大文字山(楼門の滝〜山頂〜経塚山〜安祥寺上寺跡〜聖山)
- GPS
- 04:07
- 距離
- 11.1km
- 登り
- 625m
- 下り
- 652m
コースタイム
- 山行
- 3:28
- 休憩
- 0:39
- 合計
- 4:07
天候 | 快晴 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2020年12月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
京都市営地下鉄 御陵駅乗車 |
コース状況/ 危険箇所等 |
●安祥寺上寺跡周辺以外は、全体的によく整備されていて、案内表示も丁寧です。 ●安祥寺上寺跡周辺は、案内表示がありません。安祥寺上寺跡からの降りは、東側は荒れていますし、西側は踏み跡はあるものの傾斜が急で滑りやすいですので、どちらのルートも登りで利用する方が安全でしょう。 ●聖山から本圀寺 聖山と神山の鞍部から谷を降りていきます。取り付きに案内表示はありませんが、なんとなく踏まれているような跡があります。少し降ると踏み跡はなくなりますが、谷に沿って降っていけば本圀寺に到達します。特に危険は感じませんでした。 |
写真
装備
個人装備 |
長袖シャツ
Tシャツ
靴下
グローブ
日よけ帽子
靴
サブザック
昼ご飯
行動食
飲料
地図(地形図)
GPS
筆記用具
ファーストエイドキット
常備薬
日焼け止め
保険証
携帯
時計
サングラス
タオル
カメラ
|
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感想
午後から時間が空いたので、kumakumoを誘っての大文字山です。
前回は大の字、中尾の滝、幻の滝、如意ヶ岳、長等山と辿ったので、今回は京都一周トレイルに沿って、霊鑑寺から山頂、蹴上の予定で出発したのですが、山頂までは予定通りで、急遽予定変更で安祥寺上寺跡へ。ついでに聖山を経て本國寺へ。いつもながら行き当たりばったりだとkumakumoにあきれられました。
大河ドラマ「麒麟がくる」で紹介されてましたが、信長と上洛した足利義昭が仮御所としたのが本圀寺で、移転したものが山科の疎水沿いにあるということでこれを目的にしました。本圀寺は加藤清正ともゆかりが深く、墓所である清正公廟もあります。さらに本圀寺の疎水を挟んで南側に、天智天皇陵があり、図らずも冷泉天皇陵からスタートしてゴールも天皇陵という山行となりました。
他にも俊寛僧都忠誠碑も経由しましたし、歴史好きの私にとって、なかなかのコース設定だったと思うのですがいかがなものでしょうか。
午後からの出発になるので軽く大文字山にでも、ということに。
思えばこのヤマレコ山行記録は、2年前に大文字山からスタート
した。残暑が猛暑の8月中旬、山頂までの往復だけでも這々の体の
2時間だった。
今回は、まだ見たことのない俊寛の碑を楽しみに、銀閣寺道から
出発。哲学の道を下りながら、脳裏に浮かぶのは能楽師や歌舞伎
役者が演じる俊寛だ。
この辺りはまさに観光名所の区域で、登山口までの道々にも多数の
名所がある。紅葉はまだ秋らしい色を残していた。
山に入れば入ったで、珍スポットに事欠かない。
特に気になったのは、楼門の滝近くのモノリスだ。知らなければ
「これが俊寛の碑?」と勘違いするような趣の石柱だが、地図
にもネット上にもそれに関する情報は見当たらない。
また、俊寛の碑を見てさらに上り続けると、ひときわ目を惹く
大きな岩があった。大文字山山頂で地図を確認してから気づいた
が、確かにその辺りに「岩」と記載されている。国土地理院の
地形図ではないが、ただ「岩」とだけ書かれているのがなんだか
愉快だ。
四つ辻を曲がりあと少しで山頂というとき、左右にほぼ等しく
地面が盛り上がっている箇所があった。一つの丘を開いて道を
通したのかわからないが、モーゼが左右に割れた海の間を通って
行くかのように、その小さな山と山の間を通り抜けた。
午後2時半頃まで、大文字山山頂で食べたり見たり撮ったりして
のんびり過ごしたが、安祥寺の姉妹寺(?)、安祥寺上寺跡を回って
行くというので、四つ辻では蹴上方面へ進まず別ルートで下った。
すると、いつのまにか山の頂上だ。経塚山とある。きっと、安祥寺
上寺の経典をこの辺りに埋めたのだろう。時刻は午後3時。
先を急ぐと、数分で寺跡らしき場所に出た。400m近い経塚山より
も300m程度のこちらの方が眺めがよく、ベンチまで置かれている。
日はどんどん傾き、とうとう午後4時になった。
「ちょっと大文字へ」と思っていたので、分厚い手袋やヘッド
ランプなどは家に置いてきた。気が焦るが、なぜかまた山頂。
安祥寺上寺跡から眺めた折「山」の形に3つの小さな山が並んで
いたが、その真ん中の山だという。実際、プレートには「聖山」の
左に「神山」右に「御陵山」とある。
神と聖(ひじり)と天皇(すめらみこと)。いずれも人々の崇敬の
対象だ。
あとは沈みゆく太陽と競いながら、谷川に沿ってどんどん下りて
行く。本圀寺を抜け、琵琶湖疎水を渡れば天智天皇陵。この敷地が
また広く、昼間の冷泉天皇陵の何倍あることか。
京都市内とはいえ山科は歴史的には別格だな〜と思いつつ、たどり
着いた地下鉄の駅は「御陵(みささぎ)」駅。
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