北アルプス表銀座 燕岳・大天井岳・西岳・槍ヶ岳縦走
- GPS
- 79:16
- 距離
- 39.1km
- 登り
- 3,188m
- 下り
- 3,130m
コースタイム
穂高駅‐5:14中房温泉‐6:00第一ベンチ‐6:26第二ベンチ‐7:06第三ベンチ‐7:56富士見ベンチ‐8:23合戦小屋‐9:44燕山荘 少し休憩をはさんで 10:59燕岳頂上
二日目
4:00起床‐7:55大天荘‐8:12大天井岳頂上‐10:24大天井ヒュッテ‐13:06西岳ヒュッテ
三日目
2:15起床‐3:18水俣乗越‐6:13ヒュッテ大槍‐6:59槍ヶ岳山荘 時間挟んで 8:51槍ヶ岳頂上
四日目
3:05起床‐5:06出発‐7:57槍沢ロッジ‐9:38横尾‐12:35アルペンホテル‐14:00上高地バスターミナル
天候 | 一日目 ドピーカン 二日目 昼まで晴れ。午後より曇り 夜半一部雨 三日目 朝晴れ 7時以降曇り 四日目 曇り 時々雨 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2011年08月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
バス タクシー
帰り 上高地からさわやか信州号で新宿 |
コース状況/ 危険箇所等 |
上高地のアルペンホテルで500円でお風呂に入れました。14時までです。 14時以降は、小梨平キャンプ場でも入れるようです。 |
写真
感想
8月14日
穂高行きのバスで4時20分ごろ、穂高駅につく。
バスを降りると、バスの後ろにタクシーが二台停まっている。客を乗せて中房温泉の登山口まで運ぶのだろう。ガイドブックでは、片道6000円とか7000円とか書いていただろうか。高いので、僕は5時過ぎに出る乗合バスにのるつもりでいた。そこへタクシーの運転手が声をかけて来て言った。「5人集まれば、一人分はバス代と同じだよ、どこ行くの、中房?よし、ちょっと待ってね」
そう言った運転手はすぐほかの乗客に声をかけ始め、すぐに中房温泉に向かう五人がそろった。
タクシーは細い山道をぐんぐん進み、5時14分、中房温泉についた。
1600円。バスより速く、バスより安い。ありがたい。
場所はまさに登山口で、自販機と立派な公衆トイレがあり、老いも若きもザックを背負った人が大勢いて、これから始まる山登りに向けてそれぞれが準備をしていた。
5時26分歩き出す。
30分ほど過ぎて、6時00分第一ベンチ到着。
先を急ぎたいのでここでは休まなかった。
学生らしいグループと中高年のグループ、そして小学生低学年かそれ以下の子どもを連れた家族連れが目についた。学生を除き、皆ザックは小さい。燕山荘泊まりか日帰りのようだった。
見晴らしのきかない樹林帯の道を進んでいく。時々木立から見える空は絵の具を落としたように青い。
6時26分第二ベンチ到着。 ここでも休まないことにして、前に進む。それにしても、登山道に廃材で作ったようなベンチがあるのはなかなかに登山客に優しい。
この後から少しずつキツい斜度が連続するようになり、苦しくなる。さすがは北アルプスの三大急登、といったところだろうか。それでも、(奥多摩の稲村岩尾根も負けてないよ)と心の中でうそぶきながら登る。 第二から第三ベンチまで、地図上での距離は非常に短い。が、なかなか第三ベンチが見えて来ない。
『第三ベンチから次の富士見ベンチが一番の急登』とガイドブックにあるが、既に急登を歩いている気がし、息が切れ、坂を折り返すたびに立ち止まる。
もしかして第三ベンチを既に通り過ぎてしまったかな、次は富士見ベンチだろうか、などと思ったころ、ようやく第三ベンチが見えて来た。
7時06分第三ベンチ到着。
お腹が空いてきたので、ここで初めておにぎりを出し、半分食べる。
明日まで保たすつもりで握ったので塩加減がしょっぱい。が、疲れた身体になかなか良い。
7時56分、富士見ベンチ到着。 ちょっと腰を下ろし、すぐにまた歩き出す。
その後、8時23分に合戦小屋に到着。富士見ベンチから30分だ。ありがたかった。
さて、事前にあることを知っていて、「喰えばうまいだろうけど、わざわざ喰う必要はないだろ」と思っていたのが、合戦小屋の名物のスイカだった。
が、事前に思うのと実際に見るのとではやはり違う。
合戦小屋で休んでるほとんどの人が、スイカを食べていた。その、真っ赤でみずみずしいスイカ。
事前に考えていたことは真っ先に否定され、僕は「スイカください」と言いながら財布を取り出していた。
半月で800円。その半分で400円。
これは商売上手だ。
「スイカに800円は出す気はないが、400円ならいいか」と人は思う。400円を売るための800円という値段設定なのだろう。
スイカを食べ終わりまた出発。
さて、合戦小屋からもしばらく急登が続くが、開けた青い空が木々の間から見えるようになってきた。その下には山々が連なっている。
ひときわ際だって山が見えた場所で、ふと気付いて立ち止まり、目をこらす。
すると、僕の「全校中で一番悪い、測定不能」と中学の時に言われた目にも、しっかりと見えた小さな三角形があった。
▲ こんな。
「……槍だ……!」
山って不思議だ。ただの岩と土と少しの植物の塊でしかないはずなのに。見ることができると、胸が震える。
「槍だ、槍……」
つぶやきながら、何度もシャッターを押した。
ここからは樹林帯は終わり、白い花崗岩のゴツゴツした岩と、背の高くない植物が生えている。お花畑もあり、花が幾種類も咲いている。ここからまたきつかったりゆるかったりする坂を越えると、燕岳の山小屋である燕山荘が見えてきた。ゴールである。
高台に燕山荘はあり、そこから見下ろすところに狭いテント場があった。
僕がついた時点で三つほど張られていたか。まだガラガラの時に着けて良かった。
天気は非常に良く、遠近の山々が皆見通せる。東側だけずっと雲が居座っていて、富士山が見えなかった。
少し休んだ後、売店で缶ビールを購入。500円也。これをサブザックにいれ、燕岳頂上に向かって歩き出した。
花崗岩の白い砂地と岩場を歩いて30分。最後はちょっと岩に登って、燕岳頂上に到着。11時ちょうど。
頂上の岩場は狭い場所なので、写真を二枚ほど撮ったり撮られたりした後、下の砂地におりて腰を下ろした。ビールの缶を開ける。気圧が低いので、ブクブクと泡が出、あわてて口をつける。
天国のような良い天気で、皆それぞれに弁当を食べたり、だべったりしている。
本当に気持ちが良く、ただちょっと疲れており、10分ぐらいかけてビールを飲み、そのあと30分も、座り込んだまま、山の景色とそれを見る人々を、交互に眺めてはニヤニヤしていた。
二日目
昨日は晩御飯食べてささっと寝た。
朝、起きたのは3時過ぎ。
夜雨が降ったのかただの結露か、テントが内張りまで少し濡れていた。
朝は食欲が無い。ひとまずパーコレーターでコーヒーをいれる。温かい飲み物を飲むと、かなり生きている気分になってくる。
果物の缶詰めの中身をジップロックの袋に分け、凍らして持ってきていた。
これが、うまい。山での果物はいい。前に☆いっけい☆さんと登った時に教えてもらったことだ。 それに、SOYJOYを二本食べて、朝ご飯は終わり。
シュラフをたたみ、テントを撤収。テント幕営手形を燕山荘に返す。
テントは濡れていたが、天気は良いようだ。陽はまだ出ていないが、東の空が、青から黄色までのグラデーションになっている。
外張りとグランドシートは濡れてグチャグチャ。とりあえず汚れを内側にしてたたみ、大きめのゴミ袋にしまい込む。
さてトイレに行こう。
テント村は、起き出した村人でにぎやかになってきた。でもまだ皆起き出したばかりだ。混んでくる前に早く行こう。トイレを済まし準備完了。
4時50分出発!
大天井岳方面に向けて歩き出す。燕岳から大天井岳までほぼまっすぐ続く尾根。その尾根上を行く天国みたいな縦走路。 少し遠くに人柄が一人分見える。あの人が今朝の一番の早起きさんだろうか。だとすれば自分は二番目だ。昨日みたいに混んでいない。ここには今自分しかいない。
満月がまだ槍ヶ岳の斜め上にあり、日はまだ出ていないが道は明るい。
雲は無く、山々は自分との間に空気すら無いかのようにクリアに見える。真空じゃないけど、真空みたいな。山々を隔てるものは何も無く、目の前の尾根から右半分に広がる北アルプス。足を進めるだけで気分はどんどん高揚していく。
少ししてから振り返る。東の空が、熱い。これから始まる新しい一日が、もうそこまで来ていて、日が溢れそう。
沸騰する陽光。
5時14分、日の出。 ありがたい、という思いが止まらずたまらない。
今、ここにいられること、いることを許容してもらえていること、生きていること、自分の脚でここまで来ることができ、これからも歩いて行けること。全てが有り難かった。両手が自然に合わさり、感激屋の自分は涙を溢れさせていた。
御来光を見つめては手を合わせるということを何度か繰り返した後、燕岳方向から歩いて来る人がいるのを見つけた。
泣きべそを見られるわけにはいかないと、進行方向を向くと、再び歩き出した。
これといった困難は無く、大天井岳と大天井ヒュッテへ別れる分岐路につく。
左は大天井岳へ登っていくルート。右は大天井岳の横を通っていく巻き道。
大天井岳への道を選んだ。登りだ。 この登りがけっこうきつかった。腹も減ってきたし。
7時56分、頂上直下の大天荘に到着。
ザックを下ろし、身軽になって、大天井岳の頂上へ向かう。
10分もしないで、頂上到着。 天気は変わらず良く、素晴らしい眺めが広がっていた。
8時12分 大天井岳登頂。
ここもものすごい風景で、昨日の燕岳頂上にまさるとも劣らない。
写真を撮っていると、学生のパーティが上がってきたので、最高の場所は彼らに譲り、大天荘に降りた。
トイレを借りた。小屋の外にある汲み取り式のトイレだ。
それから、ザックを空いたベンチに持って行き、食事の用意をした。三時間歩いて、しっかりと腹が減ってきた。大天荘の売店を見に行ってみると、コーラがあったんで一本もらう。300円也。それと、大天井岳のバッジも購入500円也。
太陽もけっこう高くなり、暖かい。三時間以上歩いたんで少しゆっくり休憩するつもりだったので、その間に朝濡れていたテントとグランドシートを干すことにした。
そうして干している間、カップに湯を沸かし日清どん兵衛を煮る。それと、最後のおにぎり。
コーラにレモンというのが好きなので、ポッカレモンの小瓶を持って来ていたので、コーラにチューッと入れて見る。うまい。ビタミンCが取れて披露回復に良いのかな。
そうしているうちに、テントのフライシートとグランドシートは、見る見るうちに乾いていった。
見ると、大天荘でも小屋番のお兄ちゃんお姉ちゃんが屋根に布団を並べ始めている。談笑しながら布団を干している彼ら彼女らを見て、こういう天国みたいなところで仕事できるなんて、良いなぁ〜とつくづく思った。まあ、天国だけの場所ではないだろうけどね。
30分ほど休んで、乾いたテントを取り込んだ。おにぎりとどん兵衛、そしてテントの水分が消えて無くなった。その分ザックは確実に軽くなっている。
9時40分、ふたたびザックを背負った。
次の目的地は大天井ヒュッテ。この頂上付近から中腹くらいまで下り、また槍ヶ岳方面に続く縦走路に合流する。
ガラガラした石の道を下っていく。下りは元々得意じゃない。そのうえに、石がゴロゴロしていて歩きにくかった。ただの砂利ではなく、たまに綺麗な石も落ちている。水晶?じゃないだろうけど、半濁の透明感のある白い石や、金色に輝く砂をまぶしたような石。黄銅鉱とかだろうか。拾ってしばらくながめて、また置いていく、そんなことを何度か繰り返した。
10時24分、大天井ヒュッテ到着。
足をひねってちょっと慌てたんで、ここでもちょっと休憩。
水を売っていて、1リットルで200円とのことだった。
水1リットルとバッジを購入。
ヒュッテの前には大きな山がそびえている。これを登って行くのは正直辛いなと思ったら、登山道は横の巻き道だった。
そびえる山のほうは、槍ヶ岳が良く見える展望台に繋がっているという。
すでに四時間ほどを歩いて来ていて、疲労を感じていたので、展望台には登らないことにした。天気も、先ほどの下りを歩いているあたりから雲が出始めていた。
歩き始める。尾根の東側に面したちょっとした樹林帯を進む。曇っていて日差しは無い。
ところどころに花が咲いていて、それを撮影しながら歩いていると、尾根側に手書きの道標があった。
『貧乏沢』と書いてある。
地図で確かめると、北鎌尾根へのアプローチルートの入り口のようだ。
ちょっと覗いて見たかったが、後続がすぐそこまで迫って来ていたので、やめにした。
地図をしまおうとしていると、後続の男性が追いついてきて声をかけてきた。
「何かあるの?」
「ここ、北鎌尾根へ行くための入り口らしいんですよ」
「そうなんだ……、いや、バテてね」
男性は、疲れたように荒い息を吐いた。
男性は50代ぐらい。ここは登りとはいっても傾斜はかなり緩やかで、バテるほどではない。体調が悪いのかと心配になった。
「大丈夫、バテただけだから」
「飴とかはありますか?」
「うん、お菓子のたぐいはある。いつもこうだから」
いつもこうで、ゆっくり行くから大丈夫と言うので、大丈夫なんだろうと思う。
でも心配で、時々後ろを振り返った。
びっくり平を経て、ハイマツが茂る左右の見晴らしの良い尾根を歩く。
天気が良ければ槍ヶ岳が素晴らしいだろうに、今日は雲がかかっていて穂先が見えない。
不意に、ハイマツの茂みの奥で何かが動いた。
鹿?かと思った。山奥で会ったことがある動物は、鹿か登山者だけだったから。
鹿じゃなくて、サルだった。
写真を撮れるほど近くは無いが、肉眼でははっきり見えた。
そのサル、どうやら何匹もいるのだ。ハイマツの茂みの中で、ガサガサやっている。どうやら何かを食べているらしい。
食べかすが落ちていてわかった。松ぼっくりだ。まだ青いやつ。
糞もあった。写真ではわかりにくいが、濃い緑色なのだ。松ぼっくりばっかり食べているんだろうか。
サルに襲われるという話も聞いたことがあったので、警戒しながら歩いた。時折サルと目があったりすることもあったが、襲われることは無かった。
尾根上をずっと歩く。
右側は、槍ヶ岳と北鎌尾根が見える。 いやうそだ、天気が悪くて穂先は見えない。
天気が良かったら、これはとても気持ちの良い縦走路だっただろう。
ところどころ、岩場みたいなところもあった。疲れてくるところなので、注意が必要だと思う。
地図の見方がなっていないと言われればそれまでなんだけど、なかなか赤岩岳という西岳手前のピークにつかず、というかどこかわからず、疲れてしまった。
まだつかないのかーと、「西岳ヒュッテはまだか〜」とつぶやきながら、足を進める。
13時7分、西岳ヒュッテ到着。
テント設営。自分は二番目に到着。
西岳ヒュッテから西岳頂上までは、10分ほどだった。
登り始めて、途中で雨がパラパラ降ってきた。 それでも、8分ほどで、登頂。
14時15分、西岳2758メートル登頂。
雨が強くなってきたので、あわてて下りて、小屋でビールと西岳のバッジを購入。
ビール500円、バッジ600円也。
夕飯は、最後の生モノ、味噌漬けホルモンを炒め、フリーズドライの麻婆茄子を入れて煮込んだもの。ビールにあってうまかった。
8月16日。
2時過ぎ、あくびをしながら起き上がる。時計のアラームが鳴るより10分ぐらい早い。
少しは寝られたようだが、あまり寝た気はしなかった。 幸い、昨日のうちにシュラフやマット以外の荷物はザックにまとめてしまっていた。昨日、西岳ヒュッテの売店で牛乳を買っていて、それとドーナツの朝ご飯。
ちょっと食べて、動き出す。二時過ぎなんて、まだ皆寝ている時間だ、できるだけ音をたてないよう、テントを撤収する。全てザックに収納完了。
トイレに行き、出すものを出してしまい、身体を軽くする。
この西岳ヒュッテ、おがくずを使ったトイレで、この縦走中で一番きれいで臭わないトイレだった。
3時18分出発。
空には満月にちょっと欠けた月が出ていて、明るい。
槍ヶ岳の穂先のシルエットが見える。が、携帯で撮る写真には何も写らない。
道はヒュッテからは谷に下りて行くような下りになる。ヘッドライトの明かりが無ければ何も見えない。
(ちょっとこれは、『安全な登山』とは言えないなぁ)
絶対に転んだり落ちたりはできないと思う。集中して足を進めた。
下りていく途中で、階段や鎖場がある。 三点支持を心がけて体を動かす。
4時27分ごろ、水越乗越に倒置。
このあたりから、登りになる。東鎌尾根を登って行くのだ。
振り返ると、ライトの明かりが見える。さっき出発を準備していた大学生グループのものだろう。西岳の後ろ側も明りが見えてきた。
登りにとりつく。
時々進路がわからなくなるが、探すとペンキで書いた○や×を見つけることができ、進路がわかる。 痩せ尾根と急登の連続だが、辛くは無い。前に進む度に槍の穂先が近づいて来る。日はまだ出てこないが、少しずつ明るく夜明けが近づいて来ていることはわかる。
尾根に上がると開けた四方の見晴らしの良い場所に出た。
ここが第一展望台だろうか。 槍とそれに連なる山々がよく見える。
北のほう、南岳なのか大喰山なのかはたまた北穂高岳なのか、そのあたりに雲が巻き起こっているのが見えた。日が出れば、雲が増える。急ごうと思った。
先ほどからの空腹をポケットに入れていたドーナツでごまかす。振り返ると、西岳の稜線から上が、輝く紫色に染まっている。後一時間もしないで夜明けだ。先を急いだ。
このあたりから、急なはしごや鎖場が多くなる。息が切れるが見晴らしが良い登りで、気分的には(もっと登りたいもっと登りたい)と、疲れを感じない。
第二、第三の展望台を超える。
時折吹く風が肌寒い。もし風が強過ぎれば危険なところだ。
6時13分、ヒュッテ大槍到着。
ここでトイレと温かい食事をすましておきたかったのだが、雲だか霧だかが穂先を巻くようになってきた。ここまで来たのに。いずれ全て真っ白になるのは時間の問題のようだ。
足を止めずそのまま槍方面へ進んだ。
左側はカール地形、下に殺生小屋の赤い屋根が見え隠れする。
霧がだいぶ深まって来た。
道はゴロゴロした大きな岩をよじ登る。風が強く霧で視界が白くなり始めた。眼鏡には水滴が付き、見えにくくなってきた。
ここも、鎖場がある。ヒュッテ大槍から登って来たらしい、まだ身体が暖まっていないのか動きの鈍いグループがいる。
追いつくと、肩で息をしているので先に行かせてもらった。
でもこちらも息は苦しい。寒いし写真を撮る余裕はなかった。もう槍はすっかり霧に包まれて見えなくなっている。眺望は期待できないので急いでもしかたないのだが、もう目の前のはずの槍が見えなくなってしまったのが悔しく、登りを急ぐ。
風が強くなってきた。霧のせいで肌が濡れて寒く感じる。ヒュッテ大槍から槍ヶ岳山荘までコースタイム40分とわかっているので、雨具は出さずに歩き続ける。
6時59分、槍の肩、槍ヶ岳山荘到着。
中はレインウェアを着た人でいっぱいだ。晴れるのを待っているのだろうか。
僕は濡れて視界があやふやな眼鏡を着ているTシャツで拭い、受付をし、テントを張った。そしてテントに潜り込む。
風も強いので、横に大きな岩があるなら風避けに良いかなとも思った。
まずずっと腹が減っていたので、お湯を沸かしながら、ジップロックに入れて持ってきていた最後のフルーツを食べる。甘味が体にしみわたる。沸いたお湯でアルファ米の山菜おこわとフリーズドライの親子丼を作る。あったかくてうまい。そして、最後にコーヒーを淹れて飲んだ。
これでかなり落ち着いた。
それでも、さっき身体が濡れてしまったためか、寒く感じたので、レインウェアを着込む。これで落ち着いた。
外は風の音がすごいが、横に巨大な岩があるせいか、このテントには影響は無い様子。まだ午前中であるが、すこし、テントの中でなごむ。
しばらくして、トイレに行きたくなる。実は登ってる最中からずっと行きたかったのだ。小さいほうでは無いほう。腹いっぱい食べたおかげで余計行きたくなった。
が、トイレまで歩いて行ったら掃除中で、ちょっとしばらく使えない。
暇つぶしに槍ヶ岳山荘の小屋のほうに行ってみた。
この間、相変わらず霧がひどく目の前は真っ白である。晴れていれば目の前にそびえているであろう槍の穂先も、全然見えない。
全然見えなくても、ちょっと登り口まで行ってみようと思った。
行ってみると、登り口に小さな祠がある。
その右側を通って登っていくようだった。
上は風がもっと強いだろうし、これでは危険だと感じ、登ることなど思いもしなかった。
(天気が回復してから登ろう。明日までいるんだし慌てることは無い)
そこへ、
「登ります?」と、声をかけて来たおばちゃんがいた。
「いや、天気悪いですしね。上のほうは風も強かったら危険だし・・・」
「そうだよね〜」
おばちゃんは、そう言いながら、旦那さんと一緒に進んでいくのだった。
ちょっと、おどろく。
たしかに、登ろうとすれば登れるかもしれないけれど、今、この視界ゼロで危険な時に登らなくてもいいだろうと、僕はそう思ったのだ。
でも、おばちゃんがたは、すでに岩に取り付き始めている。
見ると、けっこうな数の人たちが、登ろうと岩にとりついていた。
(みんな正気か?しかたないなぁ、もう)
どう仕方ないのか説明つかないが、僕もおばちゃんがたの後を追いかけ始めた。そもそもトイレに行きたくて外に出ただけだったのに。
岩場は多少濡れていたが、滑るほどのレベルではなく、多少風による寒さが気になるぐらいで、思ったほど登りにくくは無かった。寒いので軍手をする。
ただ、霧により視界がきかず、前方上方がどうなっているかわからず、そのうえに僕は眼鏡をかけているのだがそれが霧による水滴で視界がふさがれ、目が見えにくかった。
それでも、鎖場、鉤、はしご、順調に登る。登りにくくて困るというところは無い。上から下りてくる人と譲り合わなければならない場面がいくつかあり、そこでは短時間だが渋滞のようになっていた。
最後は、二段階の長いはしごを垂直に登る。
ただ、登るだけ。技術はいらない。怖いだろうから下は見ない。はしごをただ登るだけでも腕が疲れることを、初めて知った。
知ったあたりで、山頂到着。
8時51分、槍ヶ岳登頂。
霧で真っ白で何も見えず、感慨もわかない。
とりあえず頂上にある祠の写真を撮り、そばにいる人と写真を撮り合う。
頂上は、細長いひょうたん型の10畳ぐらいのスペース。思ったより広いともいえるが、端はそのまま断崖絶壁になっていて落ちれば死ぬので、あまり気安い行動はとれない。
登りと下りのはしごがある場所が円状の場所で、そこの北側に祠が置かれている場所が短く伸びている。
皆、祠の場所で写真を撮りたいが、狭いので譲り合って移動し、写真を撮っては交代していた。
落ちたら即死であろう。ちょっと間違って人にぶつかってしまっただけでその人は崖の下のトマトピューレになってしまう。
誰も過失致死はやりたくないので、自然動きがぎこちない。誰かが動いているときは他の誰かは動きを止め、譲っている。
とにかく、怖い場所である。
そんな危険な場所に柵も手すりも何も無いのが、潔くて良い。山は自己責任の世界だ。甘やかしはいらない。これからも何も無いことを願う。
10分ぐらい滞在し、奇跡で霧が晴れてこないか待っていたが、眼鏡が水滴で曇るばかりなので、下りることにした。
一番の理由はトイレに行きたくて仕方がなかったことだ。
行程は下りのほうが楽だったが、眼鏡が曇り続けるので、見えないことが困った。
トイレを済まし、槍ヶ岳山荘に行き、水とバッジと各種お土産を購入し、テントに戻った。
今日やるべきことはすべて終了したので、寝ようと思った。何しろ朝二時に起きて出発したのだ。
シュラフを出し、潜り込み、うとうとする。
そうしていると、何度か、明るくなり、「頂上が見える!」などと歓声が聞こえることがあった。
そのたびに起きだし、ベンチレーターから外をのぞいた。
すると、一時的に霧が薄れ、槍の穂先が見えるのだ。
慌てて外に出て、登山靴をはこうとする。
が、それも、1分もしないうちにまた霧に包まれ、先ほどと同じ真っ白の状態に戻った。
悔しい。
テントに戻ってうとうととする。と、いきなり明るくなり、歓声が聞こえる。ベンチレーターから槍が見えて、慌てて外に出て靴を履こうとする。すると、また霧に包まれる。
こんなことが3回ぐらいあった。
もういっそ起きることにして、レインウェアを再度着込み、登山靴をはいた。
そして小屋の前まで行き、霧が晴れるのを待つ。
小屋の前のベンチに座っていると、背の高い若い女性に声をかけられた。
「すいません、シャッター押してくれませんか」
押してやる。
「穂先は登りましたか?」
「さっき行ったんですが、霧で真っ白で何も見えませんでした。もう一度行きたいと思って、ちょっと晴れるのを待ってるんです」
「せっかくここまで来たのに晴れないと悲しいですよね〜」
そんなことをしゃべったり。
意地悪な霧は、人が外に出て待ってると、晴れてくれない。
何度かテントとトイレと小屋を行ったり来たりした。
小屋で人が食べてるラーメンがうまそうで、テントにもどって日清のどん兵衛を食べたりもした。
そうこうして、13時過ぎ。
霧はまだあるが、それが少し薄くなってきた。
もういい、さっきよりかよっぽどいい、登ろうと、穂先に向かった。
二回目でどんなところかわかっているので、もう何にも怖くない。
ヒョイヒョイと、だけど油断して落ちたら最悪にカッコ悪いので三点支持だけは気をつけて登る。
13時16分 槍ヶ岳、再登頂。
頂上は相変わらず霧が深いが、緩やかな風が霧を吹き動かしている。
「あれ、登ってきましたね」
と声をかけて来たのは、先ほど小屋の入口で写真を撮ってあげた女性。
「あれ、こんにちは」
「ここでもお願いしていいですか」
ここでも写真を撮ってやる。
せっかくなんで、こっちも撮ってもらう。
霧が時折晴れ、青空がのぞいた。
高度感がすごい。
ほぼ30分、頂上に居させてもらった。
そのあとも、登ってくる人は多く、あんまり長くいても後の人の邪魔になるからと、下りることに決めた。天気も、もうこれ以上良くなりそうもなかった。
さて、これでもう思い残すことは無い。
後は、明朝が晴れれば再度登れるが、それはまだわからないし。
明日晴れることを期待して、シュラフにもぐった。
8月17日
3時5分、起床。
この日は下山だけだ。もし最後に天気が良ければぜひ槍の穂先にもう一度登りたかった。
が、この時間に起きはしたけれど、すでにあきらめていた。
昨夜から風が強く雨も激しかった。テントは、一部インナーも濡れている。
朝飯兼昼飯として、アルファ米のおこわとフリーズドライの親子丼にお湯を入れ、親子丼をアルファ米の上にかけて、保温のためアルミパックに包む。
お弁当の完成。
朝はあんまり食欲がわかないので、動き出してから食べるつもり。
ここでは、インスタントの甘いコーヒーだけを飲み、身体を温める。
外に出てみると、強い風と霧。風が霧を吹き飛ばしてくれるような、そんな雰囲気も無い。そして、寒い。 携帯は、バッテリーが切れて、うんともすんとも言わなくなっていた。
そのために、この日の写真は撮れて無い。
とりあえず、トイレに行くことにした。
トイレに行って、テントに戻ろうとしたら、霧が濃いせいでヘッドライトの光が乱反射し、前が見えなくなった。行く時は、トイレまでは登りなので尾根に出れば良くわかりやすかったが、テントに戻る時は崖にそった踏み跡を進むのだが前が見えず、いつの間にか崖を下にくだっていた。
空はまだ暗く、ライトの当たる前だけが白く光り、眼鏡には水滴がついてそれにも光が反射し、よけいに前が見えない。
(トイレへ行った後、テントに戻れず、遭難)
ちょっと冗談無しで焦った。こういうことはあるだろうと理解していた。冬山でトイレに行って遭難ということは、よく聞く。が、夏山でも同じことが起ろうとは。眼鏡というのは、こういう時大きなハンデだなと、思った。
前に行こうにも戻ろうにも、踏み跡が目視できない。踏み跡だけでなく、まわり360度が、真っ白で見えない。白い闇。
パニックにはなってないけれど、心から困った。パニックにならない理由は、どちらが上でどちらが下かはわかったからだ。少なくとも、上に行きさえすれば、小屋に続く尾根に出られる。その前に、自分のテントのある岩場に行きつくかもしれない。それでも困ったのは、踏み跡の無い崖を上に登ろうとすると、草花を踏まずには行けなかったからだ。
いっそ、声を出して近くにあるであろう他のテントに助けを求めようかと思ったが、そこまでは必要ないかと思いなおした。結局、崖を尾根に直登するしかない。高山植物の生えている崖を、踏み跡を無視して上がっていくことは気がひけたが、何も見えないので仕方がない。できるだけ草花(見分けはつかないが)を踏まないよう気をつけながら、崖を直登した。
すると、30秒ほどで、自分のテントの張ってある巨岩の場所に出ることができた。
間違ってかなり崖の下のほうにまでおりてしまっていたようだ。
すっかり肝を冷やしてしまった。
これで、早出をしても良いことはなさそうだと、考えがまとまった。
昨日は霧が無かったので真っ暗でもライトが利いて進むことができたが、今日はだめだ。明るくなるまで待たなければ危険だ、と思った。
4時半まで、このままテントの中で待機することにした。
またシュラフに入って、横になる。
4時半。
外の様子は変わらない。
が、貧乏症で、じっとしていることが苦手なので、結局起きだす。
テントを撤収し、小屋に向かった。
小屋は、僕と同じように天候が回復することを期待している人たちでいっぱいだった。
結局、霧は晴れない。
5時、明るくなってきたが、風は強いままだ。
この時間に下から上がって来る人たちもいる。
残念ながら、昨日より、条件は悪い。
5時6分、霧は晴れないと結論し、下山することにした。
5時27分、殺生分岐。
6時30分、天狗原分岐。
7時14分、大曲。
ここで、作って置いた親子丼弁当を半分食べる。
7時36分、ババ平。
7時57分、槍沢ロッジ。
親子丼弁当を完食。
水をただで汲ませてもらい、30分ぐらい休憩。
ここは水がたくさんあってすばらしい。風呂にも入れるという。
9時38分、横尾到着。
12時30分、河童橋。
観光客が多く、気が抜ける。
河童橋を渡り、アルペンホテルに向かった。
500円で立ち寄り入浴ができるのだ。
もう、四日間の汗と垢である。どんな臭いなのか、自分で嗅いでみてもよくわからない。
お風呂は、良かった。ありがたかった。
30分ぐらいかけて、じっくり体を隅から隅まで洗った。
そして、槍ヶ岳山荘で購入した槍ヶ岳Tシャツに着替える。もう登山靴は必要ないので、サンダルに穿き替えた。足が軽い!
そして、上高地バスターミナルへ。
とにかく次は食欲を満たさなくてはならない。
前回7月に来た時より、人が多い。
バスターミナルの上の食堂では20分ほど待たされ、14時12分、ようやく唐揚げ定食とビールにありつけた。
そうして、16時30分、さわやか信州号に乗り帰宅。
3泊4日の、今までで一番長い山行だった。
色々あったが、全体としては大成功だった。
ただいくつか問題点はあったと思う。一番肝を冷やしたのは、この朝トイレからテントに戻る時に道を見失ったことだ。夜霧は、思っていた以上に危険だった。
何か、対策はあるのかな。もっと光量の強いヘッドライトではどうなのだろうか。いろいろ考えてみたい。
おわり。
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する