夜叉神峠〜鳳凰山〜アサヨ峰〜仙丈ヶ岳〜歌宿(57代錬成合宿)
- GPS
- 128:00
- 距離
- 34.3km
- 登り
- 3,020m
- 下り
- 2,721m
コースタイム
6/14 6:07南御室小屋−8:39観音岳−15:06広河原峠−15:58早川尾根小屋(C2)
6/15 5:53早川尾根小屋−8:53アサヨ峰−11:09栗沢山−15:53北沢長衛小屋(C3)
6/16 7:02北沢長衛小屋−11:11仙丈ヶ岳12:35−15:00北沢長衛小屋(C4)
6/17 9:30北沢長衛小屋−10:00長衛小屋−11:05仙流荘
過去天気図(気象庁) | 2006年06月の天気図 |
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アクセス | |
予約できる山小屋 |
北沢峠 こもれび山荘
|
写真
感想
6月12日
午後6時過ぎ、五限のポルトガル語を終えてミーティングのためその足で部室に向かう。
「閉じてる?」部室のドアを開けると懐かしい声が耳に入ってきた。北海道に赴任中の笠井OB だった。愛知に出張に行った帰りに錬成合宿と聞きつけて差し入れを持ってきて下さった。各新人へのメッセージの入った特大のスイカに、メロンが二つ。「また重くなっちゃうよ〜」二年相馬はその差し入れを今にも泣きそうな顔でパッキングしている。あまりにもかわいそうなのでスイカは持ってあげた。
天気図と気象庁の情報を元に合宿中の気象予報を全員で確認。合宿後半は天気が崩れそう。少し不安だ。
ミーティングも終えて、新人のパッキングの最終確認。小松のパッキングが遅すぎる。しかも団配のウィンナーを買い忘れている。先が思いやられそうだ。
小松のパッキングもようやく終わり、みんなで元担ぎに『大菖苑』に焼肉を食べに行く。すべてリーダーの奢り。一万円近くもの大金が・・・これもかわいい後輩たちのため。
「東京に来てはじめて焼肉食べたっすよ!」
うれしそうにカルビを頬張る新人たち。この後、『タダほど怖いものはない』ということを、身をもって知ろうとはまだ誰も想像さえしていなかった・・・。
明日は朝が早いので、集合時間に間に合いそうにないメンバーは、大学の近くに住んでいる部員のアパートに泊まり、ワールドカップ日本対オーストラリア戦を楽しむとのことだった。SLは編入試験を目前に22号館に泊まり込み、Lはスポーツバーに足を運んだ。馬場の街は「ニッポン!チャチャチャ」の手拍子のもと、多くのサポーターたちで賑わっていた。
6月13日 高田馬場駅=甲府駅=夜叉神峠登山口−南御室小屋
早朝、高田馬場に集合。
ワールドカップ初戦ということで、SAMURAI BLUEのユニホームが駅構内に昨晩の熱戦の余韻をちらつかせる。
甲府までの道のり。ブルーのユニホーム姿がちらほら、東西線の車内、部員同様に皆眠そうだ。そういえば、昨夜のオーストラリア戦、後半39分からのまさかの逆転負け。肩の力が抜けた。隣で観戦していた人は涙を浮かべていた。日本代表にとっても、僕ら後発隊にとっても幸先の悪いスタートとなった。
8時過ぎ、出発してから三時間、ようやく甲府駅に到着した。出口を出ても迎えのタクシーがなかなか来ない。おかしく思って渉外の係である御手洗にタクシー会社に電話してもらうと、もうすでに駅で待っているとのこと。そのまま御手洗に反対側の出口に見にいってもらうと『御手洗様』と大きく書かれたプレートを持って、立ち尽くしていた運転手がいたという。どうにかこうにか30 分遅れで全員タクシーに乗り込み、夜叉神峠登山口を目指して、いざ出発。それからが地獄のはじまり・・・車酔いが、寝不足でガンガンする頭に追い討ちをかけ、ボディーブローのように胃袋に効く。今にも死にそう・・・こんな状態で皆行動なんてできるのだろうか?いや、しなければならない。薄れゆく意識・・・そんな中、新人長谷川だけが何事もなさそうに計画書を読んでいた。インターハイ400mハードル準決勝出場経験者、長谷川了介。スポーツエリートのフィジカルはさすがにタフだ。
9:38夜叉神峠着。リーダー自ら真っ先に吐きに行く。ウォエェェェ朝食べたはずのシリアルがなかなか出てこない。吐きたくても吐けない苦しさ。これが一番辛い。
皆同様に寝不足と車酔いで辛そうであったが、時計が10 時をまわりそうであったため、すぐに行動開始。三年前新人だった頃と全く同じコース。「はしれ〜!!!」出発と同時に鳴り響いた当時リーダーだった辻OBの怒声は今でも耳に残っている。自分が辛さのあまり吐いた場所、脚を攣って倒れた場所、当時の二年生同士が倒し合いながら前へ進んで行った登山道。様々の地獄のような記憶を懐かしく思い、今回は一歩一歩踏みしめながら登る。
どうにか順調に進み、杖立峠で三本目の休憩を終え出発しようと皆がザックを背負いかけたとき、「ウォアァァァ!!!」新人小松が急に奇声をあげた。ザックが重くて持ち上げられないのだ。ザックと一緒に地面に倒れこむ。二年池田の手を借りてどうにか背負って立ったが、出発から10分もしないうちに今度は、「ンアァァァーーー、脚がぁぁぁ痛いよぉぉぉ〜」と苦痛に満ちた叫び声とも泣き声ともつかない、この世のものとは思えない声をあげた。さすがにこれは大変だ、このまま無理させると合宿を続けられるかわからないと思い、約五キロの団配を解除し、ストックを使わせた。そうこうしている内に時間が経ち、四時の天気図までには間に合いそうにないと判断し、御手洗を幕場に先行させた。
寝不足と疲労で皆の足取りは遅い。朝発は厳しかったのだろうか?前夜発にすればよかったか。その後、一時間で着けそうな幕場まで二時間はかかった。
6月14日 南御室小屋−鳳凰三山−早川尾根小屋
初日は皆寝不足だったため、十分に睡眠時間をとった。
「小松ぅぅぅ!!!起きろーーー!!!」
起床時間になっても熟睡中の起床係の小松に煮えを切らして、5分経たないうちに怒鳴った。
6:08出発。出発までに時間がかかった。明日はこのようなことがないようにしたい。今日は今合宿でもっともきつい一日である。昨夜のルートチェックのときの新人の顔は皆青ざめていた。出発時から元気がない。進めど進めど一向に前へ進めない。新人の時のコースタイムと比べて全然進んでいない。あのときの方が今の新人よりずっときつかったはずだが?我が目を疑いたくなる。
「ンアァ、ンアァ」
鹿が鳴いてるぞ!どこだ?周囲を見渡しても見つからない。早く見つけないと逃げてしまう!すぐ前を行く池田に訪ねるとなんとその声の主は小松だった。小松はかなりきつそうだ。声が声になっていない。
しかも小松の手はキューピーちゃん人形のように外に反り上がっている。小松の手は疲れるとすぐにこうなる。それを見て古川は神経の病気じゃないのかと心配していた。
一本、二本と進んでいくうちに、トップを歩いている相馬の様子が何かおかしいことに気づく。肩で息をしているし、よく立ち止まるようになった。さすがにやばそうだと、高嶺に登る前のコルで、一本をとる。相馬は約五キロの団配解除(小松に続き相馬までもが・・・)ついでに此処でタッパめしを食う。相馬はタッパめしも食えないほどにヘトヘトだった。今日の行程の約半分、此処まで来るのに五時間掛かった。腹も満たしたところでいざ出発!一気に高嶺を越えよう!
高嶺の下りの途中、ガレ場で小松がつまずき頭から一回転!あまりにも突然のことで何が起こったのか理解するまでに、数秒の時間が掛かった。様子を見るためここで一本。どこか打ってはいないか、痛みはないか本人に尋ねたが、どうもないとのこと。左頬と右腕にかすり傷を負っただけで済んでよかった。
ああだこうだで、またまた四時の天気図までに幕場に着きそうになかったので、昨日同様に御手洗を先行させた。
「こちら御手洗です。いま2553m 地点のポコを過ぎました。どうぞ」
本隊が白鳳峠に着かないうちに、特小無線に御手洗の声が入った。どんだけ早いんだ!そんなにザック軽かったけか?その後、御手洗は本隊が二時間半かけて辿った幕場までの道のりを、ノンストップでわずか一時間半で行っていた。さすがは三年生。女の子とは思えない体力だ・・・
八時間の行動予定であったが、ゆうに十時間近くも行動していた。さすがにいつも爽やかな長谷川でさえ顔が引きつっていた。
「ほんましんどいですわ・・・」
谷口の顔色も蒼ざめていた。
今日の新人は、行動中、ヘトヘトになりながらもてきぱきと動き、読図も進んで行っていた。今日は本当にお疲れ様である。また明日も頑張ってほしい。
食当前、「オタマが割れました!」
えっ!誰の?医箱出さなきゃ!それはガラクタのおたまだった。柄の部分からポキリと折れたのである。
一瞬焦った。いや、焦らなくてはいけない。おたまがないと汁物やお茶がつげない。困ったどうしよう。
どうしようもないと皆が諦めかけていると、古川が修工の針金とペンチを使ってあっという間におたまと柄をくっ付けてしまったのだ。じつに見事だった。誰にも想像もつかない方法で。皆しばらくそのおたまに見惚れていた。ビューディフォ。合宿の表紙に、スクーリングの挿絵、合宿アルバム。古川の芸術的センスには度々驚かされる。
ティーパーティー、「小松へ 上級生がムカついたらぶん殴れ」笠井さんから頂いた差し入れのメロンに書かれたメッセージ。なんともコメントのしようがない・・・。C2で食べるように指定が書いてあったこのメロン、かなり熟していた。
「ウッ!」口にすると今までにない痺れを感じた。大丈夫なんだろうか。メロン嫌いな部員が多い中、リーダー自らがひとりで平らげた。あしたは下痢かな・・・。
6月15日 早川尾根小屋−アサヨ峰−北沢長衛小屋
4:00起床。昨日できていなかったので再度小松に起床係をやってもらう。今朝は食当、撤収とてきぱきと進んで6:00前には出発できた。昨日のラジオの天気予報では午後から雨が降るとのことだったので、なるべく午前中に距離を稼ぎたい。
一本目でミヨシノ頭までたどり着いた。一時間以上掛かったがいい滑り出しだ。風が少し冷たい。アサヨ峰までは順調に進めたが、ここから雲行きが怪しくなり、出発前に全員に雨具の上着とザックカバーを身につけさせた。
「出発しま〜す!」
元気よく出発したトップ池田は、目の前にルートが見えているにもかかわらず、見当違いな方向に進んでいった。昨日の上級生ミーティングでルートを間違わないようにいっておいたポイントなのに・・・。(そもそも間違えるようなところでもないだろ!)
気を取り直して再出発。尾根の細いガレ場を10分も進むと、ぽつぽつとだった雨脚もかなり強くなっていた。雨が冷たい。雨具のズボンを着させた方がよいかと思ったが、もうすでに全員のズボンがかなり濡れていたので、わざわざこんな寒い中、足場の悪いところで隊を止めるより、先に進んだほうがよいだろうと先を急ぐ。
しかし、雨脚は強まる一方で、隊はかなりの落差のあるガレ場に差し掛かり、立ち往生しだした。ここで全員に雨具のズボンやスッパツ、インナー手などを身につけるように促す。寒さで指が思うように動かず、なかなかうまくスパッツを着けられない。
「うぁ〜!!!」
悲鳴で後ろを振り返ると谷口の、足場の悪いところにおいていたザックが転げ落ち、先を下っている相馬の頭にぶつかりそうになっていた。一瞬最悪の事態を想像したが、間一髪のところでザックは止まった。
「しっかりしろー! だいじょうぶかー?」
「すみませんでしたー! だいじょうぶですぅー」
ワンゲルでよく見られるやりとり。
皆態勢を立て直し再出発。アサヨ峰を出発してから栗沢山まで到着するのに二時間も費やした。
栗沢山でタッパめしにする。皆おなかがすいていた。池田から皆にゼリーの差し入れもあった。さっきまでとは違って日の光を微かに感じて、心なしか暖かい。おなかもいっぱいになったところで出発。これから幕場まで約二時間の下り。サクサク進んではやく行動を終えよう。
樹林帯の中で何度も同じような山道を繰り返し歩き、周囲の地形もよく把握できず、新人は読図になかなか苦戦していたようだった。昨日ほど行動はきつくはないが、雨のためか皆かなり辛そうにしていた。
一本中に見せる皆の背中が、下界を恋しがっているように見えた。午後2時少し前に今日の幕場である北沢長衛荘に到着。
「今日も一日お疲れ様でしたー!」
ザックと一緒に新人全員が地面に座り込む。この三日間でずいぶん疲れたようだ。顔からは笑顔が消え、声を出す元気さえない。『タダほどこわいものはない』ということを、この三日間で嫌と言うほど分かったようだ。
四時の天気図。ラジオの電波が悪い。そういえば、去年もそうだったかも。仕方なく、小屋の管理人に気象情報を尋ねる。今夜から雨足が強まり、日曜まで降り続くとのこと。仙丈ヶ岳ピストンは無理か。せっかく此処まで何とか来れたのに・・・。
T.P. 今日は就寝まで時間があったのでゲームで起床係を決めようと提案。第一印象ゲームに連想ゲーム、パパリコとワンゲルではお馴染みのゲームを提案するが、新人三人は極度の疲れのためやる気がない様子。
「はやく決着のつくやつしましょーよ」
新人長谷川の気だるそうな一言で、たけのこニョッキで決めることに。
最後に残ったのは、僕、リーダー柳瀬と谷口の二人。四年になってまで起床係なんかやりたくなかった。
疲れ果てている谷口には悪いが本気で勝ちに行った。結果、谷口起床。起床係が決まると、皆そそくさと明日の準備を済ませ、眠りについた。
6月16日 北沢長衛小屋−仙丈ヶ岳−北沢長衛小屋
2:30、お尻に冷たさを感じ、目を覚ます。やってしまった。もうすぐ二十代も半ば・・・。しかしそれは雨漏りだった。少し安心したが、安心している場合ではない。エスパースの中は水浸しになっていた。再び眠りにつくことはなく、寒さに震えていた。降り続く雨の音、今日は行動できるだろうか・・・。
もし停滞したとしてもこの雨では明日も登れそうにない。新人も肉体的にも精神的にもかなり限界まで来ている。どうしたらいいだろう・・・、そんなことばかりずっと考えていた。
午前4時起床と伴に外へ出る。思ったより雨は強くはない。行けるかな?
仙丈ヶ岳へ続く登山道は雲で覆われていた。昨日わずかに入ったラジオの天気予報でも午前中の降水確率は100%、急いで出発する必要もないので、とにかくここは様子を見ることにした。
6時過ぎ、雨もだいぶ弱くなってきたようだ。天気予報では明日も、明後日も雨。よし、それなら今行こう!行動を決定する。
7時、完全防水で仙丈ヶ岳を目指していざ出発!雨に濡れてはしまったが、ザックも軽いのか皆足取りは軽いようだ。しかし、仙丈ヶ岳二合目を過ぎた途端、谷口の足が急に止まった。
「くっ、苦しいですぅ・・・」
動悸がして苦しいとのこと、頭もズキズキするようだ。ここで一本とる。熱を計ってみるがなかなか体温計がうまく動かない。三度チャレンジしたが駄目なようだ。肝心なときに!この先、無理を
させるわけにもいかないので、ここで御手洗に付き添ってもらって幕場まで戻らせる。残った野郎パーティーで、気を改めて出発!急登が続きピストン個装であるにもかかわらずツライ・・・。
「ラフ(はぁ)メイカ・・・(きつっ)冗談じゃねえ〜・・・(ごほっ)」
池田は得意のBUMPを途切れ途切れ歌っていた。きついなら歌わなきゃいいのに・・・。
「もっと荷物重くしてもいいっすよ」
今ひとつ物足りなそうにしていた池田に、今日は特大のスイカを振っていたのだった。小松も負けじと歌う。
「グァ、グァ、グァ」
また小松? 今度は雷鳥だった。山頂までの途中、一羽、二羽、三羽・・・希少価値があるのか?と疑いたくなるほどたくさん見た。K〇C フライドライチョウに、照り焼き雷鳥バーガーを食べてみたい・・・。おなかぺこぺこの僕ら野郎パにとって雷鳥は天然記念物というより、まるまると太った肉の塊にしか見えなかった。
11時過ぎ、ちょっとした雪渓もあったが、無事、標高3032m、仙丈ヶ岳登頂!
ちょうど光も射してきた。早速スイカ割り!目隠しするのに適当なものがなかったので、スイカの入っていたビニール袋を被った。
小松、長谷川に続き、自称剣道二段の腕前の相馬も失敗。満を持してIKEX ことワンゲルのパダワン池田雄樹の出番。
「マスターーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」
大きく振りかぶった池田の棒はスイカを直撃!その勢いで棒は折れてしまい、池田の顔面に直撃!
その怒りで、ダークフォースに支配された池田は、無残にもこぶしでスイカを叩き割った。
そのスイカは皆でおいしく頂いた。スイカの甘いにおいに誘われた巨大てんとう虫や、アシナガバチたちと一緒に。ちょっとスイカの味に混じって虫の味もしたが、気のせい、気のせい・・・。
朝とは打って変わって、ぽかぽかと陽気な天気になってきた。風も気持ちいい。汗でびっしょ濡れになった衣類が不快だったので、裸になった。生まれたまんまの姿に。
股間を通り抜ける風が心地よかった。脱いだのはいつ振りだろう?久しく脱いでなかった。こんなに気持ちよかったんだ。改めて実感した。
「キモチイイっすね〜!」
最初は嫌がっていた池田や新人たちも次々と脱ぎ始めた。この爽快感、なんて青春なんだろう!
タッパめしを食べ、式典も終えて、いざ下山!一時間半近くものんびりしていた。皆、とてもリラックスできたようだ。錬成も鞭ばかりじゃないんですよ。
下りは上りとは打って変わって、雲の合間に、遠くオベリスクが見えるくらいいい景色だった。まるで、のび太と雲の大国。残雪で白一色に染められた仙丈ヶ岳カールも見事だった。
下りは軽快に進み二本ほどで幕場に着いた。食当まで、今朝濡れてしまったものを皆で乾かす。
待ちに待った最終夜。
「合宿お疲れさまー!」
ビールにチューハイにワインにたくさんのおつまみ。
今回はいつもと違って品がよかった。
「これ知ってたら、カレーあんなに食わなきゃよかったすよ!」
イカめしを前に、おなかいっぱいの長谷川は惜しそうにしていた。
今合宿の感想。上級生からありがた〜いお言葉をもらった新人三人とも、口を揃えて肉体的にも、精神的にも今合宿は辛かったといっていた。それでこそ錬成合宿である。
この辛い経験を乗り越えてもらわなければ、ワンゲルを続けることは出来ない。
各メンバーの胸に様々な思い出を残しながら、狂乱の宴と共に、無事今年の錬成も幕を閉じるのであった。
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