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Yamareco

記録ID: 222312
全員に公開
無雪期ピークハント/縦走
槍・穂高・乗鞍

槍ヶ岳〜大キレット〜奥穂高岳

2012年09月01日(土) ~ 2012年09月04日(火)
情報量の目安: S
都道府県 長野県 岐阜県
 - 拍手
GPS
73:15
距離
35.2km
登り
2,855m
下り
2,827m

コースタイム

1日:上高地12:58→15:25横尾15:30→17:12槍沢ロッヂ
2日:槍沢ロッヂ6:00→6:35ババ平6:38→7:50天狗原分岐→8:40坊主岩8:43→9:48槍ヶ岳山荘前11:20〜11:45槍ヶ岳山頂11:48〜12:05槍ヶ岳山荘前12:20→12:50大喰岳→13:30中岳→14:50南岳→15:00南岳小屋
3日:南岳小屋6:18→10:30北穂高小屋13:10→14:56最低コル15:00→16:40穂高岳山荘
4日:穂高岳山荘6:18→6:56奥穂高岳7:01→8:36紀美子平8:42→11:05岳沢小屋12:00→14:15河童橋
天候 1日:晴れ後雨
2日:雨後時々晴れ
3日:晴れ後雨
4日:雨後曇り時々晴れ
過去天気図(気象庁) 2012年09月の天気図
アクセス
利用交通機関:
電車 バス タクシー
 上高地までのアルピコ交通(松本電鉄)電車&バスの切符は事前購入推奨。松本駅はJRとの間に改札がないので無札だと新島々駅で精算の列に並ぶことになります。
 上高地〜沢渡はタクシーが1000円×4人=4000円で快適でした。
コース状況/
危険箇所等
 槍ヶ岳〜南岳は思ったより急なアップダウンや岩場もありました。
 大キレットは、なるほど安全設備は配されていましたが、踏み外したら一巻の終わりという高度感は相当です。特に長谷川ピークの南側が恐ろしい。最後のA沢のコルから北穂高山頂へそそり立つ岩壁は登る気力を奪いますが、下るのはなお願い下げです。
 北穂高〜涸沢岳は高度感こそ概して大キレットに譲りますが、ほとんど両手も駆使する岩場の上り下りなので、より難しい印象でした。特に最後の涸沢岳の岩場直登がつらい。
 2年前にも通った吊尾根でガスの中、2回ほど登山道をロストしました。岩の○印に注意して歩いても先人の過った踏み跡に釣り込まれます。少し歩いて道形が怪しくなったり、50m以上も○や矢印が見えてこなかったら一度戻るに限ります。
 重太郎新道を登る人は尊敬します。凄まじい急登の最後がスラブ状の岩の鎖場です。
■1日:上高地から岳沢。まだ晴れていた
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■1日:上高地から岳沢。まだ晴れていた
雨上がりの横尾
足元の流れにイワナの夫婦?
足元の流れにイワナの夫婦?
川面のモヤ
ミヤマニワトコの実?
ミヤマニワトコの実?
槍沢ロッヂ到着
■2日:ババ平に着くとカールの奥が見えてきた
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■2日:ババ平に着くとカールの奥が見えてきた
今年は大きな雪渓が残る
今年は大きな雪渓が残る
何リンドウでしょう?
何リンドウでしょう?
シオガマの一種
ハクサンフウロ群生
ハクサンフウロ群生
凄みのあるカール地形
凄みのあるカール地形
南岳直登天狗原ルートの分岐
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南岳直登天狗原ルートの分岐
ミヤマシャジンにしておこう
ミヤマシャジンにしておこう
ウメバチソウでしょう
ウメバチソウでしょう
坊主岩屋
ウサギギク
何も見えない槍ヶ岳
何も見えない槍ヶ岳
ベンケイソウ。花というか実というか
ベンケイソウ。花というか実というか
ヒマラヤの集落みたいな槍ヶ岳山荘
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ヒマラヤの集落みたいな槍ヶ岳山荘
トウヤクリンドウ
トウヤクリンドウ
カール底のモレーンとギザギザ山稜の影(天狗原)
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カール底のモレーンとギザギザ山稜の影(天狗原)
こんな岩場もある(中岳付近)
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こんな岩場もある(中岳付近)
岩塊流と笠ヶ岳
常念岳が見えてきた
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常念岳が見えてきた
振り向けば槍の登場
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振り向けば槍の登場
足下には槍平の小屋
足下には槍平の小屋
南岳山頂より槍を振り返る
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南岳山頂より槍を振り返る
前方には大キレットを挟んで北穂高岳
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前方には大キレットを挟んで北穂高岳
丸い月が出て…、
丸い月が出て…、
天の川は今一つはっきりしない
天の川は今一つはっきりしない
■3日:北穂高岳の朝
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■3日:北穂高岳の朝
南岳小屋前にて一瞬のご来光
南岳小屋前にて一瞬のご来光
朝日の中の常念岳
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朝日の中の常念岳
えーと、蓼科方向でしょうか
えーと、蓼科方向でしょうか
大キレット全景。こんなに晴れていたのに…
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大キレット全景。こんなに晴れていたのに…
大キレット途上より北穂高岳
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大キレット途上より北穂高岳
振り向けば獅子鼻がそそり立つ
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振り向けば獅子鼻がそそり立つ
とがり始めた尾根にガスが湧く(長谷川peak)
とがり始めた尾根にガスが湧く(長谷川peak)
ステップで安心! 踏み外すことは考えない
ステップで安心! 踏み外すことは考えない
こんな岩を登ったり下りたり
こんな岩を登ったり下りたり
中央上の突起からの↑や○がルートを示す(以上長谷川peak)
中央上の突起からの↑や○がルートを示す(以上長谷川peak)
前を行く女性2人が悪戦苦闘中(この先に4連ステップ)
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前を行く女性2人が悪戦苦闘中(この先に4連ステップ)
小屋から徒歩20秒の北穂高岳北峰山頂
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小屋から徒歩20秒の北穂高岳北峰山頂
北穂からは2コマ前の女性2人と即席4人パーティー
北穂からは2コマ前の女性2人と即席4人パーティー
ツンツンとがった尾根を行く
ツンツンとがった尾根を行く
ミネウスユキソウ発見
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ミネウスユキソウ発見
露に濡れるイワギキョウは可憐だが、露に濡れる岩は剣呑そのもの
露に濡れるイワギキョウは可憐だが、露に濡れる岩は剣呑そのもの
イワギキョウの群生
イワギキョウの群生
■4日:穂高岳山荘
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■4日:穂高岳山荘
奥穂山頂。またも小雨で記念撮影はパス
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奥穂山頂。またも小雨で記念撮影はパス
紀美子平
上高地が見えた

感想

 帰宅後、どうにも息切れがするので医者に行くと、「あんた、喘息だよ」と言われた。さすがアルプス、空気が薄いと思って喘ぎ登った山行だったが、医者は「ふつう登山には行かないでしょ」。やんわり諭され、どこの山かということはモゴモゴ言ってごまかした。
【1日】 上高地バスターミナルは晴れて暑かった。日陰のベンチでお握りの昼を済ませ、午後1時ごろ出発。すぐ梓川のほとりに出て岳沢カールが眼前に広がった。今回は河童橋を渡らず、上高地3度目にして初めて左岸の道を行く。ハイキング道路なので観光客が多い。
 30分も歩くと、あれほど背中をあぶっていた太陽が隠れ、雨が降り出した。道端で苦労してリュックのレインカバーと折り畳み傘を取り出したら、間もなく明神に着いてしまった。自然探勝路経由よりやはり15分は近い。
 傘を差して樹林帯の中を歩く。観光客が消えて道は静かになったが、それでも山を下りる登山者のグループと続々すれ違う。徳沢園でトイレに寄り、なおも緩勾配の道を辿っていくと、ありがたいことに雨が小止みになってきた。パノラマコースに続く新村橋を分け、「この道なら小型車だと走れるね」「いや、無理だろう。ジープ型なら行けるかな」などと話していると、川原の中に作業道が造ってあって、普通の軽自動車が走っていくのが見えた。関係者の車だろうが、この沿道の山小屋はこうした車で補給ができるから物資が豊かなのかもしれない。
 ちょうど横尾山荘に着くころ雨が上がったので、休憩して傘をしまう。おととしはここに泊まって涸沢から奥穂へ登った。あの時は晴れて暑くて、おまけに涸沢フェス終了日と重なって大勢の山ガールとすれ違ったことを思い出す。その前年、初の北アルプスで槍に登った時は雨に降り込められ、終始傘を差して歩いた。
 横尾から先は道に勾配がつき始め、槍沢のすぐそばを進むようになる。「3年前こんな景色見たっけ?」「雨で初めてで暗くなりそうで、景色見る余裕なんてなかったのかな」「人間の記憶力なんてあてにならないね…」。自分たちの脳みその具合を人類一般の問題にすり替える最後のフレーズは、本山行中、何度も口にすることになる。
 何とか明るいうちに槍沢ロッヂに到着し、前回間に合わなかった風呂にありつく。「ここ、風呂なんてあったっけ」「人間の記憶力なんて…」という件の会話を繰り返し、温かな湯舟で脚の筋肉をもみほぐした。すぐに夕食となり、ビールで乾杯。食事が済むと蚕棚の2階にあてがわれたスペースに倒れ込こんだ。関西弁のグループがマムシ酒の作り方について大声で話していてうるさい。これじゃあ眠れないと思っているうちに、目が覚めると朝だった。

【2日】 朝食は先着順。階段の上から食堂前に集まった人数を数えると70人ほどだった。100人収容というので余裕を見せていたら、登山ツアーの団体は添乗員の手配で優先着席できるらしく、我々の後3人で席が一杯になり危ないところだった。実質的な“割り込み”であり、予約制レストランでもあるまいし、団体さんも自分で並んでもらいたいものだ。
 外は雨が降ったりやんだりで、今日も傘を片手の山登り。テン泊者でにぎわうババ平でようやく薄日が差し、傘を畳んだ。前方にカール地形が見え、いよいよアルプスの核心部に入ってきた感が強まる。標高2000mそこそこの地点に今年は大きな雪渓が残っていた。
 東鎌尾根分岐の大曲を過ぎると、前方の広い谷底に緑の着いた大きなモレーン状の地形が現れる。圏谷は西に曲がり、一瞬ガスが切れて遠く中岳方面の雪渓が覗いた。やがて天狗原分岐。勾配が増し、グリーンバンドを過ぎる頃にまた雲行きが怪しくなった。分岐から50分ほどで坊主岩到着。上の方はガスに包まれ、槍の穂先を望むのは難しそうだ。
 殺生ヒュッテ分岐を過ぎ、最後のジグザグ登りをクリアして肩の小屋〜槍ヶ岳山荘到着。予想よりいくらか早く着いて嬉しいが、あたりはガスの中。とりあえずキッチン槍に転がり込み、槍に登るかどうか話し合おうとしたら、おなかが鳴った。まだ10時前だが、朝が5時だから10時に昼飯を食べてもそうおかしくはない。というわけで、10時開始というランチのカレーを一番乗りで頼んだ。金属皿に盛られたカレーは五十路男にはボリュームたっぷりだった。
 実は今日の急登で感じたのだが、いくら3000mの高地とはいえ今回は息切れが激しすぎるようだ。だから槍はパス…ではなくて、前途の難所を歩き通せるか試す意味で山頂によじ登ってみる気になった。幸い相棒のalps165ことDr.エモンもエネルギーを補給して元気そうなので、「行くか」と話が決まった。
 ガスで視界は30mほどしかない。岩の矢印を頼ってルートを拾い、鎖と梯子で意外に簡単に頂上に立つことができた。両手を使う岩登りでは、慎重になる分スピードが落ちるので、急坂を歩くほど息は上がらない。頂上では記念撮影だけですぐ折り返し、山荘で記念のTシャツを買うとリュックを背負って出発した。
 心なしか薄くなったガスの中、飛騨乗越を経て3000m級の尾根歩きが始まった。大喰岳で振り向くと、槍ヶ岳山荘がガスの中にぼんやり浮かぶ。ちらちら振り返りながら歩くうち、槍の頭がチラリと覗いた。
 その後もガスは少しずつ薄れ、槍沢や飛騨沢のカールが見え始めた。中岳を過ぎると点々と雪渓の残る天狗原が望まれ、西の笠ヶ岳が雲間から姿を現した。急な岩場を乗り越えれば東の常念岳の稜線が顔を出し、最後に待望の槍もその鋭い穂先をさらけ出した。
 そのままの天気で南岳到着。これで本日4座目の3000m峰だ。行く手には南岳小屋と、険しさをむき出す北穂高岳&大キレットが見えている。本当にあんな所歩くの?と不安も覚えつつ、小屋に入った。「小さな小屋なので今後はなるべく予約を」と注意を受け、恐縮しつつ2階の部屋に荷を降ろす。今度は蚕棚の1階だ。天水頼りなので水が制限され、飲み水として500侫撻奪反1本を渡された。洗面所の水は「消毒剤入り」とのことで、歯磨きなどで口に含むことは禁じられている。荷を置いてから獅子鼻の手前まで登って再度キレットを下見した。
 Dr.は昨日から眠り病患者のごとく小屋に着くなり爆睡し、食事の後、再び爆睡してそのまま朝を迎えるパターンになっている(食事中は後ろの卓の女性たちに話しかける元気があったようだが)。当方はそうもいかず、星が見えるという誰かの声を聞いて外に出てみた。満天の星空を期待したが、ほぼ満月の月が上ってしまい、昨夏の燕山荘で見た見事な天の川との再会とはいかなかった。

【3日】 今日の日の出は5時20分ごろ。朝日を見ようとその前に起き出し、他の泊り客に混じって獅子鼻手前に登ってみたが、あと10分というところで飛騨側から上ったガスに包まれてしまった。霧雨まで降っている。いったん小屋に戻った後、日の出時刻にサンダルを突っかけて出てみると、一瞬だけ雲間に輝く太陽が見えた。向こうの稜線に立つ人の影が印象的だった。
 夕食に続いて、すこぶる体格のいい兄ちゃんの向かいに座って朝食。Dr.はまた後ろの卓の女性たちと話している。前夜、読書室で入念にストレッチしているのを見かけた2人がおり、彼女たちとはこの後、臨時パーティーを組んで北穂の先を探り歩くことになる。
 6時15分ごろ小屋を出ると、邪魔な雲はほとんどなくなっていた。少し登って行く手の峨々たる峰を再チェックし、獅子鼻西斜面のザレ場を一気に下る。最低コルまでトータル高度差200m以上。鎖と長い梯子を伝って慎重に、しかし、どんどん高度を下げていく。東の槍沢側から谷風に乗って雲が湧き、尾根を越すと消えていった。高度を下げると、そそり立つ北穂の壁がますます迫力を増し、振り向けば獅子鼻がこれまた圧倒的な高さで聳え立つ。
 件の陽気な女性2人組が少し先を行くのが見える。少しずつ道の難易度?が増してくるようで、彼女らが立ち止まった所は要注意個所と判断できてありがたい。鳥海山の新山山頂を思わせる岩の堆積を越え、歩き始めて1時間半、三角形の尖った岩で尾根を形作る長谷川ピークらしき峰が迫ってきた。女性たちの声がかすかに風に乗って届いてきた。笑っている。余裕か、はたまた笑ってしまうしかないヤバさなのか…。
 ピークに着くと岩にステップが一つ打ち込んである。話には聞いていたが、なるほど恐ろしい。深く考えないことにして、岩や鎖をしっかり掴んで先に進む。下りは登りよりやっかいだ。おまけに西の飛騨沢に雄大積雲が浮かび、消えない雲がかかり始めて、はっきり天候は悪化の兆しを見せている。
 この後もステップが4つ打ち込んである高所を通過したはずだが、飛騨泣きのことだったか前後関係がはっきりしない。ともあれ奈落の底に滑り込みそうな難所をクリアし、短い桟道を通って8時35分、やっとA沢のコルに着いた。
 ヘルメット姿の2人が北穂側の岩壁を下りてきた。これまですれ違ったのは2、3組で、いずれも難所以外で遭遇したのは幸いだった。週末など人が多い時は落石も考えてヘルメットは必携かもしれない。この先の飛騨泣きの難易度を聴くと、「ここまでと同じくらいですよ」とのこと。まあ、我々も数々の難所をクリアして?だいぶ恐怖心は薄れてきている。
 さあ、北穂小屋まで標高差300mほどの登り返しだ。深いガスの中、先を行く女性たちが難渋しているのが見える。ついに雨まで降りだしたが、登攀じみた最大の難所はその前に通過することができた。女性たちに追いついて一緒に進み始めると、向こうからロープアップした団体が下りてきた。言葉から韓国人のグループと知れる。ビニール合羽を羽織る人もいたが、この天候でこれから大キレットを突っ切るつもりだろうか。
 いよいよ本降りとなった雨の中、崖の上に立つ北穂小屋が見えた。10時25分着。当方の着古したレインジャケットが、ちっとも水をはじかないことが分かったのは、嬉しくない発見だった。
 ホウホウの態で小屋に逃げ込み、女性2人組と互いに自己紹介して昼食とした。ロッジ経営の奥さんというBさんと、元旅行会社添乗員というAkちゃんで、山好き一家で育ち、嫁ぎ先も登山一家というBさんがリーダー格。Bさんによると、この小屋は食事が自慢だそうで、言われてみればただの味噌ラーメンもなかなかの味に思える。
 4人で山談義して時間を潰してみたが、雨は強まるばかり。一瞬、雨が弱まったように感じて席を立ったが、レインウエア上下を着るうちに土砂降りになってしまい、すごすごと小屋に戻った。香港人の6人組がカップラーメンをすすっていて、大キレットを諦めて停滞することに決したようだ。海外添乗もしていたというAkちゃんが、流暢な英語で彼らの問いに答えてあげている。
 こちらもほとんど泊まる気になりかけたが、底抜けに明るいBさんが「あれっ、雨やんできてません?」と期待の目を輝かせる。「どうかなあ…」というDr.に「行きましょうよー」。確かに視界ゼロながら雨はほぼ上がっている。それに、ここで停滞すると涸沢に下るにせよ、明日の行程がかなり長丁場になる。
 結局、初志貫徹で穂高岳山荘を目指すことになった。午後1時を回り、判断のタイムリミットとした時間ぎりぎりだが、十分安全マージンは見てある。小屋の裏の北峰に上がり、すぐ南峰との間のコルへ急坂を下った。北穂小屋を目指す登山者がかなり上がってきており、もうすぐだと言うと一様にほっとした表情を見せた。
 涸沢への道と別れ、先頭からBさん、Akちゃん、Dr.エモン、zaoluckの即席4人パーティーは、不安を隠す軽口を叩きつつ互いにルートを確認しながら難路を進む。小雨は止まず視界も開けず、他パーティーの姿も絶えて久しい。話に聞く通り大キレットに劣らぬ厳しい岩場の連続で、クライミング経験もあるBさんが先頭を行くのは心強い。
 ガスの中に尖った峰が浮かぶ。レインズボンで地図が取り出しにくいため、「もう涸沢槍かな」と期待してしまうのだが、後から地図を見ると手前にドーム(Dom)だのツルム(Trum=タワー)だのと、名前からしてとんがったピークが並んでいるのだった。
 道端に日本版エーデルワイスのミネウスユキソウが咲いている。ここはどこだろうというので、秘密兵器PG-S1のGPSログを披露した。地図を表示することはできないが、あらかじめ登録したルートと現在地を重ねて示すことができるので、地図と見比べれば大体の位置は分かる。結局、涸沢槍はまだ先だと分かり、ほどなく最低コルに達してそれが証明された。
 登山道は律儀に涸沢槍のピークを踏んで延びる。一瞬、「もう涸沢岳の登りか」とぬか喜びしかけたが、おととし頂上で見ていた時、おばさん登山家が垂直のチムニー状の鎖場から次々と湧き出るように現れて驚いたことを思い出した。まだそんな登りには遭遇していない。
 D沢のコルを過ぎて、道が本格的な登り返しに入った。ここも3点支持を駆使する厳しい岩場の連続となる。岩に打ち込んだ金属棒や鎖、梯子の助けを借りつつ少しずつ高度を稼ぐ。ただ、ここまで登攀まがいのことを続けてきて分かったのは、鎖より岩を掴んだ方が体が安定し、力もいらないということだった。
 先頭のBさんが梯子から左へ鎖伝いにトラバースし、急角度で上に伸びるルンゼの下に辿り着いた。岩の割れ目は上方がさらに狭まり、どうやらこれが記憶にある涸沢岳頂上のチムニーのようだ。Akちゃん、Dr.が慎重に続き、最後に息の上がったzaoluckがなるべく鎖に頼らないように、つまり体力を使わないようにして体をずり上げた。上では陽気なBさんを中心に「着いた、着いた」と喜んでいる。
 山頂は軽い双耳峰になっており、山名の標柱があるもう一つの峰に寄って記念撮影。相変わらず何も見えない石ころの道を歩くこと15分、丸いヘリポートが見え、4時40分にようやく穂高岳山荘に到着した。所要3時間半、通常のコースタイムよりかなり遅いが、今回は無事辿り着いたことで良しとしよう。
 小屋では乾燥室が稼働していたので、じっとり濡れたレインジャケットや手袋を干した。ゴアテックスも手入れが悪いと、こういうことになる。寝ぐらは雷鳥の間の上段30番と32番。一つしかない梯子を上がった所に人が寝ているので、こちらは跳び上がるしかない。
 夕食後、食堂のそばでコッヘルを使い、Bさんたちと山談義の続きを楽しんだ。彼女らの「女子部屋」は山オバ様たちが大変な盛り上がりで、ちょっと避難してきた由らしい。我々が今年も雷鳥に会えなかったと言うと、Bさんが「飛騨乗越で雷鳥の親子が登山道渡ってましたよ」と、その写真まで見せてくれた。少し後には我々も通ったのに、やはり注意力散漫なのだろうか。

【4日】天気は相変わらずガス。朝食時に6時ごろ出たいと言っていたBさん組を探したが見当たらない。あちらは日程に余裕があるので、もう1日天候を待つことにしたのだろうと判断し、6時15分にDr.と山荘を出た。喘息患者?には厳しい登りをこなして7時前、奥穂高岳着。しかし、何一つ見えないこの天気では喜びも薄く、早々に退散した。
 前穂に寄る気はないので、後は基本的に下るばかりだ。険しいとはいえ一度辿った道、しかも大キレットを経験した身にとって何ほどのことやあらん、とトップを取って歩いていたら、果たして道に迷った。岩の○印がなく、踏み跡がいくつか伸びている。もしやと尾根の向こうを見ても踏み跡はなく、首をかしげていると、下を探していたDr.が「こっちだ」と大声を上げた。
 5、6人のパーティーが追い付いてきたが、あいにくベテランではなく、我々がルートを見極めるのを待っているようだ。しばらく先で、今度はDr.が岩の模様を○印と勘違いしてロストした。こちらもすぐに戻って事なきを得たが、その次はスラブ状の岩でルートを見失い、進退窮まった。Dr.が「戻ろうか」と提案したが、まだ早計と足場を探して動き始めると、Dr.が並行して鎖があるのを見つけた。横に移動して鎖に取りつき、やっと安心した。
 こんなのが続いたらたまらないが、幸いにも紛らわしい分岐や鎖場はなくなり、ただ高度感のある細道が延々と続く。ふと見るとガスが薄まり、下の岳沢が見えた後、ほんのしばらくだけ前方の前穂と明神が全身をのぞかせた。紀美子平と思しきあたりに何人もの登山者の姿が見える。遠く人の呼ぶ声も聞こえたようだ。
 8時半過ぎに紀美子平着。リュックが2、3個置いてあるのでこの天気でも前穂に登っている人はいるらしい。時折ガスが切れかけて、天候はどうやら良い方に向かっているようだ。先ほどの5、6人パーティーがストックを出すかどうか迷っていたので、「この先は急だけど岩場じゃないので、出した方が良いですよ」と教えてあげたのだが、これは大間違い。すぐそこからスラブ状の岩に続く3連鎖が待っていた。「いやあ、人間の記憶というのは、やっぱりあてにならないね」とDr.が得意のフレーズを繰り出した。
 その後もしばらくは鎖、梯子の岩場が続く。そこを大荷物で登ってくる人を見ると、正直尊敬してしまう。天候は回復し、少なくとも3000m以下はガスが晴れて上高地も良く見える。その景色を励みに険しい道を下っていくと、やがて岳沢パノラマあたりから周囲に木が目立ちだした。なおも鎖場があるが、だんだん樹林帯と呼べる趣になってくる。
 一昨年に昼食休憩した場所を過ぎ、道端にトリカブトやアキノキリンソウの花が咲いている区間までくれば岳沢小屋は近い。テント場を経て岳沢の水のない河原を渡り、11時に小屋前のテラスに到着すると、Bさん、Akちゃんが並んでお食事中だった。
 再会を祝して当方も昼食とする。荷物を減らすべく、非常食を兼ねて持参したマジックパスタなどを食べてしまおうという算段。Bさんたちは6時ちょっと前に出発したのだという。「山荘の前で少し探したけど、どうせお昼にここで会うだろうと思って出ちゃいました。お2人らしい人影が見えたので、紀美子平で叫んでたんですけど、聞こえました?」
 正午に再び4人パーティーを結成し、上高地へと進発する。まだ2000m以上の高地にいるのだが日が照って暑く、木陰の道はほっとする。平日で、この先は険しい重太郎新道にもかかわらず、結構登って来る人がいる。団体さんとすれ違うと、Akちゃんが目ざとく「今のは毎日旅行ですね」「今度のはクラブツーリズム」と教えてくれる。
 天然クーラーの風穴で一休み。登山道の周囲はだんだん深い林の様相を見せてきた。傾斜が緩み、木道で流れを渡るようになると終点は近い。午後2時ごろ、向こうに観光客の姿が見え、登山道は自然探勝路脇の林道に出て終わった。
 「4人なら一人1000円だから、タクシーで沢渡に行きましょう」とBさん。Dr.推奨の沢渡の日帰り温泉が、2人が車を止めた駐車場のすぐ近くであることが分かり、ご案内することになったのだ。悪天候にもかかわらず、当初予定のルートを無理せず踏破できたのは、このお2人のおかげでもある。温泉の受付でその謝意を告げ、帰宅の道中無事を祈りあってパーティーを解散した。“山は道連れ”なんてのも、たまには良い。

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