気負いすぎの、稲子岳凹地
- GPS
- --:--
- 距離
- 10.8km
- 登り
- 923m
- 下り
- 911m
コースタイム
- 山行
- 6:49
- 休憩
- 0:30
- 合計
- 7:19
天候 | 稜線はガス、一時小雨 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2016年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
稲子岳の稜線は、踏み跡はしっかりしているが、迷いやすいところもある。足元がおぼつかなくなったら、はずしたと思ってすぐに確認すること。 |
写真
感想
稲子岳の西側にある奇妙な凹状の地形は、高校生の頃に地図上に発見して以来、ずっと気になっていた。その後、新妻喜永氏の写真集「北八ツ逍遙」に、底に降りられるとの記載があるのを読んで、いつかは行ってみたいとの思いを暖めていた。なので、otkme 氏の詳細なレコがアップされたときには、やられた!という感じだったが、仕方ない。行動力のある方が勝ちだ。今回ようやく機が訪れ、宿題を果たす気になった。
サラサドウダンの群生地だという、白樺尾根の登山口から入る。道は笹がかぶさって歩きにくいところはあるが、足元は明瞭で迷うことはない。名前の由来か、白樺の混じるなだらかな唐松の尾根道を抜けると、うっそうとした黒木の森となる。東のほう奥秩父の上の空はオレンジ色に明るんでいるが、頭上を覆う雲のせいか森の中はまだ暗く、ヘッドランプで赤テープを探りながら慎重に登る。一旦トラバースになり、再び登りになると、程なく白駒池方面との分岐を通過し、北八ツの雰囲気が出てくる。空はどんよりした曇りで、稜線を覆った雲が速いスピードで流れ、風が針葉樹の梢をゴウゴウと鳴らす。樹林を抜け、にゅうの一角に飛び出すと、猛烈な風に体があおられる。遠く雲の下になだらかな中腹のシルエットを引いている山が見える。浅間?・・にしては形がちょっと違う。富士山だと認識するのに、少し時間がかかった。頭の中の地図が180度反転していた。岩の頂点から降りる方向を見出すのに手間取る。これからバリエーションルートに足を踏み入れるというプレッシャー、午前中は雨という天気予報、自分とほぼ同高度まで垂れこめて流れる雲と強風、これらのために、いかに平常心を失っていたか、後で痛感することになる。
樹林に逃れてほっと一息、気を付けながら中山峠に向かうと、otkme氏のレコの軌跡からこの辺りかと思われる位置に、確かに心誘う赤テープがある。斜面を覗きこむと踏み跡もあり、GPSで位置を確認して踏み込む。木の根にからむような急斜面を15メートルほど下ると、右に稲子岳に続くと思われる尾根状の地形が霧の中に浮かぶ。下の方にも赤テープが見えるが、これはあり得ないと踏んで尾根状に進むと、明瞭な道があった。その少し先、道が登りにかかる直前でGPSを確認する。ここに違いない。右手に広がる苔むした森には踏み跡の気配もなく、日が差していないので一層陰鬱だ。しばしの逡巡を振り払って突入する。
意外にも、足元はふかふかの苔の感触が心地よく、歩くのに危険は感じなかった。岩や倒木の隙間を踏み抜かないように気を付けながら、なるべく樹間の空いているところを縫って歩く。南西に向かう沢地形は明瞭なので、基本は沢筋を、ヤブっぽいところは左側面に逃げながら下っていく。倒木を跨ぎ越すのが面倒だ。沢をやる人ならどうということもないのだろうが、道なきところを進むのは何とも不安なものだ。標高差100メートルもないのだが、ずいぶん長く感じる。いつまでも風景が変わらず、少し焦り始めたころに、傾斜が緩み、なんとなく踏み跡っぽいものもあらわれてきてほっとする。ついに前方に明るい空間が見えてきて、草原に飛び出した。濃緑のバイケイソウの穂がにょきにょきと突き出した、美しいとは言い難い草原だが、このときこれほど心安らぐ風景はなかった。
目の前に広がる凹地は、西側は岩壁、東側も高い斜面に囲まれ、風が吹きすさぶ不思議な空間だった。ズブズブの砂利地と、白い花を散りばめた草地が混じり、泥の上にはここの主であろう鹿の足跡が入り乱れている。真ん中に気象観測装置が設置され、その向こうは防鹿柵が巡らされている。座り込んでみると、植物なのか、鹿の排泄物なのか、妙な臭いが漂っている。頭上の、楕円形に区切られた空の稜線すれすれを、樹々を唸らせて雲が流れすぎていく。ここから早く脱出したいという不安と、二度と来られない場所に長くいたい思いがせめぎあって心の置き所がない。無理して周囲を歩き回っているとようやく気持ちが落ち着いてきた。凹地の西端を、背は高いがまぎれもなくハイマツが縁取っているのは驚きだ。ここは標高2230M、風が当たる地形でもないのに、八ヶ岳でハイマツの生えている場所としては最も低いのではないか。岩壁から落ちてきたらしい大岩が鎮座して、周囲の風景は日本庭園風だ。
二度と来ることはないであろう場所をもう一度見渡して、心を残しながら出発するが、ここではたと困った。鹿柵をくぐれる扉がない。左(東)側を柵に沿って、やぶとの隙間を何とか通過できた。看板のある反対側で草地は終わり、振り返って凹地に最後の別れを告げる。中山峠方面への踏み跡の入口を探すが見つけられない。otkme氏の軌跡のとおり、稜線上のコブの左を狙い最も傾斜の緩い方向へと樹林に踏み込むと、すぐに明瞭な踏み跡に乗った。これで無事に帰れると、心底ほっとした。間もなく稲子岳への稜線上の道に突き当たり、タイムをメモしていたときだ。ふと目を上げると、若い女性が二人、さわやかな笑顔で「凹地、花咲いていますか」と私に問いかけると、テープの一つもない分岐を、迷いも気負いも見せずにすたすたと下っていった。私はしばし呆然・・、このルートはこの頃のガイドブックには載っているのか、しらびそ小屋あたりでアナウンスしているのだろうか・・、少なくとも、もう一度来ることがあるだろうかなどと感傷に浸っていたのは阿呆だったようだ。
急に重くなった脚を持ち上げて稲子岳に向かう。砂礫地に出ると暴風に揺れながらコマクサが今を盛りと咲いている。コマクサを見るのも何年ぶりだろう。心慰められる思いだ。展望もなく、岩壁の縁を辿る道は意外に長い。主目的を達成して、気持ちは早く下山したい方に向いてしまっている。時々踏み跡を見失って行きつ戻りつする。霧も雨滴というレベルになってきた。稲子岳頂上の標識を見るが、現在地を確認できた以上の感慨はない。北八ツの雰囲気が漂う所で立ち止まる。山口耀久氏が「彷徨」した北八ツは、こんな感じだったのだろう、それが今残っているのはこの辺りだけだろうと考えると、じっくり味わっていかなければと思いなおす。先ほど森に突入した地点にたどり着いた。私の感慨とは無関係に、苔の森はそのままの表情でそこにある。もう一度、森を見渡して記憶に焼き付ける。急斜面を這い上がり、一般ルートに戻った。後は下るだけだ。相変わらず強風の吹き付けるにゅうの最高点から、降りる道を見つけられず右往左往する。にゅうを越えて向こう側に抜けるのだという固定観念、というか、先ほどそうやって越えてきたという誤った記憶に惑わされていた。一旦戻ることに気が付いて、下り道に入ったが、登ってきたときに方向転換した印象がなく、最初の導標を見るまでずっと不安だった。シャクナゲ尾根の分岐を過ぎると空が明るくなってきて、やっと普通のハイキングの気分に戻ることができた。行きには目に入らなかった森の美しさを味わいながらゆっくり下る。駐車場に着いて振り返ると、まだ稜線は灰色の雲に覆われたままだった。午前中に終わってしまったが、色々な体験を経て、何とも濃密な山行だつた。
(総括)
・バリエーションというには小粒だが、気象条件が悪い中で不安は大きかった。先人が無事に踏破しているという事実がなければ、怖気づいて退却しただろう。otkme氏には感謝したい。
・天候のためもあるが、ひさびさにビビった山行だった。もっと力をつけたい。
・行きたい山にはポピュラーになりすぎる前に、早く行っておくにこしたことはない。
(後記)10月に麦草峠周辺を歩いたが、「白駒の奥庭」という標高2140mくらいの岩塁地帯にハイマツがたくさんあった。中々八ヶ岳は奥が深い。
コメント
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上から見ると気になりますよねえ。何だか少し照れくさいですが、お役に立てたようなら嬉しいです。
稲子岳を筆頭に人があまり足を踏み入れていない森って、植生が凄く豊かで歩いていて気持ちいいですよね。
ちなみに同じ日にキタヤツ入りして、白駒池の周りを散歩してました。今夜もまだ八千穂高原でダラダラしております。
おかげさまで行けました。ありがとうございます。
八千穂高原に滞在中とは羨ましいかぎり。私もこの登山の前日には自然園の白樺林を散歩してました。八ツの森は大好きなので、廃れかけた道など探して歩いてみたいと思っています。
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