ホテルを出てまずはJR三ノ宮駅に行き,コインロッカーに衣類などの荷物を預ける。
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12/31 8:28
ホテルを出てまずはJR三ノ宮駅に行き,コインロッカーに衣類などの荷物を預ける。
三ノ宮駅の北側の風景。神戸市営地下鉄で新神戸駅へ移動。
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12/31 8:28
三ノ宮駅の北側の風景。神戸市営地下鉄で新神戸駅へ移動。
新神戸駅で宝塚在住の友人と待ち合わせ,新神戸駅の東側の線路をくぐって計3人で出発。
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12/31 9:02
新神戸駅で宝塚在住の友人と待ち合わせ,新神戸駅の東側の線路をくぐって計3人で出発。
新神戸駅の裏に出たところにある摩耶山周辺の歩道マップ。ここでどのコースを歩くのかしばらく相談。
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12/31 9:04
新神戸駅の裏に出たところにある摩耶山周辺の歩道マップ。ここでどのコースを歩くのかしばらく相談。
新神戸駅からはまずはコンクリート舗装の坂
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12/31 9:03
新神戸駅からはまずはコンクリート舗装の坂
北野異人館街へ行ける散策路の分岐。我々は布引の滝の方へと進む。
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12/31 9:08
北野異人館街へ行ける散策路の分岐。我々は布引の滝の方へと進む。
滝山城跡への分岐。滝山城は布引貯水池の南側にある城山(標高323m)にあった。赤松円心が六波羅探題軍と戦ったところ。戦国期には松永久秀が改修,三好三人衆との争いの場となった。
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12/31 9:09
滝山城跡への分岐。滝山城は布引貯水池の南側にある城山(標高323m)にあった。赤松円心が六波羅探題軍と戦ったところ。戦国期には松永久秀が改修,三好三人衆との争いの場となった。
滝山城跡への分岐に,布引の滝まで350mの案内板。
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12/31 9:09
滝山城跡への分岐に,布引の滝まで350mの案内板。
滝山城跡へと登ってゆく石段。我々は石段を登らずに布引の滝を目指す。
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12/31 9:09
滝山城跡へと登ってゆく石段。我々は石段を登らずに布引の滝を目指す。
砂子(いさご)橋。明治33年に架けられた。この橋も布引水源地水道施設の一部として国の重要文化財指定を受けている。
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12/31 9:09
砂子(いさご)橋。明治33年に架けられた。この橋も布引水源地水道施設の一部として国の重要文化財指定を受けている。
砂子橋を渡る。
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12/31 9:10
砂子橋を渡る。
砂子橋を渡ったところ(砂子橋北側)にある摩耶山周辺のハイキングマップ
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12/31 9:10
砂子橋を渡ったところ(砂子橋北側)にある摩耶山周辺のハイキングマップ
布引の滝は歴史上で和歌に多く詠み込まれた名所(歌枕)。滝周辺の歩道には多くの歌碑がある。砂子橋にあるのは続古今和歌集の撰者でもあった九条内大臣基家のものとされる歌碑。
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12/31 9:10
布引の滝は歴史上で和歌に多く詠み込まれた名所(歌枕)。滝周辺の歩道には多くの歌碑がある。砂子橋にあるのは続古今和歌集の撰者でもあった九条内大臣基家のものとされる歌碑。
砂子橋北側にある「断層に沿って流れる川」の説明板。このあたりは新神戸駅を通る諏訪山断層と布引貯水池を通る布引断層という大きな断層の間で,東西方向と南北方向両方の断層がある。
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12/31 9:11
砂子橋北側にある「断層に沿って流れる川」の説明板。このあたりは新神戸駅を通る諏訪山断層と布引貯水池を通る布引断層という大きな断層の間で,東西方向と南北方向両方の断層がある。
砂子橋を渡って左へと進む。
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12/31 9:11
砂子橋を渡って左へと進む。
神戸市水道局による「布引の滝への放流」の説明板
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12/31 9:11
神戸市水道局による「布引の滝への放流」の説明板
まずは雌滝(めんたき)へと左側への道を下っていく。右の石段を登ってゆくと雌滝を経ずに雄滝(おんたき)へと向かう。
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12/31 9:11
まずは雌滝(めんたき)へと左側への道を下っていく。右の石段を登ってゆくと雌滝を経ずに雄滝(おんたき)へと向かう。
布引の滝の雌滝(めんたき)。高さ19m。布引の滝は上流から順に,雄滝(おんたき),夫婦滝(めおとだき),鼓滝(つづみだき),雌滝(めんたき)からなる。
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12/31 9:13
布引の滝の雌滝(めんたき)。高さ19m。布引の滝は上流から順に,雄滝(おんたき),夫婦滝(めおとだき),鼓滝(つづみだき),雌滝(めんたき)からなる。
平安時代の歌人・藤原良清の歌碑
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12/31 9:14
平安時代の歌人・藤原良清の歌碑
藤原良清の歌碑についての説明板
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12/31 9:14
藤原良清の歌碑についての説明板
雌滝の展望台にある布引の滝の説明板。布引の滝は,和歌山県那智勝浦町の那智滝,栃木県日光市の華厳滝とともに三大神滝(しんたき)とされる。
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12/31 9:14
雌滝の展望台にある布引の滝の説明板。布引の滝は,和歌山県那智勝浦町の那智滝,栃木県日光市の華厳滝とともに三大神滝(しんたき)とされる。
雌滝の展望所
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12/31 9:14
雌滝の展望所
「右 鼓ヶ滝 夫婦滝 おん滝」と彫られた古い道標
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12/31 9:14
「右 鼓ヶ滝 夫婦滝 おん滝」と彫られた古い道標
雌滝を後にして雄滝の方へ急な階段を登ってゆく。
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12/31 9:14
雌滝を後にして雄滝の方へ急な階段を登ってゆく。
太政大臣藤原良経(1169-1206)の歌碑
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12/31 9:15
太政大臣藤原良経(1169-1206)の歌碑
藤原俊成(1114-1204)歌碑
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12/31 9:16
藤原俊成(1114-1204)歌碑
雄滝の方へと石段を登ってゆく。
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12/31 9:16
雄滝の方へと石段を登ってゆく。
寂蓮法師(1139頃-1202)歌碑。俗名は藤原定長。藤原俊成の兄の醍醐寺の僧阿闍梨俊海の息子。藤原定家の父。
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12/31 9:17
寂蓮法師(1139頃-1202)歌碑。俗名は藤原定長。藤原俊成の兄の醍醐寺の僧阿闍梨俊海の息子。藤原定家の父。
源俊頼(1055-1129)歌碑
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12/31 9:18
源俊頼(1055-1129)歌碑
紀貫之(866もしくは872-945)歌碑。紀貫之は『土佐日記』の作者。
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12/31 9:19
紀貫之(866もしくは872-945)歌碑。紀貫之は『土佐日記』の作者。
鼓滝と書かれた岩が歩道脇にある。
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12/31 9:20
鼓滝と書かれた岩が歩道脇にある。
鼓滝と書かれた岩のあたりからなんとか鼓滝が見える。
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12/31 9:20
鼓滝と書かれた岩のあたりからなんとか鼓滝が見える。
鼓滝のすぐ下流側の淵。きれいな緑色。
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12/31 9:20
鼓滝のすぐ下流側の淵。きれいな緑色。
「アラカシ―ホソバカナワラビ群集」の説明板。アラカシ,ネズミモチ,アオキ,ホソバカナワラビという植物組み合わせは,日本の暖帯林(照葉樹林)を代表するタイプの一つという。
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12/31 9:21
「アラカシ―ホソバカナワラビ群集」の説明板。アラカシ,ネズミモチ,アオキ,ホソバカナワラビという植物組み合わせは,日本の暖帯林(照葉樹林)を代表するタイプの一つという。
鼓滝から雄滝の間には堰堤がいくつかある。
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12/31 9:21
鼓滝から雄滝の間には堰堤がいくつかある。
鼓滝から雄滝の間にある堰堤の一つ
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12/31 9:22
鼓滝から雄滝の間にある堰堤の一つ
在原行平(818-893)歌碑。新古今和歌集収録。雄滝展望所入口にある。この歌も雄滝展望所奥の「涙石」にちなむと考えられる。
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12/31 9:22
在原行平(818-893)歌碑。新古今和歌集収録。雄滝展望所入口にある。この歌も雄滝展望所奥の「涙石」にちなむと考えられる。
布引の滝のうち,最も上流にある雄滝(おんたき)に到着。高さ43m。夫婦滝は雄滝の滝壺から流れ落ちる。
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12/31 9:22
布引の滝のうち,最も上流にある雄滝(おんたき)に到着。高さ43m。夫婦滝は雄滝の滝壺から流れ落ちる。
雄滝。大都会の近くにあるとはいえ,かなり見ごたえのある滝。
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12/31 9:23
雄滝。大都会の近くにあるとはいえ,かなり見ごたえのある滝。
雄滝は六甲山の隆起によってできたという説明板
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12/31 9:23
雄滝は六甲山の隆起によってできたという説明板
説明板の右上隅にある布引の滝断面図
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12/31 9:24
説明板の右上隅にある布引の滝断面図
展望台より雄滝
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12/31 9:23
展望台より雄滝
雄滝
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雄滝
雄滝
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雄滝
雄滝
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雄滝
在原行平の歌碑。歌碑の前にある涙石にちなむ和歌。古今和歌集収録。
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12/31 9:24
在原行平の歌碑。歌碑の前にある涙石にちなむ和歌。古今和歌集収録。
在原行平の和歌にちなむ涙石。雄滝展望所の奥の足元にある。
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12/31 9:24
在原行平の和歌にちなむ涙石。雄滝展望所の奥の足元にある。
雄滝
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12/31 9:24
雄滝
雄滝
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12/31 9:25
雄滝
雄滝の展望所に咲いていたツワブキ(石蕗,艶蕗)
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12/31 9:25
雄滝の展望所に咲いていたツワブキ(石蕗,艶蕗)
順徳院の歌碑。雄滝の展望所から上への登り口にある。
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12/31 9:26
順徳院の歌碑。雄滝の展望所から上への登り口にある。
布引の滝のうち,最も上流にある雄滝(おんたき)。高さ43m。
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12/31 9:27
布引の滝のうち,最も上流にある雄滝(おんたき)。高さ43m。
雄滝展望所から少し登ったところに太田錦里(おおたきんり)歌碑。太田錦里は昭和初期の布引三十六歌碑復興提唱者。
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12/31 9:27
雄滝展望所から少し登ったところに太田錦里(おおたきんり)歌碑。太田錦里は昭和初期の布引三十六歌碑復興提唱者。
雄滝と滝壺
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雄滝と滝壺
雄滝と滝壺
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雄滝と滝壺
古今和歌集の時代の女流歌人・伊勢の歌碑。伊勢は伊勢守藤原継蔭の娘。
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12/31 9:28
古今和歌集の時代の女流歌人・伊勢の歌碑。伊勢は伊勢守藤原継蔭の娘。
橘長盛の歌碑。古今和歌集収録。
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12/31 9:28
橘長盛の歌碑。古今和歌集収録。
雄滝
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12/31 9:28
雄滝
「左 夫婦滝 鼓ヶ滝 めん滝」と彫られた古い道標
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12/31 9:29
「左 夫婦滝 鼓ヶ滝 めん滝」と彫られた古い道標
雄滝の先を登ってゆくと雄滝茶屋
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12/31 9:29
雄滝の先を登ってゆくと雄滝茶屋
雄滝茶屋の前に「土龍宮」。もぐら(土竜)の宮とは何だろう?
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12/31 9:29
雄滝茶屋の前に「土龍宮」。もぐら(土竜)の宮とは何だろう?
雄滝茶屋の前の『布引の滝 雄滝』の説明板
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12/31 9:29
雄滝茶屋の前の『布引の滝 雄滝』の説明板
雄滝茶屋の前の「観佛石」
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12/31 9:29
雄滝茶屋の前の「観佛石」
雄滝茶屋から先に進む。
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12/31 9:29
雄滝茶屋から先に進む。
雄滝茶屋から少し先はバイクが乗り入れできる道に出る。
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12/31 9:31
雄滝茶屋から少し先はバイクが乗り入れできる道に出る。
賀茂季鷹(かものすえたか)の歌碑。江戸時代後期の国文学者。上賀茂神社の神官でもあった。
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12/31 9:33
賀茂季鷹(かものすえたか)の歌碑。江戸時代後期の国文学者。上賀茂神社の神官でもあった。
後鳥羽院の歌碑
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12/31 9:34
後鳥羽院の歌碑
布引見晴らし台
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12/31 9:34
布引見晴らし台
布引見晴らし台からの眺望。目の前の高層ビルは神戸芸術センター。地上37階建てで,高層階はマンションになっているようだ。2008年完成。
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12/31 9:35
布引見晴らし台からの眺望。目の前の高層ビルは神戸芸術センター。地上37階建てで,高層階はマンションになっているようだ。2008年完成。
布引見晴らし台からの眺望。写真中央やや右に見える先のとがった高層ビルは新神戸駅前の新神戸オリエンタルシティ(地上37階,1988年開業)。左側は神戸芸術センターのビル。
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12/31 9:35
布引見晴らし台からの眺望。写真中央やや右に見える先のとがった高層ビルは新神戸駅前の新神戸オリエンタルシティ(地上37階,1988年開業)。左側は神戸芸術センターのビル。
布引見晴らし台の「六甲山と大阪湾の生い立ち」の説明板
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12/31 9:35
布引見晴らし台の「六甲山と大阪湾の生い立ち」の説明板
布引見晴らし台の敷地内に「神戸ヒヨコ登山会署名所」と書かれた建物あり。
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12/31 9:35
布引見晴らし台の敷地内に「神戸ヒヨコ登山会署名所」と書かれた建物あり。
布引見晴らし台の隅に「未来への手紙」のモニュメントがある。阪神大震災の体験を未来に伝えるため,ここに多くの市民から寄せられたメッセージが収納されている。
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12/31 9:36
布引見晴らし台の隅に「未来への手紙」のモニュメントがある。阪神大震災の体験を未来に伝えるため,ここに多くの市民から寄せられたメッセージが収納されている。
神戸布引ロープウェーのゴンドラが動いているのが見える。
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12/31 9:38
神戸布引ロープウェーのゴンドラが動いているのが見える。
猿のかずら橋。「祖谷のかずら橋」に似せ,サルナシ(猿梨)の蔓で装飾を行ったもの。
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12/31 9:40
猿のかずら橋。「祖谷のかずら橋」に似せ,サルナシ(猿梨)の蔓で装飾を行ったもの。
「猿のかずら橋」の説明板
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12/31 9:40
「猿のかずら橋」の説明板
谷川橋。大正初期(大正5年以前)の鉄筋コンクリートアーチ橋。谷川橋も布引貯水池とともに国の重要文化財指定がなされている。
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12/31 9:43
谷川橋。大正初期(大正5年以前)の鉄筋コンクリートアーチ橋。谷川橋も布引貯水池とともに国の重要文化財指定がなされている。
谷川橋の上より生田川の流れ
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12/31 9:43
谷川橋の上より生田川の流れ
谷川橋の説明板
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12/31 9:43
谷川橋の説明板
谷川橋に,「六甲山をつくっている二つの花こう岩」の説明板がある。この付近は布引花崗閃緑岩と六甲花崗岩が接しているところ。
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12/31 9:43
谷川橋に,「六甲山をつくっている二つの花こう岩」の説明板がある。この付近は布引花崗閃緑岩と六甲花崗岩が接しているところ。
「六甲山をつくっている二つの花こう岩」の説明銘板もすぐ横の岩にはめこまれている。
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12/31 9:43
「六甲山をつくっている二つの花こう岩」の説明銘板もすぐ横の岩にはめこまれている。
布引花崗閃緑岩と六甲花崗岩が接しているところ
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12/31 9:44
布引花崗閃緑岩と六甲花崗岩が接しているところ
サザンカ(山茶花)。ツバキ科ツバキ属の常緑広葉樹。花期は秋の終わりから冬。
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12/31 9:46
サザンカ(山茶花)。ツバキ科ツバキ属の常緑広葉樹。花期は秋の終わりから冬。
五本松かくれ滝。この上にある布引貯水池の水があふれて流れるときだけ現れる滝。
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12/31 9:47
五本松かくれ滝。この上にある布引貯水池の水があふれて流れるときだけ現れる滝。
五本松かくれ滝
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12/31 9:47
五本松かくれ滝
五本松かくれ滝の説明板。
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12/31 9:47
五本松かくれ滝の説明板。
布引貯水池の堰堤(布引ダム)。ダムの正式名称は布引五本松堰堤(ぬのびきごほんまつえんてい)。
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12/31 9:48
布引貯水池の堰堤(布引ダム)。ダムの正式名称は布引五本松堰堤(ぬのびきごほんまつえんてい)。
布引貯水池の堰堤下流側の施設
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12/31 9:48
布引貯水池の堰堤下流側の施設
布引貯水池の堰堤。布引ダムは1900年竣工の日本最初の重力式コンクリートダム。重力式ダムとはダムの自重で水圧に耐えるもの。
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12/31 9:49
布引貯水池の堰堤。布引ダムは1900年竣工の日本最初の重力式コンクリートダム。重力式ダムとはダムの自重で水圧に耐えるもの。
布引貯水池の堰堤。2006年に近代化遺産「布引水源地水道施設」の一部として国の重要文化財に指定。
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12/31 9:51
布引貯水池の堰堤。2006年に近代化遺産「布引水源地水道施設」の一部として国の重要文化財に指定。
堰堤上の導水管の一部のようにも見えるもの。特に説明板はない。
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12/31 9:51
堰堤上の導水管の一部のようにも見えるもの。特に説明板はない。
布引貯水池堰堤上の「布引ダムの位置とその周辺」案内板
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12/31 9:51
布引貯水池堰堤上の「布引ダムの位置とその周辺」案内板
布引五本松堰堤と彫られた大きな石
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12/31 9:51
布引五本松堰堤と彫られた大きな石
布引貯水池。布引ダムは現在も水道専用ダムとして使用されている。
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12/31 9:52
布引貯水池。布引ダムは現在も水道専用ダムとして使用されている。
ルートは布引貯水池の右側に沿ってゆく。
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12/31 9:52
ルートは布引貯水池の右側に沿ってゆく。
布引貯水池
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12/31 9:52
布引貯水池
布引断層の説明板
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12/31 9:53
布引断層の説明板
ダムの堰堤の上を渡り終えるとレンガ造りの建物がある。布引ダムの電気室のようだ。
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12/31 9:53
ダムの堰堤の上を渡り終えるとレンガ造りの建物がある。布引ダムの電気室のようだ。
レンガ造りの建物の脇に水天宮の鳥居がある。階段を登るとその上の道路に出て神戸布引ロープウェーの風の丘中間駅に行くこともできるようだ。階段を登らずに貯水池に沿って進む。
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12/31 9:53
レンガ造りの建物の脇に水天宮の鳥居がある。階段を登るとその上の道路に出て神戸布引ロープウェーの風の丘中間駅に行くこともできるようだ。階段を登らずに貯水池に沿って進む。
布引貯水池
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12/31 9:54
布引貯水池
「布引貯水池を訪れる野鳥たち」
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12/31 9:55
「布引貯水池を訪れる野鳥たち」
布引貯水池。ダム湖百選の表示板
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12/31 9:56
布引貯水池。ダム湖百選の表示板
布引貯水池を左に見ながら進むと廣助稲荷大明神と書かれた赤い鳥居の脇を通る。
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12/31 9:58
布引貯水池を左に見ながら進むと廣助稲荷大明神と書かれた赤い鳥居の脇を通る。
水天宮の鳥居をくぐって階段を上がっていたらここでも合流することができる。この先の分水堰堤付属橋の上で合流してもよい。ただ,我々が歩いたルートがトレッキングの正規ルート。
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12/31 10:02
水天宮の鳥居をくぐって階段を上がっていたらここでも合流することができる。この先の分水堰堤付属橋の上で合流してもよい。ただ,我々が歩いたルートがトレッキングの正規ルート。
「アベマキとコナラ林」の説明板
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12/31 10:03
「アベマキとコナラ林」の説明板
オオバイノモトソウ(大葉井の許草)か。イノモトソウ科イノモトソウ属のシダ植物。
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12/31 10:03
オオバイノモトソウ(大葉井の許草)か。イノモトソウ科イノモトソウ属のシダ植物。
コンクリート舗装の歩道を歩いてゆく。
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12/31 10:05
コンクリート舗装の歩道を歩いてゆく。
分水堰堤付属橋。これも布引ダムの付属施設として共に国の重要文化財指定されている。
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12/31 10:07
分水堰堤付属橋。これも布引ダムの付属施設として共に国の重要文化財指定されている。
分水堰堤・分水堰堤付属橋の説明板。これらの施設で布引ダムに流れる水量を調節したり,土砂がダムに流れ込むのを防ぐ役割をする。
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12/31 10:08
分水堰堤・分水堰堤付属橋の説明板。これらの施設で布引ダムに流れる水量を調節したり,土砂がダムに流れ込むのを防ぐ役割をする。
分水堰堤・分水堰堤付属橋のすぐ上の道路の両側に桜の木が植えられていたが,桜の木を寄贈したことを示す碑。昭和十二年と読める。
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12/31 10:09
分水堰堤・分水堰堤付属橋のすぐ上の道路の両側に桜の木が植えられていたが,桜の木を寄贈したことを示す碑。昭和十二年と読める。
このあたりから先に数軒の茶店が現れる。このあたりからが市ヶ原と呼ばれているところか。
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12/31 10:10
このあたりから先に数軒の茶店が現れる。このあたりからが市ヶ原と呼ばれているところか。
「紅葉の茶屋」。ここは民家でもあるようだ。
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12/31 10:10
「紅葉の茶屋」。ここは民家でもあるようだ。
紅葉の茶屋から先に進む。
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12/31 10:10
紅葉の茶屋から先に進む。
「あけぼの」と書かれた茶屋。ここは廃屋。
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12/31 10:12
「あけぼの」と書かれた茶屋。ここは廃屋。
ルート脇のゴミ箱の列。ここまでゴミ回収車は入って来れなささそうにも思えるが...
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12/31 10:14
ルート脇のゴミ箱の列。ここまでゴミ回収車は入って来れなささそうにも思えるが...
市ヶ原に設置されている摩耶山周辺地図
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12/31 10:15
市ヶ原に設置されている摩耶山周辺地図
現地に置かれた温度計では気温6℃
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12/31 10:17
現地に置かれた温度計では気温6℃
市ヶ原の公衆トイレ。ここでトイレ休憩。
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12/31 10:17
市ヶ原の公衆トイレ。ここでトイレ休憩。
市ヶ原の道端にある井戸と祠
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12/31 10:21
市ヶ原の道端にある井戸と祠
六甲全山縦走路の標識。六甲全山縦走路は再度山の方から市ヶ原を通り,天狗道を通って摩耶山方面へ向かう。このあたりは六甲全山縦走路とも重なっている。
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12/31 10:22
六甲全山縦走路の標識。六甲全山縦走路は再度山の方から市ヶ原を通り,天狗道を通って摩耶山方面へ向かう。このあたりは六甲全山縦走路とも重なっている。
市ヶ原の道端に設置された地図板
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12/31 10:22
市ヶ原の道端に設置された地図板
市ヶ原付近の様子
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12/31 10:22
市ヶ原付近の様子
国土交通省の六甲砂防事務所が設置した「六甲山で起こった災害」,「生田川流域図」,「新市ヶ原堰堤」の説明板。昭和13年の阪神大水害,昭和42年の山津波災害について記されている。
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12/31 10:24
国土交通省の六甲砂防事務所が設置した「六甲山で起こった災害」,「生田川流域図」,「新市ヶ原堰堤」の説明板。昭和13年の阪神大水害,昭和42年の山津波災害について記されている。
市ヶ原地区のコース上での最後の建物。この先は建物がしばらくない。
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12/31 10:24
市ヶ原地区のコース上での最後の建物。この先は建物がしばらくない。
市ヶ原から先の登山道
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12/31 10:24
市ヶ原から先の登山道
天狗道と書かれた石柱
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12/31 10:26
天狗道と書かれた石柱
天狗道と書かれた石柱の先の木段。
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12/31 10:27
天狗道と書かれた石柱の先の木段。
天狗道分岐点。我々は天狗道を通って直接摩耶山を目指すのではなく,森林植物園近くを通るトゥエンティクロスという左へ行く道を使うことにした。六甲全山縦走路は天狗道を通ってゆく。
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12/31 10:31
天狗道分岐点。我々は天狗道を通って直接摩耶山を目指すのではなく,森林植物園近くを通るトゥエンティクロスという左へ行く道を使うことにした。六甲全山縦走路は天狗道を通ってゆく。
天狗道分岐点(天狗道とトゥエンティクロスの分かれ)よりトゥエンティクロス方面
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12/31 10:31
天狗道分岐点(天狗道とトゥエンティクロスの分かれ)よりトゥエンティクロス方面
天狗道分岐点に設置されている六甲全山縦走路周辺案内図
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12/31 10:32
天狗道分岐点に設置されている六甲全山縦走路周辺案内図
地蔵谷への分岐点
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12/31 10:36
地蔵谷への分岐点
黒岩尾根分岐
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12/31 10:37
黒岩尾根分岐
黒岩尾根分岐に設置されている神戸市森林整備事務所によるルート案内地図。
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12/31 10:37
黒岩尾根分岐に設置されている神戸市森林整備事務所によるルート案内地図。
さきほどの黒岩尾根分岐からすぐ先にもう一つの黒岩尾根分岐点。
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12/31 10:38
さきほどの黒岩尾根分岐からすぐ先にもう一つの黒岩尾根分岐点。
これより先,本格的にトゥエンティクロス(二十渉)と呼ばれるルートに入る。
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12/31 10:39
これより先,本格的にトゥエンティクロス(二十渉)と呼ばれるルートに入る。
生田川にかかる堰堤
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12/31 10:40
生田川にかかる堰堤
堰堤の上の水のすぐ脇を通る。
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12/31 10:41
堰堤の上の水のすぐ脇を通る。
歩き始めて間もないトゥエンティクロスルートの様子
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12/31 10:42
歩き始めて間もないトゥエンティクロスルートの様子
アオキ(青木)の実。アオキはガリア科またはアオキ科アオキ属の常緑低木。
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12/31 10:42
アオキ(青木)の実。アオキはガリア科またはアオキ科アオキ属の常緑低木。
トゥエンティクロスの最初の生田川渡渉。トゥエンティクロスというだけあってこの先いくつも渡渉がある。
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12/31 10:42
トゥエンティクロスの最初の生田川渡渉。トゥエンティクロスというだけあってこの先いくつも渡渉がある。
高雄堰堤を流れ落ちる水。高尾堰堤のそばに三笠岩(立岩)と岩があるようだが現地では気付かなかった。
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12/31 10:44
高雄堰堤を流れ落ちる水。高尾堰堤のそばに三笠岩(立岩)と岩があるようだが現地では気付かなかった。
トゥエンティクロス・徳川道と書かれている方向へとすすむ。高雄堰堤の上に出るために短いながらもこれから急坂を登る。
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12/31 10:45
トゥエンティクロス・徳川道と書かれている方向へとすすむ。高雄堰堤の上に出るために短いながらもこれから急坂を登る。
「ヤブツバキの林」の説明板
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12/31 10:46
「ヤブツバキの林」の説明板
高雄堰堤の上に出ると休憩所となっている。神戸市の119番通報プレート「き28-8」のプレートがある。
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12/31 10:48
高雄堰堤の上に出ると休憩所となっている。神戸市の119番通報プレート「き28-8」のプレートがある。
高雄堰堤の上の休憩所は「あじさい広場」。あじさい広場で水分補給したりほんの少しだけ休憩。
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12/31 10:48
高雄堰堤の上の休憩所は「あじさい広場」。あじさい広場で水分補給したりほんの少しだけ休憩。
あじさい広場のすぐ先に生田川の川床へ下りずに分水嶺越林道に行けるところがある。増水時は分水嶺越林道へ迂回するようにとの注意書き。
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12/31 10:52
あじさい広場のすぐ先に生田川の川床へ下りずに分水嶺越林道に行けるところがある。増水時は分水嶺越林道へ迂回するようにとの注意書き。
分水嶺越林道には行かずに生田川の川床へと下りてゆく。林間から水面の緑が美しい。
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12/31 10:53
分水嶺越林道には行かずに生田川の川床へと下りてゆく。林間から水面の緑が美しい。
生田川に下りて来ると「河童橋」との表示。上高地の河童橋を模したものか。
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12/31 10:55
生田川に下りて来ると「河童橋」との表示。上高地の河童橋を模したものか。
河童橋付近の生田川の川面
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12/31 10:56
河童橋付近の生田川の川面
河童橋から生田川の上流側
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12/31 10:56
河童橋から生田川の上流側
河童橋で渡った中州にベンチも置かれている。
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12/31 10:56
河童橋で渡った中州にベンチも置かれている。
河童橋付近の川面
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12/31 10:56
河童橋付近の川面
河童橋付近の川面
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12/31 10:56
河童橋付近の川面
河童橋
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12/31 10:57
河童橋
河童橋のすぐ先の板橋で対岸に渡る。
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12/31 10:58
河童橋のすぐ先の板橋で対岸に渡る。
川の中州の木の幹についていたカワラタケ(瓦茸)
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12/31 10:59
川の中州の木の幹についていたカワラタケ(瓦茸)
川の中州の木の幹についていたサルノコシカケの仲間。コフキサルノコシカケか。
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12/31 11:00
川の中州の木の幹についていたサルノコシカケの仲間。コフキサルノコシカケか。
川の中州の木の幹についていたサルノコシカケの仲間。
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12/31 11:01
川の中州の木の幹についていたサルノコシカケの仲間。
川の中州の木の幹についていたシロハカワラタケ(白歯瓦茸)
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12/31 11:02
川の中州の木の幹についていたシロハカワラタケ(白歯瓦茸)
生田川の左岸から右岸へ飛石渡しを渡るところ
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12/31 11:03
生田川の左岸から右岸へ飛石渡しを渡るところ
トゥエンティクロスの飛石渡しの一つ
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12/31 11:03
トゥエンティクロスの飛石渡しの一つ
飛石渡しを渡ったところで分水嶺越林道からの迂回路と合流
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12/31 11:04
飛石渡しを渡ったところで分水嶺越林道からの迂回路と合流
分水嶺越林道迂回路の地図
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12/31 11:04
分水嶺越林道迂回路の地図
分水嶺越林道からの迂回路との合流点付近
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12/31 11:04
分水嶺越林道からの迂回路との合流点付近
増水時は分水嶺越林道を使って迂回するようにとの注意書きがここにもある。
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12/31 11:04
増水時は分水嶺越林道を使って迂回するようにとの注意書きがここにもある。
生田川の右岸から左岸へと板橋を渡る。
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12/31 11:06
生田川の右岸から左岸へと板橋を渡る。
板橋の渡しから生田川の下流側
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12/31 11:06
板橋の渡しから生田川の下流側
板橋の渡しから生田川の上流側
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12/31 11:06
板橋の渡しから生田川の上流側
生田川の流れのすぐ脇を歩いてゆく。
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12/31 11:08
生田川の流れのすぐ脇を歩いてゆく。
二十渉堰堤
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12/31 11:09
二十渉堰堤
シロハカワラタケ(白歯瓦茸)
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12/31 11:10
シロハカワラタケ(白歯瓦茸)
二十渉堰堤のところにある柵。
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12/31 11:14
二十渉堰堤のところにある柵。
ヒヨドリジョウゴ(鵯上戸)の赤い実。ヒヨドリジョウゴはナス科ナス属の多年生植物。二十渉堰堤付近。
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12/31 11:14
ヒヨドリジョウゴ(鵯上戸)の赤い実。ヒヨドリジョウゴはナス科ナス属の多年生植物。二十渉堰堤付近。
二十渉堰堤
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12/31 11:14
二十渉堰堤
道脇に「2014-12落石」と書かれた岩。歩道の東側の崖から落ちて来たもののようだ。
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12/31 11:18
道脇に「2014-12落石」と書かれた岩。歩道の東側の崖から落ちて来たもののようだ。
「2014-12落石」と書かれた岩
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12/31 11:18
「2014-12落石」と書かれた岩
森林植物園の東門まであと350mくらいのところの歩道の様子
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12/31 11:21
森林植物園の東門まであと350mくらいのところの歩道の様子
神戸市119番通報プレート「ち27-9」の道標。森林植物園の東門までは0.5kmもない。
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12/31 11:22
神戸市119番通報プレート「ち27-9」の道標。森林植物園の東門までは0.5kmもない。
森林植物園の東門まであと200mくらいのところの歩道の様子
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12/31 11:24
森林植物園の東門まであと200mくらいのところの歩道の様子
歩道の右側に小さな池。以前は整備されていたのが今は放置されているように見える。
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12/31 11:24
歩道の右側に小さな池。以前は整備されていたのが今は放置されているように見える。
生田川をはさんで対岸が神戸市立森林植物園のところに到着。せっかくなので川を渡って森林植物園の東門の前に行ってみることにした。
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12/31 11:27
生田川をはさんで対岸が神戸市立森林植物園のところに到着。せっかくなので川を渡って森林植物園の東門の前に行ってみることにした。
森林植物園東門前への生田川の渡渉。ここは石が濡れているので滑らないように慎重に渡る。
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12/31 11:28
森林植物園東門前への生田川の渡渉。ここは石が濡れているので滑らないように慎重に渡る。
神戸市立森林植物園の東門
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12/31 11:29
神戸市立森林植物園の東門
神戸市立森林植物園の東門前の案内板。入園料は大人300円と書いてあるがここは無人。森林植物園は広大で総面積142.6haという。
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12/31 11:30
神戸市立森林植物園の東門前の案内板。入園料は大人300円と書いてあるがここは無人。森林植物園は広大で総面積142.6haという。
森林植物園の東門から再び摩耶山を目指すルートに戻るためについ先ほど渡ってきたばかりの飛石渡しを渡渉する。
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12/31 11:31
森林植物園の東門から再び摩耶山を目指すルートに戻るためについ先ほど渡ってきたばかりの飛石渡しを渡渉する。
摩耶山を目指すルート上に戻ってきた。
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12/31 11:31
摩耶山を目指すルート上に戻ってきた。
「徳川道の飛石渡し」の説明板。徳川道は森林植物園の中を通ってここに続いている。ここ森林植物園東門前からは徳川道を進むことになる。
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12/31 11:27
「徳川道の飛石渡し」の説明板。徳川道は森林植物園の中を通ってここに続いている。ここ森林植物園東門前からは徳川道を進むことになる。
植物園東門の先で生田川を板橋で渡る。
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12/31 11:33
植物園東門の先で生田川を板橋で渡る。
板橋の上から生田川の上流側
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12/31 11:33
板橋の上から生田川の上流側
兵庫県は「県民緑税」を活用し,「災害に強い森づくり」を進めている。個人の県民緑税は1人800円。法人は資本金の額に応じて2,000円〜80,000円。
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12/31 11:34
兵庫県は「県民緑税」を活用し,「災害に強い森づくり」を進めている。個人の県民緑税は1人800円。法人は資本金の額に応じて2,000円〜80,000円。
山田道との分岐点
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12/31 11:34
山田道との分岐点
山田道との分岐点から先の徳川道
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12/31 11:34
山田道との分岐点から先の徳川道
八州嶺堰堤の脇を通る。
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12/31 11:37
八州嶺堰堤の脇を通る。
八州嶺堰堤から流れ落ちる水
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12/31 11:37
八州嶺堰堤から流れ落ちる水
八州嶺堰堤の堰堤上の柵
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12/31 11:38
八州嶺堰堤の堰堤上の柵
摩耶山・杣谷峠の方へ進む。杣谷峠は摩耶山より向こう側にある。徳川道は杣谷峠に通じている。
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12/31 11:40
摩耶山・杣谷峠の方へ進む。杣谷峠は摩耶山より向こう側にある。徳川道は杣谷峠に通じている。
生田川の脇のパイプで組まれた足場で支えられた橋を渡る。
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12/31 11:40
生田川の脇のパイプで組まれた足場で支えられた橋を渡る。
道端に「布引」と書かれた木を模したコンクリート標
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12/31 11:42
道端に「布引」と書かれた木を模したコンクリート標
黄連谷分岐点。地名の由来は六甲山登山の先駆者の一人ウォーレン(J.P. Warren)氏で,ウォーレンに「黄連」の漢字をあてたものという。
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12/31 11:44
黄連谷分岐点。地名の由来は六甲山登山の先駆者の一人ウォーレン(J.P. Warren)氏で,ウォーレンに「黄連」の漢字をあてたものという。
黄連谷分岐点。我々は徳川道を摩耶山方面へと進む。
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12/31 11:45
黄連谷分岐点。我々は徳川道を摩耶山方面へと進む。
「森林リフレッシュ事業について」の看板。この看板の地図を見ながら一同でこの先歩く道を確認。今回は点線で書かれている桜谷道には行かないことにした。
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12/31 11:46
「森林リフレッシュ事業について」の看板。この看板の地図を見ながら一同でこの先歩く道を確認。今回は点線で書かれている桜谷道には行かないことにした。
道端にベンチが置かれた休憩所がある。このあたりは勾配もきつくなく,疲れているメンバーもないので休むことは頭によぎらない。
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12/31 11:55
道端にベンチが置かれた休憩所がある。このあたりは勾配もきつくなく,疲れているメンバーもないので休むことは頭によぎらない。
新神戸駅から布引の滝を経てずっと生田川沿いに沿った道を歩いてきた。この日最後の生田川の渡り。渡り切ったところが桜谷出合。
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12/31 11:55
新神戸駅から布引の滝を経てずっと生田川沿いに沿った道を歩いてきた。この日最後の生田川の渡り。渡り切ったところが桜谷出合。
桜谷出合。右に行くと桜谷道を経て摩耶山に行けるが,桜谷道は案内板には点線で書かれている。我々は左の徳川道を進んだ。
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12/31 11:56
桜谷出合。右に行くと桜谷道を経て摩耶山に行けるが,桜谷道は案内板には点線で書かれている。我々は左の徳川道を進んだ。
桜谷出合付近の歩道地図
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12/31 11:56
桜谷出合付近の歩道地図
桜谷出合から左へと徳川道を進む。
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12/31 11:56
桜谷出合から左へと徳川道を進む。
シェール道への分岐。このまま徳川道を右に進む。ここで生田川の本流と別れる。シェール道の名は六甲開発期にドイツ人のシェール氏がこの道を好んだことが由来という。
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12/31 11:59
シェール道への分岐。このまま徳川道を右に進む。ここで生田川の本流と別れる。シェール道の名は六甲開発期にドイツ人のシェール氏がこの道を好んだことが由来という。
シェール道への分岐地点に設置された「穂高湖周辺案内図」
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12/31 11:59
シェール道への分岐地点に設置された「穂高湖周辺案内図」
シェール道への分岐地点から先の徳川道
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12/31 11:59
シェール道への分岐地点から先の徳川道
生田川の源流の一つでもある枝沢沿いに徳川道を登ってゆく。
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12/31 12:01
生田川の源流の一つでもある枝沢沿いに徳川道を登ってゆく。
徳川道を登ってゆく。穂高湖分岐まではそれなりの勾配が続く。
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12/31 12:01
徳川道を登ってゆく。穂高湖分岐まではそれなりの勾配が続く。
生田川の源流の枝沢沿いに歩く。
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12/31 12:03
生田川の源流の枝沢沿いに歩く。
徳川道が小さな沢を渡るところ。
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12/31 12:07
徳川道が小さな沢を渡るところ。
「徳川道石積み」の説明板。よく見れば石垣があるように見えるが,崩れていたりして言われないと気づかない。
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12/31 12:07
「徳川道石積み」の説明板。よく見れば石垣があるように見えるが,崩れていたりして言われないと気づかない。
徳川道の石積み跡
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12/31 12:07
徳川道の石積み跡
徳川道の石段
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12/31 12:08
徳川道の石段
徳川道を進む。
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12/31 12:09
徳川道を進む。
森づくり整備事業(六甲山系グリーンベルト整備事業)の看板。国土交通省近畿地方整備局六甲砂防事務所が認めた森の世話人(ここでは兵庫三菱自動車販売(株))が整備事業を行うようだ。
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12/31 12:09
森づくり整備事業(六甲山系グリーンベルト整備事業)の看板。国土交通省近畿地方整備局六甲砂防事務所が認めた森の世話人(ここでは兵庫三菱自動車販売(株))が整備事業を行うようだ。
小さな沢を渡る木橋
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12/31 12:10
小さな沢を渡る木橋
徳川道の石段
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12/31 12:10
徳川道の石段
徳川道の石段
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12/31 12:14
徳川道の石段
徳川道の石段
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12/31 12:17
徳川道の石段
徳川道の石段。石段の登りが続き,結構汗ばんできた。
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12/31 12:18
徳川道の石段。石段の登りが続き,結構汗ばんできた。
穂高湖分岐直前
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12/31 12:21
穂高湖分岐直前
穂高湖分岐。ここで徳川道と分かれて摩耶山方面への道へ。
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12/31 12:22
穂高湖分岐。ここで徳川道と分かれて摩耶山方面への道へ。
穂高湖分岐
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12/31 12:22
穂高湖分岐
穂高湖分岐の「穂高湖周辺案内図」
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12/31 12:22
穂高湖分岐の「穂高湖周辺案内図」
穂高湖分岐
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12/31 12:23
穂高湖分岐
穂高湖分岐
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12/31 12:23
穂高湖分岐
穂高湖分岐付近にあった森づくり整備事業(六甲山系グリーンベルト整備事業)の看板。森の世話人として認められた,登山用品・アウトドア用品の専門店でもある好日山荘によるもの。
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12/31 12:24
穂高湖分岐付近にあった森づくり整備事業(六甲山系グリーンベルト整備事業)の看板。森の世話人として認められた,登山用品・アウトドア用品の専門店でもある好日山荘によるもの。
穂高湖分岐。ここで徳川道と分かれて摩耶山方面への道へ。
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12/31 12:25
穂高湖分岐。ここで徳川道と分かれて摩耶山方面への道へ。
穂高湖分岐から登ってゆくとやがて車道に出る。
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12/31 12:29
穂高湖分岐から登ってゆくとやがて車道に出る。
車道に出た。車道は奥摩耶ドライブウェイ。
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12/31 12:30
車道に出た。車道は奥摩耶ドライブウェイ。
奥摩耶ドライブウェイを横切る。
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12/31 12:30
奥摩耶ドライブウェイを横切る。
奥摩耶ドライブウェイの先はアゴニー坂。ここで少しだけ一服して水分補給。ハンディGPSのバッテリー残量がなくなったので新しい単慧澱咾妨魎后
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12/31 12:30
奥摩耶ドライブウェイの先はアゴニー坂。ここで少しだけ一服して水分補給。ハンディGPSのバッテリー残量がなくなったので新しい単慧澱咾妨魎后
アゴニー坂入口の「アゴニー坂案内図」。アゴニー坂は奥摩耶ドライブウェイから摩耶別山を経てオテル・ド・摩耶までの間を指すようだ。アゴニー(agony)とは激しい苦痛の意味の英単語。
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12/31 12:30
アゴニー坂入口の「アゴニー坂案内図」。アゴニー坂は奥摩耶ドライブウェイから摩耶別山を経てオテル・ド・摩耶までの間を指すようだ。アゴニー(agony)とは激しい苦痛の意味の英単語。
アゴニー坂入口に,巻物を持った小さな観音像。足元にたくさんの小さなお地蔵さん。同行者に「鬼子母神?」と言われるまで気づかなかった。鬼子母神像は子供を抱いている姿が多いようだ。
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12/31 12:32
アゴニー坂入口に,巻物を持った小さな観音像。足元にたくさんの小さなお地蔵さん。同行者に「鬼子母神?」と言われるまで気づかなかった。鬼子母神像は子供を抱いている姿が多いようだ。
アゴニー坂の上り開始。摩耶別山までの登りは確かに急勾配であったがそんなに長くは続かない。
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12/31 12:36
アゴニー坂の上り開始。摩耶別山までの登りは確かに急勾配であったがそんなに長くは続かない。
地形的にはほぼ最高点に来たところで「水道局摩耶接合井」と「摩耶ロッジ」の分岐標識があった。「水道局摩耶接合井」の方に行く方が高所に行けそうなのでそちらに進む。
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12/31 12:43
地形的にはほぼ最高点に来たところで「水道局摩耶接合井」と「摩耶ロッジ」の分岐標識があった。「水道局摩耶接合井」の方に行く方が高所に行けそうなのでそちらに進む。
摩耶別山の頂上と思われるところに「神戸市水道局摩耶減圧槽」と書かれた水道施設がある。標高の高い水源から送水するときに水圧が高くなりすぎないように調整を行う施設のようだ。
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12/31 12:44
摩耶別山の頂上と思われるところに「神戸市水道局摩耶減圧槽」と書かれた水道施設がある。標高の高い水源から送水するときに水圧が高くなりすぎないように調整を行う施設のようだ。
摩耶減圧槽の前まで作業車が来れるように舗装道が付けられている。
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12/31 12:45
摩耶減圧槽の前まで作業車が来れるように舗装道が付けられている。
舗装道を下りてゆくと,先ほどの「摩耶ロッジ」への道と合流。「摩耶ロッジ」への道の方が近道であったようだ。アゴニー坂は六甲全山縦走路の一部となっている。
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12/31 12:47
舗装道を下りてゆくと,先ほどの「摩耶ロッジ」への道と合流。「摩耶ロッジ」への道の方が近道であったようだ。アゴニー坂は六甲全山縦走路の一部となっている。
摩耶別山を越えて舗装道を下りてゆく。
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12/31 12:47
摩耶別山を越えて舗装道を下りてゆく。
摩耶別山のすぐ向こうに摩耶山天上寺。かなり大きなお寺。縁起によれば,大化2(646)年に孝徳天皇の勅願により,インドの高僧法道仙人によって開創されたとされる。
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12/31 12:49
摩耶別山のすぐ向こうに摩耶山天上寺。かなり大きなお寺。縁起によれば,大化2(646)年に孝徳天皇の勅願により,インドの高僧法道仙人によって開創されたとされる。
天上寺にも寄っていくことにした。梁の武帝自作の香木造りの仏母摩耶夫人像を弘法大師が唐より持ち帰り,天上寺に奉安したという。このことからこの地が摩耶山と呼ばれるようになった。
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12/31 12:50
天上寺にも寄っていくことにした。梁の武帝自作の香木造りの仏母摩耶夫人像を弘法大師が唐より持ち帰り,天上寺に奉安したという。このことからこの地が摩耶山と呼ばれるようになった。
天上寺でトイレをお借りした。
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12/31 12:51
天上寺でトイレをお借りした。
主要な建物群がある敷地への入口に向かって左側に正親町天皇勅願所と彫られた大きな石柱。正親町天皇は織豊政権時代の第106代天皇。
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12/31 12:55
主要な建物群がある敷地への入口に向かって左側に正親町天皇勅願所と彫られた大きな石柱。正親町天皇は織豊政権時代の第106代天皇。
主要な建物群がある敷地への入口に向かって左側に花山天皇勅願所と彫られた大きな石柱。花山天皇は平安時代中期の第65代天皇。
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12/31 12:55
主要な建物群がある敷地への入口に向かって左側に花山天皇勅願所と彫られた大きな石柱。花山天皇は平安時代中期の第65代天皇。
天上寺は1976年に全焼。その後現在の摩耶別山の地に場所を移して再建された。第1期,第2期の復興事業で少しずつ諸堂の再建がなされ,現在は第3期の復興事業の遂行中であるようだ。
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12/31 12:55
天上寺は1976年に全焼。その後現在の摩耶別山の地に場所を移して再建された。第1期,第2期の復興事業で少しずつ諸堂の再建がなされ,現在は第3期の復興事業の遂行中であるようだ。
木で作られている「無事カエル」
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12/31 12:55
木で作られている「無事カエル」
摩耶夫人堂(まやぶにんどう)。釈迦の母の摩耶夫人は死後,忉利天に転生したとされる。このことから寺の名前を忉利天上寺(略して天上寺)としたという。
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12/31 12:55
摩耶夫人堂(まやぶにんどう)。釈迦の母の摩耶夫人は死後,忉利天に転生したとされる。このことから寺の名前を忉利天上寺(略して天上寺)としたという。
摩耶夫人堂の前の枯山水は,摩耶夫人が昇天した忉利天の世界と天上界を象徴した「摩耶創生之庭」。
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摩耶夫人堂の前の枯山水は,摩耶夫人が昇天した忉利天の世界と天上界を象徴した「摩耶創生之庭」。
金堂前の枯山水は,法道仙人が天竺より渡来し摩耶山を開創したことをモチーフとした「仙人来朝之庭」。
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金堂前の枯山水は,法道仙人が天竺より渡来し摩耶山を開創したことをモチーフとした「仙人来朝之庭」。
天上寺の金堂(本堂)
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天上寺の金堂(本堂)
天上寺の金堂(本堂)。本尊は十一面観音。
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天上寺の金堂(本堂)。本尊は十一面観音。
天上寺の金堂(本堂)の正面入り口。金堂の中には『四国八十八ヶ所霊場お砂踏み』もあった。四国八十八ヶ所の霊場の「お砂」をそれぞれ布袋に入れ,順に踏んでゆくもの。
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12/31 12:59
天上寺の金堂(本堂)の正面入り口。金堂の中には『四国八十八ヶ所霊場お砂踏み』もあった。四国八十八ヶ所の霊場の「お砂」をそれぞれ布袋に入れ,順に踏んでゆくもの。
金堂前の賽銭箱
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12/31 13:00
金堂前の賽銭箱
天上寺展望所(天空の大舞台)の通天門
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天上寺展望所(天空の大舞台)の通天門
天上寺のおめでた蛙(なで蛙)。なでると家内幸福,子孫健勝。
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天上寺のおめでた蛙(なで蛙)。なでると家内幸福,子孫健勝。
天上寺を後にして掬星台や摩耶山の三角点方面へと向かう。
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天上寺を後にして掬星台や摩耶山の三角点方面へと向かう。
天上寺から六甲全山縦走路(アゴニー坂)に戻る。天上寺近くの縦走路への入口にも巻物を持った小さな観音像があった。
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12/31 13:11
天上寺から六甲全山縦走路(アゴニー坂)に戻る。天上寺近くの縦走路への入口にも巻物を持った小さな観音像があった。
天上寺から六甲全山縦走路の一部を下ったところ。
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12/31 13:12
天上寺から六甲全山縦走路の一部を下ったところ。
天上寺から六甲全山縦走路の一部を下り,再び車道に出る。
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天上寺から六甲全山縦走路の一部を下り,再び車道に出る。
オテル・ド・摩耶の前を通る。オテル・ド・摩耶はオーベルジュ(宿泊設備を備えたレストラン)。もとは「摩耶ロッジ」。
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12/31 13:13
オテル・ド・摩耶の前を通る。オテル・ド・摩耶はオーベルジュ(宿泊設備を備えたレストラン)。もとは「摩耶ロッジ」。
オテル・ド・摩耶はフランス語で「摩耶ホテル」の意味のようだ。
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12/31 13:13
オテル・ド・摩耶はフランス語で「摩耶ホテル」の意味のようだ。
オテル・ド・摩耶は2001年7月にオープン。以前は神戸市立国民宿舎「神戸摩耶ロッジ」であったが阪神大震災で破損。
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12/31 13:14
オテル・ド・摩耶は2001年7月にオープン。以前は神戸市立国民宿舎「神戸摩耶ロッジ」であったが阪神大震災で破損。
オテル・ド・摩耶を過ぎて車道から歩道に入る。
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12/31 13:14
オテル・ド・摩耶を過ぎて車道から歩道に入る。
オテル・ド・摩耶の方を振り返る。建物は右手の木で見えない。
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12/31 13:14
オテル・ド・摩耶の方を振り返る。建物は右手の木で見えない。
オテル・ド・摩耶を過ぎて車道から歩道に入るところにある案内地図。六甲全山縦走路が赤線で示されている。
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12/31 13:15
オテル・ド・摩耶を過ぎて車道から歩道に入るところにある案内地図。六甲全山縦走路が赤線で示されている。
「摩耶の石舞台」に立ち寄ってゆくことにした。
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12/31 13:15
「摩耶の石舞台」に立ち寄ってゆくことにした。
「摩耶の石舞台」。平成24年11月に命名された展望ポイント。
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12/31 13:16
「摩耶の石舞台」。平成24年11月に命名された展望ポイント。
摩耶の石舞台から北東方向。杣谷峠のある方向。直接見えなさそうだが六甲山最高点のある方向でもある。
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12/31 13:17
摩耶の石舞台から北東方向。杣谷峠のある方向。直接見えなさそうだが六甲山最高点のある方向でもある。
摩耶の石舞台から南東方向。
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12/31 13:16
摩耶の石舞台から南東方向。
摩耶の石舞台から南東方向。大阪湾。
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12/31 13:17
摩耶の石舞台から南東方向。大阪湾。
摩耶の石舞台から南東方向。阪神高速湾岸線の東神戸大橋が見える。
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12/31 13:17
摩耶の石舞台から南東方向。阪神高速湾岸線の東神戸大橋が見える。
摩耶の石舞台から六甲全山縦走路に戻り,掬星台を目指す。
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12/31 13:20
摩耶の石舞台から六甲全山縦走路に戻り,掬星台を目指す。
我々は「オテル・ド・摩耶 森の小径ルート」から来て,「ロープウェー星の駅」へと進む。ここでいったん車道に出る。
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12/31 13:22
我々は「オテル・ド・摩耶 森の小径ルート」から来て,「ロープウェー星の駅」へと進む。ここでいったん車道に出る。
掬星台へといったん車道へ出るところ
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掬星台へといったん車道へ出るところ
掬星台へといったん車道へ出るところにある「六甲・摩耶こもれびの道マップ」
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12/31 13:24
掬星台へといったん車道へ出るところにある「六甲・摩耶こもれびの道マップ」
掬星台へと登ってゆく階段
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12/31 13:24
掬星台へと登ってゆく階段
掬星台へと登ってゆく階段の下にある公衆トイレ
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12/31 13:25
掬星台へと登ってゆく階段の下にある公衆トイレ
階段を上って掬星台へ
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12/31 13:25
階段を上って掬星台へ
掬星台到着
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12/31 13:27
掬星台到着
掬星台の展望所から見えるポイントの説明板
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12/31 13:28
掬星台の展望所から見えるポイントの説明板
掬星台の展望所より大阪湾の方向をのぞむ。
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12/31 13:29
掬星台の展望所より大阪湾の方向をのぞむ。
掬星台の展望所より六甲アイランドの方向をのぞむ。
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掬星台の展望所より六甲アイランドの方向をのぞむ。
掬星台の展望所より六甲アイランド
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12/31 13:28
掬星台の展望所より六甲アイランド
掬星台の展望所より神戸市の市街地を見下ろす。
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12/31 13:29
掬星台の展望所より神戸市の市街地を見下ろす。
掬星台の展望所よりポートアイランドとその向こうの神戸空港
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12/31 13:29
掬星台の展望所よりポートアイランドとその向こうの神戸空港
広場にある掬星台の看板。標高690mの表示。
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12/31 13:30
広場にある掬星台の看板。標高690mの表示。
摩耶山掬星台の説明が貼られた石柱
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12/31 13:31
摩耶山掬星台の説明が貼られた石柱
掬星台の温度計。気温は3℃。風がないのでそれほど寒くは感じない。
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12/31 13:32
掬星台の温度計。気温は3℃。風がないのでそれほど寒くは感じない。
掬星台にある摩耶ロープウェー星の駅。同行者の1人がロープウェー星の駅の切符売り場で摩耶山の三角点への行き方を確認。せっかくなので三角点に行ってみることにした。
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12/31 13:36
掬星台にある摩耶ロープウェー星の駅。同行者の1人がロープウェー星の駅の切符売り場で摩耶山の三角点への行き方を確認。せっかくなので三角点に行ってみることにした。
掬星台の端にある摩耶自然観察園の散策マップ。摩耶山三角点はここから「全山縦走路 西へ」の方へ進む。
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12/31 13:37
掬星台の端にある摩耶自然観察園の散策マップ。摩耶山三角点はここから「全山縦走路 西へ」の方へ進む。
掬星台から車道を西へ進む。
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12/31 13:37
掬星台から車道を西へ進む。
「摩耶山史跡公園(旧天上寺跡)」の説明板。掬星台から車道を西へ少し進んだところの道脇。
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12/31 13:38
「摩耶山史跡公園(旧天上寺跡)」の説明板。掬星台から車道を西へ少し進んだところの道脇。
摩耶山三角点への入口。舗装された車道から歩道に入る。
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12/31 13:39
摩耶山三角点への入口。舗装された車道から歩道に入る。
摩耶山三角点間近のところに「杢三大神」と書かれた岩
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12/31 13:41
摩耶山三角点間近のところに「杢三大神」と書かれた岩
天狗岩の裏に出る。
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12/31 13:41
天狗岩の裏に出る。
摩耶山の三角点。三角点は天狗岩の裏手にある。
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12/31 13:41
摩耶山の三角点。三角点は天狗岩の裏手にある。
摩耶山の三角点標識。三角点の標高は698.6m。702mの摩耶山最高点は三角点から西に5,60m離れたところのようだ。
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12/31 13:41
摩耶山の三角点標識。三角点の標高は698.6m。702mの摩耶山最高点は三角点から西に5,60m離れたところのようだ。
天狗岩の説明版
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12/31 13:42
天狗岩の説明版
天狗岩が祀られている表側にまわる。「天狗岩大神」と書かれた鳥居。
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12/31 13:43
天狗岩が祀られている表側にまわる。「天狗岩大神」と書かれた鳥居。
鳥居の奥には「天狗岩大神」と彫られた石柱
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鳥居の奥には「天狗岩大神」と彫られた石柱
天狗岩の横に「石丸猿田彦大神」と彫られた石柱
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12/31 13:42
天狗岩の横に「石丸猿田彦大神」と彫られた石柱
天狗岩
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12/31 13:43
天狗岩
天狗岩。左に回り込んで撮影。持参したおにぎりを一つ食べて下山。同行者の1人は食べ物を持参してなかったこともあり,長くとどまらずにともかく全員で下山することに。
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12/31 13:43
天狗岩。左に回り込んで撮影。持参したおにぎりを一つ食べて下山。同行者の1人は食べ物を持参してなかったこともあり,長くとどまらずにともかく全員で下山することに。
ともかく王子公園駅を目指して下山。すぐに合流するので東コース,西コースどちらを使ってもよいが,西コースを下りる。
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12/31 13:51
ともかく王子公園駅を目指して下山。すぐに合流するので東コース,西コースどちらを使ってもよいが,西コースを下りる。
旧天上寺の奥の院跡。「奥之院跡」の説明版。
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12/31 13:54
旧天上寺の奥の院跡。「奥之院跡」の説明版。
「奥の院跡」の説明が貼られた摩耶山歴史の散歩道の石柱
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12/31 13:54
「奥の院跡」の説明が貼られた摩耶山歴史の散歩道の石柱
旧天上寺の奥の院跡
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12/31 13:54
旧天上寺の奥の院跡
赤松円心公碑の説明。赤松則村(円心)は現在の兵庫県赤穂郡上郡町(赤穂市の北隣で岡山県境)赤松にあった本拠地の白幡城から鎌倉幕府と戦うために摩耶山に進出(摩耶合戦)。
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12/31 13:59
赤松円心公碑の説明。赤松則村(円心)は現在の兵庫県赤穂郡上郡町(赤穂市の北隣で岡山県境)赤松にあった本拠地の白幡城から鎌倉幕府と戦うために摩耶山に進出(摩耶合戦)。
赤松円心公碑は奥の院跡から少し下ったところ。円心は摩耶山に砦を築いて鎌倉幕府方の六波羅探題軍と戦った。上野道沿いにも砦の跡が散見できるという。
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12/31 14:00
赤松円心公碑は奥の院跡から少し下ったところ。円心は摩耶山に砦を築いて鎌倉幕府方の六波羅探題軍と戦った。上野道沿いにも砦の跡が散見できるという。
九番と書かれた石が残っている。かつての八十八カ所窟の九番目の石室(石造りの祠,厨子)か。
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12/31 14:00
九番と書かれた石が残っている。かつての八十八カ所窟の九番目の石室(石造りの祠,厨子)か。
四番と書かれた石
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12/31 14:01
四番と書かれた石
三番と書かれ石
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12/31 14:01
三番と書かれ石
「八十八カ所窟跡」の説明が書かれた摩耶山歴史の散歩道の石柱
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12/31 14:02
「八十八カ所窟跡」の説明が書かれた摩耶山歴史の散歩道の石柱
これも八十八カ所窟の石室跡の一部か。
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12/31 14:02
これも八十八カ所窟の石室跡の一部か。
三権現社跡。白山権現,熊野権現,愛宕権現の三社が祀られていたという。ここで摩耶山から下りてくる西コースと東コースが合流。
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12/31 14:03
三権現社跡。白山権現,熊野権現,愛宕権現の三社が祀られていたという。ここで摩耶山から下りてくる西コースと東コースが合流。
尾桐明神社跡の標識の前を通過
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12/31 14:03
尾桐明神社跡の標識の前を通過
大きな寺院の敷地跡に出た。ここが旧天上寺跡。1976年(昭和51年)1月30日未明,賽銭泥棒による放火のため,仁王門や一部の塔頭・庫裏を除いて焼失。現在は摩耶別山に再建されている。
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12/31 14:03
大きな寺院の敷地跡に出た。ここが旧天上寺跡。1976年(昭和51年)1月30日未明,賽銭泥棒による放火のため,仁王門や一部の塔頭・庫裏を除いて焼失。現在は摩耶別山に再建されている。
旧天上寺跡は摩耶山史跡公園として整備されている。
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12/31 14:04
旧天上寺跡は摩耶山史跡公園として整備されている。
「旧天上寺の建造物群」の説明板
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12/31 14:05
「旧天上寺の建造物群」の説明板
摩耶山史跡公園(旧天上寺跡)の説明板。天上寺の中心部をなす建物群の敷地に設置されているもの。
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12/31 14:05
摩耶山史跡公園(旧天上寺跡)の説明板。天上寺の中心部をなす建物群の敷地に設置されているもの。
旧天上寺跡の嗽水舎(そうすいしゃ)跡
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12/31 14:05
旧天上寺跡の嗽水舎(そうすいしゃ)跡
旧天上寺跡
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12/31 14:05
旧天上寺跡
旧天上寺跡から急な石段を下りてゆく。旧天上寺への参詣道は上野道と呼ばれている。上野道を下りてゆく。
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12/31 14:06
旧天上寺跡から急な石段を下りてゆく。旧天上寺への参詣道は上野道と呼ばれている。上野道を下りてゆく。
「天上寺塔頭群跡」の摩耶山歴史の散歩道の石柱
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12/31 14:08
「天上寺塔頭群跡」の摩耶山歴史の散歩道の石柱
急な石段の下りが続く。
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12/31 14:08
急な石段の下りが続く。
下りてきた石段
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12/31 14:08
下りてきた石段
石段を下りる。同行者の1人は急な下りでひざ裏が痛くなりはじめたようだ。私もトゥエンティクロス直前頃まではちょっとした下りでひざ裏が痛かったが,このあたりでは問題なかった。
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12/31 14:09
石段を下りる。同行者の1人は急な下りでひざ裏が痛くなりはじめたようだ。私もトゥエンティクロス直前頃まではちょっとした下りでひざ裏が痛かったが,このあたりでは問題なかった。
下りてきた石段
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12/31 14:10
下りてきた石段
旧天上寺の仁王門。江戸時代後期に建てられた。1976年の火災で焼失を免れた数少ない遺構。仁王像は新しい天上寺に移されている。
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12/31 14:13
旧天上寺の仁王門。江戸時代後期に建てられた。1976年の火災で焼失を免れた数少ない遺構。仁王像は新しい天上寺に移されている。
旧天上寺の仁王門
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12/31 14:13
旧天上寺の仁王門
仁王門の標識
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12/31 14:13
仁王門の標識
仁王門の脇に残る石造りの遺構の一部
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12/31 14:12
仁王門の脇に残る石造りの遺構の一部
「仁王門」の摩耶山歴史の散歩道の石柱
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12/31 14:12
「仁王門」の摩耶山歴史の散歩道の石柱
仁王門修繕・仁王門屋根桧皮葺替の碑,六丁と書かれた道程標石,下乗を示す石など。
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12/31 14:13
仁王門修繕・仁王門屋根桧皮葺替の碑,六丁と書かれた道程標石,下乗を示す石など。
仁王門下のアメヤ跡。「上のアメヤ」と呼ばれた茶店の跡。
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12/31 14:14
仁王門下のアメヤ跡。「上のアメヤ」と呼ばれた茶店の跡。
「アメヤ跡」の摩耶山歴史の散歩道の石柱
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12/31 14:14
「アメヤ跡」の摩耶山歴史の散歩道の石柱
仁王門下に設置されている「摩耶山史跡公園(旧天上寺跡)」の説明板。
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12/31 14:14
仁王門下に設置されている「摩耶山史跡公園(旧天上寺跡)」の説明板。
仁王門下の道標。上野道を下ってゆく。
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12/31 14:14
仁王門下の道標。上野道を下ってゆく。
仁王門下の石段
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12/31 14:15
仁王門下の石段
仁王門下からの下り
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12/31 14:15
仁王門下からの下り
青谷道分岐。青谷道には行かずに上野道を摩耶ケーブル下駅と示されている方へと下りてゆく。
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12/31 14:15
青谷道分岐。青谷道には行かずに上野道を摩耶ケーブル下駅と示されている方へと下りてゆく。
宝篋印塔
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12/31 14:19
宝篋印塔
「宝篋印塔」の説明が付けられている摩耶山歴史の散歩道の石柱
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12/31 14:19
「宝篋印塔」の説明が付けられている摩耶山歴史の散歩道の石柱
三丁と書かれた町石。上野道には天上寺までの距離を示した町石がいくつか残っている。
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12/31 14:20
三丁と書かれた町石。上野道には天上寺までの距離を示した町石がいくつか残っている。
峠茶屋跡に到着。「峠茶屋跡」の説明が取り付けられた摩耶山歴史の散歩道の石柱。峠茶屋は「下のアメヤ」と呼ばれたという。
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12/31 14:21
峠茶屋跡に到着。「峠茶屋跡」の説明が取り付けられた摩耶山歴史の散歩道の石柱。峠茶屋は「下のアメヤ」と呼ばれたという。
峠茶屋跡からの展望
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12/31 14:22
峠茶屋跡からの展望
峠茶屋跡
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12/31 14:22
峠茶屋跡
峠茶屋跡付近の四丁と書かれた町石
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12/31 14:22
峠茶屋跡付近の四丁と書かれた町石
峠茶屋跡付近のハイキング道マップ
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12/31 14:23
峠茶屋跡付近のハイキング道マップ
峠茶屋跡付近の道標。摩耶ケーブル虹の駅の方には行かずにこのまま上野道を下りてゆく。
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12/31 14:23
峠茶屋跡付近の道標。摩耶ケーブル虹の駅の方には行かずにこのまま上野道を下りてゆく。
八丁と書かれた町石
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12/31 14:26
八丁と書かれた町石
ここも摩耶ケーブル虹の駅に行ける分岐
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12/31 14:29
ここも摩耶ケーブル虹の駅に行ける分岐
上野道の道標。神戸市の119番通報プレート「な23-8」が付いている。
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12/31 14:32
上野道の道標。神戸市の119番通報プレート「な23-8」が付いている。
標高320m付近の歩道上に展望所。ひざ裏が痛い同行者もいるのでしばし休憩。
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12/31 14:35
標高320m付近の歩道上に展望所。ひざ裏が痛い同行者もいるのでしばし休憩。
標高約320mの展望所よりの眺望。六甲アイランドや摩耶埠頭など。
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12/31 14:35
標高約320mの展望所よりの眺望。六甲アイランドや摩耶埠頭など。
標高約320mの展望所よりの眺望。摩耶埠頭に渡るハーバーハイウェイ(港湾幹線道路)の赤い橋(灘浜大橋)が写真中央に見える。
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12/31 14:35
標高約320mの展望所よりの眺望。摩耶埠頭に渡るハーバーハイウェイ(港湾幹線道路)の赤い橋(灘浜大橋)が写真中央に見える。
標高約320mの展望所よりの眺望。ポートアイランドの方向。
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12/31 14:35
標高約320mの展望所よりの眺望。ポートアイランドの方向。
この時期にモチツツジ(黐躑躅)が咲いている。標高320m付近。
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12/31 14:38
この時期にモチツツジ(黐躑躅)が咲いている。標高320m付近。
モチツツジ(黐躑躅)。ツツジ科ツツジ属の(半落葉)低木。
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12/31 14:39
モチツツジ(黐躑躅)。ツツジ科ツツジ属の(半落葉)低木。
モチツツジ(黐躑躅)。本州(静岡県・山梨県〜岡山県)と四国に分布。
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12/31 14:39
モチツツジ(黐躑躅)。本州(静岡県・山梨県〜岡山県)と四国に分布。
モチツツジの花期は4,5月だが,今はこの木だけが季節外れに咲いているようだ。
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12/31 14:39
モチツツジの花期は4,5月だが,今はこの木だけが季節外れに咲いているようだ。
モチツツジ(黐躑躅)
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12/31 14:39
モチツツジ(黐躑躅)
標高320m付近(ちょっとした展望所のあるところ)の上野道の様子。
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12/31 14:40
標高320m付近(ちょっとした展望所のあるところ)の上野道の様子。
標高約320mの展望所からの下り。
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12/31 14:40
標高約320mの展望所からの下り。
しばし休んだ後,標高約320mの展望所を後にして下ってゆく。
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12/31 14:45
しばし休んだ後,標高約320mの展望所を後にして下ってゆく。
標高約310m付近を下ってゆく。
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12/31 14:46
標高約310m付近を下ってゆく。
神戸市の119番通報プレート「な23-6」が付いた道標
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12/31 14:47
神戸市の119番通報プレート「な23-6」が付いた道標
神戸市の119番通報プレート「な23-5」が付いた道標。ともかく寄り道をせずに直接下りてゆく。
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12/31 14:48
神戸市の119番通報プレート「な23-5」が付いた道標。ともかく寄り道をせずに直接下りてゆく。
展望台通過。五鬼城展望公園の展望広場の一つ。
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12/31 14:53
展望台通過。五鬼城展望公園の展望広場の一つ。
あずまやもある。五鬼城展望公園のレストコーナー。
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12/31 14:55
あずまやもある。五鬼城展望公園のレストコーナー。
住宅街まで間近。ここはT字路になっている。道を左に行けばよさそうだが,展望広場のありそうな右側へと,すぐ戻って来るつもりで行ってみた。
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住宅街まで間近。ここはT字路になっている。道を左に行けばよさそうだが,展望広場のありそうな右側へと,すぐ戻って来るつもりで行ってみた。
T字路の「ハイキング道マップ」「上野道・青谷道」の案内板
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12/31 14:56
T字路の「ハイキング道マップ」「上野道・青谷道」の案内板
サザンカ(山茶花)。野生の花の色は部分的に淡い桃色を交えた白色だが,園芸品種の花の色は赤,白,ピンクなど様々。展望広場入口にて。
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12/31 14:57
サザンカ(山茶花)。野生の花の色は部分的に淡い桃色を交えた白色だが,園芸品種の花の色は赤,白,ピンクなど様々。展望広場入口にて。
五鬼城展望公園の展望広場の一つ。
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12/31 14:57
五鬼城展望公園の展望広場の一つ。
五鬼城展望公園の展望広場からの眺望。摩耶埠頭に渡る灘浜大橋が見える。展望広場から引き返してT字路に戻る。
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12/31 14:57
五鬼城展望公園の展望広場からの眺望。摩耶埠頭に渡る灘浜大橋が見える。展望広場から引き返してT字路に戻る。
写真では彫られた文字が判読できないが,これも町石か。
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12/31 14:58
写真では彫られた文字が判読できないが,これも町石か。
展望台からT字路に戻って改めて登山口へと下る。
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12/31 14:58
展望台からT字路に戻って改めて登山口へと下る。
階段を下りてゆくと,すぐその先に住宅が見えている。
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12/31 14:59
階段を下りてゆくと,すぐその先に住宅が見えている。
五鬼城公園登山口到着。ここで山の中の登山道が終了し,住宅街に入る。かつての摩耶山天上寺への参詣道入口でもある。標高約160m。
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12/31 15:01
五鬼城公園登山口到着。ここで山の中の登山道が終了し,住宅街に入る。かつての摩耶山天上寺への参詣道入口でもある。標高約160m。
五鬼城公園登山口の摩耶山ハイキングコース案内図。上野道についての説明もある。
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12/31 15:02
五鬼城公園登山口の摩耶山ハイキングコース案内図。上野道についての説明もある。
五鬼城公園登山口の摩耶山案内図と五鬼城展望公園案内図。案内図の中に示されている展望広場やレストコーナーを目にしながら下りて来たことを後で確認できた。
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12/31 15:02
五鬼城公園登山口の摩耶山案内図と五鬼城展望公園案内図。案内図の中に示されている展望広場やレストコーナーを目にしながら下りて来たことを後で確認できた。
住宅街の中にも五鬼城展望公園,上野道への道標がある。我々はこのまま王子公園駅を目指して南側に下りてゆくが,摩耶ケーブル下駅はここから東に100mほどのところにある。
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12/31 15:04
住宅街の中にも五鬼城展望公園,上野道への道標がある。我々はこのまま王子公園駅を目指して南側に下りてゆくが,摩耶ケーブル下駅はここから東に100mほどのところにある。
神戸高校のそばを通る。
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12/31 15:06
神戸高校のそばを通る。
阪急神戸線の上野踏切まで下りて来た。
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12/31 15:17
阪急神戸線の上野踏切まで下りて来た。
王子公園駅近くのとりひげ本店。昨晩ここで大学の同級生4人で忘年会をしたところ。
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12/31 15:18
王子公園駅近くのとりひげ本店。昨晩ここで大学の同級生4人で忘年会をしたところ。
王子公園駅近くの「甘味処 あかちゃ家」。同行者の1人は2日連続の来店。
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12/31 15:21
王子公園駅近くの「甘味処 あかちゃ家」。同行者の1人は2日連続の来店。
あかちゃ家の「あんみつ&わらびもちセット」(650円)。疲れて判断力が低下した脳に糖分は効果的だというが,歩いたあとの甘いものは思った以上に元気が出る。
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12/31 15:43
あかちゃ家の「あんみつ&わらびもちセット」(650円)。疲れて判断力が低下した脳に糖分は効果的だというが,歩いたあとの甘いものは思った以上に元気が出る。
阪急王子公園駅で1人と別れた後,三ノ宮に移動。私はホテルに戻って部屋に置き忘れて来たスマホを回収。
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12/31 16:48
阪急王子公園駅で1人と別れた後,三ノ宮に移動。私はホテルに戻って部屋に置き忘れて来たスマホを回収。
阪急神戸三宮駅北側の飲み屋街にある魚心(うおしん)三宮店。まだ時間があったので残った2人で入店。ともかく寿司ネタが巨大。はまち,サーモン,あんきも,タラの白子などとビール。
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12/31 17:04
阪急神戸三宮駅北側の飲み屋街にある魚心(うおしん)三宮店。まだ時間があったので残った2人で入店。ともかく寿司ネタが巨大。はまち,サーモン,あんきも,タラの白子などとビール。
魚心のアナゴ寿司
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12/31 17:29
魚心のアナゴ寿司
魚心の剣先イカ
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12/31 17:42
魚心の剣先イカ
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