折立〜黒部五郎岳〜鷲羽岳〜三俣蓮華岳〜槍ヶ岳〜上高地(57代夏合宿1R)
- GPS
- 101:22
- 距離
- 48.5km
- 登り
- 3,181m
- 下り
- 3,023m
コースタイム
7/31 4:46薬師峠−6:36北ノ俣岳−8:07中俣乗越−10:14黒部五郎岳−12:49黒部五郎小舎(C2)
8/1 4:43黒部五郎小舎−7:36三俣山荘−9:04鷲羽岳−10:25三俣山荘−11:43三俣蓮華岳−13:07双六岳−14:39双六小屋(C3)
8/2 5:50双六小屋−9:12千丈沢乗越−10:46槍ヶ岳山荘11:50−12:22槍ヶ岳−12:50 槍ヶ岳山荘(C4)
8/3 5:35槍ヶ岳山荘−6:00槍ヶ岳−6:50槍ヶ岳山荘−9:22槍沢キャンプ場−11:21横尾−12:22徳沢−13:18明神−14:05上高地
天候 | 7/30 晴、7/31 晴、8/1 雨のち晴、8/2 晴のち曇、8/3 晴 |
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過去天気図(気象庁) | 2006年07月の天気図 |
アクセス |
写真
感想
7月29日 東京駅バス乗場出発
23:00東京駅集合。合宿出発直前なのだが、この日は直前までOBの方の結婚祝賀会があり、馬場で21時過ぎまで参加していた四年生一同は、OBの方々の盛大なる声援を受けながらの夏合宿スタート。
その流れで、23時という遅い時間にも関わらず、東京駅にも直接お世話になった先輩の方々が沢山集まってくださり、賑やかな出発となった。某コーチからはありがたいことにドラム缶を彷彿とさせる特大トマト缶と、キナ臭い匂いがプンプンする瓶詰めを頂く。
今年は梅雨明けが遅れ、七月はほとんど雨続きだったのだが、出発と共にようやく梅雨明けとなり、この後の一ラウンドの一週間はほぼ晴れという予想。団配、体調チェックを行って、集合写真を撮り、富山行きの深夜バスに乗り込む。
7月30日 富山駅=折立−太郎平小屋−薬師峠C1
5:40富山駅着。各自朝食を頬張りながら、予約したタクシーに連絡しようとするが、駅員さんに電車とバスを使った方が安いよと言われ、急遽そちらに変更。急いで6:00発の富山地方鉄道立山線に乗り込む。有峰口でバスに乗り換え、8:00に折立着。そこら中に溢れかえる登山客を見て、否が応でも北アルプスに来たことを実感させられる。
合計十四人のメンバーを七人ずつの二隊に分け、8:43折立出発。まずは単調な樹林帯を登って行く。天気はあまり良くないが、初日ということで皆元気が有り余っており、ハイテンポで歌を回しながら進む。
標高1800m付近になると、ようやく樹林帯を抜けて視界が開け、有峰湖が眼下に見渡せる。青空も広がり、お花畑と薬師岳の開放感溢れる中、気持ちの良い登り。五光岩ベンチの付近で一本取っていると、Y氏が早大出身の登山客と仲良くなり、他の登山客で溢れかえる広場の中、校歌を熱唱しだすという相変わらずの自由っぷりを発揮している。よく整備された木道をサクサクと進み、3時間半程の行動で太郎平小屋着。エアリアのコースタイム五時間はどう考えても長すぎだろう。
太郎平小屋で少し離れた両隊間の合流待ち。ここからは雲ノ平を挟んで水晶・鷲羽・三俣の展望が広がる。周りは学生も多く、女子大生も歩いている中、麦藁帽子を被っている変わり者がいるなあと思っていたら、うちの新人であった。ここからは20分程薬師岳の方へ進んで、C1の薬師峠には13:30に到着。
ダンロップ二つを張り、15:30に食当点火の指示。元気の有り余った若者達は、沢へ水を浴びに行ったようだ。隣には他大登山サークルがテントを張っていたが、大量の装備をテント外に広げっぱなしにしているのが非常に気にかかる。テントにボラギノールの文字を刻みこんだ彼らとは、実は槍ヶ岳までの数日間、毎日同じ幕場で過ごすことになった。その後、太郎小屋の人が幕場代を徴収しに来たので支払い、日向ぼっこなどをして優雅な一時を過ごす。
初日の夕食はいきなり定番のカレー。天気も良いのでウレタンを引いて外飯を敢行する。差入れの特大トマトホール缶と、激辛ピクルス・タバスコetcを入れたカレーは、もはや俗に言うカレーではなく、不必要なほどの脇役の自己主張によって、原型が跡形もなく消えうせた唯の激辛スープであった。一部の辛党派部員だけが美味しそうにそのカレーを食べている。T.P.で本日の反省をし、20:00就寝。
7月31日 薬師峠−北ノ俣岳−黒部五郎岳−黒部五郎小舎C2
3:00起床。テントから顔を出すと、満天の星空。今日も絶好の登山日和である。澄んだ空気の中、紅に染まる雲海を眼下に歩く。峰々の向こうには、明後日に登る槍ヶ岳が、その精悍な穂先を天に向けている。二隊に分けた隊の間に若干の行動力の差があったので、無線交信で連絡を取りながら進む。北ノ俣岳の登りでは、所々残雪が残っており、清涼感を得ながら雪上を歩く。
6:36、二本分の行動で北ノ俣岳に到着。槍ヶ岳、笠ヶ岳、乗鞍・御嶽などの、北ア南西部の見慣れた主峰が一望できる。ここで離れていた両隊がようやく合流。神岡の一帯には雲海が広がっており、日が上るに連れて徐々に毛羽立ち始めている。吹き抜ける風が心地よく、北アの雄大な山々を眺めながら、長めの休憩を取る。
ここからは黒部源流の赤木沢を左に見ながら中俣乗越へ下り、再び黒部五郎へ登り返す。ここまで来ると俄か中高年登山者も幾らか減り、どちらかというと学生グループとの遭遇が多くなる。黒部五郎岳手前の急騰を登り切ると稜線の分岐に出るので、そこに荷物を置いて山頂までピストン。山頂だけは微妙にガスに包まれているが、雲の切れ間からは眼下にカールの雄大な広がりが見下ろせる。
ここからは稜線沿いにも道があるのだが、今回はカールに降りる道を辿って黒部五郎小舎へと向かう。稜線沿いからカールへは急坂を下って降りることになるのだが、途中の分かりづらい部分でルートを外し、多少余計な岩場歩きを強いられてしまうが、無理やり突破してなんとか登山道に戻る。
それにしても、やはり黒部名物のカールは噂に違わぬ荘厳さ。巨人に抉られたかの様な巨大圏谷の中に、自然の造形美である小規模の岩峰が点在し、氷河時代を連想させる雪渓と盛夏と共に咲き乱れるお花畑の中を、優雅な雰囲気に浸りながら歩く。
左手に雲ノ平の穏やかな山容を望みながら、12:49赤い屋根の目立つ黒部五郎小舎に到着。夕食後に新人に体調を聞くと、何人か具合が悪い者がいるようなので、明日の行程の途中にある三俣山荘で診療してもらうことにして、20:00就寝。
8月1日 黒部五郎小舎−三俣山荘⇔鷲羽岳−三俣蓮華岳−双六小屋C3
3:00起床。小雨が降っており微妙な天気だが、天気図から昼ごろには晴れるだろうと予想し、雨具を着こんで出発。一本目の標高2000mのポコまでが意外に長く感じられ、尾根の交わるポイントで読図を確認すると、大半の新人が間違えている。なかなかガスが取れず、突如現れた雪渓では滑落に気をつけながら慎重に下る。
7:36三俣山荘着。ここは黒部川と高瀬川の分水嶺でもあり、鷲羽乗越と呼ばれている。相変わらずガスの中で肌寒く、診療所もまだ開く前なので、しばらく小屋の前で待機。8時を過ぎた頃、俄かにガスが取れだし、その数分後には青空が広がって絶好の登山日和へと好転。四年付添の元、不調者は診療所で診てもらうことにし、残りのメンバーで鷲羽岳へとピストンを開始する。祖父岳を始めとする雲ノ平を眼下に見下ろしながら、一時間程度の登りで、鷲羽岳に到着。山頂からはコバルトブルーの鷲羽池と、遠くに浮かぶ槍ヶ岳の姿が素晴らしい。水晶岳や雲ノ平などをバックに、皆思い思いに記念写真を撮る。赤い雨具に麦藁帽子という出で立ちの新人Sは、「黒飴オバケ」と呼ばれて同期から虐められている。山頂で40分程ゆっくりして、三俣山荘に向って下山。
10:35三俣山荘到着。小屋で診療を受けていた新人の容体を聞くと、二人ともなんとか大丈夫そうだということなので、双六小屋に向けて再び出発する。小屋から出発してからはすぐに急坂が続くが、高山植物のお花畑の広がりに励まされながら進む。後ろを振り返るとその名の通り両翼を広げた鷲羽岳が大迫力で鎮座している。
11:43三俣蓮華岳に到着。ここは長野・岐阜・富山の三県の境であり、立山連峰・後立山連峰・槍穂の国境稜線とそれぞれ続く三大主脈の分岐点に位置する重要な山でもある。山頂では富山の医大生のグループが居り、同じ山岳関係の部ということで話に花が咲く。話を聞くうちに、どうやら一年前のGWの立山でもすれ違った様であり、偶然の遭遇に盛り上がる、世間は狭い、というよりは山の世界は狭い。
三俣蓮華から双六小屋へは、稜線沿いの道とトラバースする道が二つ並行して走っているが、我々は稜線を辿って一本で13:07双六岳に到着。狭くて人の多い槍ヶ岳で式典を行うのは厳しいので、一ラウンドの式典はここで行う。
ここからはしばし南へ砂礫の台地を辿るが、なだらかな山稜の上に天国へと続くかの様な一本道がまっすぐ伸び、北アルプスでも随一の素晴らしい登山道である。稜線から按部へ向かって下ると立派な双六小屋の姿が見え出し、14:39双六山荘到着。双六池の隣接するキャンプ場は登山客で大盛況。我々は一番奥の双六池の前に幕営。相変わらず某Y君は双六池で半裸になって泳ぐという破天荒なことをしている。
ここで新人Kが巻き爪の異常な痛みを訴えている様ので、診療所で処置をしてもらうことにする。診療所に行くと残念ながら先生と男性陣は出かけているらしく、女子大生一人しかいなかった。
夕方には戻るということなので、しばし小屋で待たせてもらう。待機している間に話を聞いていると、どうやら不在の人達とは三俣蓮華岳の山頂で話しかけてきた学生グループのことであるようだった。それならば、もうすぐで戻ってくるなと思っていたが、結局彼らが帰ってきたのは16時過ぎ。早速診療を開始してもらうが、処置としては巻き爪ならば爪を切るしかないということなので、痛みに我慢してもらいながら切断し、清潔にして暫くベッドで安静にさせる。その間、残りの者は食当をして、夕食を済ませる。先生からは、やはりこの状態で登山を続けるのは厳しいということなので、残念ながら明日は四年と共に、エスケープルートで新穂高温泉へと下山してもらうことにし、20:30就寝。
8月2日 双六小屋−千丈沢乗越−槍ヶ岳山荘C4⇔槍ヶ岳
4:00起床。前日の判断の通り、下山組の二人には調度交代する診療所の人達と下山してもらうことにする。双六小屋で別れを惜しみながら、槍ヶ岳へ向かって西鎌尾根に歩を進める。今日も天気は快晴で槍ヶ岳に向けて士気は上がるが、登山客の多さは昨日、一昨日から比べて急増。双六小屋は新穂高から一日でアクセスできることもあり、ここから槍ヶ岳に登る中高年パーティーが多いためであろう。終始、細い稜線歩きとなり、一部結構危険な場所もあるが、右手には笠ヶ岳の堂々たる山容が見渡せ、快適な登山が楽しめる。
樅沢岳山頂に登りきると一気に展望は開け、槍ヶ岳を中心として、左手にはノコギリ状に切り立った北鎌尾根の岩稜、右手には重厚さと鋭利さを備えた穂高岳の威容が広がる。高度感のある縦走路を歩きながら、大自然の造形美を存分に目に焼き付ける。さらに稜線を進むと、左手方面に赤い山肌の硫黄岳の姿も見えてくる。槍、穂高も近づくにつれて迫力が増大し、地獄を連想させる様な無数の岩峰群に、アドレナリン分泌量も増加。徐々に四方の稜線は、槍ヶ岳へ収束する様に駆け上がって行く。
9:12千丈乗越に到着。すでに頭上には、槍ヶ岳が天を突いて聳え立っている。ここからは最後の試練と言わんばかりに、急斜面のガレ場が目前に広がっているが、槍ヶ岳直前ということもあり、かなりのハイペースで進む。山頂手前で一本取った後、10:46槍ヶ岳山荘に到着。小屋周辺は人であふれかえっており、急峻な槍の穂先には、登山客が長蛇の列を作って向かっているのが見える。小屋の前にザックを置き、すぐに我々も槍ヶ岳山頂へピストン開始。
12:22槍ヶ岳山頂に到着。残念ながら日中から湧き出したガスの為、展望はあまり良くないが、心地よい充実感に包まれる。山頂は常に渋滞していて、あまり長居はできないので、写真を撮ってすぐに下山開始。下りの長梯子は、新人に取っては登り以上の恐怖だったようである。
再び槍ヶ岳山荘に戻り、幕場の確保へと移る。ここのテン場は崖の上に用意されており、張れるテントの数は限られているので、定員オーバーなら殺生ヒュッテの方まで下らなければならない。ピストン前は結構余裕があるので大丈夫だろう油断していたら、ピストン中に外人グループが大量のサイトを確保していき、危うく幕場が無くなるところであった。
15:00食当点火で、一ラウンドも最終夜へと突入して行く。西銀座の縦走は四泊五日という短い行程なので、それに反比例して差し入れの数はかなり多い。鳴海は春合宿に続き2Lビール缶を用意しており、その他にも数々のビール缶やワインなどが上級生のザックから出てくる。外も明るい内から飲み始め、狭いダンロップの中トークに花が咲く。
新人の感想も聞き終えて皆ができあがった頃、ようやく夕闇が訪れ、酔いを覚ますためにテントの外に出てみる。この頃には槍ヶ岳周辺に掛かっていたガスも取れ、夕日に照らされた槍ヶ岳が熱を帯びたように赤く染まっている。落日の陽光が全てを包み込んで地平線に隠れた後、周りは深い紫に包まれ、見渡す限りの雲海と幾重もの峰々に囲まれた静寂の薄闇の中、一番星と金星が鮮明に瞬いている。なんと美しい光景であろうか。酔っ払って槍ヶ岳に走り出す新人を制止しながら、大自然の奏でる圧倒的な自然美にただただ感動を覚えるのであった。
8月3日 槍ヶ岳山荘⇔槍ヶ岳−横尾−小梨平キャンプ場C5
4:00起床。最終日もドピーカンで、朝からさっそく美しい御来光を拝ませてもらう。昨日の槍ヶ岳ピストンでは景色自体はあまり楽しめなかったので、再び有志を募って頂上へ登りに行く事を提案する。登山道の怖さに遠慮しているのか、結局メンバーの半分だけしか行かないことになったが、気を取り直して5:35出発。
槍ヶ岳山頂には6:00ジャストに到着。そして本日こそは、まごう事なき大展望の槍ヶ岳山頂!後立山連峰は日本海へと続く北の先まで確認でき、北西には黒部五郎岳などを始めとして歩いてきた西銀座の山々、西方には笠ヶ岳、そして南方には穂高岳の巨大な岩峰群が桁違いの迫力で聳え立っている。山頂では何やら本格的な機材で撮影をしているカメラマンがいたが、後で知ったところによるとNHKの「日本の名峰」という番組の収録だった様で、麦藁帽子の目立つ新人穂高は長梯子を登っているところを全国ネットで放送されたらしい。無理にでも全員連れてくれば良かったと少々後悔しながら、下からどんどん登ってくる登山客に押し出される様に山頂を後にする。
槍ヶ岳山荘で再び荷物を回収した後、6:50下山開始。後は上高地までひたすら下るだけ。殺生ヒュッテまでは巨岩帯、その後は氷河公園を横目に雪渓の残る槍沢を下る。高校生山岳部と抜きつ抜かれつしながら進み、9:22槍沢キャンプ場に到着。ここからは槍沢も梓川と呼べるような大きさになり、川に沿うようにひたすら南下する。
11:21横尾に到着し、ここから約一時間刻みで徳沢、明神を経て、長い林道歩きの末に14:05遂に上高地に到着。これで無事に縦走ラウンドも終了し、今後はボートの長球激漕隊と自転車の灼熱九州隊に別れての行動となる。本日は小梨平に幕場を設けて、両隊それぞれ明日の移動に備えながら、最終日の夜は過ぎていった。
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