを逃しました。
カワセミがホバーリングして、その後急降下で魚を捕まえていました。
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12/5 13:32
シャッター・チャンスを逃しました。
カワセミがホバーリングして、その後急降下で魚を捕まえていました。
JR水郡線下野宮駅
無人駅です。
改札は左隅、真ん中は下野宮集会場の入口です。
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12/5 13:43
JR水郡線下野宮駅
無人駅です。
改札は左隅、真ん中は下野宮集会場の入口です。
無人駅の改札
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12/5 13:44
無人駅の改札
運賃表
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12/5 13:44
運賃表
列車時刻表
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12/5 13:44
列車時刻表
上り大子方面
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12/5 13:45
上り大子方面
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12/5 13:45
今朝は、氏子の人達が〆縄を張ったりの新年の準備作業をしてました。邪魔になるといけないので、帰りに寄りました。
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12/5 13:50
今朝は、氏子の人達が〆縄を張ったりの新年の準備作業をしてました。邪魔になるといけないので、帰りに寄りました。
「近津」の字義に関しては、近くに祀ったお宮であるというのが一般的です。
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12/5 13:50
「近津」の字義に関しては、近くに祀ったお宮であるというのが一般的です。
参道と随神門
「近津三社」については、久慈川の流れに沿って位置する、棚倉町馬場の都々古別神社(上宮)と棚倉町八槻の都々古別神社(中宮)、下野宮の当社・近津神社を総称して、「近津三社」と呼ぶ場合もあるそうです。
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12/5 13:51
参道と随神門
「近津三社」については、久慈川の流れに沿って位置する、棚倉町馬場の都々古別神社(上宮)と棚倉町八槻の都々古別神社(中宮)、下野宮の当社・近津神社を総称して、「近津三社」と呼ぶ場合もあるそうです。
随神門扁額
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12/5 13:52
随神門扁額
随神門に向かって右が左大神
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12/5 13:52
随神門に向かって右が左大神
随神門向かって左が矢大神
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12/5 13:52
随神門向かって左が矢大神
社殿
下野宮近津神社の祭神は、級長津彦命、面足尊、惶根尊の3柱ですが、こうした同社の祭事は、一貫して農業の守護神としての性格をよく表しています。五穀の豊かな実りは、人々の切なる願いです。
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12/5 13:53
社殿
下野宮近津神社の祭神は、級長津彦命、面足尊、惶根尊の3柱ですが、こうした同社の祭事は、一貫して農業の守護神としての性格をよく表しています。五穀の豊かな実りは、人々の切なる願いです。
手水社
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12/5 13:53
手水社
トチノミは何に使うのだろうか?
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12/5 13:53
トチノミは何に使うのだろうか?
創建は日本武尊が東征の砌に祭神出現し、八溝の強夷掃蕩に多大な加護を垂れ賜う、故に一祠を建立し鎮斎したのが始まりとされる。
当然、お参りしましたよ。
賽銭は5円ですけど。
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12/5 13:54
創建は日本武尊が東征の砌に祭神出現し、八溝の強夷掃蕩に多大な加護を垂れ賜う、故に一祠を建立し鎮斎したのが始まりとされる。
当然、お参りしましたよ。
賽銭は5円ですけど。
鉾杉
前九年の役(1051)、後三年の役(1083)の阿部氏の乱の時、八幡太郎義家が、武運長久・戦勝祈願のため当社に参籠し、持っていた鉾を、この杉に立てかけたという杉。
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12/5 13:56
鉾杉
前九年の役(1051)、後三年の役(1083)の阿部氏の乱の時、八幡太郎義家が、武運長久・戦勝祈願のため当社に参籠し、持っていた鉾を、この杉に立てかけたという杉。
拝殿の左側には、茨城県指定・天然記念物第一号の推定樹齢1300年、樹高50m、根周囲12.5メートルの「鉾杉」が聳えている。 近津神社のご神木として、勧請の際植えられたものといわれ、名称の由来は、源義家が奥州平定に赴く際、自らの鉾をこの杉に立掛けて武運長久と戦勝を祈願したこところから、この呼名があると伝えられている。
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12/5 13:57
拝殿の左側には、茨城県指定・天然記念物第一号の推定樹齢1300年、樹高50m、根周囲12.5メートルの「鉾杉」が聳えている。 近津神社のご神木として、勧請の際植えられたものといわれ、名称の由来は、源義家が奥州平定に赴く際、自らの鉾をこの杉に立掛けて武運長久と戦勝を祈願したこところから、この呼名があると伝えられている。
詳しくは、こちらを。
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12/5 13:57
詳しくは、こちらを。
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12/5 13:57
社殿の裏の本殿
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12/5 13:58
社殿の裏の本殿
毎年夏至の日にお田植え祭り神事が行われることでよく知られています。(中田植)
太鼓、笛、鼓の奏楽に合わせて田植歌の唄われるなかを、10余名の早乙女が神田に苗を植え付けます。早乙女は、浅葱の襦袢に赤襷をかけ、赤いもんぺをはき、すげ笠をかぶります。
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12/5 13:59
毎年夏至の日にお田植え祭り神事が行われることでよく知られています。(中田植)
太鼓、笛、鼓の奏楽に合わせて田植歌の唄われるなかを、10余名の早乙女が神田に苗を植え付けます。早乙女は、浅葱の襦袢に赤襷をかけ、赤いもんぺをはき、すげ笠をかぶります。
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12/5 13:59
こんもりとした杉林の中にあります。
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12/5 14:00
こんもりとした杉林の中にあります。
こんばんわ!
お山と渓谷と里山の趣き〜ぃ!
しっかりとお山を歩きながら人とのかかわりをたっぷりと味わえる道
素晴らしいです。おいらの理想とするレコでした
こんな山旅を思いながら地元の里山を歩いていますが、haretaraさんのレコから比べたら、なんか薄っぺらな感じがしちゃいますね!
流石です、たくさんの情報をお持ちになっているharetaraさんのレコにはとうていかないません 。それに裏打ちされた濃厚な香りがしてきます。
やっぱり八溝の森は恐るべしですね〜ぇ( -.-) =зフウー!
いつの日かここも訪れてみたいと思いました〜ぁ(@^^)/~~~
今晩は。
ここは、もう少し尾根道を辿れば、生瀬富士を経由して袋田まで行けます。
ただ行ってしまったら袋田からJRで戻るしかないので、時間のとれない時はこのコースがお薦めです。
是非、赤石淵でカワセミやヤマセミのホバーリングを写してください。
こんにちは。
歴史を感じさせる歩きですね。
山百合が幽霊に見える、
怖いと思って通る道は幽霊に見えても不思議ではないですよね。
音も怖いですよ!
知らない所が沢山あって興味深々です。
今日は。
何時もは車で通り過ぎてしまう所ですよ。
そろそろモミジ以外のものを見ようとしてるのですが、手駒が少なくて色々思い出しながら歩いてます。
この峠、日中でもこんもりしてて暗く、家もないしで夜は怖いでしょうね。
大子町が陸奥国で、廃藩置県で馬頭は栃木県になったんですね。
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