お盆休みは蓼科のんびりウォーク(蓼科山→女神湖→霧ケ峰)
- GPS
- 11:41
- 距離
- 19.0km
- 登り
- 928m
- 下り
- 1,370m
コースタイム
- 山行
- 6:04
- 休憩
- 1:08
- 合計
- 7:12
- 山行
- 5:55
- 休憩
- 1:10
- 合計
- 7:05
天候 | 晴れ 猛暑 ほぼ終始そう暑くなく爽やかだった。 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2023年08月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス
あずさ1号で茅野駅着9:07 茅野駅から北八ヶ岳ロープウェイ経由車山高原駅行きバス(茅野駅発9:20 不定期 1,500円 現金のみ) 途中 ・蓼科牧場から東白樺湖まで、ホテルの送迎バス利用(その日は9:00,10;20発。日によって時間は違うようだった。なお、立科町の路線バスもある) ・東白樺湖から車山高原までアルピコ交通バス(東白樺湖発10:09 500円) G 八島湿原BS 上諏訪駅までアルピコ交通バス(八島湿原BS発15:43 1300円) |
コース状況/ 危険箇所等 |
〇蓼科山 よく整備されていて危険個所はなし。ルート明確、指導標完備。ただし、終始岩ゴロ道で決して歩きやすいとは言えない。 〇車山〜八島湿原 よく整備されていて危険個所はなし。ルート明確、指導標完備。物見岩からの下りなど、意外に岩ゴロ。登山靴の方がよいだろう。 |
その他周辺情報 | 白樺高原ホテル 泊 |
写真
感想
(計画まで)
蓼科山を意識し始めたは、北横岳からその美しい姿を見た時からだった。初めての北横岳では濃霧で真っ白、冬に再チャレンジして、全般に雲に囲まれていた中、蓼科山だけはくっきりと均整のとれた山容が眼前に現れた。山頂が真っ平らだったのも印象的だった。
★「北横岳〜初アイゼン快適」https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-2229554.html
しかし、蓼科山の登山ルートはバスで行くとなると不便である。南側の女神茶屋(蓼科山登山口)へのバス便は不定期で、しかも1日1本だけ。鈍足の私ではここからのピストンでは、帰りのバスに間に合わない恐れがある。
そこで思いついたのが、女神茶屋から登って女神湖(七合目登山口→蓼科牧場)へ下りるルート。女神湖のバスは登山に適した時間にないが、ホテルやペンションに泊まればよい。女神湖に泊まれば、翌日、霧ヶ峰に行くこともできる。数年前に、こんな行程を考え、初夏か秋に行くつもりで暖めておいた。
このように行程だけ考えて、ずるずると実行に移さないケースはいくつもあるが、最近、地図上で女神湖の近くに、長年所在を探していた施設を発見して、俄かに確かめに行きたくなった(この施設の話は後述)。
折しも、お盆休みをどうするか。直前まで無計画でいた。前週の白山にすっかり満足して気が抜けてしまったのだ。山でなくともと念のため宿を調べてみたら当然のことながら空いている宿はありやしない(長野県で残っていたのは一泊数十万の超高級宿だけ)。ところが、女神湖のホテルだけは、山の日の前日だけが(8月はすべて満室なのに)空いていたのだった。
茅野駅からの登山バスに乗るための唯一の選択肢のあずさ1号も、辛うじてグリーン車が空いていたので、即決定したのだった。(グリーン車は後日普通指定席の空きが出たので変更できた)
霧ヶ峰はもちろん、蓼科山もたいした標高差はないので、ホテル泊のゆったりお盆休みのつもりだった。
(不摂生がたたった体調不良)
直近に登った白山(7/30-8/1)は、長年の念願だった。標高差1500mに備えて、外出予定のない休日には近所の高麗山への2時間登山(標高差150m)を続けるなど、体調管理・体力維持には万全を期していた。ところが、白山が終わったとたんに不摂生となり、休日数日を家に閉じこもり、だらだらと過ごしてしまった。その結果は、歴然で、蓼科の前日には、夏風邪の症状が現れ、体がだるい。
白山の登山だったら、この体調では中止しただろう。蓼科山は標高差はあまりないが、岩ゴロの歩きにくい登山道であることは聞いており、登山ルートそのものの難易度は、白山とそう変わらないかもしれない。しかし、決定的に違うのは、白山は山小屋だが、蓼科山はホテルである、ということだ。
(そして蓼科山へ)
ある程度は想定していたが、最初(蓼科山登山口)から最後(七合目登山口)まで岩ゴロの道が続いていた。つまり土の道が全然ないのだ。八ヶ岳らしいといえばよいか。最初は、岩は小さめだが、森の中の標高の低いところから巨大な岩が出てきて岩場登りとなる。つまり、足を大きく上げて体を持ち上げる筋力が必要となるわけだが、いつもに比べて力が入らない。これが想定以上につらかった。体調不良とは、こういうところに出てくるのか。
岩ゴロの下りは、もともと苦手だが、足元が覚束かず、何度も転びそうになって慎重にならざるを得なかった(実際転んだ)。つまり、結果的にのんびりウォークになったわけだが、余裕のない緊張を強いられるものとなった。<のんびり>の本来の語義からは外れるだろう。下山してホテルに着いたときには、劇疲れだった。
(もっとも、体調が完全だったとしても、この岩ゴロ道には同じように苦労したかもしれない)
(蓼科山の植生のこと)
そんなわけで、花や樹々はあまり観察できなかった。花は、そもそもあまり咲いていなかったようだ。
一方、樹々の植生の変化は明快だった。直線的に標高を上げていくので、垂直分布がよくわかるのだ。南側(登り)はダケカンバ林→ミズナラ林→シラビソ・オオシラビソ・コメツガ林→(森林限界の)ハイマツ帯となる。
このうち、ハイマツ帯は山頂だけ(といっても広い)で、そのすぐ下からシラビソ・オオシラビソ・コメツガ林がかなりの標高差にわたってが広がっていた。縞枯れ現象もみられた。シラビソ・オオシラビソが縞のように下から順序よく枯れていく現象は、亜高山針葉樹林帯の自然更新の役に立っているというが、どこでも見られるわけではないらしい。いずれにしても、蓼科山のシラビソ林は、古くから更新を繰り返してきたのだろう。
一方、下方の、ダケカンバ林やミズナラ林は、新しい森かもしれない。
蓼科山のすばらしさは、何といっても広い山頂からの展望だろう。しかし、上りも下りも森の中の単調な岩ゴロの道が続く(南側は途中何度か視界が開けるが)。私などには、体調不良だったこともあり、あまり楽しくはなかったが、標高差はそうないので、山頂からの展望を求めて子どもたちに人気なのだろう。この日は、小学生(低学年)の集団が目立って多かった。
(霧ヶ峰[車山-八島湿原]の草地のこと)
一方、歩くことの楽しさを比べると、圧倒的に翌日の霧ヶ峰のほうが良かった。霧ヶ峰は2回目だが、前回はニッコウキスゲの時期だったが雨となり途中撤退していただけに、感嘆した。花の多さはもちろんのこと、終始展望が良いのだ。なだらかに丘が連なる近景に、遠く北アルプスから南アルプスまで望める遠景には目を奪われた。これは、森林がないからだ。木道のある湿原だけでなく、山道のある山もずっと草地であり、どちらにも花が多い。
標高からいうと、蓼科山と同様にシラビソ・オオシラビソ・コメツガ林であっておかしくない。登山道も蓼科山と同様に、そう大きな岩ではないが、岩ゴロの道が続く。かつては蓼科山と同じだったはずだ。
霧ヶ峰が、車山山頂を含めて一面すべて草地になったのは、人のせいだという。詳細はわからないことも多いらしいが、縄文時代以来のことだという説もある。黒曜石を産出する霧ヶ峰は縄文時代の人口密集地だったのである。史料にも平安時代には草地だったと出てくるという。少なくとも、江戸時代には、放牧と、農業用肥料となる草の採取により、人の手が加わり続け、樹は育たず草地のままで維持された。だから草地特有の生態となり貴重生物種も多い。だから花が多い。これが定説の、<半自然>草地である。美ヶ原や開田高原も同様らしい。
その霧ヶ峰も、放牧や農業のための草の採取が行われなくなり、一部ミズナラやカラマツなどの森林化が進んでいる。このまま放置すれば、(数千年はかかるだろうが)蓼科山と同様のシラビソ林となっていくだろう。そのため、環境保全のための火入れを行ったり(今は中止中みたい。延焼事件があったようだ)、刈り取りを行ったりの努力が続けられている。
(タテシナ山荘のこと)
大学の時、新入生歓迎合宿や語学合宿やゼミ合宿で、何度も「タテシナ山荘」に行った。宿泊・食事・教室・運動場が完備されたオールインワンの教育施設で快適だった。大学の公式な授業関係に限られていたこともあってか、大学のバスで直行し数日間を完全に山荘内だけで過ごしていた。敷地内には広大なシラカバ林が広がっていて外に出ようとも思わなかった。閉鎖空間が形成されていたわけだ。当時、登山を長期中断していたこともあって、行き帰りにどこかに立ち寄ることもなかった。
だから、卒業後かなりたって、山を再開してからふと思い出し、あの「タテシナ山荘」は、どこにあったのだろうかと探すことになった。タテシナ=蓼科だから、茅野市の蓼科高原(蓼科湖がある)にあったどばかり思いこんでいた。しかし探してもどこにもないのである。閉鎖されてしまったのか、タテシナではなかったのか。
それが、女神湖のある立科町にあったのだった。「立科山荘」という名前だった。
今回行ってみたのだが、当然とはいえ入り口に「関係者以外立ち入り禁止」とあって、施設の一部分さえ見ることができなかった。敷地が広大であったことだけはわかった。
この大学は、総合大学と称している割には、理学・農学・林学など生物学系は弱い。立科にあれだけの教育施設をつくるんだったら、研究施設も併設すればよかったのに、と思う。
例えば菅平高原では筑波大学が、志賀高原では信州大学が、研究施設と研究林を整備して、高原や亜高山帯の森林の生態についての研究活動を行い、研究林は一般にも公開されている。
また菅平高原では明治大学セミナーハウスの敷地が、根子山・四阿山の登山ルートにあるため、通行を許していた。それは二次林だろうが、美しいミズナラ林だった。こういう通行を許す例は、枚挙にいとまがなく、最近登った山では、千葉の元清澄山では東大演習林、栃木の唐沢山〜諏訪岳では東京農工大演習林の例がある。
夏風邪は最後まで治らず、咳をし続けていた。しかし、天気は快適で、日差しは強いものの、そう暑くはなかった。夏風邪の療養にとっては、運動と栄養がたっぷり取れたので、良かったのだろう。なにはともあれ、のんびりウォークには好適のコースではあると思う。
(参考文献)
須賀丈「中部山岳域における半自然草原の変遷史と草原性生物の保全」(長野県環境保全研究所研究報告 4;17-31 2008)
コメント
この記録に関連する登山ルート
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蓼科山、霧ヶ峰、お疲れ様でした!
長年所在を探していた施設というのは、大学時代の思い出の場所だったんですね。
せっかく場所を突き止めたのに入れなかったのは残念だったと思いますが、そういうのはロマンがあっていいですね☆
いろんな大学の、研究林事情の話もおもしろく読ませていただきました!
蓼科山は、けっこう前から、私の中では「見るだけの山リスト」に入っています(笑)
理由は、そう、岩ゴロゴロ登山道だからです。
だから、白山の疲れがまだ残る(私だったら)うちに蓼科山と聞いて、驚きました!
でも、あそこまでずーっと岩ゴロだとは思ってませんでした。
本当にお疲れ様です。
霧ヶ峰は、ここ数年、今年こそと思いながらまだ1度も行けてなくて、今年も日程指定で計画に入っています。
草地や森林の話を教えていただいたので、より深く楽しめそうです。
ありがとうございます。
蓼科山、皆さんのレポで岩ゴロの話は知ってはいたんですが、たいした標高差でもないし、あのあたりは、今後、麓を散策することも多いだろうから、せっかくだから一度は登っておこうという軽い気持ちからでした。
この暑い真夏に強行したのも、蓼科山のためでなく、セットとした霧ケ峰の花が咲いているうちにという軽い気持ち。体調不良でもあるのに敢えて登るなんて、はっきり言って甘く見過ぎていました。
それでも、登れなかった場合は、何時までに引き返せば宿泊地の女神湖へのバスに間に合うか、いろいろ計算はしていたんです。その計算では、10分登って引き返してやっと間に合うという、ほぼ不可能という結果で、まずはバスに乗るだけ乗ってから体調をみて考えようと覚悟を決めました。
最初は、快調だったんですけどね。その後はさんざんでした。救いは、ホテル泊で日が長いので、時間はたっぷりあるということ(このパターンは多用しています)。少なくとも2時間遅くなっても良いということでした。結果は、その2時間をたっぷり使ってやっと到着というありさまでした。
確かに疲れも溜まっていたんでしょうね。この週末は、休養日にするつもりです。ただし、トレーニングの2時間高麗山散歩は欠かさないようにしたいと思います。
蓼科山は2度と登らないでしょう。これに反して霧ケ峰はよかったです。ここは四季いつ来てもよさそうです。意外に岩ゴロ/藪漕ぎの個所ももありましたが。
ここの森のない高原は、ヒトがかかわってきた半自然ですが、自然は自然。いつまでもこのままで残ってほしいです。この日、行かなかったけど、霧ケ峰自然保護センターの近くだけに、古くからの森が残っているという話を聞きました。どんな森なのか、次回、行ってみたいと思います。
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