薬師〜黒部五郎〜鷲羽〜水晶〜槍ケ岳(2泊3日で百名山を五つ)


- GPS
- 32:07
- 距離
- 69.3km
- 登り
- 5,398m
- 下り
- 5,218m
コースタイム
- 山行
- 10:22
- 休憩
- 0:24
- 合計
- 10:46
- 山行
- 9:03
- 休憩
- 1:09
- 合計
- 10:12
天候 | 1日目:曇りときどき小雨 2日目:快晴 3日目:快晴 |
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過去天気図(気象庁) | 2015年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
電車 バス タクシー
復路) 上高地BT→新島々→松本(2,450円: 上高地BTで松本までの切符を買えます) |
コース状況/ 危険箇所等 |
有峰有料道路は6-20時のみ通行可 |
その他周辺情報 | 富山→亀谷温泉→折立(富山地方鉄道バス)は完全予約制です。 1便は希望者多数で予約が取れずタクシーになりました。 |
写真
感想
今回の山行きは、昨年5月に槍ケ岳山荘裏から滑落死したM君の「追悼登山」でありました。昨年11月に開かれた同窓会の2次会で日程を決定し、あわよくば穂高での同窓会開催も画策しましたが、後者は流会となり「追悼登山」のみ敢行されました。
中津川在住のS君は新穂高温泉から、佐久在住のO君と高松在住のS君は上高地から、そして僕は折立からの入山となり、8月1日午前中に槍ケ岳山荘のテラスで落ち合うという約束になっていました。もっとも登山歴の浅い僕は小屋泊ですが、残りはベテランなのでテント泊で敢行しました。
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「1日目」
プランとしては北陸新幹線で富山に入り亀谷温泉に宿泊して、バスで折立から入山でした。しかし、折立へのバスは完全予約制で、予約が取れずタクシーを利用することになりました。それなら朝早く入山して、太郎平にザックをデポし、薬師岳往復かな?
ところが、有峰有料道路は6時から通行可ということで、バスより1時間ちょっと早く着くだけ。予約した黒部五郎小舎からは、「あなた計画は標準時間で17時間かかります。夏は日が長いといっても、お客さんには遅くとも16:00までには小屋に入ってもらっています。考え直してください。」とのメールが届きました。さらに、日曜日に火打山の下りで軽い捻挫を起こし、左足が腫れている状況で、とても薬師どころではないのが出発前の状況でした。
薬師はほぼあきらめの状態でしたが、とりあえず太郎平まで行って考えよう。
土日に、高妻山と火打山にそれぞれ日帰りで登っていて、足にもなんとなく疲労が残る状況でスタート。小屋泊で2泊もしくは3泊になるので、14kgといつもより重たいザック。天気は曇っていて、山頂部にはガスがかかっており、テンションはあまりあがらないなか、太郎坂の急坂をこなさなければなりません。
先の行程が長い中、ペースを守りながら、先行者を交わしていきます。
五光岩のベンチを過ぎて傾斜が緩むと自然ととペースが上がります。樹木のほとんどないコースは、もし好天ならかなりの消耗を強いられたでしょう。幸いなことに、ときおりガスが登山道にもかかるくらいで、展望との引き換えに体力温存できました。
決して速いペースではありませんが、2時間30分で太郎平小屋に到着。アルプス全図のCT(コースタイム)の半分です。13:00までに戻れれば、薬師岳ピストンと考えていましたので、行けるかも?
急ぎ、ザックからアタックザックを取り出し、携行食と貴重品、飲料水、ウインドブレーカだけをもって、薬師に向かいました。テン場である薬師峠まで急降下し、それからの上り返しが、プチ沢登り。大きな岩と流れる水を越えていくので、このまま急坂が続くのだろうかと不安にかられます。というのも標準CTではアウトなので、時間を詰める必要がありますが、こういう場所は時間が詰まりにくい場所なのです。
格闘すること15分弱で水がなくなり、ゴーロは10分弱で歩きやすい傾斜の道になりました。ただし、相変わらずガスに包まれていて、おまけに風も冷たい風が吹いています。
薬師平から30分ほどで、薬師岳山荘に到着。休んでいた人に山頂までの時間をたずねると40分くらいとの返事。決してペースは上げてはいませんが、ほぼその方の言葉通り、11:15前に山頂到着。先客は10数人で、晴れそうだから12時までは待つとのこと。山頂で小休止を取っている間に、たしかに少し晴れてきました。上り口の太郎平がかすかに見えてきました。ただし、時間をとることはできませんので、すぐに下山開始。晴れたのはほんの20分程度でしたが、正面に太郎平、左手に鷲羽岳、後方に薬師岳を見ながらの下山となりました。ただし、晴れたのはほんの一瞬で、この日は小屋に到着するまで、再び晴れることはありませんでした。
太郎平まで戻ると、ふたたび重いザックを担ぐことになり、黒部五郎を目指して歩き出します。太郎小屋のあたりでは「北の俣までは傾斜は緩やかだけど、中の俣(黒部五郎)はきついから、あそこまでは私は無理」と誰かの声。翌日、三叉蓮華で出会った先輩も「太郎平から、黒部五郎まで小屋が一つもないのはひどすぎる」と語っていましたっけ。
赤木岳まではまずまずのペースで進んできて、いったん降下したあと、登り返しが黒部五郎と思ってがんばりましたが、実はにせピーク。五郎の前は石がごろごろした中を、標高差300m弱の上り返し。足をためていましたが、もはや余力もなく、神岡新道から来たといういったん追い越した方に抜き返され、離されてしまいました。彼は翌日ピストンで戻るので、五郎のピークは踏まないで小屋に下りるといってましたが、僕は山頂を今日のうちに踏んでおく必要があります。カールコースとの分岐の肩でザックをデポし、ふたたびアタックザックで山頂へ。
山頂に着いたときはすでに16:00を回っており、小屋に人に怒られること間違いなし。おまけに、ガスで何も見えませんでした。泣きっ面にハチといったところでしょうか。
カールコースを下りるのも、のんびり降りることはできません。雪渓からの水で石がぬれていたり、どろどろになっていたりと、靴には水がしみこんでいます。おまけに、五郎から小屋までの長いこと、長いこと。足の指の付け根辺りは下りの衝撃で痛んでいいてより長く感じられることも事実ですが、実際に距離として3km以上ありました。件の方に追いついたところで、ようやく小屋が見えてきました。
明日この足で大丈夫だろうか?
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「2日目」
朝から快晴。
小屋を出ると、三又小屋へは急な登り坂。上り坂をこなしていくと、後に昨日は山頂付近でしか見えなかった黒部五郎の勇士がくっきりと見えています。さらに高度を上げると、苦労して登った薬師岳も見えてきました。稜線にたどりつくと、昨日歩いた稜線をひと目で見ることができるようになり、その雄大さにあらためて感動!
三叉蓮華岳への道を分けたあと、三俣小屋への巻き道には雪渓が残っていました。一つ目の雪渓は短いですが、トラバースなので慎重に通過しなければなりません。今回、トレッキングポールを持参しましたが、ここから三俣小屋と三叉蓮華岳への登りにのみ使用しました。
三俣小屋からはアタックザックのみでスタート。
三俣小屋の目の前には鷲羽岳への稜線がそびえてっています。実際のピークは肩の稜線に隠れて見えませんが、肩まで上れば山頂まではほんの少しです。快晴の稜線は決して楽な傾斜ではありませんが、右に槍・穂高、左に薬師と、その姿を見ているだけで、気力が沸いてきます。
山頂部には1時間ほどで到着。360度のパノラマを楽しむことができ、槍・穂高、双六、三叉蓮華、黒部五郎、薬師..そして、これから水晶岳。その右手には野口五郎。残念だったのは、山頂部は比較的広いのに、山頂碑の横で休む老夫婦。山頂碑と槍をバックに写真を撮ろうとするフレームに、思い切り写りこむ場所で座られています。よっぽど注意しようかとも思いましたが、そこはぐっとこらえて....。いつもなら、すぐ注意するんですがね。
ワリモ岳へのアップダウンの後、ワリモ北分岐に到着。ザックがいくつかデポされていて、ここからピストンで水晶に向かう人が多いようです。
水晶岳へは、左へカーブしたゆるい傾斜の登山道を行きます。山頂やその手前が良く見えるので、モチベーションを保ちやすいのですが、途中からやや斜度が増してきます。きつい傾斜をこなして稜線の裏側に出ると、水晶小屋に到着です。ここにもデポされたザック群が。裏銀座から縦走して来た人が水晶をピストンするためです。
ゆるやかな稜線をさらに進むと、三つのとがったピーク。ここからは鎖もある岩場です。慎重に通過すると、岩のごつごつした山頂に到着。山頂は狭く、また人も多くて、あたりをぐるっとというわけにはいきませんが、そのながめは北アルプス一といっても言い過ぎではないでしょう。双六でテント泊する人と、夕方酒を飲みましたが、その方もここの眺めが一番と言っていました。
三俣への下りは、稜線か沢筋か迷いましたが、同じところを歩いてもと、沢筋を選択。ワリモ北から岩苔乗越を左に折れ、急降下していきます。乗越には「水場へ5分」とあり、確かにここまで下りてきて、水を汲んでいる人に会いました。その後もこれでもかこれどもかと下っていき、三俣山荘より低いところまで下りていきます。小さな広場に出ると「黒部川源流碑」を発見。あの水場が、黒部川の最上流だったんだと、気づきました。最下部から、三俣山荘までは標高差200m弱。稜線の方が展望もあり、歩きやすかったような気がします。
三俣山荘で昼食後、三叉蓮華へ。12時30分と、真夏の太陽が照りつけ、消耗の激しい登りでした。ダブルポールで、腕力も使っての登頂。1時間弱で上りきると、やはり、鷲羽を正面にすばらしい眺めが広がります。ただし、西側からガスが上がってきていて、こちらはまったく見えません。双六でも同様に西、北の展望は得られませんでした。
双六山頂付近では携帯がつながるとの情報があったので、山頂からS君に電話。翌日の確認ができました。
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「3日目」
いよいよ旧友との再会です。
すでにS君は槍ヶ岳山荘のテン場に到着済みでですので、ババ平からの2人より先に到着しておいたほうが、スムーズに行きそうです。4:30からの朝食にならんで食べ、4:45には小屋を出ることができました。コースタイムを短縮するために、弁当は頼まず、飲料水は2Lと、荷物を軽くして出発です。
小屋でご来光を見てからとも思いましたが、先を急ぐことに。樅沢までの登りでは昨日逢った高校生の集団を交わし、西鎌尾根を進んでいきます。稜線の影を進むうちにご来光を迎えてしまい、はじめて太陽が見えたときにはもう高度が上がっていました。
西鎌尾根は一部に鎖があり、ざれた登山道では注意が必要な場所もありました。ただ、目の前の槍ケ岳がどんどん大きくなっていくので、着実に近づいているのがわかりました。とくに飛ばしたわけではありませんが、8時前には槍ケ岳山荘に到着。昨日テン場泊まりのS君は、9時ごろ到着と読んでいたようで、大喰岳に登りかけていました。あわてて引返してきたS君と再会。昨年の同窓会以来です。彼はなくなったM君の検死にも立ち会っており、彼が発見された場所や、時刻、携行していたデジタルカメラに写っていたものなど、詳細をあらためて語ってくれました。
ババ平テン泊組は8:40に槍ケ岳山荘に到着。そのうちの一人S君(ES君)は学生時代山岳部だったように記憶していて、なくなったM君と登ったのが最後の登山で、今回さまざまなギアを新調して、この追悼登山に臨んでいます。ピッケルとか、アイゼンとかは、まだ買いなおしていないようですが、M君とは冬山も同行していたようです。O君は佐久在住なので、浅間や八ヶ岳にしょっちゅう行っているようです。
4人無事に再開したあと、M君が落ちたであろう山荘周囲を見て回ることに。山荘のごみ焼き場とテン場との間からは、笠が岳や三俣蓮華、鷲羽などが一望でき、このあたりの風景を撮影しようとして、滑落したのではとの話でした。4人で合掌し、槍ヶ岳に登りました。
渋滞ができることで有名な槍ケ岳でしたが、幸いなことに登りは渋滞なし。山頂でゆっくり眺めを楽しむことができました。さすがに下りは、小さい子がいたおかげで渋滞となっていましたが、まあ落ちついて下りることができ、2次遭難を避けることができました。
ババ平でもう1泊するS君、O君とテラスで別れ、上高地のバス時刻などを調べてこなかった僕は、とにかく急いで下山することにしました。途中で、無謀気味な追越しでご迷惑を掛けた方には、ここでお詫び申し上げます。
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夏の北アルプスの注意点
1. 小屋泊まりの人が多く、充分な寝具を得られないことがある。
(さいわいにも2泊とも布団1枚あたりました)
2. いびきには耳栓も効果なし。
3. ネットで予約は不適。先方での連絡がうまくいっていませんでした。
4. お弁当はごみになる。昼食は山小屋で食べた方が、ごみが出なくてよい。
値段は変わらない。
でも一番大事なのは天気かな?
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