鳥甲山 (200名山:暑さと水不足で強敵に挑む!)(-_-;)惨敗
- GPS
- 09:20
- 距離
- 14.4km
- 登り
- 1,521m
- 下り
- 1,523m
コースタイム
天候 | 晴れ(天気予報が直前でよくなった。) |
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過去天気図(気象庁) | 2017年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
自転車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
貉平登山口にポストあり。ヤマレコの鳥甲山のガイドは大分前のものか?コース上の標識は見当たらない所あり。 |
その他周辺情報 | いい温泉があります。 |
写真
装備
個人装備 |
ザック(25L)
ポール(3段収縮)
アウター(雨具)上下(ゴアテックス)
指なし手袋
ヘッドランプ
GPS
救急品
薬品
カメラ
食料
非常食
飲料水
補修具
地図(各種)
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感想
hagureさんから鋸岳の1泊2日のお誘いを受けたのですが…
さすがのこの時期、泊を伴う山行は無理ですので、
思い切って鳥甲山の山行計画を立ち上げ実現しました。
よくよく調べると、紅葉の秋のシーズンがおすすめとか
最近の流れでネマガリタケ採りなどを考えての計画で細部を考えておりません。
貉登山口から屋敷登山口への定番コース。
されど、屋敷登山口から貉登山口までは6劼曚鼻
いろいろ連絡したもののいい方法はなく、
yumeさんの発想で自転車デポ。
最終的にこの実施で難を逃れました。
yumeさんがいてくれなければ、この山行は成り立たなかったと
感謝しきりです。ありがとうございました。
さて、出発が速く大変かな?
そう思っていたらお二人は前日に到着で車中泊。
それならば、もっと早くに移動して、登山口泊もありましたね。すみません。
今年初めての三人コラボは念願の200名山鳥甲山ですが
聞きしに勝るコースでした。
天気を当てて喜んではいたものの
予定していた水場での給水ができず不安が増します。
体重が多いほど給水の必要もあり、
心配が当たりました。何と赤瑤慮からの下りで
ついに水切れです。情けない。
更にこの下りはデブにはきつ過ぎました。
途中何度も尻もちを搗き、更には体勢を崩して、1mほど藪の中に
予想以上の長時間歩いていたので足腰がくがくです。
いやはや、最近のチョイ山行では体力は付きませんね。
屋敷登山口前で、yumeさんの呼ぶ声がします。
この声を聴いて何と救われたことか。
ゴール間近、道路に出たら、座り込んで動けません。
いやはや、こんな山行は初めてでした。
山の話題はあまり書き残せませんが、(後日改めて)
とにかく感謝感謝の鳥甲山山行。
念願かなってホッと一息ついています。
次行くとしたら、白瑤瞭のネマガリタケ採りだけで十分ですね。
結構ありましたが、今回は自重しました。
2017年7月9日土曜日の天気は、予報とは違い青空が広がった。ユメさんとAoさんとが連絡して予定を立ててくれて、佐久で合流して長野飯山経由で津南から秋山郷に入る。屋敷の登山口にユメさんの自転車をデポして貉平の登山口から鳥甲山に挑む。
この山を知ったのは50年も前のヤマケイの雑誌での写真であった。
Aoさんから鳥甲山の提案があったので、即座に同意。8日にユメさん宅へ、そして佐久で、呉善5時前に合流する。飯山をでるまで私は熟睡。
秋山郷に入って奥志賀高原林道に入り、屋敷登山口でユメさんの自転車をデポ。ここから貉平までどんな道か確認して走る、急な登りは4か所ほどある。貉平で準備をしていざ出発。少しワクワクする。ところが山に不意行ったとたん、この山がいかなる山なのかを思い知らされる。足の靴跡しか平らな部分がないような登り道が延々と1時間続いて、眺望の開けた支尾根の稜線に出る。この最初の1時間をユメさんは鼻歌交じりで登る。私は体全体の力が抜けているような感じで、今回も夢遊病患者のような歩きになった。
稜線に出てから万仏岩まで30分ほど、ここもやすみ場所なしの一直線登山路。万仏岩が見えた時、上から降りてくる人の姿が見えた。
地元のひとらしく、根曲り竹を採りに来ていたと言う。ザック一杯の根曲り竹を背負っていた。白山付近に多いと言う。
ユメさんは根曲り竹を採りに先に行く。Aoさんは私の後見人のように後ろから私のペースに合わせて登ってきてくれる。
12時には山頂に着きたいと思っていたがピッチは上がらない。全身から力が抜けてるようで、困った。「引くも地獄、進も地獄」の雰囲気で、ここから下山はできないので、前に進むしかないと決めて、兎も角前に足を出す。
先日足をあげる筋肉は足の付け根にある見えないインナーマッスルだと教わったので、そこを意識して登ると楽に足が上がる。なるほどと思ってその訓練をしながら急斜面を登った。
兎も角白瑤瞭までの登りは半端ではない。何よりも道の整備はもっとも悪いと言っていい。手つかずに近い。それも無理はない。この山は東日本大震災と同時に起きた長野県の栄村なのだ。山にまで手は回らないだろう。ただ秋山郷は被害が少なかったと言う。奥志賀林道で志賀高原まで走ってみたいと思う。
白瑤瞭で昼食をとり、山頂を目指すが、まだ1.7kもあると言う。本当に遠い山頂だ。白瑤瞭からカミソリ岩までの間は上り下りのこれまたきつい、そしてこの尾根自体がカミソリの刃のような尾根だから、樹木に覆われてはいるけれど、左右共に落ちたらと止まらないのだ。
12時にAoさんがシャリバテというので昼食にしたら1mの距離に大きなサルがいて餌を狙っている。誰かが餌付けをしたのかもしれない。その後もしばらくついてきた。
ビデオを回しながら歩くのはとても危険だ。それを承知で映像が作りたいと言うのも困ったものだ。
結局、2時間も予定が遅れて山頂に建つ。登ったことには間違いない。しかし、これからの下りを考えると長居もしていられない。15分ほどいて下山する。山頂で一番短い時間だと思う。憧れの山にしてはさみしいが、正直この山はコースが絵にならないのだ。急斜面が正面からとるだけではわからない。花もたくさん咲いているが、歩きながらでは絵にしにくい。
ただ、お花は豊富なのだが、写真はいいけど映像にはしにくい。
この下りでAOさんの車のキーをユメさんに渡して、一番元気なユメさんが先に下ります。下る後ろ姿に、「コーラー忘れないでよ」と私が叫びます。青い空に燦々とそそぐ陽を浴びて、汗まみれもいいとこです。私は無事に下ることだけに集中していました。
赤瑤瞭からの稜線は見た目のどかである。若干のどかな気持ちで下っていくが、ところどころは用心が必要だ。赤瑤諒から下ると言うが道標もなにもない。ただ雰囲気的に下りに入ったと思う個所があり、そこから屋敷に伸びる尾根を1時間は下る。途中で稜線を離れてきゅな下りが始まる。この下りが嫌になるほど長く、また神経を使わさせられる。
Aoさんが「これ修行だよ!」と珍しく弱音を言います。よほど来てるなと思ったけど私も最後に500ミリを残すのみで、Aoさんに一口飲んでもらいました。いつも助けてもらぅているから・・・、突然後ろでガサッと音がしたらAoさんが藪に転げています。自力で戻りましたが、水切れが相当こたえているようです。でもあの巨体、私にはどうしようもないですよ・・・、ごめんなさい。
人工の堰堤が現れてからも先が長かった。以下加減いやになるころに、下からユメさんの声がして屋敷の登山口に戻った。堰堤からの30分はほんとうに長く思えた。
AOさんも珍しくばててしまった。ユメさん一人がタフだった。私は自分をごまかしながら、なんとか最後まで持たせて山を終える。3回同じような症状が続いている。もう少し体調の良い登山ができないものかと考える。200名山にはまだ難問の山がある。
屋敷の登山口で飲んだコーラはうまかった。
自分の体力が弱まっている感じがして、少し肉食を増やそうかな。
帰路の車中で妻に連絡して無事下山したと伝えた。このとき本当に「ホッ」とした。帰れば孫が二人待っている。明日は孫の相手だ。くたばってはいられない。
でも凄い、ほんとに凄い山だった。60代で登っておけばよかったかな。
帰りの車の中で8月に西穂高から槍まで縦走しようと計画根ねってる3人でした。懲りないメンメンですね!
*映像は3回作り変えました。最新版をUPしました。
今年になって初めて待ちに待った3人コラボ、aonumaさんが計画してくれました。もう何年も前からいつか行きたいと話していた鳥甲山が実現しました。栄村まで長距離なので朝5時に佐久平のサービスエリアで待ち合わせ、私とhagureさんは佐久平SAで車中泊です。
このコースはムジナ平から屋敷登山口の移動をどうするかです。
高低差を見ると何とか私の足でも自転車で移動できそう、きつい所だけ押して歩けば何とかなるだろうと屋敷登山口に自転車をデポして、ムジナ平登山口へ向かいます。コカ・コーラを雪解け水の小川に浸して、さぁどんな1日になるか楽しみです。
歩き出しから急登です、まずはギンリョウソウがいっぱいで迎えてくれました、ツクバネソウ、ヤマツツジ、アカモノ、マイズルソウと次々花が現れ、何だか嬉しい何と言っても最近ではこんな晴天は久しぶりです。
樹林の間から青空、苗場山が近いです。あれがワルサ峰、佐武流山山でしょうか、すると白砂山があれだろうか、大きい地図を持ち忘れて後悔です。笠法師山、烏帽子岳の稜線の上にちょこんと行ってみたい岩菅山の様です。高度があがる度岩菅山が大きくなってきます。
オッあれが万仏岩か、行く手に岩場の山が見えてきました。不要のハシゴの左に鎖が付いています、ここでこの日初めて3人と行き会いました。ネマガリタケをいっぱい収穫してきたようです。私も欲をかいて大きすぎるのを3キロほどザックに入れて持ち帰ったけど、大き過ぎ、多すぎました。もっと小さいのを少しで充分だったようです。
稜線に出て元気だったhagureさん、少しづつきつそうです。aoさんが後を付いているので先に行きます、二人が休んでいると後ろから何とサルが着いてあるいています。ずっと1時間近く着いてましたが餌を与えなかったので諦めて帰ったようです。切明の人家が下の方に見えます、歩き出しのムジナ平の駐車場も見えます。目の前にドンと現れた山が白瑤瞭でしょうか、gpsで確認したら鳥甲山山頂までまだ2,5キロもあるようです。熱くて水の消費量がいつもより多いです、途中の水場が分からず補給が出来ませんでした。花が咲く何度もあるアップダウンを繰り返し、ナナカマドの花の上に岩菅山が見えました。カラマツソウ、ズダヤクシュの群落も有ります。ネマガリタケを拾って二人を待ちます。やっと白瑤瞭の道標が外れ落ちている地点を通過、コメツガの大きな木の間を縫って進むとやっと鳥甲山が大きく前を塞ぎます。
何処かに雪渓が残っているだろう、そこでノンアルコールビールを冷やして飲もうと思っていましたが願いむなしく暖かいのを飲んで喉を湿らせます。鳥甲山へ向かうコルへ何だか危なそうな所を通過します、その手前でしばしの休憩と食事しました。この山の登山道は尾根が切り立って両側が切れ落ちています。二人ともかなり疲れた様子にあれaoさんのこんな疲れたのを見たのは初めてです。さぁ気を付けて前に進みましょうと気合を入れて危険個所を通過します、花が多く癒してくれます、やっと鳥甲山が目の前です、今年初のニッコウキスゲに会えました、グンナイフロウの白いのが咲いてます、触ると痛いアザミはまだ蕾です、ハクサンチドリが鮮やかです、花を眺めて登るとついに山頂に到着です。二人の様子がかなり疲れた様子、歩き出しから6時間です。下りも3時間以上かかるだろうか?
下山道は滑りやすく危険と聞いています。赤瑤瞭を目指し降り始めると目の前に苗場山です、シラネアオイがまだ残っていました。ユキザキと一緒にオサバグサに似た可愛い花、あれキヌガサソウに会えました、感激です。私は先に降りて車を回送します、ツバメオモト、ハクサンチドリ、グンナイフロウ、何とサクラソウが咲いてました。見渡せる所から振り返ると鳥甲山が赤瑤瞭が上の方に見えます。高度計を確認しながら降ると字の消えた道標が立ってます、この辺が屋敷登山口と山頂の中間点でしょうか?大きな堰ていが現れ、そこで初めての先行者の人に水を分けて欲しいと言われ、まだ残っていたので少しペットボトルに半分ほど入れました、山頂から水切れだったようです。後で聞けばaoさんも水切れだったようです。そういう私も冷やしてあるコカ・コーラを飲む事だけ考えて滑りやすい急坂を降りました、2本しか持って来なかったのを後悔です。
川の音がだんだん大きくなってやっと麓が近いです、下の方がこの道は歩きにくいです、鳥甲山へはこの屋敷登山口からのピストンが近いですが面白みはムジナ平からの方が楽しいだろうと3人の意見が一致です。
とにかく登山口に着いたのでザック、ストックをその場に置き自転車でムジナ平へ急ぎます。最初は下り坂で運転しながらgpsでムジナ平を目的地に設定します、右に1本道と思っていたのですが左に降りる道が南本もあり少し不安になりますがペダルを踏み続けます、坂が急な所は踏むのが大変になり4度ほど降りて押しましたが40分位でムジナ平へ到着二人が待っているだろうと、浸したコーラを回収して自転車を折り畳み急いで屋敷登山口へ向かいます、トンネルを潜って到着すると何と二人の姿が見えません、あれーもしや怪我でもしたかと大きな声で呼ぶと返事が返ってきました、あー良かったー、脱いだ靴を履きなおして登らなくて良かったーとつくづく思いました。屋敷登山口への途中で1本のコーラは私が飲んでしまいましたが残して置けば良かったと思っても後の祭りでした。15分後やっと二人の姿が見えましたが二人ともお尻に泥がべったりで何度も滑った様でした、aoさんは危ない思いもしたようで今回の山行の大変さを物語っている様子でした、車の後ろでしばらく動けないaoさんにもう少しメンバーの様子を把握しなくてはと思いました。雪解け水でaoさん持参のノンアルコールビールを冷やして飲むまでずっと座ったままのaoさんよりhagureさんの方が元気そうでした。
今年初めてのコラボでしたが手強い鳥甲山に参った参ったと佐武流山は何時になる事でしょうか。
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夢さん、そして愉快なお仲間さん
猛暑の中、大変だったようですね。
昔々の記憶では痩せ尾根の稜線、下りの鎖場と難所が多かった記憶があります。しかしメンバーが殆ど20代、パワーで行っちゃった感じです。
会社の仲間と車2台、6人くらいで行ったと思います。
6月だったのでさほど暑くありませんでした。
高速の無かった時代、よく行ったなと思います。
今から思えば簡単に行けない山、行っておいて良かった。若かりし日の思い出です。
yasubeさん おはようございます。
20代の頃に行かれましたか、若い時はエンジンが違うのでどんどん歩けちゃいますよね。あそこに高速無しの時ではさぞかし大変だったでしょうね、津南町まで長いしその後も道は狭いしですね、でも魅力ある山ですが年寄りには今回は少し辛い山でした(私は一人元気だったのですが・・・メンバー察する気がなくてダメですねー)。切明から白砂の地蔵峠に抜ける登山道があるのですが秋はそれは素晴らしいらしいです、でもロング過ぎて思ってみるだけです。
yasubeさん、私もそのころにこの山を知りましたが、なんといってもまったくの山奥で、若さだけでは行くに行けない山でした。
でもその頃のこの山はまた一味もふた味も違う奥深い山だったでしょうね。私も長年の思いを遂げたことができてほっとしています。
落ち着いて振り返ると、秋の紅葉の時期にもう一度トライしてもいいかな・・みたいな・・歩けたこと自体に我ながらやったって感じです。コメントありがとうございます。
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