本当にやれるのか⁉? 白馬岳主稜‼?
- GPS
- 16:53
- 距離
- 24.5km
- 登り
- 2,285m
- 下り
- 2,247m
コースタイム
- 山行
- 3:53
- 休憩
- 0:33
- 合計
- 4:26
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2023年04月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
写真
装備
個人装備 |
ハーネス(BDクーロワール)
クォーク
60センチスリング2本
120センチスリング2本
240センチスリング1本
安全環付きカラビナ(HMS型2
変形D型3)
ワイヤーゲート変形D型カラビナ6
ヘルメット
テント泊装備
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共同装備 |
60メートルダイナミックロープ
スノーバー2本
|
感想
1. 急浮上、白馬岳主稜
「先ほど西穂高岳(西尾根)の動画に気づき拝見しました!また一緒に山に行きたいですね」
久々にひできちさんからラインが届いた。今年の1月21~22日、共に西尾根から西穂高岳を目指した。20キロ超えのザックを背負い、第一岩峰、トラバース、最後の恐怖ルンゼを登り詰め、西穂高岳山頂でがっちり握手を交わした。
「またいっしょに行って欲しい山あります」と即座にタイプするも、その後にルートの名前を書くのをためらった。それを書いてしまうと、どこでも余裕のあるひできちさんは「いいですね!行きましょう」と言うに決まっているからだ。でも思い切ってこう続けた。
「鹿島槍ヶ岳東尾根が恐ろしそう(面白そう)だなぁとか...。でも天狗尾根よりはマシなようです」
ずっと気になっている冬期テクニカルルートだった。
すると、やはり「東尾根も天狗尾根も、白馬岳主稜も行きたいですね😃」とひできちさんから余裕の返信があった。ただ...、
「白馬岳主稜⁉?」
突然出てきたな...。確かほしちゃんさんの谷川岳東尾根のレコで、危なげなナイフリッジの写真に「白馬主稜と同じや〜」とコメントが付いていたような...。
「行ったことがない(山)という意味では白馬主稜ですが、谷川岳東尾根くらい難しいという話です😨」と返信すると、意外にこう返ってきた。
「(さっき挙げた3つのルートの中では)白馬岳主稜が一番難易度低いのかなー」
え、そうなの...⁉? たったその一言で、いきなりその気になってしまう。「白馬を研究してみます」と返信した。白馬岳主稜チャレンジが決定した瞬間だった。
2. 徹底的な研究
研究を始めてすぐ、白馬岳主稜が日本を代表する古典的な積雪期バリエーションルートであることを知った。白山書房の日本50名ルートには、「標高差1400mを一気に登るスケール、美しくすっきりしたスノーリッジは爽快の一語に尽きる」とある。
まずは徹底的にレコを調べ始めた。最後にみんなが主稜に行っているのは4月1〜2日の週末だった。その中でもヤマレコのomatsuさんのレコが秀逸で、わかりやすいYouTube動画も付いていた。彼のレコをガチガチに分析し、山行時間の目安を特定した。
テント泊の場合は、基本2つの選択肢があるようだった。一つは猿倉から1時間半ほどの白馬尻に幕営するパターンだ。雪崩のリスクがあるので、小屋の南側の高台に幕営した方がいいらしい。ちなみに白馬尻小屋は雪崩で壊されてしまうので、小屋締めとともに解体されるらしい。なので、この時期は小屋の建物を見ることはできない。二つ目のパターンは、稜線上に随所にあるビバークポイントでの幕営だ。
それぞれに一長一短あり、かなり悩んだ。白馬尻に幕営すれば、テントをデポし軽荷でのアタックが可能になる。しかし、今年は特に暖かく、昼前には雪が腐って来るようなので、リアルブラックスタートが求められる。危険なルートをブラックで行くことにかなり抵抗があった。
一方で稜線上に幕営すれば、2日目のアタックがかなり楽になり、明るくなってからスタートしても、十分雪がいい状態で登頂可能になる。しかし、20キロ超えのザックを背負ったまま危険ルートを行かなければならない。悩んだ挙げ句、やはり軽荷のベネフィットがリアルブラックスタートのデメリットを上回ると判断し、午前1時スタートを想定した。
白馬尻テント泊の場合、初日はかなり余裕のある行程になる。レコを見ても、かなり遅めのスタートの人が多かった。しかし、僕はひできちさんに二股ゲート前駐車場6時集合を提案した。アタックに備え、初日に足跡を付けに偵察に行くべしと思ったからだ。白馬尻までは二股ゲートから3、4時間なので、遅くとも昼前にはテントの設営を終えられ、午後を全部偵察に充てられる。8峰まで行ってやろうかな?とも思っていた。しかし、実際には、白馬尻までも中々に侮れず、結局設営を終えたのは午後1時だった。
主稜は最初のポイントの8峰から白馬岳山頂(主峰)まで8つのピークを踏む。8峰までの雪原登りはかなりの急登らしい。omatsuさんによれば、白馬尻から2時間の行程だ。8峰以降、みんなどこが何峰か今一はっきりしないまま登っていた。分析の過程で、地形図に標高がある2237が8峰で、2492が5峰だということはすぐに分かった。また、みんながよく写真を撮るそそりたった峰は6峰のようだ。2750mが3峰、2峰への登りがなかなか大変で、その辺りにヒドゥンクラックがあるという記述もあった。最後に、斜度60度の雪壁を60m登れば山頂だ。2峰を越えてすぐにある大岩に古いハーケンがあり、そこがロープを出す場合のビレイポイントらしい。60mロープではギリギリ届かず、ピッチを切るとあった。ひできちさんはこの山行のために9mmの60mダイナミックロープを購入し、万全の態勢を整えてくれたが、できればサクッとフリーで抜けたかった。
また、レコを参照している中で、3月29日に3峰から2峰の辺りで滑落事故があったのを知った。50代の男女が白馬岳で滑落したというニュースはさらっと見たが、まさかそれが主稜だとは思っていなかった。もう一度ニュースを見返すと、男性は死亡、女性は大ケガとあった。一気に恐怖感が増す。「本当に俺にやれるのか⁉?」と思いながら、徹底的な研究を続けた。
「少しでも死なない確率を上げよう」
ひできちさんから、「土日は寒くなりそうですね。しまった雪が期待できるかもです」と連絡が来た。少し気持ちが楽になった。
楽しみでもあり、迫り来る恐怖でもあった山行当日がやってきた。
3.サクサク事件
後立山連峰の登山口は意外にアクセスがいい。五龍岳と鹿島槍ヶ岳に登りそれは知っていた。新穂高とはえらい違いだ。安曇野インターを降り快適な下道を走って、二股ゲート前に6時前に入った。駐車場はかなり埋まっており、一番奥のスペースに車を止めた。ひできちさんが既に準備をしているのが車の窓から見えた。車を降り、すぐに挨拶に行った。
来週から猿倉荘までの林道が開通になり、今週末が最後の林道歩きだった。猿倉荘までの道路が乾いているのは知っていたので、直前にひできちさんに折り畳み自転車を使おうと提案していた。結果これは大正解だった。行きはかなりの登りで、ほとんど漕げずに手で押したが、帰りはあっという間に二股ゲートに帰って来ることができた。猿倉荘には問題なく自転車をデポできる。
ゆっくり話しながら歩き、8時過ぎに猿倉荘に到着した。二股ゲートから約2時間だった。閉鎖中のトイレ棟に自転車をデポし、30分ほど休憩を入れる。猿倉荘はかなり立派な建物だ。
白馬尻までが中々の歩きだった。足首を捻挫したり、天気が冴えなかったりで、久々の本格的なテント泊山行だったから余計に辛かったかもしれない。登山道が分かりにくい所や、少し怖いトラバースもあった。高台にテントを張るため、最後は白馬沢方面から左に折れ、結構滑る急な雪坂を登った。デブリの跡に足を掛けたり、木を掴んだりと意外に苦労した。ここから幕営地を探しながら高台を登って行くも、中々これといった場所が見つからない。遠見尾根でテント泊した時もそうだったが、だだっ広い場所に誰もテントを張っていないと不安になってしまう。できるだけいい場所を探したくて延々登っていると、ルートから大幅に外れてしまった。さすがにこれはアタックする時面倒なので、少し引き返し、適当な緩い傾斜地を整地することにした。時刻はちょうど10時半を回った頃だった。
僕もひできちさんも短辺にテントの開口部があるので、前方に見える主峰に向かって横並びにテントを張ることにした。セオリー通りなら谷側に入り口を向けるべきだが、風もないのでまあ問題ないだろう。1時間強整地を行い、テントを設営してビールを飲む頃には午後1時を少し回っていた。この主稜チャレンジの数日前からなんとなく禁酒していた。左足首がまだ完治していないので、アルコールを控えると少しは回復が早まるかなと無駄に思ったのもある。要するにびびりまくっていた。今日もビールを控えようとビールを持たずに自宅を出たが、我慢できずに安曇野インター降りてすぐのセブンイレブンに寄ってしまった。
ここまでかなり疲れてしまったので、1時間の長目の休憩を入れ、偵察は2時スタートにすることにした。ビールを飲みながら、味はともかくやはりお手軽なリゾッタを作りゆっくり体を休める。一旦落ち着くと、主稜の方を見ながら、2人でどこから尾根に取り付くかを考えた。自分たちがテントを張った場所は、急な雪原斜面の末端より大分上の方だった。ちょうどその末端から2人の登山者が上がっているのが見える。「まあ、安全なのはあそこから上がることですよね...」。しかし、そうするとかなり戻ることになり、可能なら横から雪原の上部に合流したい。尾根から何本かルンゼ状の雪面が横に派生していて、登れそうに見えなくもない。テントからかなり距離があるので、いまいち登れる角度なのかどうか近くに行かないと分からなかった。何本かあるルンゼの中で、自分たちがいる所よりさらに少し8峰に近い場所に、いい感じのルンゼがあった。「あそこどうですかね?」とひできちさんに相談した。最初は急に見えるが、そこを登り切るとなだらかなステップに移れそうに見えた。と、その時だった。いきなり正にそのルンゼの上部から雪崩が発生した。「ゴー!」という轟音とともに、雪が一気に滑り落ちた。思わず立ち上がり、「雪崩や‼?」と叫んだ。ひできちさんも立ち上がり、2人であまりにも激しい雪の濁流にしばし呆然とする。「さっき、あそこを登ろうと言ってたんですよね?」「はい😨、やっぱり末端まで戻りますか...」。その後も同じ場所から2回ほど同じ規模の雪崩が発生した。
2時になり、G5 EVOを履いてサルケンを付けた。さすがに偵察なので、クォークではなく中間支点用に持ってきたモンベルのグレイシャーを手に取った。すぐに帰って来るつもりだったので、ハードシェルは着ずに、フリース(トレールアクションパーカ)とガイドパンツの軽装で出発した。まずは高台から白馬尻小屋跡までそこそこ急な斜面を35mほど降りる。雪渓を斜めに横切り、雪がなくなり土が露出した部分を乗り越えて、もう一本向こうの雪原に乗り換えた。先ほど派手に雪崩れたルンゼの前までやってきた。この辺りは頻繁に雪崩が起こっているようで、あり得ない大きさの雪の塊が転がっていた。「これに直撃されたら死ぬな...」。結局、末端に戻ることはせずに、何本かある雪原に乗り上げる雪坂の中で、比較的傾斜が緩く安全そうな道を物色した。ちょうどいい雪坂が、さっき雪崩れたルンゼから比較的距離があるところに見つかり、そこを登ることにした。
ここから息を付く暇もない急登だった。ひできちさんを先頭に、明日のために足跡をしっかり付けるように強めに蹴り込みながら上がっていく。程なく先ほどの2人のものとおぼしきトレースと合流した。ここでやめても良かったのだが、まだ時間に余裕があると思っていたので、とりあえず少し平坦になるところを目指して偵察を続けた。途中派手なクラックが1ヶ所、それなりのクラックが2ヶ所出てきた。偵察とは思えないような緊張感のある斜面を登りながら、「これ下りるんか...今日は」と下りることをあまり想定していなかったことに気付いた。大体冬期バリエーションルートを行く時は、登っても同じ場所を下りないので油断していた。
帰りのことは後で考えることにして、しばらく登っていくと、やっと少し平坦な場所にたどり着いた。その場所から上はまた派手な急登が続いていた。一旦ザックを下ろし休憩していると、上の斜面から女性2人のパーティー下りてくるのが見えた。あれ?さっき登ってた2人パーティーは女性だったのか?それにしても何でこんな時間に下りてくるんや?まさか...と思いながら、彼女達が下りてくるのを待った。
2人は僕らよりもかなり若く見えた。「どうしたんですか?」。我慢できずにストレートに聞いてしまった。すると先頭のリアル山屋の雰囲気を醸し出した女性が、「撤退しました!」。やはりか...。デカイザックを背負っていたので、稜線上に幕営するつもりだったのだろう。「どんな感じだったんですか?」。こんなバリバリの山屋が撤退するには、相当の理由があるはずだ。すると、「一応稜線までは出たんですが、雪が『サクサク』になってきて...」
サクサクって何や⁉?
「危なくて歩けないような感じでした。普通の雪稜なら望む所なんですが、あれはダメだなと...」。なるほど...。後のかわいらしい感じの女性も、「うちらも全部ロープを出す想定ではなかったので...」と悔しさをにじませていた。また先頭の女性が、「まあ、行って見てもらえれば分かります。ホントはもっと上まで行きたかったんですが、そうすると下りれなくなるリスクがあるなと...」。それでも後の女性は、「でもお兄さん達なら多分行ける!」と気を遣ってくれた。しかし、もともとびびりまくっていた僕は、「アカン...。俺らも多分撤退や...」とテンションがだだ下がりになってしまった。彼女達は疲れきった様子で、慎重に僕らが登ってきた道を下りていった。
「えらいことになりましたね...」と、ひできちさんと顔を見合わせなから呟いた。完全に登頂は無理だと思い、「今から8峰まで行っちゃいます?」とひできちさんに言ってみた。明日はブラックスタートなので、8峰まで行っても主稜の様子がわからないからだ。ただ、もう3時を回っていたので、そんなことをしたら暗くなってしまう。ヘッデンも持ってきていなかった。おとなしく僕らも引き返すことにした。もともとロープで遊ぶ予定だったので、「とりあえず、ロープワークの練習しましょう...」
帰りの下りはへこんだ心のせいで、必要以上に恐怖を感じた。バックステップを織り混ぜながら、慎重に下りていった。かなり時間を掛け、4時頃テント場に戻ってきた。時間も押しているので、テント場下の斜面を使い、すぐにロープワークの練習を始めた。スノーバーとピッケルでの支点構築を練習し、意外にピッケルが支点構築に使えることを確認した。主稜最後の雪壁を想定し、確保器を使ってロープを送り出したり、ひできちさんに上で確保してもらいテント場までの斜面を登ってみたりもした。講習ではなく、実際に自分達で考えながらやるロープワークは、刺激があり案外楽しめた。「まあ、明日序盤で撤退になったら、またロープワークで遊んで帰りましよう🎵」
ロープワークを終え、6時頃テントに戻った。当初の予定では、明日は午前1時アタックと鼻息が荒かったが、それは登頂できると信じてのことだった。サクサクの話を聞き、9割方撤退を覚悟していた僕は、「もう極端な早出は必要ないかな...」と思っていた。また、偵察が結構しっかりした登り下りだったので、2人ともかなり疲れていた。実際、これから夕食を食べ、水作りもすることを考えると、1時スタートは難しかった。「明日、もう少し遅く出ますか?」とひできちさんに提案した。「1時に起きて、スタートはお互い準備が出来しだいということにしましょう」
沈んだ気分だったが、やはり2人でいるおかげか、いつものスーパーブルーにはならなかった。食欲もあり、外せないウィンナーをフライパンで炒め、パンとスープでしっかりと腹を満たした。水作りをしながら、少しひできちさんとテント越しに他愛もない話をした。「明日はどうなるかな...。いずれにしても、自分の目で主稜を見て判断するしかないだろう」。8時半過ぎにシュラフに潜り込んだ。
4.どうなる?主稜アタック
【白馬尻から8峰まで】
1時の目覚ましで起きた。ひできちさんも同時に起きたようで、「おはようございます」と挨拶を交わす。かなり疲れていたので、珍しくしっかり熟睡できた。天気はどうかと思い、ステラリッジのレインフライのジッパーを上から開け顔を出す。どうやら空は雲に覆われているようで、全く星空は見えなかった。「予報通り、風が強いですね…」とひできちさんに言われ、「確かに…」と応じる。スタート時間を明確には決めてはいなかったので、ゆったりと朝食を取り、ゆっくり準備していった。結局2時半にスタートの準備が整いテントの外に出た。昨日、僕らの後に高台に3人(女性2、男性1)のパーティーが来て、少し離れた所に3人用のテントを張っていた。彼らのテントにも既に明かりが灯っていた。女性2人とは昨日少し話しをしていた。彼女達は、例の撤退女性パーティーに聞き込みをしたり、上から下りてきた僕らにも声を掛け、情報収集していたようだ。後から聞いたが、山岳会のメンバーらしい。
昨日の自分たちの足跡を頼りに歩いていく。この足跡があるのとないのではかなり違うだろう。足跡作戦は正解だった。昨日と同じように急登をゆっくりと進んでいく。その急登の序盤で、ひできちさんが上着を脱ぐというので、立ち止まった。待ちながらふと空を見上げると、いつの間にやら雲が完全になくなり、満天の星空が広がっていた。「おー!いつの間に!」。今まであまり見たことのないの星の近さに驚いた。その後、幸運なことに風も弱くなっていった。昨日歩いたばかりの道を登って行く。途中のクラックも、昨日歩いたおかげでブラックでも問題なく避けることができた。程なく、昨日女性パーティーに会ったところまで無事に到達し、少し休憩を入れた。
ここからは初めて歩く道だ。最初の急登を登り、左にトラバース気味に進んで行くと大きな岩があるポイントに来た。まだ4時過ぎだったが空が白み始めていて、眼下には幻想的な雲海が広がっていた。ここでも少し休憩をいれる。この時もまだ、いつ「サクサク」が出てくるかばかり考えていた。
暫く行くと、「これがサクサクちゃうか?」という砂のような雪が出て来たが、特に危険さはなかった。更に進むと、どんどん雪がなくなっていき、遂には全く雪がなくなり、岩と藪にまみれた場所に辿り着いた。トレースも当たり前だが、そこで消えていた。藪を突っ切ることも考えたが、左に行くとまだ少し雪があったので、雪に誘われ左に進むことにした。しかし、いよいよそっちの雪もなくなり、また同じような藪岩ゾーンにぶつかってしまった。ヤマップを取り出すと、かなりルートから外れているようだったので、最初に藪岩ゾーンにぶつかった地点まで戻り、そこから藪岩を突っ切ることにした。道としては全く危険ではないし、ダウンロードしてきた軌跡とも一致しているのだが、まだ「サクサク」の呪縛に支配されていて不安だった。短い藪岩ゾーンを抜けると、また雪が復活し、そこにしっかりとしたトレースが付いていた。「おー!トレース出てきましたよ!」とひできちさんに声を掛ける。この時点ではまだ気づいてはいなかったが、行動時間から考えて、恐らく昨日の女性パーティーはこの藪岩ゾーンの手前で撤退を決断したのだろう。もう少し我慢してこの藪岩を抜ければ、その先のトレースを見つけることができ、更に先に進むことができたのかもしれない。雪山はちょっとした判断の違いが登頂と撤退を分けるということだろう。
復活した雪道は徐々に傾斜を増し、そこを登り切るとちょっとした平らなスペースに来る。時刻は5時前で、空はかなり赤みを帯びてきていた。主稜の進行方向にはそそり立った雪の付いた岩峰があり、どうやらここが8峰への取り付きのようだ。反対側は崖のきわきわまで歩いて行け、ご来光を眺めるのに最適なスペースだった。ここにテントを張るのもいいかもしれない。お互いに日の出前の東の空を背景に写真を撮り合った。
ここでご来光を待とうかなとも思ったが、少しでも登頂の可能性を上げるため、先を急ぐことにした。この8峰への登りは少し痺れる。かなりの斜度なので、クォークをしっかりに雪面に打ち込み登って行くも、中央にはクラックがあるので、あまりクラック近辺には刺し込まないように気を付けた。頂上部分は雪が少なく藪と岩が露出していて邪魔っけだった。藪を抜け、何気なく後ろを振り返るとちょうど太陽が上がってくるところだった。「おー!ライジングサーン!!」とテンションが上がる。サクサクの呪縛から徐々に解放されてきていた。ここからすこし登ったトップが恐らく8峰だった。そしてそこに立つと前方の視界がサーっと開け、これからの主稜の全貌が目に飛び込んで来た。嬉しくなって振り返り「あー!ここからちょっとだけ気持ちいい稜線歩き!」とひできちさんに声を掛けた。
【8峰から5峰 今回の核心】
しかし、ここから5峰の手前辺りまでしばらく恐怖が続く。まずは「気持ちのいい稜線歩き!」が、すぐに右が雪庇・左はクラックという尾根に変わった。ビビりながらも慎重に歩きここを抜けた。すると、尾根は広くなり7峰の取り付きに来るが、ここは足元の雪がなくなりぱっくり地面が見え、その上から短いがオーバーハング気味の雪壁になっている。両手を目一杯伸ばし、クォークを雪面にぶっ刺し、足を高く上げて雪壁に蹴り込んだ。そのままクォークをもう一段上に刺し込み体全体を引き上げ、何とか乗り越すことができた。そこを越えると短いナイフリッジになり、その先は岩壁に遮られる。ここはかなり危なかった。その行き止まりから、薄ーい雪をクライムダウンすると、岩壁の下部に一般道のようなルートがあり、そこに草を掴みながら乗り移った。その短い登山道を進むと岩壁を乗り越えることができる。そしてやっと6峰への登りになる。ここもかなり厄介だった。かなり危なげなクラックが入り乱れ、雪についたトレースを辿るのはかなり危険に感じられた。ひできちさんと相談し、左側の雪がなくなり岩肌が見えた部分を、枝をかき分けながら登って行った。クラックが収まった所で雪の上に移った。
【5峰から主峰 白馬岳主稜の醍醐味】
6峰を越えると、正に快適な雪稜歩きが始まった。この頃には「もしかしたら登頂できるかもしれない」と思い始めていた。むしろもう戻れないので、登頂するしかないのだが…。5峰の手前には幕営跡があった。もしかしたらomatsuさんたちのイグルー泊の跡地かもしれない。引き続き気の抜けないナイフリッジの連続だが、純粋に主稜を楽しんでいた。早出と低い気温のおかげで雪はしっかり締まっていて、危険さはあまり感じなかった。また、ルートに結局最後までトレースがあったのがありがたかった。序盤は昨日の女性パーティーが付けたトレースだと思っていたので、どこでトレースがなくなるかと心配していたが、どこまでも続くトレースをしっかり見ると、それが一人の足跡であることは明白だった。つまり、昨日の女性パーティーもその一人のトレースを辿ったに過ぎなかったのだ。かなりフレッシュなトレースだったので、昨日かおととい辺りに誰かが付けたのだろう。上部に行くにつれてその足跡はかなり潜りこんでおり、雪が腐っているなかで登頂したと思われた。ひできちさんと2人で、「このトレースの主はすごいね…」としきりに感心していた。
この後に出て来た唯一のいやらしいポイントは3峰の辺りだった。ここまではほぼトレースに同意できたので迷いはなかったのだが、ここでトレースが危険な方向についていた。その場所は確かに判断が難しかった。足元の雪がなくなりぽっかり穴が開いていた。恐らくそこに落ちればあの世行きだ。そしてその上にオーバーハング気味の大きな雪団子のような壁があり、そこを直登すれば尾根にしっかり乗ることができる。トレースはその直登を避け、一度かなりうすーい雪を伝って左に下がり、そこから雪壁に取付いてた。とりあえず、少し離れて後ろを歩いていたひできちさんを待った。彼がやってきた所でどちらで行くか相談した。確かに足元に雪はないが、雪団子自体はしっかりしており、アックスもしっかり掛かった。それに引き換え、左下に下りるうすーい雪の足場はかなり不安定に見えた。最終的に雪団子直登と判断した。しかし僕は女々しくも、ひできちさんに「見本見せてもらっていいですか?」とお願いしてしまう。「見本⁉?」とひできちさんは「何言ってるの、今更?」という表情だったが、先にひょいと登ってくれた。そして僕も後に続いたが、アックスは掛かるが足はあまり掛からず少しヒヤッとした。後からひできちさんに聞くと、彼も足は掛かりにくかったらしい。
ここを越えると、2峰への登りが結構大変なのは研究段階で知っていた。しかし相変わらず締まった雪とトレースのおかげで問題なく乗り越えることができた。2峰の平らなスペースで最後の休憩を入れ、クライマックスへと備える。2峰から露岩が多数あり、そのうちの一つに打ち込まれている古いハーケンを確認した。その大岩を右から巻き、そして次の岩は左から巻いた。そして遂に、最後の斜度60度60mの雪壁にやって来た。ここまでと同様、クォークとサルケンは気持ちよく雪面に食い込み、全く問題がない。後50mとなった所で、「あと、50m!」と前を行くひできちさんに声を掛ける。真っ青な空に向かって雪壁を登っていく。一足先にひできちさんが雪壁を登り切り、両手を大きく上げた!あまりにあっけなかったので、「登頂?山頂標識あります?」と確認してしまう。大きくうなずく彼をみて、「よっしゃー!」と吠える。そこから、「焦るな!焦るな!」と自分に言い聞かせながら、ゆっくり同じ動作を繰り返した。上からひできちさんが見守ってくれている。最後になった時、ひできちさんが「最後、打ち込んでやってください😃」と声を掛けてくれた。「おりゃー‼?」思いっきり最後のアックスを振り下ろした。「よっしゃー!嬉しい(大泣き)」。体を引き上げ、山頂に立ち上がると下のパーティーに聞こえるくらいに絶叫した。
山頂標識にゆっくり歩いて行く。前方には剱岳が青く大きく見えていた。山頂標識の前でひできちさんとがっちり握手を交わす。2人とも顔がにやけて仕方がなかった。昨日のサクサク事件で完全に登頂を諦めていたどん底からの逆転劇だった。
白馬岳主稜
やり切ってみて、こんなに楽しいルートはそうそうないと感じる。どうりで、みんながまた来たくなると言うわけだ。確かに危険なルートだが、とんでもない達成感を感じたくなったら...
白馬主稜!お疲れ様です。そしておめでとうございます!
達成感!半端ない喜びが文面にすごく出ています。
いろいろな状況に対して、考え葛藤し。。。決断していく過程が詳細に書かれてすごく読みごたえがありました。私の記録も参考にして頂いたとのことで光栄ですが。。。私が登ったときよりもさらに融雪が進み難易度が上がっていたことがよくわかります。そのなかでの無事登頂。。。おめでとうございます!そしてお疲れ様でした。
雷鳥に会えて羨ましい。。。
ジャラジャラ系の人たちが撤退する中、精神的にも追い込まれたと思いますのに、この時期に白馬主稜を無事に突破されるなんて
お見事です✨
(知らんけど笑)サクサク雪も怖かったでしょうね。
omatsuさんの記録はとても参考になりますよね!私も常念岳東尾根では大変助かりました♫
また来年も行きますよね?😁
楽しみですね😊
ありがとうございます!ぼっちのさんのレコを見てびびってましたが、雪質がよく、いいトレースのおかげで案外楽に突破出来ました🎵 確かにまた行ってしまいそうなルートなので、厳しい条件でもいけるようにまた一年鍛練が必要です😂
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