荒川岳、悪沢岳、赤石岳、大沢岳、中盛丸山、兎岳、聖岳
- GPS
- 128:00
- 距離
- 46.3km
- 登り
- 5,959m
- 下り
- 5,173m
コースタイム
4月15日広河原小屋C1(8:00)→標高2840m台地C2(15:00)イグルー制作40分
4月16日標高2840m台地C2(6:00)→荒川岳山頂避難小屋(8:00)→悪沢岳(9:40-11:00)→荒川岳山頂避難小屋(12:00)→標高2840m台地C2(14:10)=C3
4月17日標高2840m台地C3(6:20)→赤石岳(8:00-8:45)→百間洞最低部標高2500m尾根末端(11:00)→大沢岳山頂(12:50)イグルー制作40分C4
4月18日大沢岳山頂イグルーC4(6:00)→中盛丸山(6:30)→兎岳(8:00-30)→聖岳(10:50-11:50)→兎岳(14:00)→中盛丸山(15:40-15:30)→大沢岳山頂イグルーC4(17:00)=C5
4月19日大沢岳山頂イグルーC5(6:30)→大沢渡(11:15-25)→林道(13:00)→しらびそ峠車デポ(15:00)
天候 | 1日目:雨 2日目:晴れ 3日目:ガスのち晴れ 4日目:晴れ 5日目:晴れ 6日目:晴れ |
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過去天気図(気象庁) | 2004年04月の天気図 |
アクセス |
写真
感想
連休の前倒しで一週間、南アルプス南部の未踏大物ピークを荒稼ぎした。信州側小渋川から赤石岳の最短ルートに入り、悪沢岳を往復して大沢岳まで縦走、最後に聖岳を往復して遠山川林道に降りる。長いアタックの耳が二つ付いた、うさちゃんの頭の輪郭みたいなラインを美濃松が考えた。メンバーは先月塩見岳のままの美濃松と高遠杉。平日に一週間都合が付くとはありがたい仲間に恵まれた。3000m級の大物4つは登ってみて判ったけれど、それぞれ独立峰のような大きな風格を持っていた。
1日目:雨の小渋川
問題は小渋川登山道だ。夏道ルートとされてはいるが渡渉20回の3時間行程を積雪期にどう通過するか事前に思案した。軽量な沢用フェルト地下タビを履いて行った。結果、4月の南アルプスの渓流は夏とそう変わらず、水量はヒザほどでラッセルも無く案ずるまでもなかった。真夏の雪渓ゴルジュの沢の方がよほど冷たい。下半身はフルチンにカッパで快適。
広河原小屋は真ん中に土間、両脇に寝床の昔ながらの簡素な作りで陸軍の兵舎風だ。河原が近く、流木が豊富で焚き火ができた。雨に濡れた体も復活して幸先の良いスタートだ。
2日目:尾根を登って基地構築
雨上がりの朝は気持ちよく、谷の上に覗く赤石岳の白く輝く壁が美しいので出発が遅れた。広河原から稜線に直登する尾根は良い傾斜が切ってある。黙々と高度を稼ぐが、時折のぞき込むと谷は急で傾斜は深い。とても南アルプス的な尾根だ。標高2000mの樹林内で雪が出始めたので、タビやタビ靴を登山靴に履き替える。やがてワカンも付けてときおりラッセルもする。
カンカンの陽気に、樹林帯を出る頃には顔が灼ける。左、荒川大崩壊地の様が凄い。腰を降ろすと居眠りするような陽気だ。夏道は大聖寺平のほうへトラバースするようだが尾根を直登して標高2840mの台地に出る。荒川岳と悪沢岳が北東の真正面に一番かっこよく見えるここに、アタックキャンプを作ろう。
イグルーを作る。風の強いところは岩が露出しているところもあるが20歩も歩けば吹きだまりがある。高遠杉がゾンデ棒で積雪140センチと計る。表面は踏み固める必要もなく、ノコを入れるだけでちょうど良いブロックが採れる。だが30センチ下にはノコが刺さらないほど硬い層がある。先月塩見岳で苦しめられたあのカチンカチンの層だろう。そこで今回は下への掘り下げを一段で諦め、周囲からブロックを集める。掘り下げなしの地上型イグルーで制作は40分くらい。再結晶ザラメ雪なのでブロック同士の接着力が良く、すぐにできた。夕方、荒川岳にガスがまきついてきて寒くなったので中に引っ込む。
3日目:荒川岳と悪沢岳アタック
一晩中風が強かったようだ。イグルーから首を出すと3000m以上の高さがガスに巻かれている感じ。でも空の高いところは晴れている。気圧配置も悪くない。雪面は硬く、潜らない。荒川岳へはトラバースの夏道ではなく稜線を辿る。途中、荒川小屋を下に見る辺りで初めて富士山を発見。これまで小赤石岳北尾根の陰になっていたのだ。本山行のご神体、富士山。富士山はいつも突然現れる。
荒川への登りは真正面から見ると凄い岩壁が遮っている様に見えるが、大した難所もなくガスの荒川前岳山頂。まだ真っ白のライチョウ二羽がゲコゲコ鳴いている。「おまえは、寒くないのかい?」と何かのパロディーで美濃松が問いかける。
荒川岳は前岳、中岳、東岳(=悪沢岳)の三つを荒川三山というが、悪沢岳は別の山のように離れているし、中岳と前岳は5分と離れていない。だから登った山は「荒川岳と悪沢岳」という二つの3000m峰だと感じた。
荒川岳山頂の避難小屋で、まとわりついていたガスが飛び始めた。正面悪沢岳、南の赤石岳が見え始める。赤石岳の北面が真っ白で、季節の割には厳冬季気分。避難小屋は数年前に建て直した物でピカピカなのだが、冬季入り口が完全に吹きだまっていてスコップを持っていても掘る気にならないほど絶望的。相変わらず強い風を小屋の陰でよけて休んだ後、悪沢岳に出発。
悪沢岳への登りは岩の間をぬう雪面を繋いで行く感じ。山頂では何故か風が止まり、無限遠の視界が効いた。個性豊かな南ア北部の峰々に加えて、行く手の南部も見飽きない。日差しが暖かく1時間ものんびりした。
イグルーに帰り着き、夕焼けに薄く染まる荒川岳、悪沢岳をバーボン飲みながら寒くなるまで眺めた。
4日目:イグルーひっこし・赤石岳のっこし
二泊したイグルーを後にする。終夜強い風が吹いていたがストレス無し。夜もイグルー内は暖かかった。積んだ時はじゅくじゅくの水っぽいブロックだったイグルーも今は硬い氷のシェルターになっていて、三人が乗ってもびくともしない。辺りは始めガスだったが、小赤石岳に登り付く頃、昨日のように劇的に世界の幕が開く。その変わり目に丸い虹のブロッケン君が現れる。
赤石岳山頂もライチョウ多し。彼らは3000m峰が特に好きだ。強い風に飛び立ち、空中で太ったニワトリが停止しているように見える。山頂小屋はここも新しい。数年前に皇太子が登ったときに建て直したとのこと。ここの冬季入り口は入り易かったが、靴を脱ぐのが面倒だったので、入り口の土間でギンビスをかじった。
赤石から百間平への稜線は、視界が効いていれば判断しながら夏道通りの無難なルートを行けるが、ガスなら苦労するであろう所。赤石岳を過ぎてやっと風格ある聖岳が姿を見せる。赤石が大きすぎてこれまでは見えないのだ。晴れているが終日強い風が吹いてくれて助かる。これで無風なら熱くて休んでばかりで進まない。日差しはあるけれど風が強く冷たいので目出帽をかぶっている。今回は目出帽を新調したついでにクマの丸い耳を付けたので、自分の影法師に耳が着いていておかしい。百間洞の沢から腐り始めた午後の雪をラッセルして300m登ると大沢岳だ。
大沢岳山頂にイグルーを作る。下山路はこの下のコルから西尾根を下ればいいので逃げ道として優れているのに加え、ここからの眺望が抜群だ。悪沢から赤石、聖そして正面に富士山、北は甲斐駒から南の果て大無限山まで見えない山が無い。朝に夕に、ここで二泊して眺望を楽しめる。ここは一段ブロックを採ったらハイマツが出たが構わない。イグルー内はハイマツのいい臭いでぷんぷんだ。まわりから接着力抜群のベタベタのブロックを集めて、やはり50分ほどで完成した。風が寒かったが午後いっぱい、ブラックニッカを飲んだりして外で展望を楽しむ。行く手聖岳の山体の大きさはどうだ。美濃松は特徴的な尖ったケルンを10本も立てた。
5日目:聖岳微風快晴アタック
天気周期は完璧だ。理想的な高気圧帯が続いている。微風快晴だ。兎岳から聖岳へのコルは凄く傾斜がありそうなうえ、聖の登りもこれまでの稜線で最高の標高差400mなので、やる気を充満させて出発。兎岳までは小さな上り下りがいくつかあるがマラソン気分。ここから見る南面大崩壊壁を下げた聖は圧巻だ。赤石岳もそうだがやはり3000mある山は根の生え方が違う。四方に力強い尾根を張り、巨木の切り株のような存在感がある。そして兎岳も大沢岳も、この山域にあって、それら太い山を見る絶好の展望台になっている。
兎の下りは急。しかし相当なドジしなければ大丈夫。最低コルから聖への取り付き、ラジオラリア赤色岩のある岩壁帯でギャップ。ここは雪の急斜面を左に上がり、カンバの生えたリッジをルートに取った。あとは急な雪面もあるけれど、大きな聖の高みをぐいぐい目指して最後、視界は青い空と白い雪だけになり山頂を予感させない山頂に唐突に出る。ここでも皆たいして口もきかずに1時間あまりを思い思いに過ごした。僕はうとうとして夢まで見た。富士山は今日も頭上高く見えている。
帰りは兎岳の下りの斜面を始め、尻セードを多用して長いアタックを帰る。最後に中盛丸山の上で天気図の時間になり、ここで大休止。隣の大沢岳山頂の僕らのイグルーと、美濃松の立てたケルン群がよく見える。イグルーは切れ落ちた東斜面の上に引っかかるようにへばりついている。イグルーに帰り着き、計画の貫徹を祝う。天気周期が最高に良く回った事に感謝だ。酒もまだ少し残っている。見渡す限り無人の南アルプスの一番いい季節を貸し切りだ。聖に斜陽が射し、富士山に夕日が当たり、遠くの山も濃い青に変わった。寒くなってイグルーに潜り込む。
6日目:ハード下山→極楽風呂
朝起きてもまだ高曇りだ。九州は既に雨、低気圧は朝鮮半島に来た。強い風の中、富士山に別れを告げて西尾根を下る。今日の行程は標高差1800mを下り、沢を渡って対岸を標高差500m登る。そして林道を2時間半歩いて下山という、あまり人気の無さそうなルートだ。でも南アルプスらしい。降り初めてすぐ樹林帯、ワカンを付けてラッセル。南ア慣れしている高遠杉は、雪に埋まった樹林帯での夏道を探すのがうまい。ヒザまでのラッセルもある。2000m付近で雪が切れ登山靴を地下タビに履き替える。久しぶりにタビで地面を踏みしめる感覚に感動。地面のおうとつが足裏のツボを刺激し、凄く気持ちいい。裸足で歩いているようだ。
大沢山荘は昔ここまで林道が来ていた時代の飯場小屋風だ。今はあまり使われていないようだ。その下、北又川沢底への道は悪いザレ場で不明瞭。大きな鹿が跳ねてきて僕に相当近くまで気付かず、慌てて目の前を駆け抜けた。傾斜30度あまりのガレ場でオートバイのように早かった。渡渉点には誰が何に使うのか不明だが荷物渡し用のワイヤー吊りかごがある。大した水量ではないのだが、思わず乗りたくなるしろものだ。
500mの登りは鹿の糞だらけの足元を見ながら荷役牛になったつもりで黙々登る。春一番の花、薄紫のツツジが、緑の全くない冬枯れの林の中にぽつりぽつり咲いている。
林道は意外に飽きなかった。というのも角を曲がるたびに鹿やカモシカがいて、ドカドカ逃げていくのだ。屍も3つ4つ路傍にあった。あばら骨をさらし、肉をかじられた姿が美しい。林道終点のしらびそ峠に燦然と建つ、ハイランドしらびそという村営の宿があり、それがどんどん近づいて来て、最後にデポした車に行き着いた。そのころようやく雨が降り出した。
村営しらびそにはアルプス展望風呂があり、客は他になく、2時間たっぷり連峰の見える風呂で過ごした。湯船でストレッチしたり、床に大の字で転がったり、靴下洗ったりで飽きるまですごした。高いところから降る雨らしく、主稜線は高曇りの空の下に最後まで見えていた。駒ヶ根でソースカツ丼を食べるころ、雨は土砂降りになった。
南ア・小渋川〜荒川岳・悪沢岳、赤石岳、聖岳〜しらびそ峠
パーティー;米山、杉山、松原
4/14 小渋川ゲート発(1245)高山ノ滝(1430)広河原小屋着(1545)
/15 発(800)稜線標高2850mC2着(1500)
/16 発(600)荒川前岳(745)中岳(800-40)悪沢岳(940-1100)中岳(1150)前岳(1220)
C3=C2着(1430)
/17 発(620)赤石岳(755-845)百間平(1020)大沢岳C4(1250)
/18 発(605)中盛丸山(635)兎岳(755-830)聖岳(1050-1150)兎岳(1355)中盛丸山(1540-1630)C5=C4着(1655)
/19 発(630)唐松峠(845)林道(1000)大沢渡(1100-25)林道(1300)しらびそ峠(1500)
意外にも米山さんがこれら巨峰群を登り残していた。近々の転勤はどうやら北海道という。これを行かねば内地を離れるわけにもいくまい。
懸案のアプローチであった四月の小渋川溯行は、意外にも無雪期同様で問題は無かった。良い天気周期に当てることができて、実に効率良く三山に登頂することがかなった。ピラミダルな悪沢岳、量感在る赤石岳、そして穏やかな聖岳。嗚呼、雄大なり赤石山脈。
私にとって南ア南部には気を引く溯行対象は数少なく、それはやはり深南部と称される山域に集約される。今回のこれら山々を味わうにはやはり積雪期登山という様式が最適に思っての今山行であった。アタックという形式に取り立てて思い入れもないけれど、身軽さはこの上なく好ましい。おまけにイグルーを積極的に活用すれば、時間や地形から受けるストレス・制約も少なく済む。フジヤマに見守られつつ山行を継続できるのもこの地の良さだ。
<岳人誌689号に掲載済み>
コメント
この記録に関連する登山ルート
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突然失礼します。tentyo, samoa さんの記録から辿りました。
小渋川から入って大沢渡を経由、しらびそ峠に下山とは、実に奇抜ですね。
イグルーでそれぞれ定着、悪沢岳と聖岳にアタックとは、絶妙な稜線生活だと思いました。
特に大沢岳のイグルーは絶好の展望に恵まれ、素晴らしかったのではないでしょうか。
小屋とテントに頼切りの者としては、衝撃的プランでした。
感想ありがとうございます。
おかげさまで久しぶりに読み返してまた面白かったです。
春先の沢登り、普通は冷たそうに思いますが、沢経験が豊かだと、もっと冷たい雪渓解けの泳ぎに比べれば、全然平気なものでした。
イグルーは、慣れればまずどこにでも作れて、テントではやばい天気周期でも平気です。ということはとても自由に計画が描けます。やっぱり展望の良いところで朝夕を迎えるのは良いものです。でも平日なのに一週間近くも付き合ってくれた力のある仲間が、何より得難いものでした。
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