北ア・七倉から烏帽子岳─南沢岳─不動岳─船窪岳周遊


- GPS
- 18:11
- 距離
- 25.7km
- 登り
- 2,997m
- 下り
- 3,017m
コースタイム
- 山行
- 5:16
- 休憩
- 0:50
- 合計
- 6:06
- 山行
- 9:56
- 休憩
- 2:10
- 合計
- 12:06
天候 | (1日目) 曇り時々晴れ (2日目) 曇り時々小雨 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2022年08月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
南沢岳から船窪小屋までの間で登山道の侵食が激しい箇所多数。足を踏み外したら、即アウトな場所も多く、気が休まらない。 |
その他周辺情報 | 七倉山荘で日帰り湯のつもりが、営業してなかった…。 |
予約できる山小屋 |
七倉山荘
|
写真
装備
個人装備 |
長袖シャツ
Tシャツ
タイツ
ズボン
靴下
グローブ
雨具
着替え
靴
ザック
ザックカバー
行動食
非常食
飲料
ガスカートリッジ
コンロ
コッヘル
食器
ライター
地図(地形図)
ヘッドランプ
予備電池
筆記用具
日焼け止め
ロールペーパー
保険証
携帯
時計
サングラス
タオル
カメラ
ポール
テント
テントマット
シェラフ
|
---|
感想
北アルプスの後立山連峰と裏銀座を結ぶマイナールート、烏帽子岳─南沢岳─不動岳─船窪岳を七倉からの周回で1泊2日の日程で歩いて来た。
当初は折立から雲ノ平─水晶岳─烏帽子岳─南沢岳─不動岳─船窪岳─針ノ木峠のルートを3泊4日の日程で歩くことを計画してたけど折立までのバスの予約が取れず、七倉から湯俣─雲ノ平─水晶岳─烏帽子岳─南沢岳─不動岳─船窪岳を廻るコースに変更。さらに前半部分の天気予報が悪かったため前半はカットし、七倉─烏帽子岳─南沢岳─不動岳─船窪岳を廻る1泊2日のコースに短縮となった(泣)。もともと3泊4日の日程の予定だったため月曜と火曜に有給を取得していたので、そこに1泊2日の山旅を入れた。しかし、当日の天気予報も芳しくなく、いっそのこと別の山域に出掛けようか…と考えたりもしたけど、日々登山道が崩壊していっているという南沢岳─船窪小屋間、いつ通行禁止措置が取られてもおかしくない状況なので、「今を逃すと次の機会は無いぞ!」と、自らを奮い立たせて現地へ向かった。
月曜の朝2時に『キャラメルハウス』(自宅)をクルマで出発し、七倉を目指す。七倉には5時前に到着。七倉の駐車場には月曜日とは思えないほどクルマがある。まだ、夜が明け切らないうちに出発。タクシーが来るまで待って、他の登山者と便乗してラクに移動すればよかったのかもしれないけど、真っ暗なトンネルのなかをヘドラン無しで歩く。高瀬ダムまで半分歩いた頃にタクシーが3台連なって私の横を通り過ぎた。さらに高瀬ダム堤体のジグザグ道を歩いてる時にタクシーにもう1台抜かれた…。私が高瀬ダムに来るのは、今回が3回目。1回目は1986年の高校山岳部の夏合宿(https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-4659505.html)でブナ立尾根を下りて来て、七倉まで歩いた。この時は高瀬ダムの堤体の岩ゴロ斜面を歩行することは特に禁止されていなかったけど、今は堤体斜面の歩行は禁止されている。斜面を歩きで登降したくても、車道のガードレールが邪魔なので歩く気にもなれない。2回目は1994年の大学生の時で、高瀬ダムを下ってたらタクシーに便乗させてもらえた。タクシーで信濃大町駅まで移動し、代金を払おうとしたら「学生さんにお金をもらうわけにはいかない」と受け取りを断られた。かっこいいお兄さんだったな。七倉から1時間強かけて、不動隧道東口に到着。ちょうどタクシーを降りたばかりと思しき登山者が登山前の準備体操中。その登山者が不動隧道に入られるのに少し遅れて私も入洞。トンネルを抜けるとすぐに不動沢吊橋。橋を渡るとキャンプ指定地でトイレと思しき建屋もあるけど、キャンプ場もトイレも使用禁止になってる。その名のとおり水が濁った濁沢を、不動沢吊橋とは月とスッポンな丸木橋で渡り、6:45、いよいよ北アルプス三大急登に名を連ねるブナ立尾根に取り付く。
ブナ立尾根を登り始めた最初のうちは登山道の崩壊が激しいのか工事現場のような金属の階段が組まれた急坂だけど、やがて道が落ち着いてくる。全行程を12分の1ずつ区切った目安の番号札が置かれてるので、自分がどこまで登れてるかの把握に使える。ただし、本来は「3.5」相当の三角点を「4」にした影響か、「6」から「3」までそれぞれの間隔が長め。高瀬ダムから歩き通しで「10」まで来て、休憩。多くの登山者が休んでた「7」まで比較的すぐに現れたので、次の「6」まで頑張ったけど、その「6」までが長かった…。「6」まで来たからには、次は半分の「3」まで歩いたけど、それも1時間を少し超えた。その分「3」から小屋までは1時間もかからずに着いたケド(苦笑)。2017年8月の唐松岳登山(https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1226650.html)から前回まで使ってたザック(mountain daxのPEAK 28)が破れて来たため、今回、弟子(女房)が黒部五郎岳登山の際(https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1463777.html)に1回だけ使った真っ赤なTATONKAのザックを借りたんだけど、慣れないザックのため肩への食い込みが凄い。天水の塩素消毒処理のみの烏帽子小屋の水の購入を忌避して水4 litter+ペットボトル飲料2本(計5 kg相当)を担ぎ上げているので、荷物も重い…。
尾根に取り付いた時には陽が射してたけど、途中からはガスで薄暗くなってた。しかし、烏帽子小屋に着いた時にはまた陽が射すようになっていた。小屋には10:44に到着し、テントの受付を済ませる。すでに1泊\2,000なのは知識としては知ってたけど、実際に\2,000請求されると「へっ?」となってしまう。テント1泊\500時代が長いとなかなかアタマが切り替わらない(苦笑)。小屋で買ったアサヒスーパードライ(\700)を飲み干してからテン場へ移動。烏帽子小屋のテン場はヒョウタン池の影響で蚊が多いことは過去2泊した経験上よく知ってるので、なるべく池から遠い場所を選んだけど、無駄な抵抗だった(苦笑)。レトルトを温める水はヒョウタン池の水を汲んで使うつもりだったけど、池から遠い場所にテントを張った以上わざわざ池まで汲みに行くのが億劫になり、結局、小屋で500 ml(\100)購入。昼のうちは雲が多くなって来たけど、夕方に一度晴れて燕や三ツ岳、ニセ烏帽子方面がよくみえた。翌日も好天が約束されていると信じて疑わなかった。が…。
8月23日の朝は3時に起床。もう30分ほど寝てようかと思ったけど、隣のテントの皆さん(ソロ2つ)はすでに起床し、出発の準備の物音がしてて寝ていられないので、こちらも朝食準備を開始。テント撤収のためテントの外に出たら、天気は小雨。昨夕の天気や、夜中にトイレに出た時にみた星空から晴れだと信じて疑わなかったため、裏切られた感が半端ない(苦笑)。蚊にまとわりつかれながらテントを撤収し、4:51にテン場を出発。小屋にトイレのために立ち寄り、5時ジャストに烏帽子小屋を出発。雨がたまにポツポツ落ちるなか、ニセ烏帽子を目指す。富山高校山岳部の部室にあった古〜い登山地図帳で初めて「ニセ烏帽子岳」という地名を目にした時、「身も蓋も無い名前だ」と思ったものだ(苦笑…この登山地図帳でみたインパクトのあった地名として、他には湯俣の「地獄」が挙げられる)。こちらの「ニセ烏帽子岳」は通称であり公が認めた正式名称じゃないけど、吾妻連峰にあるニセ烏帽子山は国土地理院の地形図にもしっかり記載された正式名称だ(笑)。ニセ烏帽子まで登り詰めるとようやく優美でスッキリとした烏帽子岳が姿をみせる。頂上分岐まで下りると荷物をデポ。雨対策でザックカバーを掛けてから頂上に向けて出発。烏帽子岳には高校2年の夏合宿で来てるけど、頂上へのアタックが許されたのは2年生と顧問の先生だけ。1年生は烏帽子小屋のテン場で夕食の準備をさせられていた(苦笑)。今思えば酷い話だと思う(苦笑)。頂上が近くなり始めると鎖場が登場。3つ目の鎖場の取り付きからはもう頂上の標識がみえてる。5:44に烏帽子岳頂上の標識に到着。頂上の岩場にかつての標識跡か何かのボルトが埋まってる箇所があって、高校2年の夏合宿の記念写真に写ってるそのまんまだったので、久しぶりに会えて何だか嬉しかった。一方で、頂上標識からさらに上がる鎖場があったので、今回初めて登ってみた。
天気が芳しくないようなので頂上での滞在時間は10分。頂上分岐までの下りで、高瀬ダム湖やこれから向かう南沢岳までの間に散らばる池塘がよくみえた。頂上分岐に戻り、南沢岳へ向かう。烏帽子の頂上から眺められたとおり、南沢岳までの間には四十八池と呼ばれる池塘群とお花畑が広がる。池塘が現れるごとにシャッターを押してたけど、キリが無いのでそのうち撮るのを止めた。池塘の水面が放射線状に波打ってるので池でアメンボでも泳いでるのかと思ったけど、雨粒が落ちてるだけだった。あまり雨が降ってるようには感じなかったけど、細かい雨粒が落ちてた。登山道を覆いかぶさるように草が伸びてるので、葉に付く水滴ですぐに下半身はビショ濡れになる。今日は雨だから仕方ないけど、晴れてても早朝は朝露で濡れそうだ。四十八池の区間が終わって南沢岳への上りに入るとガスが濃くなり、視界が奪われる。「南沢岳頂上だ!」と思って上り詰めた場所は頂上ではなく単なるコブであり、実際の道は稜線を乗り越えて少し下方を通ってた。正しいルートに復帰し、コマクサの咲く稜線を歩いて到着した南沢岳の頂上は、三角点しかない寂しい場所。ここで雨粒の落ち方が頻繁になって来たので、レインウェアの上着を羽織る。雨対策というよりも、登山道に覆いかぶさる枝葉を払い除ける際につく雨露対策。さっきまでみえてた烏帽子岳がみるみるうちにガスでその姿をかき消されていく…。しかし、晴れの勢力と雨の勢力の力は拮抗してるようで、烏帽子の姿は消えたり現れたりを繰り返していた。
7:09に南沢岳頂上を出発。ガスで真っ白なのでそのまま稜線に沿って広いザレ場を真っ直ぐ行ってしまいそうだけど、ケルンの存在に気付いて細い道に入る。ここが地獄の入口で、ここからは濁沢に向けてスパッと切れ落ちたザレ場の縁に付けられた道を慎重に下る。落ちたら、即、死だ…。道は時折安全な越中側の草付きに逃げることもあるけど、ザレ場の通過は全く気が抜けない…。南沢乗越に到着したら今度は急激な上り。いつの間にか雨は止み、黒部川を挟んだ向こう側がみえるようになる。山のなかにある場違いな白い建物は、アルペンルートの黒部平駅だろうか。上るにつれ砂礫の道となり、コマクサの群生がみられるようになる。南北に長い不動岳の頂上部に到着。三角点を捜すも、ハイマツのなかっぽかったので、全身ズブ濡れになるリスクを冒してまで捜すモノでも無い…と断念。不動岳頂上には8:24に到着。不動岳の頂上標識を出発してすぐの岩場に、遭難者の慰霊プレートが埋め込まれているのを発見! 遭難は1991年、遭難時年齢21なので、明らかに遭難者は私とほぼ同学年…(汗)。これからもっと険しいところに向かうというのに、縁起でもないものをみた気分…。南北に長い不動岳の頂上からの下りでいきなり鎖場…(汗)。
不動岳までは烏帽子小屋、不動岳からは船窪小屋の管轄なのか、不動岳から先に登山道の整備状況に変化が。これまで滅多に無かった真新しいピンクリボンに、最近整備の手が入った…と感じ取る。いくらか天気が回復し、これから向かう船窪第二ピークまでの稜線が丸見え。あの崩壊地の縁をホントに歩くのお〜?(汗) この不動岳から船窪岳に向かう区間で、1人の男性登山者とすれ違った! 「今日、初めて人に会いました!」と感激の面持ちで声を掛けられたので、こちらも思わず「こっちも初めてです!」と返した。厳密に言うと、私は烏帽子小屋の前で登山者と挨拶を交わしてるので、今日初めて登山者をみたワケでは無い。だけど、彼が今日船窪小屋のテン場から来てるのだとしたら、私が初めて会う登山者でも不思議は無い。烏帽子小屋のテン場にそれなりのテントがあったけど、誰もこっち方向には来てないってことか…。・2,299 mピークで休憩してるうちにまた雨粒の落ち方が強くなり、視界が消えた。一旦鞍部まで下って登り返し、船窪第二ピークに10:24に到着。天気も悪くて展望が無いし、標識が折れて倒壊してる冴えない場所だったので、そのまま通過した。「船窪第二ピーク」というからには船窪岳までは近い…と考えてしまうけど、船窪岳までは一旦ズンと下がり、上り返さないといけない。そういう知識が無かったから、グングン下っていくのに戸惑っているうちに最初の難関に到着。ザレ場に渡された1本のロープ。最初はこのロープを頼りに向こう側に渡ればイイものと考えた。しかし、実際にザレ場に足を置いてみて、このままロープにつかまったままここを横断したら、下に持ってかれる!と判断。ここは「ここより下は歩くな」という意味のロープだと解釈し、ロープの上部にある草付きに必死にしがみつきながら難所を横断。次の難所は、長いロープのある急坂の下りで、ここはロープを使わずにクリア。もう少しで2つの船窪岳間の最低鞍部まで下りるという場所に待ち構える難関は100 mくらいのロープがある急坂…(汗)。鎖やロープがあっても、可能な限りそれらを使わずに上り下りすることを信条としてる私だけど、この坂は手掛かり・足掛かりに乏しく、ロープを使わずに下ることは不可能だった。安全地帯の最低鞍部まで下って緊張感から解放されると、どっと疲れが出て休憩。時間はすでに11時前。当初のうちはあわよくば10時台には船窪小屋まで行ければ…と考えてた。・2,299 mピークから船窪岳まで1時間で行ければと思ってたけど、この状態ではどちらも無謀としか言いようが無い! ここに来て天気は若干回復し、必死の思いで下ったばかりのザレた急坂が丸見えなのがいまいましい…。
最低鞍部から船窪岳の上りにかかる。決定的な縦走路の崩壊地点に、金属の光沢がまだ眩い手すりが付けられてる。まるで甲斐駒ヶ岳黒戸尾根の刀利天狗みたい。手すりがあるから…といって安心は出来ない。手すりと地面の間に、人間が滑り落ちるだけのスペースがたっぷりある。真新しい手すりだけど、体重を預けるには不安で、触れる程度に留める。このような手すりを2ヶ所通過し、上り詰めると、これまた標識が倒れたままの船窪岳頂上に11:27に到着。真正面に高瀬ダム湖がみえ、これから登る斜面もよくみえた。
船窪岳は変な山で、山頂よりも小屋のほうが標高が高い。槍ヶ岳山頂よりも槍ヶ岳山荘のほうが高いってことは通常あり得ないけど、ここではそれが起こってる(苦笑)。船窪岳から船窪乗越まで下りる。ただでさえ歩くひとが少ないマイナールートに左手から合流してくる道がある。平ノ渡しからの針ノ木谷経由の道だ。不動岳─船窪岳を歩くひとでさえ滅多に居ないのに、このルートを歩くひとはどれだけ居るんだろう? 船窪乗越にある標識には「上級者向け」と案内されていた(苦笑)。船窪乗越から船窪小屋まで標高差250 mほどの上りにかかる。30分ほどの上りで木造の建物に到着。船窪小屋のテン場のトイレの廃墟だった…。すぐ横に工事現場にあるような今ふうの簡易トイレがあり、今はそちらを使うよう。テン場到着は、12:23。テン場にはすでにテントがひとつ張られてた。烏帽子小屋を出発した日はこのテン場でその日の日程を終える予定だったのに、雨で計画が変更になったため、まだまだ先を目指す。疲労度を考えると今日はここで終わりにしたかったんだけどね…。転落死亡事故まで起こったという「日本一危ない水場」に向かう機会が無くて、残念!(苦笑) テン場を抜けると長いハシゴを上って小屋へ向かう。テン場の受付および水の補給は小屋でしか行えないのに、片道20分はかかる。トイレがあるだけまだマシなのかもしれない…。テン場を過ぎても上り坂は続く。七倉岳分岐には12:37に到着。
七倉岳分岐の標識には、小屋まで5分と案内されてたけど、6分かかった。というのは、途中ライチョウをみつけ、写真を撮ってたから(苦笑)。12:43に船窪小屋に到着。小屋のなかに入ったら、小屋の主人たちがすでに到着してる宿泊客と談笑中。何か食べるモノを買いたかったけど、空気を壊さないようにリンゴジュースを購入し、退散。烏帽子小屋を出てから初めての用を足しにトイレに向かう。ここのトイレは通過だけの登山者も料金は不要のよう。12:53に小屋前を出発し、長い下りにかかる。危険箇所を何とか通過し、船窪小屋に着いた時点で終わったような気になってたけど、これからが長い。天狗の庭でこの日3人目の登山者(船窪小屋の宿泊客を含む)とすれ違い、すぐ下で総白髪の年配の女性登山者とすれ違った。「久しぶりなのでキツイ」とのことだったけど、この御年でここのコースを登ろうと考えただけでも充分お元気です! ブナ立尾根は全行程を12分してたけど、このルートは標高を10等分表示してるようで、「7/10」地点で休憩。この調子で次は「3/10」まで下りて休憩だ!…と下手な目標を持ったのがよくなかったのかもしれない。長い木製ハシゴ(これも黒戸尾根っぽい)を下って鼻先八丁に着いた途端、左足を滑らせアタマから左手のヤブに転落。アタマから1回転し、頭に巻いてたバンダナ、首にかけてたタオル、かけてたメガネの全てが吹っ飛んだ後、止まった。特にダメージ無く、登山道まで復帰出来たけど、メガネが無いと下山してもクルマを運転して帰れない…。「下手したら、明日も会社休みかな…」と弱気になるも必死にメガネを捜し、何とかみつけ当てた。
転落は体には大きなダメージは無かったものの、精神的にはダメージが大きく、鼻先八丁からは、岩小舎、唐沢のぞき、そして「1/10」(苦笑)…と小刻みに休憩を入れての下り。唐沢のぞきには「船窪(小屋)4:00」の標識があったけど、それより下の地点で船窪小屋のボッカさんと思しき年配の男性とすれ違った。もう4時だし、いくらボッカさんでも明るいうちの小屋到着は無理じゃない? 途中送電線巡視路と合流し、道がよくなるかも…と期待したけど、歩きづらかった。たぶん、長距離を歩いて脚にキてたんだろう。七倉沢沿いまで降りて車道のような広い道を歩くようになって、ようやく生還を確信した。16:57に七倉山荘に到着。キャンプ場出発から12時間6分での下山で、2ヶ月前の栂海新道・犬ヶ岳日帰り往復(https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-4437468.html)以来の行動時間12時間超えになった。
昭文社の『山と高原地図』で南アルプスの高山裏─荒川前岳間が破線扱いになるなら、こここそが破線になるべきだ!…と言われている(苦笑)南沢岳─不動岳─船窪岳─船窪小屋の区間を歩くひとの殆どが「赤線つなぎ」が目的だと思うけど、今回歩き通してもう目的を達成してしまった以上、老い先短くなりつつある私がこのコースを歩くことはもう無いだろう。風化で次々と今ある道が崩壊していくこのコースがあと何年通行可能なのか、凄〜く興味がある(苦笑)。朝から雨降りだったので、烏帽子岳往復したらそのままブナ立尾根を降りようかと思ったけど、烏帽子岳頂上で『てんきとくらす』をチェックしたらほぼ全日「A」だったので計画どおり進めることを決定したんだけど、船窪小屋に着くまでほぼ曇りか小雨で、登山に支障の無い天気という意味では確かに「A」(苦笑)。『てんきとくらす』がどこまでの状態を「A」としているのかを身をもって体験し、興味深い(苦笑)。
雨と汗と草木からの露で全身ほぼビショ濡れの私は、すぐにでも七倉山荘で風呂に入りたかった。しかし、営業してなかった…(泣)。仕方なく、山荘横の自動販売機で\170のコーラを買う。山荘横で休憩してた御年配のパーティーのオジサンから「山から下りたら、やっぱりコーラ?」って訊かれたので、私はこう答えた。「当然です!」
コメント
この記録に関連する登山ルート
この場所を通る登山ルートは、まだ登録されていません。
ルートを登録する
いいねした人