雨でも強行、前穂高北尾根❗
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- GPS
- 17:29
- 距離
- 22.9km
- 登り
- 1,726m
- 下り
- 1,730m
コースタイム
- 山行
- 4:39
- 休憩
- 0:44
- 合計
- 5:23
- 山行
- 11:02
- 休憩
- 1:02
- 合計
- 12:04
天候 | 初日の涸沢ヒュッテまで晴れ、北尾根アッタクの2日目は雨 |
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過去天気図(気象庁) | 2024年06月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
バス 自家用車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
北尾根はフリーで行く人も多いが、アルパインスタイルでのデビュー戦に。雨で岩が完全に濡れているので、3峰の1P目から念のために持ってきたフラットソールを投入。1P目は高度感があるが、ムーヴ的な難しさは特になし。その後は適当に行ったからか、少しバランシーな個所が2,3あった。 |
その他周辺情報 | 沢渡バスターミナルから少し遠いが、せせらぎの湯。ぬるぬるしているぬる目のお湯が気持ちいい。 |
写真
装備
個人装備 |
2人の合計で
50mシングルロープx1
カム(#0.3から#3まで
主に#1
#2
#3を使用)
60?スリング(アルパインヌンチャク)x5
120?スリング(アルパインヌンチャク)x5
240?スリングx2
確保器x2
フリクションコードx1
環付きカラビナx5
|
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感想
1.そう来たか、前穂北尾根
GWに劔岳源次郎尾根を一緒にやったTbさんから、5月7日にLINEが入った。
「6月下旬から8月の辺りで八ツ峰上半行きたいですが、どうですかね?」
おっと、もう八ツ峰か…。八ツ峰主稜は源次郎尾根よりも明らかに格上だ。日本を代表するクラシックアルパインルートで、廣川健太郎氏のアルパインクライミングルートガイドでも巻頭を飾っている。「いつかは自分も」とは思ってはいたが、いつやるかのイメージはしっかりとは持っていなかった。しかし、僕はLINEにこう返信した。
行きますか
八ツ峰のクライミングの難易度自体が低かったこともあるが、自分では思い付かなかったアイデアに乗っかりたい欲望が、恐怖を上回った。登山を始めて1年半で「北鎌やりませんか?」となおにゃんに誘われ、「やりますか」と応じた時の心境に近かった。北鎌をやり切った後、明らかに登山レベルがぐんと上がった。計算されたリスクを取り、勇気を出してチャレンジするのが登山の醍醐味だ。僕は取り付きまでしっかり雪が残っている方が安全と考え、一番早い6月下旬を提案した。「さあ、八ツ峰までガンガン練習するぞ」
その後、Tbさんとは御在所岳前尾根でロープを結び合いマルチピッチを楽しみ、ロープの屈曲問題という貴重な経験を得た。その後も会の先輩にマルチピッチ練習を企画してもらい、週末の予定が埋まっていく中、6月4日の昼過ぎにTbさんからLINEが入った。
「6月15、16日は予定ありますか?」
「ないです」
ボルダリングの練習のし過ぎ、かつ、なかなかうまくならない自分にイライラしていたので、
「天気が良ければ山行きたいですね!まあ、(フリー)クライミング以外?」
と返信した。Tbさんから、
「沢はどうですか?」
と提案され、「いいですよ!」と応じた。
そしてしばらくし、同日の午後にまたTbさんからLINEが入った。
「前穂北尾根で雪があれば ヤリガイありますかね? 」
おっと、そう来たか...。八ツ峰で頭が一杯だった僕とは対照的に、彼の頭はフル回転し続けていたようだ。この提案には正直悩んだ。僕のような初心者にとって、前穂北尾根はソコソコの挑戦と思っていたからだ。
一方でTbさんは前穂北尾根は簡単過ぎて、僕がやる気にならないと思っていたらしい。なので、少し前に降雪があったので「雪があれば」と言ってきたと後で知った。
八ツ峰が2週間後に迫る15-16日にやる前穂北尾根。自分に消化できるだろうか?でも、また「やってみたい」が不安を上回った。
「北尾根行きますか」
しかし、今回はちゃっかりこう付け加えた。「涸沢ヒュッテに泊まってみたい気もします」。これで、かなり負担が減るはずだ。
そこからは、八ツ峰は頭から完全に消し去った。「前穂北尾根に全集中だ」。廣川健太郎氏のアルパインクライミングルートガイド、笹倉孝昭氏のアルパインクライミング教本、ヤマレコ等を徹底的に調べ上げた。これで以下のことが分かった。(【】内は実際に登った後の感想)
・ロープは2人ならシングル、長さも40mで十分
【その通り】
・靴はクライミングゾーンがあるテクニカルマウンテンブーツ(僕はスポルティバのトランゴタワーでずっと登るつもりだった)
【当日はずっと雨の中登ったので、完全に岩が濡れていた。なので、3峰ではずっとフラットソールを履いて登り、そのお陰でかなり安心感が増した】
・涸沢ヒュッテから雪渓で5・6のコルへ上がる。アイゼン必要。
【かなり傾斜が急で、チェーンスパイクでは難しいと感じた】
・5峰、4峰は西穂・奥穂や北鎌縦走レベルなので、ロープは不要。
【その通り】
・4峰は岩が安定していない箇所が多いので、2度掴みで確認する。
【慎重に登ったが、そこまで浮き石は気にならなかった。しかし、3峰の始めの確保支点の辺りで、派手な落石をさせてしまった】
・4峰は上部にある大岩は基部で左に巻き、巻いたらすぐに右上する。
【どこでも簡単に見えたので、普通に右手をずっと上がった。そしてそれで問題なかった。大岩もいまいちどれか分からなかった】
・3峰はクライミングで3ピッチ(40m、30m、30m)。しかし、細かくピッチを切り、5Pで抜けているパーティーあり。
【あまりに簡単に歩ける場所が多く、ロープが常に地面に垂れているので、岩角に引っ掛かりやすい。よって、ピッチを長くするとロープを引き上げられなくなるリスクあり。僕らは4Pで抜けたが、2回ロープを引き上げられなくなり、最初に構築した支点を一度解除し、少し下りて支点を作り直す必要があった。これができるのは、簡単に歩いて下りられる岩場だからだが、一方で難しい岩場ならロープがあまり地面に垂れないので、岩角に引っ掛かるリスクも減る。つまり、あまりに簡単な所でスタカットにするのはデメリットの方が多いのか?】
・1P目は3・4のコルから20m上がった残置支点で確保。奥又白側のバンドを左上し、凹角を抜けると傾斜が落ちる。
【残置支点の場所はすぐ分かった(錆びたリングボルト)。右手にある岩角でセルフを取れる。そこから左上するラインは、左が切れ落ちた高度感のある登りで、なかなか怖い。特に岩がびしょ濡れだったので、かなり慎重に登った】
・中間支点はちゃんとある(先輩からの情報)
【あまり使えるものはないように感じた。カムが有効。#1、#2、#3が2セットあると全部カムでランニングビレイを取れるのでいいかも】
・2P目、3P目の説明がはっきりしないが、基本真っ直ぐ上がる。2P目はかなり簡単で2級
【2P目すぐは歩き。しかし、その後の右側チムニーの上部の登りはクライミング要素があると感じた。チムニーを抜け、少し上がった所でピッチを切った。そこはあまり広くなく1人がやっと立てるような場所だったので、本当はもう少し上まで行きたかった。しかし、トランシーバーが不調で、コミュニケーションが取れず、ここで切らざるを得なかった。
ここからの3P目のスタートは、凹角でのっこし気味になる。右側が切れ落ち、かつバランシーで少し難しい】
・3P目の後半に、かぶった岩の下からリッジに戻る個所があり、そこが少し難しい。
【確かに少しバランシーだが、手も足もあり、気持ちよく登れる。難しくない。】
・顕著なコルは5・6と3・4のみで、3、2、主峰は殆どくっついている
【2峰ピークから1・2のコルへは5mほど下りるのみで、高度感はない。】
・3峰から2峰へは難しくないが、両側が着れ落ちてスリリング
【ここは、岩がびしょ濡れで怖かった。落ちたら命はないので、両手を使って犬のように渡った】
・2峰のピークからは懸垂下降だが、かなり短く手がかりも豊富なので、クライムダウンも可能
【懸垂下降の方が明らかに楽。短いのでセットアップもすぐできるので、ロープを持っているなら懸垂下降一択】
・降りてから主峰まではすぐ
【そんなに歩き歩きではないので、慎重に行くべし】
2.初日、上高地から涸沢ヒュッテ
いつもの如く、Tbさんに自宅まで迎えに来てもらった。今までソロや遠方の友人と山に行くことばかりで、いつも行き帰りの車は1人だった。しかし、気の合う仲間と一緒に行くと、道中も楽しくていい。自宅まで迎えに来てもらえることに感謝した。
時刻は午前5時で、ちょっと遅いのでは?と心配になったが、時間の見積もりが完璧なTbさんの意見に従った。実際、道路が順調に流れたこともあるが、8時15分頃、沢渡バスターミナルに一番近いP3駐車場の上段に車を止めることができた。上高地バスターミナルへの往復チケットを購入し、バスに乗り込んだ。ちなみにこの時間だからか、券売機でもたつく登山者を排除するためか、若いお姉さんが券売機のボタンを全部押してくれ、僕はクレジットカードを差し込むだけだった。
9時15分頃、上高地バスターミナルをスタートした。3年ぶりの上高地で、なんだか嬉しい。ここから横尾山荘までの道は苦痛だと言う人も多いが、僕は大好きだ。きれいな水の流れを見ながらゆっくりと歩いた。徳沢でソフトクリームを食べて休憩し、横尾山荘でランチを食べた。明日のことを敢えて考えないよう、天気のいい今日のユルユル登山を楽しむ。
横尾山荘の食堂に入る時、前のべンチにアルパイン感を漂わせた軽そうなザックが2つ並んでいるのが気になった。「この人たちも北尾根かな」と呟くと、Tbさんに「自分も決めつけるほうですが、かなり激しい決めつけですね😅」と呆れられる。考えないようにしていても、僕の頭の中が北尾根一色になっていた証拠だろう。ランチを食べ終え外に出ると、そのザックの持ち主が戻っていた。北尾根の雰囲気とは程遠い若いカップルだった。思わず話し掛けた。「そのザックはどこのメーカーのなんですか?」。すると女性の方が、「ハイパーライトマウンテンギア?です」とたどたどしく答えてくれた。「すごい名前ですね!そのまんま、むちゃくちゃ軽いんですね😂」。アメリカのガレージブランドようだ。軽いのに作りがしっかりしていて欲しくなったが、後でTbさんが調べると値段が10万円を超えていて驚いた。「あんな若いカップルが...」。「どこに行くんですか?」と聞いてみると、涸沢ヒュッテにテント泊で、翌日奥穂に行くとのことだった。やはり僕の決めつけは間違っていた。
横尾大橋を渡り、左手に屏風岩を見ながら歩く。この屏風岩の末端から北尾根に連続で登っているレコもあったような気がする。程なくして、本谷橋に到着した。時刻は午後1時過ぎだった。ここはいつも休憩している登山者で賑わっているが、今日は僕らの他には3、4人のパーティーが1組いただけだった。僕らもここでザックを下ろしてしばし休憩する。このパーティーは人数が多いこともあり、ゆっくりペースのように見えたので、彼らより先に休憩を切り上げ、再スタートした。
午後2時頃、直近のomatsuさんのレコで雪が出てきたとあった「Sガレ」に来たが、全く雪はなかった。ここは登山道がS字カーブになっているので、Sガレと言うのかもしれない。しかし、そこから5分ほど歩くと、いきなり目の前に雪渓が現れた。男女2人のパーティーがそこにある岩に荷物を置き、チェーンスパイクを装着しようとしていた。かなりガッツリとした雪渓で、恐らく涸沢ヒュッテまでずっと続きそうだ。なので、僕らもここでザックを下ろし、装備を整えることにした。少し雪渓を歩いて見て、アイゼンは必要なさそうだったので、僕は坪足ピッケルスタイルを選択した。傾斜もゆるいので、ストックだけでも十分だろう。僕は軽量化のため、今回はピッケルのみを持ってきていた。そして、その雪渓を30分弱歩くと、あっさりと涸沢ヒュッテに到着した。
雪渓から階段でヒュッテに上がる。宿泊受付の矢印に従い、新館の扉を開けた。扉は自動で閉まる仕組みだった。長い土間を突き当たりまで歩くと、受付があった。近くの台にある宿泊受付用紙に、名前、連絡先、予約番号を記入する。なぜかこの予約番号(僕らは12番)が大事なようで、これを覚えておくよう予約時に言われたそうだ。一階の一番奥のツガザクラの部屋を告げられた。部屋と言っても、大きな掘りごたつのようなスペースで、入り口はカーテンでしきることができる。通路の両側に掘りごたつスペースがあり、僕らの側には大きな窓と、その下にザックを入れられるスペースがあり、通路の反対側の部屋には壁に棚が取り付けられている。僕らの側の方が、窓の下にスペースがある分だけお得な感じがした。
身支度を済ませ、早速明日の下見に繰り出した。しかし、いつものことだが、のっけが分からない。テラス内を通って5・6のコルへの雪渓に下りる地図がテラスにあったのだが、分かりにくい。実はテラス内の地図に書かれてあったルートはオンシーズンしか開放されておらず、この時期は立ち入り禁止の看板が地面に置かれていた。仕方がないので、その看板を無視し、中で作業しているお兄さんに事情を説明した。すると「そこの階段を下りると一番近いです。明日の朝は勝手に通っていただいて大丈夫です」と言ってもらった。階段を下りるとすぐに雪渓になっていて、5・6のコルに向かうトレースも確認することができた。僕はもう少し歩く気満々だったが、あまりにはっきりとルートが確認できたので、「まあ、ここで十分じゃないですか?」と、Tbさんに説得され、やめておいた。ここに立ってみて、なぜ涸沢カールが大人気なのかの理由が分かった。目の前に本当に近く、北穂、奥穂、前穂を拝めるからだ。こんなロケーションは他にはないだろう。今日は曇りがちだったが、天気がいいと本当に最高だろう。
テラスに戻り、やっとお楽しみのビールタイム。生ビールも1000円で用意されていたので、まずは生ビールで楽しむ。夕食は5時からで、売店の販売は4時半きっかりで終了のようだ。缶ビールにも手をつけながら、気付くと小屋番も含め、テラスに僕ら以外誰もいなくなっていた。「そろそろ食堂行きますか」と新館に戻った。
食堂も本当にいい雰囲気だった。料理はテーブルに既に用意されていて、なかなかに豪華だ。色々な小屋に泊まったことのあるTbさんによれば、こんなに豪華な食事はあまりないらしい。隣のテーブルの男性2人組と心地のいい会話を楽しみながら、夕食を堪能し、小屋泊のよさを今さら認識した。今後、小屋泊にはまってしまいそうだ。ちなみのこの男性2人組のうちの1人は今日が初登山らしく、この涸沢ヒュッテが目的地だったそうだ。松本に住んでいる方とは言うものの、初登山が涸沢ヒュッテというのもレベルが高いなぁと思っていたら、この後、もっとアグレッシブな若い女性2人組と出くわした。夕食後、たまったアルコールを抜こうと2人で土間にある長椅子に座っていた。するとそこを若い女性(多分20代前半)が通りかかった。するとTbさんが「明日はどこに行くんですか?」と話しかけた。彼女は誰かに聞いてほしかったかのように、「涸沢岳です」と言って立ち止まった。涸沢岳と聞いて、僕は素直に「マニアックやな…」と不思議に思った。普通奥穂でしょ…あるいは両方行くでしょ。なんで涸沢岳やねん⁉ 話していくうちに、実は彼女にはほとんど登山経験がないことが分かった。一度、乗鞍岳の三本滝に行ったことがあるだけのようだ。連れの同世代の女性と登山を始めたらしい。つまり、同行者もほぼ登山未経験だ。なので、奥穂高岳は難しいと思い、涸沢岳を思い付いたようだ。「いや、どっちも変わらんやろう?やばいな…」。しかも、ヘルメットも滑り止めも持たずにここまで来たようだ。両方とも涸沢ヒュッテで借りることはできるのだが...。しかし、僕らは特別に彼女達の発想を否定することなく、難易度をたんたんと説明し、彼女達の自己判断にゆだねた。僕も結構一足飛びに登山のレベルを上げて来た方だが、若いってすごいと思わざるを得なかった。
3.雨の北尾根
【涸沢ヒュッテから5・6のコル】
朝にめっぼう弱いTbさんだが、できるだけ早出にしたい僕を気遣い、アタックは3時45分スタートにしてくれた。3時5分にセットした目覚ましでお互い目を覚ました。「おはようございます。結構降ってますね…」とTbさんに声を掛けられ、雨音に気が付いた。「うわぁ、まじっすか!」「はい、夜はもっと降ってましたよ、今は小降りになっている方です」と言われ、結構熟睡していたことに驚いた。最近、テント泊とはいうものの、殆ど寝れない山行が続いていた。「やはり小屋泊っていいかも…」。昨夜の時点では今日の天気はかなり良い予報に変わっていたのに、本降りの雨とは…。今回の前穂北尾根チャレンジは、訳あって多少の雨なら強行する予定だった。しかし土砂降りなら話は別だ。今の雨の状況は土砂降り未満だが、本降りであることは間違いなかった。しかし、完全にスイッチが入っている僕たちにとって、やらない選択肢は正直なかった。天気は恐らく回復するとの期待のもと、3時45分発にはこだわらず、ゆっくりと準備をした。朝食は早出なので弁当を頼んでいて、昨日のうちに部屋に届けられていた。取り敢えず、ゆっくりそのお弁当をいただいた。あまりスタートを遅らせるわけにもいかず、仕方なく準備を整え部屋を出た。土間に行くと、同じくガチャとロープを持った男女2人組が準備していた。「どちらに行くんですか?」とTbさんが聞くと「北尾根に行こうと思っています」。「同じですね。雨が気になりますね…」。僕らは5・6のコルでハーネスを付けるつもりだったが、彼らはここからクライミング装備を整えていた。雨が止む気配がない中、レインウェアを上下装着し、昨日予習したルートを通りテラスを抜け、階段で下に下りた。階段を下りた先ですぐにアイゼンを装着した。この日の為にカモシカスポーツの助けを借りて修理し、やすり掛けをしたグリベルのエアーテック ニューマチックだ。ヘッデンを付けていたが、アイゼンを履き終えスタートする頃には明るくなっていた。ヘルメットからヘッドランプを外し、レインウェアのポケットに入れた。
皮肉なことに、ここから5・6のコルまでが一番天気がよかった。しばらく雪渓を登っていると、晴れ間も見え始めた。「よし!ええ感じ!」。この雪渓は結構急勾配で大変だった。一歩一歩牛歩で登る。同じく北尾根を目指していた2人は、アイゼンがなかったのか、なぜか5・6のコルのかなり手前の岩尾根を登っていた。その後、僕らがかなりもたついていても、全く追い付いて来なかったので、途中で撤退したのかもしれない。5・6のコルへはぎりぎりまで直登で登り、最後の最後で少しだけトラバースした。到着時刻は5時45分頃で、完全にコースタイム通りの90分かかっていた。
【5・6のコルから3・4のコル】
5・6のコルで装備を整える。さっきまで晴れ間が見えていたのに、ここでまた雨がぽつぽつ降り始めた。ザックの底にあるハーネスを取り出して装着し、ギアをギアラックにぶら下げていく。今回は2人合わせてアルパインヌンチャクを10本程度、カムを#0.3,#0.5,#0.75,#1,#2,#3と持ってきた。Tbさんは1P目で細かいカムを使い、その後のピッチでは僕は大きめのカムを使った。少し休憩し、ロープはザックにしまったまま、5・6のコルをスタートした。5峰と4峰は少し危ないが北鎌尾根や西穂・奥穂縦走のような感じだった。いつもは20堋兇┐離競奪を背負って歩いているが、今回はせいぜい15圓覆里任修療世任漏擇世辰拭しかし、こんな雨の中、危険な道を歩いたことは初めてだ。かなり慎重に登っていった。5峰は全く問題なく通過した。
次は4峰で、ここは一番岩が不安定というレコが多かった。1度ではなく2度掴んで確認するという意見もあった。ルート的には、基本稜線通しに行くが、上部に大岩が出てきたら基部を左から巻き、すぐに右上すると予習していた。しかし、実際に上部まで来てみると、まず、どれが大岩かはっきりしない。かつ、これが大岩かなと思ったところは、左に行くより普通に右に行けるように見えた。一方で左は狭い通路のようになっており、その先は見えなかった。「もうこの見えてる所(右)を普通に登れますよ」とTbさんに言われ、セオリーの左に惹かれたものの、右から普通に上がることにした。結果、少し難しいような気もしたが、特段問題なく登ることができた。4峰のピークから3・4のコルへの下りは、「ピナクルを涸沢側から巻く」と予習していたが、またピナクルがいまいち分からない。これかな?と思うピナクルはあり、かつ右に確かに道がありそうだったが、左にもっとがっつり道があった。またしても、Tbさんに、「これ普通に左から下りれますよ」と言われ、そのまま左からコルへと下りた。もしかしたら、涸沢側から巻くというのは積雪期のルート取りかもしれない。やはりこの北尾根は無雪期だと簡単すぎで物足りないのか、アルパインクライミングルートガイドや日本50名ルートは、基本積雪期を想定している。
【3峰、クライムオン】
〖1P目〗
3・4のコルに到着し、ここからリアルクライミングがスタートと思った矢先、雨足が強まり出した。「マジか…」。2人で苦笑いするしかなかった。ここまで来たら行くしか道はない。少し長めの休憩をとりながら、ルートを再確認する。ここでTbさんはザックからロープを出し、肩に掛けた。まずは20mを高度を上げ、残置支点を探す。そしてそこで確保をしながら、1P目のスタートだ。2人でそれらしい残置を探しながら歩いていると、錆びたリングボルトが2つ付いている岩が見付かった。「多分ここですね」。ちなみに、ここに上がる途中で、奥又白側に派手な落石を起こしてしまった。足元にも浮き岩が多いのかもしれない。残置支点に着くと、足場は思ったより狭かった。2人が限界だろう。「どっちがリードします?」とTbさんに聞かれ、僕が少しビビり気味な表情だったのか、Tbさんが「自分が行きましょうか?」と言ってくれ、素直にうなずいた。Tbさんの現場力にはまだ僕は遠く及ばない。ここでトランシーバーも取り出した。このトランシーバーは水に強く、そこそこ値段がする(17,000円程度)もので、今回初投入するらしい。Tbさんがロープの末端をハーネスのタイインループにエイトノットで括りつけた。そして、僕はそこからすぐのロープを手繰り寄せ、自分のビレイループに付けた確保器に通した。この時、本来なら僕も逆側の末端をハーネスのタイインループにエイトノットで結ぶんでおくべきなのだが、すっかり忘れてしまった。後で、安全に止まれる場所でTbさんに待ってもらい、自分のハーネスに逆側の末端を括りつけた。
ゼロピンをその残置支点に掛け、Tbさんがスタートした。最初に少し岩を乗り越すが、とにかく慎重に行く。普通に雨が降りしきり、岩がびしょ濡れの中のクライミングなので緊張する。一段上に行くと、Tbさんが振り返り、「これ、やばいくらい簡単かもしれない」と僕に笑いながら教えてくれた。「よし、このコンディションなので、簡単にこしたことはない」
そのまま、Tbさんはどんどん進んだが、少しするとあまりロープが進まなくなった。「どうしたんだろう?」。すると、トランシーバーからコールが入った。「Szさん、左にカムを打ったんですが、ルートミスしてそこから右に移動したんですよ。そこ多分(カムの)回収大変かもしれない。ごめんなさい」「はい、分かりました」。努めて冷静に返事を返した。その後もロープが全然出て行かない中、またTbさんからコールが入った。「えーっと、一旦ちょっと張り気味でお願いしまーす!」「はい、張ります」とロープを手繰る。ちゃんと張れているか見えないので、「張れてますか?」と声を掛けると、返事の代わりに「今、間違ってカム打った所を回収してるんで、張り気味で待っててください」と返って来た。トランシーバーの会話がいまいちスムーズでないのが気になる。念のため、「今、張れてる状態ですか?」と再確認する。するとやっと「大丈夫です」と質問に対してしっかりと返事が来たので安心した。しばらく待っていると、「回収できたので進みます!」とTbさんからトランシーバーが入った。「了解です」。しかし、すぐにはロープは進まなかった。ここで、また「進みます!」とコールが繰り返された。もう一度、「どうぞ!」と返信すると、やっとロープがゆっくり流れ始めた。しかし思ったよりロープの進みが遅く、下からは上が全く見えないので不安になる。ロープは動いたり止まったりを繰り返していたが、ここでまたコールが入った。「ロープどんどん出して大丈夫です」。しかし、こちら側のロープは結構たるんでいて、むしろTbさんにどんどん引いてほしいと思っていたところだった。「了解」と答えたものの、違和感を覚えた。実はこの時、Tbさん側でロープが引っ掛かり、動きにくくなっていたようだ。それでもまたするするとロープが動き始め、ロープの半分の印(半分が分かりやすいように黒くなっている)が来たので、「今、ロープ半分です」とTbさんにトランシーバーを入れた。すると、「何ですか?」。もう一度「ロープ半分です」と繰り返す。すると「ロープどんどん出していいですよ」と、またも変な答えが返って来た。やっぱりトランシーバーちょっと変だな...。もう一度、「ロープ半分です」と繰り返した。しかし、それに対する返事はなかった。やっぱりおかしい。
そのロープ半分の黒い部分がゼロピンのアルパインヌンチャクにかかったまま、ロープが全く流れなくなった。そしてしばらくして、Tbさんからコールが入った。「Szさん、ロープが引っ張れないんで、大分重いんで、とりあえず一旦(ピッチを)切ります」「分かりました」。まだ予定の40mに対して25mしか進んでいなかったが、仕方がない。「ビレイ解除」のコールがないので、こちらから「ビレイ解除していいですか?」と聞くと、「一応まだ待ってください」と、ちゃんとした答えが返って来た。「了解」。しばらくして「ビレイ解除していいです」とコールが入った。この辺りも無駄な会話をしなくていいよう、僕が変な質問をするべきではなかった。予め、何をコールするか、どういうことには返事をして、どういうことにはしないのかを、きっちり打ち合わせておかなくてはならない。「ビレイ解除しました」「了解です」。ここで僕はビレイグローブを外して後ろのギアラックに掛けた。「ロープアップします」とTbさんからコールが入る。「了解です」。しかし、ロープが全く上がって行かない。すると、またトランシーバーが入った。「え〜っと、ロープアップがスゴイできないかもしれない。どうしましょうかねぇ…」「多分ねぇ、どこかでロープが引っ掛かってるんだと思うんですよね。なんで…えっと…、思いっきり引いてもダメですか(策なし)?」「とりあえず頑張ってみます」「はい」。すると、「一旦支点を2m下の所で作ってみます」とTb さんから提案があった。「はい分かりました」。しばらく待っていると、「もう一回ロープアップしてみます」とTbさんからコールが入った。するとやっとロープが引き上げられ始めた!ロープが全部引き上げられたので、「ロープいっぱい!」とトランシーバーでコールした。「このまましばらく待っててもらえますか?」「分かりました」。この辺の件も必要ないだろう。次のコールは、「登ってどうぞ」でいい。この隙に、僕はゼロピンのアルパインヌンチャクを回収した。
確保器のガイドモードの設置ができたようで、トランシーバーが鳴った。「えっと…(登って)大丈夫ですけど…」。「はい」。一旦間があり、「もしかしたらクライミングシューズ履いた方がいいかもしんない」。「それは、そういう(危険な)ところがあるっていうことですか?」「簡単と思ってから、思った以上に…中々滑るから…、履いた方が自分はいいかなって思います」「…わかり…ました…。じゃあちょっと履いてみます」。マジか…ここで履き替えるのはかなり面倒だな…。しかしTbさんがそう言うからには、素直にアドバイスに従おうと思った。動きにく狭いテラスでザックを下ろし、下の方にあるレッドチリのサーキット(フラットソール)を取り出した。トランゴタワーを脱ぎ、ダーンタフの分厚い靴下も脱いだ。サーキットの中に入れていたノースフェイスのクライミング用の薄い靴下を苦労して履いた。サーキットに足をいれ、ベルクロをしっかりと止める。そして、ごついトランゴタワーをビニール袋に入れ、ザックに押し込んだ。「じゃあ、Tbさん登ります」「了解です」
最初の岩を簡単に乗り越え、カムで取った支点を回収した。左側はかなり切れ落ちている。ロープがたるんでいたので、「Tbさん、引いてください」とトランシーバーで呼び掛けた。ここからは、簡単な階段状の岩場を登る。しかし、凹角に来た所で、その凹角の浅いクラックがものすごく雨で濡れているのが気になった。「あそこに足を掛けて滑ったら…ちょっといやな感じだな…」と思い、凹角には行かず、左側の平たいテラスの方に回り込んで登った。すると、あろうことか、凹角の方のクラックにカムで中間支点が取られていた。「マジか…」。折角テラス側に回り込んだのに、その危険な凹角に戻らざるを得なかった。何とか手を確保し、その浅いクラックにサーキットを置いた。「よし、滑らない!」。さすがフラットソール!と思いながら、中間支点のカムを回収した。そこから先は高度感が少し薄れ、手がかりもあり、特に怖さなく登り切り、Tbさんが確保している地点までたどり着いた。ここで、次のピッチの準備をしながら、「あー!」ということが判明した。それは、Tbさんも僕と同じく凹角に行かず、左のテラスから回り込み、最初はそこにカムをかませたとのことだった。しかし、彼はそれをルート間違いだと思い、右側の凹角に回りこんだ。その時点で僕に「カムの回収が難しいかも」と連絡してきたのだった。しかし、やはり僕の回収が心配になり、自分で苦労してその左に掛けたカムを回収し、わざわざ凹角のクラックにカムを掛け直したのだった。そのまま左にカムをかけっぱなしにしていれば、お互いに楽だったのに…。この辺のさじ加減は本当に難しく、恐らく何度もロープを結び合い、色んなルートを行く中でお互いの共通認識が出来上がって来るのだろう。
〖2P目〗
2P目をスタートした。最初は階段状の岩場だが、とりあえずすぐに1ピン目を取る。そこからも普通に楽に登って行く。すると、チムニーが左と右に2つ出て来た。見た感じ右の方が階段状でイージーに見えたので、そちらを選択した。まず入り口にあるハーケンにアルパインヌンチャクを掛け、ロープをクリップした。しばらくチムニーを登ると、Tbさんから「ロープ半分です」とトランシーバーが入った。「了解です」。しかしおかしなことに、Tbさんからその後2回も「ロープ半分です」のコールが入った。実はこの辺りで、トランシーバーがおかしくなり、僕の声が全く届いていなかったそうだ。そうとも知らず、僕はチムニーの終わり辺りに#3のカムをセットし、更に先に進んだ。そして、右の方に歩いて行き、それなりに厳しそうな登りの基部にやって来た。「これをやり切ってからピッチを切るか否か…」。後どれくらいロープあるか確認しようと思い、「あとどれくらいロープありますか?」とトランシーバーでTbさんに呼びかけた。しかし、応答が全くない。「あと、どれくらいロープありますか⁉」。やはり全く応答がなかった。アカン…トランシーバー壊れとる...。仕方がないので、ここでピッチを切ることにした。支点を作り、セルフを取る。そして大声で叫んだ。「ビレイ解除!」。辛うじて聞こえたのか、しばらく待つとロープを引き上げることができた。そして、Tbさんも察したのか、「ロープいっぱい!!」と叫んでくれた。セットした確保器にロープを通し、「Tbさん!登ってどうぞ!!」。ロープを引き上げながら、Tbさんが登っているのを感じることができた。取り敢えず、このピッチはトランシーバーなしで、何とかなりそうだ。程なく、Tbさんが確保支点まで上がって来た。「これ、トランシーバー駄目ですね…」と話すと、「そうみたいですね…。岩壁が邪魔してるのかな、全く声が聞こえませんでした」。で、そこでもう一度トランシーバーを確認すると、僕の声はクリアにTbさんのトランシーバーから聞こえ、Tbさんの声も少しボリュームが小さいが、僕のトランシーバーから聞こえてきた。「まあ、やはり近くだと聞こえますね..」と問題ないと判断したが、これが間違いだった。実はTbさんは、もう1セットトランシーバーを持って来ていたので、それにここでスイッチするべきだった。
〖3P目〗
3P目も僕のリードでスタートした。折角サーキット(クライミングシューズ)を履いているので、もう残りは全部リードしようと思っていた。最初のフェースを登る所は結構難しく、カムで支点を取った。しっかりと手と足を決めて体を引き上げた。北尾根でこんなに難しいのも変なので、もっと簡単なルートもあったのかもしれない。そこを抜けても難しくはないが、少しクライミング的な所が続き、その後は単なる歩きになった。僕はどんどん歩き、長い凹角の基部の所でピッチを切った。支点を構築し、Tbさんに「ビレイ解除」とトランシーバーでコールするが、やはりトランシーバーはうまく動かず全く返事がない。仕方がないので「ビレイ解除!」と力の限り叫ぶが全く返事がない。「まあ、動きが止まってしばらく時間が経っているので、分かってもらえているだろう…」とロープを引き上げ始めた。しかし、しばらく引いた所で、またしても全くロープが引き上げられなくなった。まだロープいっぱいではないはずなので、またどこかの岩角で引っ掛かっているようだ。1P目と違って、トランシーバーが使えないのでこれには参った。仕方がないので、ロープを少し束ね、引っ掛かりを探しに少し下る。ここも単なる歩きなので、下ること自体は全く危なくはなかった。少し下がった所でやっとTbさんに声が届き、状況が伝わった。最初の支点まで戻り支点を解除し、ロープが引ける所でまた支点を作り直した。ロープをどんどん引きながら、Tbさんから「ここは危なくないので、このまま上がりますよ」と声が届いた。「最初危なくないですか?」と聞くと、「そこはA0で突破しました」と返事があった。そして、Tbさんはそのままロープを束ねながらフリーで上がって来てくれた。「いやぁ、やっぱり引っ掛かりますね…」と声を掛けると、「やっぱりロープが地面に垂れすぎるんで、どうしても岩角に引っ掛かりやすいですね」。もう少し壁が立っていれば、こんなことにはならないのだろう。その後もどうすればこういう事態を避けられるかを話し合ったが、簡単すぎるルートでロープを出すなら、逆説的だがピッチを短く切るしかないのかもしれない。そして、むやみにスタカットせず、スムーズにコンテに移行するのが大事なのかもしれない。
〖4P目(最終ピッチ)から1・2のコル〗
4P目の最初は簡単な凹角の登りに見えたので、ロープを出すか少し迷ったが、「最後が核心」という意見もあったので、「普通にロープで行きましょう」となった。また僕のリードでスタートする。ここまでGoProをヘルメットに付けてビデオを撮りながら登って来ていた。さっきの3P目のトラブルで時間がかかりすぎ、バッテリーが切れていたので、バッテリーを入れ替えてのスタートだった。しかし、スタートしてすぐに、岩に思い切り頭(ヘルメット)をぶつけ、GoProが粘着テープで固定したマウントごと根こそぎ外れてしまった。幸いGoProは無事だったが、「あー…せっかく北尾根完全版を残そうと思っていたのに…」と、中々うまくは行かないものだ。また、今回は支点がそれほどなかったので、岩角で中間支点を取ることが多かった。しかし、荷重が下向きにかかっている時はいいのだが、上に上がり荷重が抜けると、岩角に掛けたスリングが外れることがあった。この凹角でも序盤に掛けたスリングが、ビレイしているTbさんの所まで滑って落ちてしまった。岩角で中間支点を取る方法をもっと研究しなければならない。
凹角を抜けると、少し難しくなる。引き続き雨が降り続いているので、慎重に行く。幸いフラットソールのお陰で、岩の濡れはそれほど気にならなった。手と足を確実に効かせ短いフェースを上がると、広い3峰の頂上に辿り着いた。前方には前穂のピークが見えた。ここでピッチを切った。このピッチは短く比較的まっすぐなラインなので、声が十分届いた。支点を作り、「ビレイ解除!」と声を掛け、ロープを引き上げる。非常にスムーズだった。確保器をガイドモードでセットし、クライマー側のロープを、確保器のクライマーの絵が描かれた方に確実に通した。以前は「クライマー側のロープが上になるように」と覚えていたが、確保器の絵を確認する癖をつけた方がいいと今は思っている。というのも、「上」という意識だけでは、ロープを間違えてセットしてしまうという経験を最近したからだ。間違えてセットすると、クライマー側のロープを全く引けなくなり往生することになる。
Tbさんも無事に登って来た。「最後は結構難しいですね。ナイスリードでした」と声を掛けてくれ、素直に嬉しかった。こういうちょっとした声掛けも、お互いのテンションを上げ、いい潤滑油になる気がする。ここから先は歩きなので、ここでTbさんがロープをさばき、ロープを肩に掛け、ショートロープで進んで行く。ここから2峰のピークまではかなり細い岩尾根を行く。両側がスパっと切れ落ちていて、岩も濡れいているのでかなり恐ろしい。僕は両手を使いながら犬のように慎重に通過した。Tbさんはロープを肩に掛けながら行ったので、足元が見えにくくもっと怖かったに違いない。その岩のやせ尾根を抜けると、すぐに2峰のピークで懸垂支点が出て来た。比較的しっかりしたロープにエイトノットか何かでわっかが作られていた。ピークから下をのぞき込むと、高さはないがそれほどイージーなクライムダウンには見えなかった。「まあ、行けなくはないですけど、ロープもあるし懸垂ですね」と2人とも口をそろえた。ロープをタイインループから外し、その末端にオーバーハンドノットでコブを作り、懸垂支点のわっかに入れた。そのまま末端を下の地面に着くまで流していく。また、この懸垂は高さがないので、反対側の末端ではなく、ロープをわっかで折り返した状態で反対側のロープも出していった。これはTbさんの臨機応変のアイデアで、僕らならここでロープの中間がわっかにかかるようにロープをさばいて時間を使ってしまっただろう。短い懸垂なので、いつもと違いビレイループにダイレクトに確保器を付け、バックアップも取らずにそのままするすると下に下りた。その後、Tbさんも無事に下りて来た。下から上を見上げると、右の方にクライムダウンしやすいとっかかりが多数クラックがあるのが目に入った。クライムダウンする人はここを下りるのかもしれない。
【ビクトリーロード】
1・2のコルで、靴を履き替えた。もうクライミングシューズは必要ないだろう。また、ロープももう使わないので、肩でしっかり束ね、今度は僕のザックにしまい込んだ。後は主峰に向けてのビクトリーロードのみだ。思ったより歩き歩きではなかったものの、どこを登っても問題ない岩場だった。すると、杭のようなものが視界に入った。思わず「よっしゃー!」と声が出た。しかし、そこが山頂だと思ったが、意外に距離が残っていた。気持ちのいいビクトリーロードを歩き、「前穂高岳 標高三〇九〇M」の山頂標識に辿り着いた。Tbさんとがっちり握手した。経験豊富なTbさんも「あ…久しぶりにかなり嬉しい」と呟いた。残念ながら景色は楽しめず、決して快適なクライミングではなかった。でも、「雨の北尾根をやり切った」という思いが、それらを補って余りある満足感をもたらしてくれた。ロープを引けなかったり、トランシーバーが壊れたりとトラブルは多かったが、特に大きなミスもなくこのコンディションでは自分たちのベストを出せただろう。こんな天気なので、北尾根にも前穂高岳山頂にも僕ら以外には誰もいなかった。またそれも、僕らの満足感を高めてくれた気がする。絶景ばかりの北アルプスより、たまにはこんな最低の天気もいいもんだ。
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