中央アルプス/南木曽岳
- GPS
- --:--
- 距離
- 5.9km
- 登り
- 765m
- 下り
- 752m
過去天気図(気象庁) | 2012年03月の天気図 |
---|---|
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
写真
感想
南木曽岳 単独 日帰り
3月7日
6:00
中央高速道路の恵那峡SAで目覚めました。
深夜このサービスエリアにピットインし、仮眠していたのです。
近頃、単独山行の当日に自宅で目覚めると
「止めようかな・・・もう少し寝たいし・・・」
と、山に行くこと自体を躊躇する事があるからです。
その点、より現地に近いところで目覚めればそんな気は起きないですし、高速のサービスエリアなら昼飯の買出しや温かい朝食も一度に済ませられるというメリットもあります。
8:00
南木曽岳の麓にある爐△蕕蕕キャンプ場瓩寮茲砲△觜圓止まりゲート手前の駐車場に車を止めました。
駐車場手前数百メートル区間の数箇所に5mくらいの氷の路面があるので、惰性を利用すれば通過できなくはなさそうですが、止まってしまったら再スタートは困難でしょう。近々向かわれるなら確実性を取って4WD&スタッドレスの方が良さそうです。この日の状況ですから今後は日を追うごとにリスクは軽減されると思います。それよりもやたらと落石が発生していたことのほうが気になりました。私も数箇所で人間の頭部ほどの岩を取り除きながら進みました。そんな状況でしたので明らかに一番乗りであることは分かっていましたが、やっぱり駐車場に他の車は止まっていませんでした。早すぎる時間でもないし、「今日は俺だけかな・・・」と思いながら、前夜に作っておいたテルモスのミルクチーをガスストーブで暖めなおし、
昼食や細かい装備をパッキングして
8:30
駐車場から出発しました。
ゲート手前の遊歩道入り口から林道まで抜け、南木曽岳登山口に向かいました。林道にはまだ雪が残っていました。道の両側よりも中心のほうに雪が残っている状態です。アイゼンは無くても歩くのに支障はありません。
8:45
登山口を通過しました。
林道とは対照的に、全く雪は残っていません。
9:01
登下山道の分岐を通過しました。今思えばこの時点でハードシェルを脱いでおけばよかったのですが、面倒だったのでフロントジッパーや脇のピットジップを開放して温度調整したつもりでしたが、ひさしぶりにベースレイヤーを汗で濡らしてしまい、この後の行動中ずっと背中や脇が冷たかったです。
9:03
犇盪の洞窟瓩凌疹紊涙舛譴紳瑤里茲Δ粉箴譴妊▲ぅ璽鵑鯀着しながら休憩しました。
ここまでは雪道の割合が5割以下でしたが、凍っている箇所が多くなってきたからです。
この後、段々雪道の割合は増していきますが、まだ正直無い無いで何とかなりそうな程度でした。
9:55
鎖場に到着しました。思っていたよりも雪は少なく、ここもアイゼン無しで通過できそうでした。ここは右が木道のスロープ、左がプチクライミングできる鎖場に分岐しているのですが、今回も私は岩場を選択しました。
人が少ない・・・というか明らかに居なかったので、岩場の中間地点にあるテラスで休憩しました。
辺りはガスに包まれ司会は100mくらい・・・特に大人気の山でもないので生物の気配はなし・・・ガスの中から「カカカカカ・・・・カカカカカ・・・・」と音?声?がします。私と同年代の方でないとピンと来ないかも知れないけど、アニメ爛ンバの大冒険瓩離薀好椒広爛離蹈き瓩量弔声みたいな・・・(でもおそらくあの音は樹木の幹が軋む音だと思います)・・・冷静になると
「こんな人気(ひとけ)の無い標高千数百メートルの高地の岩場で40間際のオッサンがひとりで何をしているんだ・・・正気の沙汰ではないな・・・」
などという思いが浮かんできます。
そんな思いも寂しい環境も暖かいミルクチーを一口飲んで打ち消します。
そしてこの短いクライミングゾーンを抜け再び樹林帯に入りました。
3月に入ってから4月以降並の陽気が続いたせいか、日中雪が溶け深夜から早朝にかけて今度は凍結したのであろう氷の水溜りがあちこちにありました。凍りも分厚いので私の超軽量アルミピッケルの歯は一振りでは刺さりません。所々アイゼンの前爪無しでは通過が困難な斜面がありました。冬期の山歩きに慣れた人なら前爪なしのアイゼンでも登れるかも知れませんが、私のようなひよっこには不可欠です。通過できたとしても時間のロスが大き過ぎるでしょう。特に犹劃困泙5百数メートル瓠兵尊櫃篭饌療な数字が表示されていますが忘れました)と書かれた看板を過ぎた辺りからは、斜度のキツいところも凍結していました。※全てにおいて言えますがあくまでこの日の状況です。
頂上手前の展望の良い岩場を過ぎた辺りから雪が深くなり、数歩に一回は股まで「スポン!」と足が飲み込まれるようになります。しかし、この時はまだ気力も体力も十分だったので楽観的でしたが、今思えばここで引き返しても良かったかも知れません。この後、山歩きを始めてから最もツラい3時間を過ごす事になったので・・・。
10:55
山頂に到着しました。
この南木曽岳の山頂は展望ゼロ地帯です。樹林帯に囲まれたちょっとした広場に墓石のような石の碑が建てられているだけの空間です。
避難小屋方面へと続く尾根の中でも特別小高いわけでもなく、私にとっては
「取りあえず山頂を踏んだ」
という達成感を得る為だけのポイントです。ザックとピッケルを立てかけて記念撮影だけして、すぐ先にある御岳・乗鞍岳方面の展望台に向かいました。
分岐の先にしっかりした看板が設置されているので見過ごすことはありません。
暫く展望を楽しんで、ダメだと思いつつ写真を撮ってみましたが、やはり肉眼の様にはいかず、
白く霞んだ御岳しか写らなかったのでここにはアップできません。
尾根の本線に戻り、避難小屋目指して歩き出しました。
すぐに進行方向先方に中央アルプスの峰々が飛び込んできました。その姿は感動的なほど間近に見え、屏風の様に広がっています。
山ではこの一瞬が大切で、
「見えたっ!」
と思ったら、すぐにカメラを構えないとあっという間にガスに巻かれて対象が見えなくなります。もう少し視界の開けた場所に素早く移動しようと興奮気味で次のステップを踏み出したときでした・・・
「すぽんっ!!」
一気に爐へそ瓩離薀ぅ鵑泙蚤が飲み込まれました。
山頂手前から10歩に1歩くらいの確立で爐股瓩泙任楼み込まれていましたが、おへそのラインまで一気に沈んだのは今回だけでなく、今期初でした。本能的に
「これはヤバイ・・・」
と思いました。
股とへそでは20cmほどしか違わないのですが、もう一人の僕が
「やばいよタモさん」
と反応するのです。
この最初の1歩は深さこそあったものの、すぐに抜け出すことは出来たので良かったですが、それから5歩に1歩・・・3歩に1歩・・・何事もなく5歩・・・・と、見せかけておへそまでハマる・・・という作業を繰り返させられるだけで一向に前進できません。
「早くしないと(中央アルプスが)見えなくなっちゃう・・・」
と気ばかり焦る・・・。
だんだんイライラしてきました。私のストレスゲージもレッドゾーンへ・・・。
最初に危険を感じてから50mも進まないうちに、今度は体勢を整えようと手のひらを雪に押し当てるとその腕も際限なく飲み込まれる・・・。暫く途方に暮れて、今度はピッケルを横にして接地面積を増やしてチャレンジするも・・・結果は変わらず・・・次にハマッた足を前後に動かして空間を広げつつ、持ち上げた足を横にして雪に押し付けながら脱出・・・。
これまでもサラサラの積雪なら腰まで埋まりながらラッセルしたこともありますし、数歩に1歩の割合で股まで沈むツボ足の経験はありますが、今回は頻度も深さも微妙に私の許容範囲を越えていました。
終いには両足を飲み込まれた状態でへそ上まで沈み、腕も沈んでにっちもさっちもいかない状況に・・・。
私は空を見上げました。
それで昔、同じような経験があることを思い出しました。
それは21歳の夏・・・
東京から地元に帰ってきてから、バスフィッシングに明け暮れていた時です。
この頃は、休みという休みは全て野宿しながら奥三河の人造湖でブラックバスをルアーで釣る遊びに興じていました。決まって中学時代の友達数人でテントも張らず、昼間は釣れないので樹林帯の木陰で昼寝・・・早朝と夕方釣りをし、日暮れから日の出までは焚き火をしながらくだらない話を飽きもせず延々とする・・・。
そんなある日、夏の減水で水位は20%程度だったので、ガレ場の斜面をトラバースしながらバスが潜んでいそうなポイントを探し歩いていた時、普段は湖底に存在している砂場が露出しており、尚且つそこは流れ込みになっていて、更に急に深くなるなっているエリアだったので、
「これはっ!」
と思い、何の躊躇なく砂場に足を踏み入れた時でした、
「すぽんっ!」
振り出した右足が何の抵抗もなく飲み込まれていく・・・・
それにツラれて体勢を崩しながら前に倒れそうになり、踏ん張ろうと左足を振りせば今度は左足も
「すぽんっ!」
結局両足が飲み込まれ、腰まで一気に沈み込み、慌ててヒジと竿で浮力を稼いで何とか食い止めたものの、釣り用のベストの末端まで埋まっていました。
妙に冷静になって、
「コレは底なし沼の原理と同じ状況なので動いたら死ぬ・・・」
そう思いました。
辺りを見回しても近くに友人は一人もいませんでした。
ひとりだけ良い思いをしようと早足で崖を歩いてきたからです。
試しに足をもぞもぞさせていると今度はじわじわ乳首の辺りまで沈んでいきました。
「終わった・・・俺の人生・・・」
心の底からそう思いました。本当に・・・。
かろうじて釣り用ベストの一番上のポッケに入れていた煙草の箱は濡れてなさそうだったので、
泥と水でびしょびしょになった指でタバコを挟んで一本吸いました。
最後の一服のつもりでした。
その時、急に声が掛かりました
「それってもしかしてだいぶヤバい状況?」
親友の声でした。
「そうみたい」
「どうしようね・・・」
「どうしようもないね・・・」
そして2人で笑いました。
そして、友人が差し伸べたバスロッドの先端に助けられ、匍匐前進で岸に上がりました。
ちなみにその時履いていた長靴は回収できませんでした。今も三河湖の湖底にあることでしょう・・・・。
今はその友人もいません。
どうやら今日は他の登山者も来そうもありません。
途方暮れつつ、あの日と同じように煙草に火をつけ、へそまで雪に埋まった状態で一服しました。
そうしながら自分が置かれている状況の分析をしました。
1. この際中央アルプスが見えなくなってもかまわない。
2. 何故、迂闊にも両足はハマっているのか・・・
3. あとどれ位この作業を繰り返さなければならないのか・・・
先ず1は良いとして、
2に関しては、
この日の積雪の状態は、しばらく新しい雪が降り積もってない状態。おまけにここ最近温かい日が続いているので、直射日光の当たりっぱなしの山頂エリアの雪の表面は解けたり凍ったりの繰り返しで、表面の5cmほどは硬いものの、それ以下の深度では雪がスカスカになっており、更に地熱の影響であちこち雪の底と地面の間に空間があり、一気に沈んでも最悪地面で止まる。しかし、その深さがあるので体制を整えるのが厄介・・・。スカスカでなければ、二度踏みして雪で足場を作りながら歩けるのでどれだけ深くても進めるし、サラサラの雪なら掻き分けながら進めるけど、この表面だけが硬い状況では雪を掻き分けるの無理・・・。
3に関しては、
まだ山頂エリアの雪原は始まったばかりで避難小屋が見えていないからまだこの状況は暫く続くだろう・・・。
こうなったらまた匍匐前進で進むか・・・。
「家に帰るには、とにかく行くしかないっ!」
こうして悪夢の3時間が始まったのです。
11時頃
とにかく落ち着き、足が飲み込まれても溜息を付かず、
目一杯腿を持ち上げ、雪面に押し付けて抜け出したり・・・膝を出し切れない時は足を前後に動かして空間を広げつつ、前方に倒れこむように腹ばいになってそのまま匍匐前進したり・・・ザックからオールウェザーブランケットを引っ張り出してちょっとした斜面は滑って楽しようとしたり・・・(斜度が足りず滑らず)・・・進行方向に横向きになって全身を接地させてぐるぐる回転しながら進んだり・・・(サックが邪魔で巧く回れず)・・・。
モハメド・アリと対戦した時にアントニオ猪木氏が恥も外聞も捨てて爛▲螢ック瓩魴り出した気分になっていました。
爐箸砲くいろいろ試してみて1mでも前進する
たかだか標高1600mの雪原で大袈裟ですが、経験の浅い自分には良い機会だとポジティブシンキングに切り替えて、少しづつ進みました。
まだ中央アルプスはガスに巻かれず待ってくれていました。
一際山容が大きく見え出したと思ったら、南木曽岳の避難小屋の赤い屋根が見えてきました。
見えてきましたが、正直ここで迷いました。
避難小屋に入るには本線から5m〜10mほど逸れなければいけません。
気持ち的には1mも無駄に進みたくはありません。
このまま本線を突き進んでいけば避難小屋の先に大きな岩が床の様になっている絶好の展望台があり、風の弱いこの日は中央アルプスでも見ながらそこで休憩すれば良いし・・・。
「でも、冬期の小屋が開いているのか・・・」
とか、
「冬期の小屋の中はどんな状態か・・・(室温・設備・一晩越せそうかなど)」
いろいろ知ることが出来る貴重な機会だと思い、結局向かいました。
避難小屋の周りは無雪期は熊笹に覆われ、天空の楽園・・・桃源郷・・・(ちょっと大袈裟)・・・のような雰囲気です。昨秋に偵察に来た時は、
「これは雪が積もったら厄介だろうな・・・小屋も高床になってるし・・・」
と想像したとおり、これまで苦労してきた道程よりも更に雪は深く、決死の覚悟で向かいましたが、雪の下の熊笹が良い足場になってくれるので、普通にラッセルしながら進むことが出来ました。それでも何歩かに1歩は笹の床がない所に足を飲み込まれて抜け出すのに苦労しました。
11:25
避難小屋に転がり込みました。
途方もなく長い時間に感じましたが、山頂からここまでは30分しか経過してなかったんですね・・・。何か狐につままれた気分でした。でも無雪期なら5分程度の距離です。
小屋の扉は普通に施錠されておらず、完全にウェルカム状態でした。
内部も秋に来た時と全く変わりもなく、違うのは窓からは雪景色が見えているという点くらいのものでした。
この日は菓子パン3ヶとテルモスのミルクチーでランチを摂るつもりだったので、ガスストーブは使わずに5分以内に全て済ませて、再び小屋の外の悪夢の世界に舞い戻りました。
天候は曇り。風はほぼ無し。アナログ気温計はプラス4℃を指していました。
中央アルプスが待ってくれているうちに写真を撮りたかったことと、一刻も早くこの状況から抜け出したかったので、とにかくこの先数十メートル先の高台にある展望台に向かおうと思いました。
相変わらず雪原は悲惨な状態で、熊笹の床がないところが即ち落とし穴であり、アイゼンを履いた足を踏み出すと、豆腐の真上から垂直に包丁を差すように何の抵抗もなく飲み込まれます。ピッケルからストックに交換したので、もう少し状況が好転するかと思えば、スノーバスケット付きのストックも同じことでした。むしろ深く飲み込まれる分、引く抜くのが面倒なほどでした。それでも、進まないと帰れませんので、右足が飲まれては全身を使って体勢を整え、また飲まれては・・・・をひたすら繰り返し、楽が出来たのは熊笹が生えているとことだけで、展望台までの数十メートルを全身運動で移動しました。
展望台の看板の裏(中央アルプス方面)にある大きな岩の天然テーブルの上に乗って休憩しました。決して沈むことない硬い床がこれほど有難く感じたことはありませんでした。
目の前には中央アルプスの峰々が屏風の様に広がっています。
一昨年の夏山シーズン最後に登った空木岳が先ず目に入ります。そのすぐ右隣の南駒ケ岳は、雪解けのシーズンになる度に「今年こそ行こう!」と思いつつ未だ登っていない山です。むしろ空木岳より堂々として立派に見える山容はとても魅力的です。越百山とセットで1泊2日もあれば丁度よい山行が出来るのですが・・・。確か去年は地形図に予定コースを引きながら登山計画書も途中まで書きかけたのですが、林道の工事で登山口手前の駐車場まで入れなかったので回避したのです。
「今年こそ行こう・・・なんだったら今シーズンの初泊まり山行はあそこにしよう!」
そう思いました。避難小屋泊の周回コースです。
左の方に視線を移すと、今度は三ノ沢岳や宝剣岳や木曽駒ヶ岳(多分)も見えています。これらの山頂はここから見ても雪深く、今の私の経験値と装備では冬期のアタックはできそうもありません。雪が解けても、今度はロープウェイの混雑が始まるのでこちらへもなかなか足が向かないのです。中央アルプスは中央高速道路や駒ケ岳パーキングから頻繁に眺めているので、非常に親近感があります。無雪期なら全部制覇することもできるのですが、まだまだ南や北アルプスに行きたい山がたくさんあるのでどうしても後回しになってしまうのです。でも、個人的には親近感で言うなら中央アルプスが一番なのです。
牋Δ罎┐慮絏鵑掘ΑΝ
そういうことにしときましょう。
暫く絶景を楽しんでいると、ふいに冷静な感情が割り込んできて、悪夢の雪原渡りの再開を急がせます。実際、こんなに嫌な状況から一刻も早く脱出したいと思い、
12:08
展望台を出発しました。
正直ここからが更に地獄でした。
展望台周辺は雪が浅く、そこからコルまで下る溝状の道は雪の解けたところに足を置きながら跨ぐ様に通過できたので楽勝でしたが、もうひとつの小屋(名前を忘れました)方面への分岐のあるコルから先は最悪でした。
特に少し登り返す道は、雪も深く・・・状態も悪く(スカスカ)・・・溝状の道の中心部分は雪との間に空間が出来るほど地熱で解けており、所々雪面から地面まで貫通する穴が開いていました。
その穴を覗き込むと私の身長の3分の2以上の深さがありそうです。つまり穴の開いていない雪面も、雪の表面を踏み抜けばあっと言う間に胸の辺りままで体ごと飲み込まれる可能性があるということは想像するに容易です。実際何度かそういう状況になりましたが、木の根に助けられたり、逆に木の根にアイゼンが引っ掛って足が抜けなくなったり・・・本当に通過に苦労しました。簡単に身動きできない状態から何の手がかりもなく体勢を立て直すことの繰り返しは辛く、体力的な負担だけでなく、「またか・・・」「ここもか・・・」「ここは大丈夫だ・・・」と不規則なトラブルの発生タイミングに精神もヤラれます。
樹林帯の数十メートルの急登をこの状態で通過したした時は、狄瓦折れそう瓩箸いΔ茲蝓▲櫂奪リと折れました。急登を登りきった先の摩利支天の分岐へと続く稜線で、遂に立ち止まってしまいました。右手には昼に立ち寄った避難小屋のある熊笹と露出した大きな岩が散りばめられた尾根が見え、左手には中央アルプスの連なりの南端である摺古木山から安平路山の連なりが見え、こんな状況でなければ気分が晴れ晴れするところですが、
「もうこのまま座り込んで、死んでしまうまで休もうかな・・・」
などと、一瞬本気で思ってしまうほどでした。その方がどれだけ楽な事か・・・。
そして段々気分もブルーになってきて、先ほどコルの辺で落ちていた未開封のミネラルウォーターを回収しなかった自分への嫌悪感も芽生えてきました。これしきの状況に置かれただけでペットボトル1本回収する心の余裕も無い自分がとても小さな人間だと・・・。
この自分への怒りをバネにまた動き出しました。
ただ、どれだけ気持ちを奮い立たせても、とてつもなく歩き難い状況は一切変わりません。
それでもコツコツとハマったり立て直したり、足の踏み場を選んだりしながら摩利支天の分岐まで来ましたが、1mも余分(駐車場に帰るまで)に歩きたくなかったので今回はパスしました。
この分岐は道標が立っていますので見逃すことはありませんが、方向感覚が狂ったような錯覚に陥ります。これは前回も感じたことでした。正規の登山道は左手の方に下るのです。
ここから急に道標もリボンもテープもありません。以前歩いた方の踏み跡を頼りに歩いていたら、見たこともない谷に入り込んでしました。とても特徴的な谷の形状だったので、
「これはオカしい・・・前回絶対通ってない気がする・・・」
「でも、ここまでは確実に先行者の踏み跡をトレースしてきた・・・見間違いではないハズ・・・」
そもそも踏み跡と言っても2.3日以上前のもので、雪面の凹み具合が不自然なので踏み跡だとわかる程度のモノです。そう思っていたら目の前の踏み跡が怪しげな谷を下る方と、左手の雪の崖をやや戻る方向に登っていく方に分かれていました。
「ここは試されているな・・・」
そう思い少しワクワクしてテンションが上がりました。
気持ちを落ち着けて先ずは地形を観察しました。
登山道っぽい地形は明らかに見覚えのない怪しげな谷の方・・・そちらにも明らかな人間の踏み跡が複数・・・、
「待てよ・・・複数の足跡ではなく、間違えて引き返してきた一人の足跡か・・・」
体力的にも精神的にもエンプティー状態ですからここでのルートミスは痛恨です。
次に踏み跡を観察しました。
「踏み跡のつま先の方向で推理してみよう・・・・・・・」
「・・・・・・・・・!!!!」
「どっちが先っぽかわからんし・・・・」
困りました。(というかいい加減ここで地形図を開いて確認するという発想が出てこなかったのが経験か浅い証拠ですね)
小さい脳みそをフル回転させて搾り出した答えは
狷擦北造辰燭蘆を下らず高い方に行け
(本来は狷擦北造辰燭虧造α阿両貊蠅泙念き返せ瓠砲任后
摂り合えず高い方から見下ろして道を確認しよう。
そういう結論に辿り着き、嫌がる体に鞭を打って雪の壁を5m位登りました。
登りきって辺りを見回したら、10m以上先に辛うじて雪に埋まっていない狹仍各鮫瓩箸いΥ波弔鮓つけました。
「まだツキはある」
そう思って、ここからは意気揚々と歩きました。丁度背の高い樹林帯に囲まれた道だったので、雪も浅く、気温が低いので雪も締まっていて快適な雪上歩行ができるエリアでした。
猛チャージできそうだったので、とにかく急いで歩きました。
すぐに木の梯子が連続する急降下ポイントに突入しました。
今回南木曽岳にアタックするにあたって最も危惧していたのはこのエリアで、
燹ΑΑΑΔ發掘梯子が雪で埋まっていたら後ろ向き(梯子の方を向いて)でピッケルを使って下りよう・・・
と思っていたのですが、実際来てみたら拍子抜けするほど雪も無く、凍結箇所も無いエリアでした。ここでようやく狎磴陵遒箸祁蠱蝋瓩ら完全に抜け出したことを実感し、壁のような下り道の途中の梯子と梯子の繋ぎ目にある猴戮蠑讚瓩里茲Δ淵謄薀垢帽掛けて休憩しました。
テルモスの紅茶で気を落ちつけながら正面に目をやると、恵那山がとても雄大に聳え立っていました。
正直、これまで個人的には犒弾畛海硫申茲防缶昌海貌る魅力があるのかが理解できない瓩隼廚辰討い泙靴燭、ここから見えるソレは納得に値する風格を持っていました。どうしても狹庫召良くない甅狷擦単調瓩箸いΕぅ瓠璽犬个りが先行していましたが、今回始めて、
「登ってみようかな・・・」
と心から思いました。話が飛びますが、この日の帰り道で国道19号線の正面に恵那山が見えるところでは、恵那山がより一層高く聳え立つように見えていましたし、国道沿いの商店や民家と合わせた風景が、
「きっと恵那山は地元の方たちに尊ばれているのだろうな・・・」
と思わせ、更に登る意欲を得ました。
そんな思いでここまで3時間近くストレスが溜まりっぱなしでしたが、急に気持ちがスッキリしてきて、
「やっぱり山はいいっ!」
となりました。単純な思考回路ですね・・・(笑)
ここからも木の梯子や階段や橋を全力で通過し、途中でアイゼンを脱いで、
14:10
登下山道分岐まで帰ってきました。
既に疲労の蓄積が簡単に回復しないところまできていたので、残り僅かと分かっていましたが5分休憩しました。
14:23
南木曽岳登山口を通過し、林道の残雪の上を足早に進み、
14:35
駐車場に到着しました。駐車場の近くの川で道具類の泥を洗い流し、事前に調べておいた南木曽温泉猝攸章館瓩妨かって車で走り出しました。私が駐車した場所より1段下の駐車場に地元ナンバーの車が1台停まっていました。南木曽岳の登山道は分岐から先が一方通行なので途中ではお会いしませんでしたが、きっと私と同じように苦労しながら歩かれたことでしょう。
今回は山頂エリアの雪原で約3時間の生き地獄を味わいました。雪山は雪の状態次第で楽しくも辛くもなるということを痛感しました。降雪が終わり、春が近付き、高所でも零度以上の気温の日が出てくると、1500mから2000mの山々は今回のような状態になりやすいのだと思います。思い返せば去年も冬期終盤に狢臉酘山瓩罵遒箸祁蠱蝋を味わって「もうこりごりだ・・・」と感じたことを思い出します・・・。
また、明らかに人間が持ち込んだ不要な残留物の回収を怠ったことが悔やまれてなりません。今回のことを胸に刻んでもっと心の大きな人間へと成長していきたいと思います。
さあ、今回で私の雪山シーズンが終了したような気がします。次回からは、途中で止まっている奥三河・宇連山の東側尾根から鳳来湖周辺の開拓(個人的にであり、今はあまり使われていない一般登山道は既にあります)を再開したり、ホームグラウンドである奥三河・明神山へ帰りたいと思います。そうやって2ヶ月ほどトレーニングすればいよいよ6月からテント山行シーズン2012年が始まります。ワクワク!
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