【追悼山行】約束の伊藤新道〜裏銀座、370日目の再訪
- GPS
- 27:07
- 距離
- 48.0km
- 登り
- 3,434m
- 下り
- 3,211m
コースタイム
- 山行
- 2:25
- 休憩
- 0:00
- 合計
- 2:25
- 山行
- 11:21
- 休憩
- 1:09
- 合計
- 12:30
- 山行
- 10:37
- 休憩
- 1:17
- 合計
- 11:54
天候 | 快晴 |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2022年10月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
タクシー 自家用車
高瀬ダムの最終は七倉ダム発より15分早いので注意 タクシー無線でブナ立尾根を下ってくる登山者がいるかどうか、タクシー客からの情報を元に連絡を取り合ってくれている それ以外の時間帯、時期は七倉ダムから5.5kmちょっと徒歩。上り1.5h、下り1h15mくらい https://kanko-omachi.gr.jp/access/bus-taxi/ |
コース状況/ 危険箇所等 |
※伊藤新道はバリエーションルートなので、天候等によって状況は千変万化します ・総評 湯俣川は昨年よりは水量が多かったが、ロープは一度も使用しなかった。 裏銀座ルートは長く、水晶小屋、野口五郎小屋、鳥帽子小屋ともクローズしているこの時期、三俣山荘から先で水の補給場所がないため、水をたくさん持つ必要がある。我々は2人パーティで5L持ち、1L弱余った。 ・伊藤新道 沢靴はラバーソール。フェルトでも良さそうだが、苔はないし、河原歩きが多いので、足への負担を考えればラバーソールが妥当と考える。 新第一吊橋(旧第一吊橋)までは渡渉なく右岸(上流から見て右)を遡行、噴湯丘に寄ると、渡渉を2度することになる。増水していないのであれば、ガンダム岩までは登山靴でも可能。 新第一吊橋から左岸に渡り、ガンダム岩へ。ガンダム岩は、昨年の遭難事故を受けたものと思われる鉄製のホチキス型の手すりが岩の上流側、下流側に設置されていた。FIXロープが岩の上と下の水流の両方に設置されていた。 新第二吊橋(旧第三吊橋)までは、渡渉回数は少ない。「雨天時勇気を持って引き返せ」の岩のすぐ手前に新第二吊橋が設置されている。川面からかなり高い位置にある。私は吊橋を渡らずに腰まで水に浸かってヘツった後、吊橋の15mほど上流の流れが緩めのところを渡渉した。 旧第四吊橋跡には川面から離れた高い位置にワイヤーが掛かっており、往時の難所であったことが伺えるが、現在は開けておりその右岸がビバーク適地。この先から渡渉回数が増える。 新第三吊橋(旧第五吊橋)を右岸から左岸に渡りすぐがビバーク適地。その先に小さなケルンが積んであり、そこから赤沢出合いまでの高巻きルートに入り、沢ゾーンは終了。登山口に履き替えて良い。このまま赤沢出合いまで沢ルートを遡行する人も結構いる。 高巻きルートはかなり急で滑るところもあり、油断は禁物。赤沢出合いに向かって急な下り。赤沢を渡渉するのは、よほど増水しない限りは濡れることはない。 赤沢出合いから展望台までの間は荒れており、一部は崩落しているが、マーキングはある。標高差300mの急登でかなり消耗する。体力的にはこのルートの核心。 展望台から先はほぼ一般ルート並で、庭園から先は鷲羽岳の山腹の脇を進む、眺望の開けた好ルート。 ・裏銀座縦走路 朝から三俣山荘から鷲羽岳までの標高差400mアップはかなり堪える。 水晶小屋までは比較的穏やかなルート。 水晶岳の頂上周囲はやや岩っぽい。 水晶小屋〜真砂岳分岐は赤い砂地のルートで滑りやすく急な下り。 真砂岳分岐を過ぎると野口五郎岳まで白い砂地のルートで歩きやすくなる。 野口五郎岳頂上直下は文字通りゴーロ帯だが、それ以降は烏帽子小屋まで歩きやすい。 ブナ立尾根は北アルプスで最も急な尾根だがよく整備されており、例えば谷川の西黒尾根などに比べると非常に下りやすい。 |
その他周辺情報 | ・携帯電波(docomo) 伊藤新道は、電波の反射でごく一部入ることがあるが(昨年の事故時、ガンダム岩から通報している)、ほぼ入らないと考えるべき 稜線上は概ね入るが、三俣山荘周囲は、山荘もテン場も圏外 ブナ立尾根はうっすら入るが電話は繋がりにくい。タクシーを呼ぶ際は6番の札のところが電波が入る。 ・入浴 七倉山荘の日帰り入浴が18時までに上がれば入れる その他周辺に日帰り入浴は数か所ある ・食事 大町市内はそれほど多くないのと、営業終了時間が早い 大町商店街の「大寿」 池田町の「しもさと」 旧豊科町の「穂の香」 が比較的安価で美味 |
予約できる山小屋 |
七倉山荘
|
写真
装備
個人装備 |
長袖シャツ
Tシャツ
ソフトシェル
タイツ
ズボン
靴下
防寒着
雨具
ゲイター
日よけ帽子
着替え
靴
予備靴ひも
ザック
ザックカバー
サブザック
行動食
非常食
飲料
ハイドレーション
ガスカートリッジ
コンロ
コッヘル
食器
調理器具
ライター
地図(地形図)
コンパス
笛
計画書
ヘッドランプ
予備電池
GPS
筆記用具
ファーストエイドキット
常備薬
日焼け止め
ロールペーパー
保険証
携帯
時計
サングラス
タオル
ツェルト
ストック
ナイフ
カメラ
ポール
テント
テントマット
シェラフ
ヘルメット
ロープ
ハーネス
確保機
ロックカラビナ
カラビナ
クイックドロー
スリング
ロープスリング
セルフビレイランヤード
渓流シューズ
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---|
感想
昨年秋、伊藤新道で遭難事故が起こった。
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-4754847.html
私は、そのパーティの一員として事故に立ち会い、パーティ唯一の医療従事者として、山岳医療を学んだ者として、わずかながらの知識や経験を駆使し、要救助者の処置等をできる限り行なったが、残念ながら帰らぬ人となった。その後、パーティ間の調整、警察や病院への事故報告書の提出、故人のご遺族の対応などを引き受け、数ヶ月の間、慌ただしい日々を送った。ご遺族には、故人に事故現場より先の景色を見ていただくために伊藤新道を再度遡行する、と約束し、以来1年間、そのことだけを考えて、心身の鍛錬に努めてきた。
今年の夏は、実に雨が多かった。毎週末のように繰り返される雨。私は北岳や編笠山、日向山で山岳医療パトロール活動に携わっているため、毎週のように山に入ってきたが、とにかく雨が繰り返された。あたかも故人に「まだまだこんなものではない」と試練を与えられているのではないか、と重苦しい気持ちになったが、天候は誰にでも等しく与えられた条件だった。別に私が特別に与えられた試練ではない。だから、毎週毎週の悪天候の予報に暗い気持ちになりながらも耐えた。
そして、とうとうその日がやってきた。
本当は故人の命日に合わせて前週に遡行する予定だったが、やはり悪天候で、湯俣川は増水しているとのことで叶わず、今回を逃すとその後は私事により訪れる時間が取れないため、まさしく今回が最後のチャンスだった。
天気予報は転々と変化し、ようやっと雨天にならない確証を得たのは出発の2日前。それでも天はどのような悪戯をするかと、その時になるまで信じることができなかった。
果たして、当日は曇天という予報が良い方向に外れ、今年の夏山シーズンで最も好天に恵まれた。
事故現場で花を手向け、線香をあげ、故人が好きだったワインを捧げた。そのとき、故人と親交があったという高名なガイドが通りかかり、話しかけてくださった。一緒に黙祷しながら、ガイドは涙を拭っていた。
事故現場を通過しても、伊藤新道を遡行しきるまでは少しも気を抜けなかった。そして、「昨年と同じ条件」で遡行することが故人への手向けになると考えた私は、三俣山荘の方々やマウンテンワークス社などのご関係各位が素晴らしい心意気で掛けてくださった3つの新しい吊橋を渡らず、人工物も一切使用せずに湯俣川のあるがままの姿を受け入れた。それが正しかったかどうかは今でもわからないが、百戦錬磨のクライマーだった故人なら、きっと同じようにしていたと思う。
故人を追憶し続け、ご遺族に向かい続け、自分自身にも向き合い続けた1年間。
故人が最後に最高の山の姿を私たちに見せてくれた。そして新たな出会いをくれた。
故人が喪われたことは、どのような事実によっても変わることはなく、ご遺族の心の悼みが消えることもない。私の眼前で消えようとする生命の炎を目の当たりにして、医療従事者であろうがほぼ全くの無力だったという事実が、今回の伊藤新道遡行を完遂したことで上書きされることもない。
だからこそ、今シーズンは山岳遭難事故の予防のための活動を粉骨砕身の気持ちで行なってきたし、今後も変わらず続けてゆく。そして、ご遺族とも、自分とも向き合い続ける。
それが、私にできることだ。
それのみが、私にできることだ。
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