甲斐駒ヶ岳六方石にて負傷者を発見・救助要請・救助隊到着まで
- GPS
- 12:35
- 距離
- 26.2km
- 登り
- 3,560m
- 下り
- 3,550m
コースタイム
- 山行
- 6:27
- 休憩
- 6:35
- 合計
- 13:02
- 山行
- 5:11
- 休憩
- 0:47
- 合計
- 5:58
天候 | 明け方まで黒戸尾根では曇り・小雨。 朝〜夕方まで駒津峰より上は晴れ間が見えていたものの、周囲のガスは厚いように見えた。 最後まで雨は降らず、むしろ強い陽射しと暑さを感じる日だった。上空は雲が流れていたが、事故現場はほぼ無風だった。 |
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過去天気図(気象庁) | 2023年09月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
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コース状況/ 危険箇所等 |
朝の早い時間は登山道が濡れており、特に岩場は滑りやすいのを感じた。 |
予約できる山小屋 |
|
写真
感想
登山中、転倒事故を発見して救助要請を行い、救助隊の到着まで6時間負傷者(以下Yさん)に付き添うという経験をしました。
これまで自分が遭難する可能性は何度も想像していましたが、遭難者のケアをする側に回るのはあまり想像していませんでした。負傷した人を見つけた時、一登山者として何ができるのかを考え直す機会になりました。これは一つの事例であり、それを単純に一般化できるものではありませんが、何かのお役に立てばと思い報告します。なお、写真の撮影や記録の投稿についてYさんの同意は得ています。
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投稿者は当日4:00頃に尾白川渓谷駐車場に到着。初日は黒戸尾根から早川尾根を経由して南小室小屋でツェルト泊する予定。2泊3日で南アの北部を周回する計画(TJAR2024の参加条件達成のため)で単独で入山した。8:30頃に甲斐駒ヶ岳に到着。駒津峰に向けて下り、事故現場となった六方石に9:00前に到着した。
Yさんは前日に単独で北沢峠に入山し、こもれび山荘に前泊。当日は甲斐駒ヶ岳を往復したのち伊那市内のホテルで宿泊する予定で早朝から登山を開始していたという。
◆9:00頃 転倒事故発生
状況は写真の通り。岩が濡れていて滑りやすいコンディションだった。私が岩場のかなり手前で通過を待っていたところ、Yさんが1回目の転倒。よく見えなかったが、1回目でもどこか負傷していたのかもしれない。「大丈夫ですか?」と私が声かけするとYさんは立ち上がったが、続けて2回目の転倒をして横向きに岩の斜面を2mほど転がってきた。とっさに受け止めたが、すぐにYさんの頭部からは血が滴り落ちて顔が血まみれになった。右足首が曲って動かず、「折れた」とYさんは感じるとのことで立つことができない。意識障害はなさそうで、会話はできる。
◆9:00〜11:00 救助要請し県警と連絡
私はというと、まず突然の出来事に驚いた。とにかく頭部の出血を止めなければ。見ると左頭頂部付近の傷は血が滲むように流れ出ている。Yさんがタオルを持っていたので髪の上から押さえて圧迫。右足は痛みが強いようで状態が気になったが、骨折時に靴を脱いだら履けなくなると聞いたことがあったのでそのまま動かさないようにしてもらった。いずれにしても、Yさんは立つことができないので自力下山はできない。頭の状態も心配。救助が必要だ。
私の携帯(docomo)はつながらなかった。さあ、どうしよう。少し離れたところに他の登山者の姿が見えた。そこに向かって電波の繋がる人はいないかと大声で叫ぶ。トラバースルートにいた登山者から「繋がる」との返答。そのやりとりをしていると、Yさん自身が携帯を取り出して自分の携帯(au)は電波が一本立っていると言う。Yさんの携帯を借りて私が救助要請を行った。
110は長野県警本部に繋がった。「事件ですか・事故ですか」というお決まりの問いに、「甲斐駒ヶ岳で転倒事故があって」と状況を伝える。色々質問をされたのち、県警本部から伊那警察署につなぐとのこと。一旦電話が切れて折り返しを待つことに。トラバースルートの方には電話ができた旨を大声で伝えた。
電話中にYさんが頭部を圧迫しており、出血は止まっていた。これでYさんと私も少し安心した。周囲を見ると、Yさんの位置が岩場に近かったため、安全な平坦地に這って移動してもらった。落石があるような場所ではなかったが、より安全な場所への移動は通報より先がよかったかもしれない。なお、Yさんの右足はパンパンに腫れあがっていた。
伊那警察署と電話がつながり、再び質問をされて状況を説明する。「さっき話したのになあ」とか「これっていま必要な情報かなあ」とか少しじれったさを感じつつも、その気持ちは抑えて聞かれたことを答えることに徹する。警察の方は所定の調書を取っているようで、覚えている限りでは以下のような項目を尋ねられた。Yさんに確認しつつ答えた。
・氏名、生年月日、住所、連絡先(通報者含む)
・携帯電話のバッテリー残量
・場所
・怪我の程度、意識の有無
・事故の状況
・登山届の有無
・登山計画の詳細(入山場所と日時・行程・目的地・宿泊予定地など)
・持ち物
・持病の有無
・登山保険加入の有無
・現地の天気、風の強さ
・身長と体重
・職業
・登山歴
電波が悪いため、警察との電話は何度も途切れながら行った。その間、一般登山道上ということもあり多数の登山者が我々の横を通行した。途中、医師であるという女性(以下Nさん)が幸運にも通りかかり、Yさんの怪我を診てくれた。頭部の傷は浅く、頭蓋骨に問題はなさそうで縫合も必要ないだろうとのこと。足は右腓骨遠位端骨折と思われるとのこと。頭部の傷に対しては、Nさんがガーゼを貼るなどして処置してくれた。髪もあってテープで固定しにくい箇所だったが、Yさんに帽子を被ってもらうことで外れないようガーゼを抑えた。(なお、こういうときBuffで固定するのも良いらしい。持っていたが今回は使わなかった)
Nさんは急ぐ予定があるとのことでその場を離れたが、彼女の発言と行動はとても心強く、私もYさんも大いに安心することができたように思う。
◆11:00〜12:00 ヘリによる救助の試み
その後も警察との連絡は何度も途切れながら続いた。雲が出ているためヘリが飛ばず地上からの救助になる可能性があるという。また、救助費用が発生する可能性や実名報道となる可能性の告知があり、私からYさんに伝えた。なお、Yさんは山岳保険に加入していた。
Nさんが立ち去ったあと、また別の女性登山者2名が心配をしてその場に留まってくれた。聞くと、なんと伊那市役所の職員の方で、お一人(以下Aさん)は最近になって遭対協(山岳遭難防止対策協会)のメンバーに入ったのだという。今日はたまたまプライベートで甲斐駒に登っていたそう。
その後はAさんが警察や遭対協の連絡を担ってくれた。それまでは連絡が安定せず見通しがはっきりしなかったのだが、Aさんたちが来てくれたおかげで「あとは救助を待つのみ」という安心感が生まれた。また、骨折した足の処置についてAさんが遭対協と相談し、ストックを使用して固定しておく処置を行うこととなった。この固定には布やテーピングを使ったが、ダクトテープが特に固定力が高く効果的だった(いつも持っていたが初めて使った)。
11:00過ぎ、ヘリが松本からこちらに向かったという連絡をAさんが受ける。しばらくするとプロペラ音がガスの向こう側から聞こえてくる。けれどガスが厚くて位置がわからないのか、なかなかヘリの姿が見えず数分が経った。どきどきする時間。やがてヘリが高度を上げて雲を突き抜けてきた。大きくて青いヘリのボディが光る。こんな時なのに(だからこそ?)かっこいいと感じた。
だが現場は細尾根の上で、真横には大きな岩(六方石)が鎮座する悪場だ。ヘリは何度か近づき、遠ざかってを繰り返す。ホバリングが難しそうだ。タイミング悪く周囲にガスも入ってきた。これが最後かな、というトライでヘリが慎重に尾根に横付けるようにゆっくり接近してくる。すごい近さだ。救助隊員がヘリの外に出て下降準備をしているのがはっきり見える。遭難者から離れるよう手振りで指示がありYさん以外は岩陰に隠れる。その直後にすごい風が吹く。プロペラが起こすダウンウォッシュだ。昔、荷揚げヘリの近くにいて少し体感したことはあったが今回は真上にヘリがいるので風力がもの凄い。その直後、ヘリ自身も風の吹き返しを受けたのかボディがぐらついてしまった。離れていくヘリ。やがてプロペラ音が雲の奥に遠ざかっていき、あたりは静かになった。残念。惜しかった。
◆12:00〜15:00 地上からの救助隊を待つ
Aさんが救助隊からの連絡を受ける。ヘリはこれ以上は飛べないので地上からの救助になる。いま北沢峠に県警と遭対協の隊員が集まってきている。到着にはあと2時間以上かかりそう、だという。
長丁場になることがわかったので気持ちを切り替える。できるだけ快適な環境でYさんに救助を待ってもらおう。こうなると普通は低体温症対策にいちばん注意が必要と思われたが、Yさんに尋ねるとむしろ暑いくらいだという。確かに陽射しが強い。周りはガスなのに上だけは青い。
ツェルトを持っていたのは私とYさん。大きい私のツェルト(ツェルト2ロング)をタープのように張って陽射しを凌ぐことにした。通常の設営方法以外を試すのは初めてで、試行錯誤しながら張った。不恰好だがクローブヒッチができて細引きがあれば何とかなるものだと思った。
Yさんは特に具合が悪くなることはなく、食料も水も十分にあった。その後の時間は、YさんやAさんたちと雑談をして過ごした。Yさんはかなり反省しているようで、これ以上この人が傷つかないように元気づけるのが自分の役割だと思った。これにはメンタルヘルスの相談を職業とする自分の専門性が役に立っていたことを祈る。
Yさんは大阪の人で、この10年で金剛山に1000回も登っている努力家だ。今回の計画も丁寧な文書を作成しており、緻密さのある方だとわかった。南アでは仙丈ヶ岳や北岳に登頂したことがあり、仙丈ヶ岳のときは大雨で甲斐駒が見えなかった。今回はコロナ禍を経て久しぶりの高山であったそうだ。
各々のこれまでの山の話や、地元の話をした。先月に私が仙丈ヶ岳に登ったときの甲斐駒の写真を見せて、甲斐駒の美しさと、元気になってまた登りに来てくれると嬉しく思うことをYさんに伝えた。Aさんから聞く地元伊那市の話は面白い。伊那の人が木曽駒を西駒と呼ぶのは知っていたが、甲斐駒のことを今も東駒と呼ぶ人も本当にいるそうで驚いた。山にはいろいろな名前がある。
9:00から同じ場所にいたので、多くの登山者が通り過ぎていった。水や食料の支援を申し出てくれた方や声をかけてくれた方、ありがたかったです。
◆15:00〜16:00 救助隊の到着〜駒津峰付近まで
15:00頃、まずは身軽な県警の方が到着した。状態の確認後、「頑張りましたね」、「こんなことになったけど、元気になったらまた登りに来てください」とYさんを励ましていた。
その後、県警と遭対協の方々が続けて到着。足を再固定して背負子のようなものでYさんを代わる代わる背負って運ぶことになった。駒津峰までは登り返しと不安定な岩場、鎖場が連続する。スリングやロープを使って補助しながら救助隊の方がYさんを背負って運んだ。強い。それでもかなりキツそうだ。
駒津峰の少し手前、悪馬を越えた平坦地で休憩となった。このまま素人である私が後ろからついて行ってもあまり役には立たないし却って邪魔だろう。なので、ここで先行して下山することにした。救助隊の方へのお礼とYさんへ「先に下で待ってますね」と伝えて別れた。
◆17:00 北沢峠に到着 長衛小屋にてテント泊
ここで自分が怪我をしたら笑い話では済まないので慎重に下った。こもれび山荘前に警察車両が停まっていたので、通報者が下山した旨を伝えた。警察の方からは丁重にお礼をされた。救助の状況を尋ねると、再びヘリが飛ぶことになり、17:30に駒津峰でピックアップする予定になったという。それを聞いてホッとした。
私自身はこの日は長衛小屋でツェルトを張って寝ることにした。生ビールを買って持ってきたツマミを食す。一仕事した感じだ。テント場でお隣りさんに今日の出来事を話すと、おでんを恵んでもらえた。ラッキー。うまい。ありがとうございました。
次の日はゆっくり4時まで寝た。今日はのんびり車を回収して帰ろう。駒津峰に着くと変わらず美しい甲斐駒ヶ岳が見えた。昨日の事故現場には、誰もいない。山頂からは綺麗な雲海の先にいくつもの山々が見える。こんなに景色のよい甲斐駒はいつ以来だろうか。これをまた見に来よう。
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◆体験からの個人的な学び
・自分が遭難する可能性もあるが、遭難した人に出会う可能性もある。
・血を見ると焦る。まずは安全確保と止血などの応急処置を。
・救助要請には時間がかかる。警察からは色々な情報を聞かれる。負傷者の対応をする人と連絡をする人がいるとベター。
・救助には時間がかかる。救助までに天候が急変しても耐えられる装備・能力がいる。
・水や食料などの支援の申し出は遠慮せず受けよう。その時は足りていても後で足りなくなる可能性がある(特に水)。
・ヘリが飛ぶのは当たり前ではない。飛ぶ判断は天候に大きな影響を受けるし、飛んだとしても条件(風・地形など)によっては救助困難な場合がある。
・ファーストエイドキットやツェルトなどの道具は、自分だけではなく他人のために使う可能性もあることを頭の片隅に入れておこう。
・装備を使えることが大事。ロープワークは役に立つ。ツェルトの色々な張り方に習熟しておこう。
・体力、装備、計画等の余裕があることは自分だけでなく他者を助けることにつながる場合がある。
・救助隊は優しく、強い。
・伊那から見れば木曽駒は西駒であり、甲斐駒は東駒である。
なお、後日Yさんから直接電話を頂いた。Yさんは予定通り無事にヘリで救助され、長野県内の病院に搬送された。頭部に異常はなく、右足首の骨折の手術を予定しているそうだ。大怪我ではあるが、命に別状はない。本当によかった。
凄い体験をしましたね。
冷静で適切な対応が良くできましたね。
私も自分の怪我の心配はしていましたが救助は想定していなかったので勉強になりました。
負傷の方も命に別状なく良かったです。
本当にお疲れ様でした。
ありがとうございます。
実際にはけっこう慌てていたように思います。もっと冷静に対処できるようになりたいなあと色々考えました。
Yさんは電話では元気そうにされていたのでそれが何よりです。
日曜日に長衛小屋から甲斐駒に登りました。先刻アップしたレコの「この登山で会ったかも」の一番上にきょんしーさんのアイコンがあったので何気なくこちらに来たのですが、あまりの内容に驚きました。まずはお疲れ様でした。Yさんは不運にも大怪我をされましたが、その場にきょんしーさんがおられたことは不幸中の幸いでした。冷静に対処しつつずっと付き添ってくださってとても心強かったことと思います。
六万石は確かにすごく歩きにくかったです。ちょっとしたはずみでYさんと同じことが自分にも起こっていたかもしれませんし、きょんしーさんと同じ立場になっていたかもしれません。
貴重な体験をきちんと記録に残してくださったこと感謝いたします。きょんしーさんの学びをしっかり心に刻んで山に向かいたいと思いました。
はじめまして!読んでくれてありがとうございます。
日曜の長衛小屋〜甲斐駒のどこかでお会いしてたようですね。
六方石のところは私も実際に立ってみると、歩きにくさを感じました。濡れた岩場はやはり危険ですね。
こういうことは記録するのが大事かなと思ったので、了解をくれたYさんに感謝です。
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