北穂東稜ー前穂北尾根ー明神主稜線
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- GPS
- 33:33
- 距離
- 40.7km
- 登り
- 4,923m
- 下り
- 4,852m
コースタイム
- 山行
- 10:30
- 休憩
- 1:00
- 合計
- 11:30
- 山行
- 12:47
- 休憩
- 2:38
- 合計
- 15:25
- 山行
- 4:42
- 休憩
- 1:22
- 合計
- 6:04
1日目
12:50 北穂高沢休憩地点出発
13:30 北穂東稜取り付き
13:50 稜線到着
15:10 危険なギャップ、懸垂下降点前のナイフリッジ取り付き
15:40 懸垂下降点通過、東稜のコル
16:20 一つ目のピーク
16:40 大岩壁前(巻く)
16:50 北穂小屋テラス
2日目
08:20 涸沢ヒュッテヘリポート
10:15 56のコル
11:20 5峰山頂
11:50 45のコル
12:50 4峰山頂
13:10 34のコル
14:00 3峰チムニー通過、凹角下
14:50 3峰山頂
15:10 2峰山頂
15:20 12のコル(懸垂下降点)
15:38 前穂山頂
17:10 A沢のコル(勘違いの可能性あり)
17:40 奥明神沢のコル(絶壁)
18:00 1峰山頂
18:20 明神岳12のコル
18:50 明神岳2峰山頂
19:30 明神岳3峰山頂
3日目
06:20 明神岳3峰南壁下降(北壁と書いていたのは誤り)
06:30 明神岳4峰
07:10 明神岳5峰到着
07:50 明神岳5峰出発
09:00 南西明神沢樹林帯入口
09:30 ナイフリッジ
09:50 竹ざお
10:50 難しい倒木
11:30 7番標識
天候 | 14日 快晴 15日 快晴、夕方に濡れない程度のにわか雨 16日 夜明けまで晴れ、午前中曇り、正午ごろより雨 |
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過去天気図(気象庁) | 2017年09月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
バス
往復ともにさわやか信州号を利用しました。 往路バスがいつもの諏訪湖SAでなく、みどり湖PAで休憩(臨時?)になったのは、買い物の予定がふいになりややピンチでした。 復路は事故渋滞で30分遅れでしたが、復路で30分程度の遅延は「いい方」です。新宿からの移動が必要な方はひどい遅延の際の段取りも考えておく必要があります。 |
コース状況/ 危険箇所等 |
(注意!) 本ルートはバリエーションルートです。一般登山道とは異なり、ペンキマークや固定ロープ、鎖、はしごなどの整備はほとんどありません。岩稜帯の縦走(たとえば、奥穂ー西穂、槍ヶ岳北鎌尾根など)ができる程度の技術と経験が必要です。特に前穂北尾根は一応懸垂下降の必要な箇所があるため、ザイルの取り扱いの初歩的経験も必要です。明神岳主稜線、2峰北壁を下る場合も懸垂下降が必要です。登る場合も状態によっては投げ縄などの人工登はんを必要とします。 岩が滑るので、雨天の登はんは特に危険です。 北穂東稜、前穂北尾根、明神主稜線いずれも浮石が多く、小さいホールドの欠落だけでなく、自分が取り付いている部分全体が崩落して一緒に墜落することにも注意が必要です。また、落とすほうも落とされるほうも含めて落石に最大限注意しなければなりません。日によっては多くの登山者が取り付き渋滞しますが、そういう場合は特に落石の危険が高まります。 北尾根に上がると、明神岳主稜線を岳沢登山口へ下山しきるまで水場、山小屋はなく、距離も長いので、通常1泊分のテント泊の装備、食料、水(重要)は必要でしょう。 前穂からは重太郎新道から岳沢へよけていく事もできます。重太郎新道へエスケープする場合、紀美子平直下の岩(大変に滑りやすい)と長いはしご(岩が出ていてはしご段に足がかからないところがある)があり、易しいコースですが死亡事故が起きます。 ーーーーーーーーーーー 明神岳、南西尾根のゴール直前(岳沢から明神へ登る場合は、7番標識の直後)に雪崩等の理由でカラマツが多数なぎ倒されており、従来簡単だった道をふさいでいます。このルートを登りに使うときは、「岳沢側の木に下がっている」7番標識を背負って入山した直後、倒木帯を抜けつつ踏み跡を見つけなければならず、ルートファインディングが若干困難になったように感じます。 前穂北尾根取り付きの雪渓はノーアイゼンで行けましたが。表面がいい具合に融けてくれたせいで、これから寒くなりますと逆につるつるになる恐れがあるので、アイゼンはおまじないに持つほうがいいかと考えます。 北穂東稜の取り付きは、一般ルートの南稜が左(西)に折れ曲がり、かつガレ地と接している部分です。ここからガレ地(北穂高沢)をまっすぐ(東へ)トラバースします。あとは適当な床から取り付けばいいのですが、岩くずだらけなので、岩雪崩を起こさないように注意することが必要です。 |
その他周辺情報 | バスターミナルに登山届け提出場所がありますが、現地で書くとポスト周辺が混んでいるので事前に作成してポストに入れるか、事前にネットから提出しておきましょう。特にネットからの提出は何かの時には検索で見つけ出してもらいやすいでしょう。 登山後の入浴場所として、岳沢に降りたときには少し遠いのですが、筆者は小梨平キャンプ場のお風呂が広くて清潔で気に入ってます。温泉ではありません。向かいの売店で買い物と、昼食時には食事もできます。 明神稜線でdocomoの電波が入ってびっくりしました。カバーが保障されているものではないかもしれませんが、ご参考までに報告します。 |
写真
装備
備考 | ■登はん関係 アイゼン、ピッケル(北尾根雪渓用) 登はん道具一式、(ハーネス、エイト環、エイト環用に安全環つきカラビナ、ワイヤゲートカラビナ3個、ダイニーマスリング3個、予備スリング1個、ロープ30m 以上は今回は運よく出番なし。ハーネス未装着で縦走しましたが。途中でセルフビレイする事態も起き得るので、登はん要素のあるところでは身につけるべきだったかとも考えています。 ■服装 下着上下、長袖シャツ(ミドルレイヤー)、パンツ、靴下が基本 ヘルメット、ゴム引き手袋(商品名タフレッド、摩擦感が気に入っていますが、脱げる可能性は否定できませんので要注意です)、タオル(帽子代わりに頭に巻きました。額の汗が目に落ちるのを防ぎます。ヘルメットをかぶっているときにも快適でした) ■ビバークセット ツエルト、シュラフカバー、ウレタンマット(尻ー肩の長さに切断)雨具上下 目だし帽、ミトン、オーバーグローブ、ダウンジャケット&パンツ、サンダル サンダルはcrocsやAmoji型の軽量で、やや大型のものを使用しました。着替え、休憩時(実はビバーク中も)に積極使用し、時間短縮と靴ずれ予防に大変重宝しました。 ダウンとグローブはドライバッグに収納。 ■ファーストエイド 日焼け止め、サージカルテープ(靴擦れ予防、爪の保護)、絆創膏、ロキソニン(鎮痛剤)、テーピングテープ、サランラップ(靴ずれ用) 靴ずれ危険箇所、爪傷め危険箇所をあらかじめサージカルテープで保護しました。 ■食料関係 アルコールランプ、ライター、ステンレスカップ、インスタントコーヒー、アルミ箔、もち焼き網、天ぷらガード(アルコールランプを天ぷらガードで囲み、もち焼き網を載せてごとくの代わりとします。お湯はカップに入れてアルミ箔でふたをして沸かします)しかし、今回はお湯は沸かさず。 行動食兼非常食 アミノサプリ、ミックスナッツ+ドライフルーツ、ようかん、レモン飴、マヨネーズ、黒砂糖、おにぎり(自作、酢飯、保存可)、(結局レモン飴、アミノサプリとおにぎり以外はほとんど手をつけず) 水ペットボトル4L(横尾でフル充填、下山まで補給なし) 北穂小屋でポカリスエット500ml(すぐに飲みきりました) ■下山後の着替え(下着、ショートパンツ+長袖Tシャツ)ドライバッグに収納 ■スマホGPS、地図、コンパス、デジカメ、ヘッドランプ2個、予備電池、ティッシュペーパー、ジップロック数枚、ビニール袋数枚 |
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感想
2015年の5連休、穂高三昧の惨敗を受けての再挑戦となるが、前半を成功した格好だ。一応台風の接近を嫌っての中止だが、好天でも体力の限界だった可能性が高い。
■スタートダッシュから体調不良まで
台風接近が気になるところだが、初日の上高地はまだ見事な晴天だった。カーテン越しに大正池や焼岳、穂高がきれいに見えた。夜行バスが上高地高速バスターミナルに到着すると、直ちにザックを担いで歩き出した。登山届けは退出済みだし、身支度はもう少し先ですればいい。冷たい空気が心地いい
河童橋で穂高の神様に縦走の安全を祈願し、元気に歩き出すと、程なくして朝日に輝く明神岳5峰が樹林越しに目に入り、何度も写真を撮ってしまった。特に明神館の少し手前辺りがいい。前衛峰の尖峰P2263を擁する姿が堂々としている。いつか登山を引退したら、日帰り上高地で明神と前穂だけ見てうろうろしながらピクニック(お酒とコーヒーも)するだけでもいいなと考えながら、先を急いだ。
徳沢を過ぎると、主役が明神から前穂に変わり、東壁がその険しい表情をあらわにし、決して取り付くことはないのであるが、どきどきしてくる。
歩行方向には横尾尾根。上高地通いを始めたころにはその美しい緑の尾根に、上高地から山に入ってきたことを実感してきた。更にこの2年ほどは、積雪期に歩きたい憧れの尾根の存在になった。2017年春、末端のみながらようやく尾根の上に立てたことをうれしく思い出しながら、横尾に到着した。横尾で身支度し、気合を入れなおしてまず涸沢を目指した。
屏風岩と横尾本谷の壮大な様子にいつものことながら感動しつつ、本谷橋を渡り、胸突き八丁に入った。紅葉前、連休前の平日なので、渋滞なし。登りに多少ふうふう言いながらも、案外いいペースで歩け、結局涸沢の分岐点到着は10時過ぎだ。ここまでは2015年とほぼ同様だった。
ところがここからばったりとペースが落ち、北穂の一般ルートでは靴を脱ぐ休憩を取らなければならないほどに疲弊した。さらに一般ルートから外れて北穂高沢のトラバースに入ったとたん、気分が悪くなり、トラバース途中の平たくて大きな岩の上で再び裸足になって座り込んでしまった。今年はここまでか。とはいえ、今日上高地に戻ることはもうできない。多少気分が良くなったら北穂東稜だけでも登ってこようと、体調の回復を待った。
なお、靴脱ぎ休憩は今回の戦術で、なるべく足を蒸らし続けないで、靴擦れの予防を図っている。
ルートから外れて休んでいる自分を怪訝な目で見る登山者を何人も見送り、南稜ルートの鎖やはしごでの彼らの奮闘に2015年の自分(夜にあそこで道迷いした)を重ねながら体調の回復を待った。本調子とはいえないものの、吐き気はおさまったので、登山を継続した。今振り返れば軽い高度障害にかかっていたのだと思う。
■東稜は通過後が本番
今回の縦走では楽をして通過することを基本方針とし、道草や、あえて難しめのルートを取ることは控えることにしていた。東稜も、余裕があれば下方のP2668まで降り、まさにゴジラの背びれのような岩板が並んでいるところを間近で撮影したかった。だが、吐き気こそおさまったものの、完全にのろのろペースになっている自分には、そこまで遊ぶ元気もなく、取り付きやすい支尾根から東稜に乗っかり、巻けるところは適当に巻きながら岩稜を歩き、ゴジラの背末端の懸垂下降点をクライムダウンした。
疲弊しながらも、今年は天候のよさが後押ししてくれている。青空の下、穂高の象徴とも称されている北尾根の姿を眺め、常念の均整の取れた山容にうっとりとし、時々雲から顔を出す槍ヶ岳にどきどきした。景色を楽しみながらの東稜登はんは心地よい。2015年のときは雨+ガスだった。目の前の岩だけ見て登はんしていたら、気がついたら懸垂下降点だったというあっけなさ。しかも東稜のコルを過ぎたら、もう自分がたどった岩稜は視界に消えていたのだから。
東稜は、実は体のきつさでは、東稜自体よりもコルから山小屋までの距離が長い。ルートの取り方によっては、完全なロッククライミングになる。しかもこの登はんが済んだらら小屋だろうと思って頑張ったところにまた壁があるという具合で登山者を鍛えにかかってくる。こんなときには、自分がたどってきた稜線の峻険さを顧みて達成感を楽しんだり、あるいはその稜線がどんどん下になる様子を見ることで、自分は確かに頂上に近づいているという進歩の様子を確かめられるのはありがたい。
ゴジラの背、前穂北尾根、槍ヶ岳、常念、表銀座といった景色を眺めて疲れを癒しつつ、北穂小屋に到着した時刻は2015年とほぼ同じ午後5時ごろだった。2015年は無人の雨のテラスだったが、今年は、筆者が東稜を攀じているのを見ていたという登山者の方の祝福を受けた。恥ずかしいが、疲れが吹き飛ぶ瞬間でもある。お天気と会話は大切なエネルギーだ。
小屋に着いたころには、槍とせめぎあっていた雲も晴れ、大キレットから裏銀座まで、南は富士山、南アルプス、八ヶ岳まで臨むことができた。特に夕日で常念に映った大キレットの巨大な影には驚かされた。
本来テント場の手続きを済ませたら、すぐにテント場へ移動して荷を解きたかったが、できなかった。理由はトイレである。トイレは小屋にある。テント場は小屋から徒歩20分(やや大げさだが、疲れていると、テント場からの登りはそのくらいはかかるのではないか)。出るものがあるなら出してからというのは人情だ。日没とともに下がる気温に、ダウンジャケットを出しながら「タイミング」を待ち、何とか用事を足してテント場まで下りたときには暗くなっていた。テント場には自分のほかにテントが4張りほどあったようだ。一般道でおしゃべりをした方もテント泊のはずだが、戸締り後だったので会えなかった。
■星空のビバーク
昨年は雨の中3000mでのツエルト泊に怖気づき、無理に涸沢まで夜間下山して体調を崩してしまったが、今年は好天だった。ビバークには絶好の天候だ。天の川が寝室の天蓋となった。今年始めて使うウレタンマットもホームセンター調達の安物をさらに背中に合わせて切った粗末な物ながら快適で、地面のでこぼこを吸収してくれた。風もほとんどなく、テント・シュラフなしでも、ダウン上下に雨具、そしてシュラフカバーとツエルトだけでも、いくらか暖かいと感じるほどの快適なビバークだった。ツエルトのかぶり方だけは要検討であるが。
眠れずにツエルトをめくると、空一面に無数の星が広がり、天の川のところでそれがひときわ濃くなっている。全天を星が埋め尽くしていると感じたのは、穂高通いを始めてから初めての、久しぶりの経験だった。今年は星を楽しむために眼鏡(近視用)を用意したのだが、眼鏡をかけても劇的な変化がなかったことには少々拍子抜けで、かつ驚いた。次回は低倍率の小型の双眼鏡を持参しようか。疲労と照明のまぶしさを嫌い、星座早見盤は出さずじまいだった。
縦走2日目は、いつものように眠ったり起きたりしつつやってきた。4時前に細い三日月の月明かりの中、荷物をザックに雑に放り込むと、4時過ぎに出発した。大型ザックを使ったゆとりあるパッキングは、こういうときには重宝した。
出発の際、ヘルメットについている、ヘッドレンプのベルトを固定するゴムひもが外れて飛んでいってしまった。幸い本体を固定するゴムは健在だったのでそのまま使用した。
■北尾根へ
1日目のお昼ごろには北穂だけでリタイアしようと考えていたのに、一晩ビバークして筋肉の疲れがいくらか取れたら、予定通り前穂北尾根を目指す気になった。疲労回復は重要だ。
朝焼けをバックに北穂東稜を見ていると、なるほどこれはゴジラに見えると納得。しかし目はついつい北尾根へ向いてしまう。奥穂・涸沢がちょうど北穂南稜の尾根の陰に隠れたところで日の出となり、モルゲンローとは確かめられなかったが。
北穂南稜ルートをはしご場、鎖場を通過し、2015年の道迷いを思い出す。はしごの下は×印だらけなので、このはしごは廃道で道を迷ったのではないかと本気で考えたのだ。ご丁寧にはしご以外の方角に少しだけ踏み跡もあり、ヘッドランプ便りで踏み跡をたどり、はしごを昇り降りして、ずいぶんと苦戦を強いられた。むろん、地図を頭に入れておくか、さっさと地図を出せばこんなことおきなかったのだが。
はしごの後に続く鎖場はホールドが取りにくく結構手ごわかった。一般道の鎖場は、鎖がなくても通れる程度のホールドか確保されているのが普通だが、ここは手順を考えながら降りないと、どうしても鎖頼りのごぼう抜き降り(登り)になってしまう。
しかし何とか鎖場も通過し、昨日の東稜の取り付き地点まで戻れば涸沢まではあと一息だ。途中すれ違った登山者の方と談笑しながらも涸沢に到着したのは7時半だった。涸沢ヒュッテ裏で行動食中心の簡単な朝食を済ませ、ピッケルをザックから出し、アイゼンをはけるように支度した。よっしゃと気合を入れて、8時半に涸沢ヒュッテ裏、ヘリポートを通過して、北尾根は56のコルへ向かった。
今回の縦走で一番気にしていた56のコルへ向かう雪渓は、涸沢の緩斜面にのみ残っていた。おかげでアイゼンもピッケルも結果的には必要としなかった。雪は表面だけがいい塩梅に融けて登山靴を受け入れる。足を取られるほど腐ってはいなかった。また小さいこぶがステップのようになっているので、足の置き場所に気をつけて、乱暴に雪面を蹴らないようにそっと歩けば、ほとんど滑ることなく前進した。終盤雪面というよりも氷の板と化していた部分(一見すると融けて腐っていると見まがう)が少し気になっただけで、コルを見上げる斜面の下部まで無事到着した。もう少し雪渓情報を集めておけばアイゼンとピッケルは自宅に置いてくることができた。
さて、雪渓を通過したところで、そこから56のコルがよく見えるのだが、よく見えてからがまだまだ歩かされる。足許はがれていて、ルートを間違えると歩きにくい。幸いガレ地の6峰側草つきの近くをジグザグに歩くように踏み跡がある。ガレ地の踏み跡だし、バリエーションルートだからザイテングラードのように明瞭ではないが、それでも不明瞭なところはケルンが積んであったり、木の枝が立ててあったりと、後続者のために目印も残されている。
昨日からの縦走なので早くもくたびれていた。すぐに足が止まる。足を止めて振り返ると北穂涸沢方面の、緑と灰白色のコントラストが美しく壮大だ。紅葉は本格的に始まっていなくても、この景色を見るだけでも豊かな気持ちになる。
一方56のコル方面を見ると、日差しは高いのだけれども、急斜面に平行に差すようになっていて、まるでもう夕方になったかのようだ。すでに色づいている草やブルーベリーの潅木に弱弱しく当たる日差しを見ていると、晩秋のような錯覚を覚える。涸沢ヒュッテ周辺の賑やかさ逃げるように素通りして一人でここへ登ってくると寂寞とした気持ちになるのだが、岩稜が待っている。
何度か踏み跡を見失ってガレ地を崩しながらようやく56のコルに着いたのが10時15分だった。涸沢から約2時間、雪渓の末端から約1時間半かかった。もう少しすいすい上がるかと思ったが、疲れには勝てなかった。昨年はざあざあぶりの雨の中、奥又白谷で雨で増水した川のためパノラマコースを通過できず、引き返して横尾から涸沢に入りなおしたときよりは楽に56のコルに到着すると思っていいたが、今回のほうが辛かった。一泊しているとはいえ前日に北穂東稜をやって当日北穂テン場から歩くと、奥又白谷から引き返すより辛いということだろうか。
下山後比べてみると昨年は涸沢通過を午後1時半、今回の雪渓末端に相当する箇所(昨年は雪渓なし)の通過が午後2時10分、56のコル到着が4時半であった。実は、今年は昨年よりは終盤のがれ地の登りを30分も短く歩いている。ただし、というか速く歩いたから当然なのかもしれないが、今年のほうが疲労感があった。
もう足が止まってしまい、素通りするつもりでいた56のコルで結局小休止し、給水などしたうえで5峰に挑んだ。
目下の関心事は、明神2峰を明るいうちに通過できるかということだ。昨年は6時出発で前穂山頂にお昼ごろ、明神4峰に午後5時ごろ(縦走中はそう思っていたが、下山後調べたら6時だった)到着だった。4時間遅れのスタートだから、単純計算だと前穂山頂午後4時だから、ビバーク地のことを考えると前穂から先に進めない。しかし明日の天候が台風接近で悪化するだろうことを考えると、雨が降る前にクライミング要素が強い明神2峰は通過しておきたい。昨年は前穂北尾根4峰と明神2峰のルートファインディングとに長い時間を費やしているので、この部分は今回速く通過できるから、何とか明神2峰を日が残っているうちに通過できるだろう。
■北尾根は厳しかった
昨年経験したルートだから、あの時こうすればよかったということを実行すれば今年は楽に通過できると考えていたが、甘かった。
まず5峰から北尾根の洗礼を受けた。5峰の登はんは難しくないが、すたすた歩けるわけでもない。そして距離が案外と長い。岩稜二日目の体には、登っても登ってもピークにたどり着けない状況は堪えた。ちょうど、一日目の北穂東稜の核心部分を通過してから小屋への登りの部分と状況が似ていた。
救いは北穂東稜を歩いたときと同様、展望の素晴らしさだった。特に振り返ってぐんぐん高度が稼げていることを確認すると、気持ちが前向きになれる。奥又白側の景色、そして北穂東稜から東稜越しに見える槍ヶ岳の景色の壮大さを見ていると、しんどい山歩きが報われ、一服の清涼剤になる。ただ、景色を見る回数が多いということは、清涼剤がたくさん必要なほど疲れてきたということなのだが。
5峰の頂上稜線に出ても、ひと歩きしなければならない。テントサイトもいくつかある。初日に一気に5峰まで登ってビバークという1泊2日のコースもありえるだろう。そのテントサイトを通過し、4峰への下りの直前に小ピークがあって、ここが5峰の最高点だ。奥又白側の巻き道を使って楽に登れるかのようだが、その巻き道が崩落しかかっていていやらしい。稜線越しの直登とクライムダウンが、疲れるが安全。
取り付きの前に4峰を望む。前回は3峰よりもむしろ4峰で苦戦した。しかし遠めに見る限り、威圧感は昨年感じたほどではなかった。北穂や涸沢から見える北尾根は板を並べたように見えるが、北尾根5峰から望む4峰はきれいなピラミッドピークで美しい。その均整の取れた山容に少々見とれると同時に、登はんルートについてあたりをつけた。大岩の下まで稜線越しに登って奥又白側に大きく巻くとホールドの多いルートがあり、ホールドに導かれるようにして稜線沿いに出れば、後はなんとなく山頂の石舞台だ。
5峰山頂から4峰の取り付きまではがけっぷちのトラバースを根気よく下った。遠目には大変そうだが、踏み跡がしっかりしているので、油断さえしなければ、距離はそこそこあるが一般道なみだ。去年はなかなか4峰に取り付けずに焦ったが、今年は疲れている割にはすぐに4峰の根元について不思議に感じた。さて、4峰を登ろう。比較的易しい稜線の登はんを大岩の根元まで続けると、なんとなく巻き道のようなルートが見える。巻くとすぐに右手に凹角気味のルートが見える。北尾根に来る登山者ならば、たいていは自分より技術があるから、この凹核気味を簡単に登ってしまえるだろう。しかし自分は昨年ここでルートが取れずに1時間ほど苦戦した。昨年の経験を活かしもう少し楽に上れる箇所を探してさらに巻いた。ところが今年は巻きすぎて逆にがれがれの難しい急斜面の下に出てしまった。歩きやすいところを少しずつ高さを稼ぎながら、稜線側に歩きつつ、昨年見つけておいた楽なルートを探った。何とかそれらしいところを発見。やはり巻きすぎていたか。一安心してさらに高度を稼いだ。
このあと少し涸沢側に回って怖さと戦いながらこつこつ登り、筆者が石舞台と呼んでいる4峰の最高点に到達した。昨年よりは時間短縮に成功したと思うが、すいすいというわけには行かない。当然ながら北尾根は厳しかった。
下山後調べたところ、2016年は4峰に7時50分から9時30分までかけていた。今回は11時50分から12時50分と確かに序盤の巻き道のとり方の分だけ時短に成功していた。
4峰山頂に立つと、恐ろしい3峰が姿を現した。
一番優しい表情を示している尾根沿いの壁さえ、中途で有名な2個のチムニーの下を巨人の顔のような大岩が登はんをさえぎっている。左の奥又白側は底さえ知れない垂直の壁を擁している東壁が構えている。そこに雲さえかかっていて、懸崖の名をほしいままにしている。涸沢側は涸沢カールに面した明るく優しい顔つきの壁だが、実はこちらも垂直の壁なのだ。
登はんルートは4峰と同様で、モアイのような巨岩の下まで直登した後に一旦奥又白側に巻き、側面から正面側へ巻くようにしていわゆるチムニーの根元へ向かって攀じ、チムニーを通過してさらに高度を稼ぐ。今年も昨年同様チョックストーンを噛む左のチムニーを通過することとした。
極端に難しいわけではないが取り付きから見上げる3峰は垂直の壁だ。遭難よけのおまじないのごみ拾い(割れたビン、電池、ペットボトル)を済ませて、イワツメクサさんに手を合わせて加護を求め、登はんを開始した。
難しいところもあったが、チムニーまでは比較的順調だったと思う。左のチムニーをくぐると右に折れてもうひとつチョックストーンをくぐる。ところがここからが苦戦だった。昨年の記録によれば、右に折れてチョックストーンをくぐった直後に現れる凹角は使っていない模様(凹角は苦手なので避けたはず)そのあと、昨年の記録では、なかなかホールドを取れなかったという難所を通過後、楽にピークを踏んだようなのだが、その難所が見つからなかったのだ。
結局完全に涸沢側に回って岩壁を登はんせざるを得なくなった。今回の登はんでもっとも高度感の高かったところだ。しかも随所にざれた斜面がある。滑落し始めたらあっという間に墜落だ。できればそういうところは通過したくない。
また70Lのザックが露岩に接触して体がホールドから引き剥がされるような力がかかる場所もあり、ルートファインディングに苦労した。しばしばセミ(岩壁に爪先立ちでしがみついた状態)になりかけたが、セミになると手足の指先のスタミナを大きく消耗し、墜落というパターンが多いので、行けないと思ったら早めに安全地帯まで引き返し、登りなおすということを繰り返した。途中、筆者が偏愛するイワツメクサさんに手を合わせながら、、、。
写真を撮る余裕もないほどの悪戦苦闘の結果、どうにか3峰のピークに立つことができた。去年風が強くて立つことを見送った岩の尖峰などは見つけられず、ルートファインディングに失敗した登はんとなってしまった。
今年は3峰取り付きから登頂までが13時10分から14時50分。昨年は9時50分から11時30分だから、結果的には登はん時間は同じだったが、北尾根に厳しく咎められたかのような登はんだったと思う。
3峰がいつまでも続くように見える次のピークは実は2峰だ。ここまで来るとただ登ればいいと思ってしまうので、2峰は比較的不遇なピークだと思う。最後の懸垂下降を除けば。
まっすぐに2峰ピークをたどり、岩だらけで歩きにくい山頂を過ぎるとすぐに懸垂下降の壁がある。覗き込むとフットホールドは壁沿いに容易に取れる見て降りはじめたが、中ほどで行き詰まり登り返した。再度観察してみると、奥又白側のリッジ気味の部分はフットホールドが若干多そうだということで下降ルートを変更し、最後は股関節の柔軟さと、登山靴の摩擦に頼って、何とかノーロープの下降に成功した。さあ、山頂を目指そう。
山頂までの登りは2峰と同程度の難度で、かつ時間も短いと考えていたのだが、闇雲に登れるほどでもなく、若干のルートファインディングと、また案外と手数を要した。気がつくと奥穂方面は雲が広がっており、奥穂自身も飲み込まれようとしていた。2016年の明神主稜線で、最後は何も見えないガスの中を泣きながら前穂を目指したときのことを思い出した。ガスにまかれながらの登はんはあまりうれしくない。
また前穂から明神主峰まで近道するには、薄い巻き道の踏み跡をたどってを進まなければならない。従ってガスが出たらルートファインディングが極端に難しくなる。早く核心部分の2峰を通過しなければという焦りが出る。しかし、その焦燥を見抜いているかのように、なんと言うことのないはずの山頂直下の岩稜は次々と立ちはだかった。それらを根気よく乗り越え、ようやく山頂の大きなケルンが目に入った。午後3時半、誰もいない前穂高岳3090mに到着した。さあ、明神を目指そう。
■レクイエムと夜間登はん
日没を6時とすると2時間半使える。徹底して巻き道を選べば日が残るうちに2峰を通過することは十分に可能だろう。あわよくば3峰まで進み、落石の心配がない尾根筋でビバークできる。
明神方面を見ると、雲で何も見えない。一瞬ガスの中のルートファインディングを覚悟しかけたが、これは見間違えで、明神方面の稜線は、雲はかかっていたけれども、まだルートは十分に見て取れた。先を急いだ。
前穂から明神岳主峰まで急ぐときには、いくつもある(無数に感じられる)小ピークをすべて巻いて行く。かすかだが、岳沢よりの斜面に踏み跡があり、やや険しいピークの基部を巻くときにはかなり岳沢よりに降りる。明神主稜線3回目で、もう道はわかるだろうと慢心したため自分の記録をよく読まないで来たものだから、途中偽のペンキマーク(きれいな白丸だが、苔だった)で稜線に乗りそうになったり、さらには奥明神沢のコルより手前の小ピーク(ピークのシルエットがバットマンだった)に乗って一部完全に遠回りの稜線ルートに入ってしまったりと、時間がない割には無駄なことをしてしまった。
"ラークリモーザ、ディーズイーラ”、前穂からずっと頭の中でマイブームのモーツァルトのレクイエム(ドラマ「白い巨塔」のラスト、がんで倒れた財前教授が見送られるシーンの音楽というとわかるひとも多いのでは)の旋律が頭の中で流れ続けた。鎮魂曲なのであまり縁起が良くない。
ようやく1峰北側のコルにたどり着いたと思っても、そこからまだ小ピークを二つ三つ越えるのだ。確か絶壁の縁に沿ってたどるざれた踏み跡が主峰の真北の道のはずだ、、、。確かに奥又白側はずいぶん急斜面だが、それほど絶壁の横を歩くわけでもない、、、。と通過したのは奥明神沢のコルであった。ちなみに前穂A沢のコルは奥明神沢のコルから遥かに前穂よりにある。
ちょうど軽くガスが出ていたこともあり、稜線の全体像は捕らえられず、目の前の峰を追うことが目一杯だったひと時だ。ここからひと攀じして明神岳主峰であると思うと大間違え。次の岩稜が現れ、それを攀じると又その先のガスの中に巨大なピークが、、、と振り回された挙句、ようやくざれた絶壁が現れた。レクイエム、頭の中で流れっぱなしであった。
気のせいか、日没間近なせいか、ざれ地のコルは昨年よりやせていたようにも見えた。日のあるうち、ガスがひどくならないうちに通過できてよかった。イワギキョウが去年と同じ場所に咲いていたことがほほえましかった。
ようやく明神岳主峰に到着した。まだサングラスをかけているからでもあるが、薄暗くなってきたのがわかる。おまけにぽつり、ぽつりと雨が落ちてきた。もしも本降りになるのなら、その前に2峰の北壁だけは通過したい。急いで12のコルに下りるとザックを下ろしてサングラスをしまい、核心部分の登はんに備えた。有難いことに、雨のほうはほんの気まぐれだったようで、降り続く気配はない。しかし奥穂を厚い雲が飲み込もうとしている。降る前、暗くなる前に難しいところをやってしまいたいが、そのあとのこともあり、ヘッドランプをヘルメットに装着した。
2峰北壁は、このテラス気味のところに体を乗せて、体重移動であそこに足をかける、、、。昨年のムーブを思い出す。復習ということで、まず空身でやってみた。できた。さて戻ろうというところで戻れなくなった。簡単に戻れれば、昨年懸垂下降などしていないわけだ。時間が経過する。空身に任せて、テラスに抱きついてぶら下がるようにして戻ろうとした。岩がわずかにごそっと動いた。冷や汗がどっと出た。この岩浮いているのか?次はないかもしれない。
何とかスタートラインまで戻り、今度は70Lザック、約20kgの荷を背負っての通過である。
テラス気味のところに体を乗せて体重移動させようとしたところ、ザックがテラス直上の岩の出っ張りにぶつかり、体が押し出されてしまい乗ることができない。そうしているうちに急速に暗くなってきた。最悪空身で上がり、荷物はロープで引き上げることも考え出した。だが、その前にあのやや遠い岩をフットホールドにしてみよう、足を懸命に伸ばし、岩に乗ったところ、テラスにしがみついた両腕を支点として体が軽く振れて、当初狙っていた岩にフットホールドを取ることができた。助かった。
目的のフットホールドを取って、立ち上がったときには、もう完全に暗くなり、ヘッドランプ無しでは前進が不可能になった。テラスの上に立ち上がっているが、3点保持は必要で、まだ完全な安全地帯ではない。奥又白側に回れば、弱点とも言うべきホールドの豊富な凹角があるのだが、夜間のせいかよくわからない。固定ロープも見えるが登りやすくも感じない。登りやすい箇所を探して、イメージしていたよりもさらに奥又白側を巻き、2峰山頂の背後から回り込むようにして登はんした。登っているときには予定よりもずいぶん巻いたと感じていたが、下山してから考えると、これが昨年登はんしたルートのようにも思える。
さて、もう一息攀じて、3峰の頂上稜線をゴールにしよう。2峰から3峰北壁までは軽い縦走路だが、3峰北壁は若干登はんになる。2峰北壁から見ると幾分易しい。しかし完全にヘッドランプ頼りだと、つかむ岩が浮いていそうかどうかを見て判断することが難しいので、慎重さが要求され、実際よりも険しく感じた。特にひと攀じした後で、びっくりするようなナイフリッジを通過させられた(ような気がした)時にはどきどきした。とはいえ過去にやっていて、ルートの程度を知っているということと、日ごろの訓練で夜間登はん、縦走をやって、夜に移動することへの免疫をつけておいたのが幸いし、無事3峰頂上稜線に立つことができた。
■月と天の川
ひょうたん池にテントの明かりが見えた。自分もビバーク地を決めよう。3峰頂上はちょっとした平坦な稜線だから、寝る場所もあるだろう。
3峰の真ん中辺りにやや傾斜しているがあまりがれていない箇所を発見し、2晩目のビバーク地(1晩目はテントサイトだからビバークではないか)とした。昨晩同様、ずいぶんと星が見えてきた。風は昨晩同様弱い。台風が接近していることを忘れてしまいそうだ。ダウン上下、雨具上下を着て、シュラフカバーをかぶると、登山靴を脱いでサンダル履き(今回は2泊とも登山靴を脱いでのビバーク。これも足蒸れに伴う靴擦れの予防策)でいても、いくらか暖かく感じた。何故だか手のひらが手袋をはめてもひんやりしていて悩まされたのだが。ミトンタイプのオーバーグローブは作業性は悪く、ツエルトのまくれを直すときなどに脱がねばならないせいだったかかも知れない。
やや傾斜しているビバーク地なので体が銀マットから徐々にずり落ちるため、そのたびに体を元の位置に上げた。
天の川、ひょうたん池のテントの明かり、星明りに浮かぶ真っ黒な奥穂から西穂の峰を眺めたり、眠ったり。ビバーク中にはいろいろ考え事をしたいと思いながら登山するのだが、実際にビバークすると、星あかりや岩稜のシルエットを美しいと思うけれども頭の中身は空っぽになることが多いようだ。
月の出は明け方近い。登山前からこれは調べておいて、月明かりで星が邪魔されずにすむことを確認して、期待通りに、満天の星空を楽しんだのだが、今回はさらに貴重な経験をした。月と天の川を同時に堪能することができたのだ。登ってきた月が細い新月であったために、星明りが月明かりに負けなかったことによる。方角の関係で天の川を渡る三日月の船は空想の世界で楽しむにとどまったのだが、そうした空想をさせるような不思議な夜空だった。
夜半は静かなビバークだったが、明け方近くなって風が次第に強くなり、ツエルトがはためいて落ち着かなくなってきた。忘れかけていた台風の接近を思い出した。3日目は岳沢の予定だったが、もしも下山中に雨が降りそうだったら、岳沢には登り返さずに上高地へ帰ろう。
■明神岳5峰へ
最終的に起床したのは5時だった。山としては朝寝坊だが、今日は登り返しても岳沢までだから時間は十分にある。
腕と脚の筋肉痛に加えて、手指の関節がひりひりする。半日岩をつかみ続けてきたのだから、無理も無い。
心配された天気のほうはまだもってくれた。去年は4峰でざあざあぶりのビバークだったことを考えると、多少の風はあっても天国だった。実際星空も夜の山の景色も天国のような眺めだった。
朝の景色もすばらしかった。目覚めとともに穂高の峰々が目に入る。松本、南アルプスの方角にはすばらしい雲海が広がった。その雲海と空の境に最初の朝日が地平線をなめる様に広がっていくのを眺めた。
台風の接近は富士山を飲み込むようにしている黒雲からも見て取れた。やはり今日は下山か。体力切れの口実を見つけつつ、出発した。ひと歩きでテントサイトを発見してがっかり。ここならば、ずり落ちに悩まされずに眠ることができただろう。
まずは3峰南壁のクライムダウンだ。草付きのルンゼ気味をクライムダンすれば比較的簡単に降りられるはずだった。昨年は日没間際にそのルートからさっさと降りている。それが草つきに少々怖気づいてしまい、今回は草付きの隣のルートから降りたために結局回り込まざるを得なくなり、時間を食った。ちなみに南壁の正面は完全な壁で、筆者の手には負えない。悪戦苦闘の末、3峰南壁の基部に到着した。
ここから5峰までは尾根筋の快適な縦走だ。昨年のように雨も降っていない、あまりに深いガスで方角がわからないこともない。行くべき道ははっきりしている。美しい尾根筋をたどる。昨年の雨のビバーク地だった4峰ピークのテントサイトを過ぎ、根気よく下り、登り返し、5峰北壁の岩壁基部にそった踏み跡を少し巻くと、5峰のピッケルが目に飛び込んできた。ここで下山前の最後の大休止だ。ビバークのまま着込んでいた雨具、ダウンを脱いで薄着になった。
下山を急ぐ前に景色を楽しんだ。明神館、上高地バスターミナル、大正池、奥穂から西穂。奥穂方面の高い稜線の先端は、すでに上から降りてきた雲にかじられるように隠れている。さあ、降りよう。
■下山
5峰からはまずガレ気味のの斜面を下る。踏み跡が一応残っているが、下りは結構面倒くさい。しかも筆者は何度か踏み跡からそれたようで、岩雪崩を起こさないか緊張しながら通過した場所が何度かあった。昨年に比べて岩の状態が変わったのではないかと勝手に思ったが、実際にはルートファインディングの失敗ではないか。
がれた急斜面を降りたところで去年はドラマがあった。樹林帯への道が見つけられずに2時間ほどやぶをさまよったのだ。あの時はコケモモの酸味に癒されつつ、最後はGPSの軌跡を元に正しい道を発見したことを思い出した。
緩斜面を暫くいくと、また斜度が上がる箇所があり、手前にテントサイトなどがある。昨年の縦走ではガスが深かったため、その斜度の上がっている部分をがけと錯覚し、また樹林帯への道が不明瞭であると勝手に思い込んでいたために、ハイマツ帯の薄い踏み跡に何度も突入しては跳ね返されたのだった。正しいルートに戻ってからわかったことは、ハイマツ帯の先は断崖だったということだ。そのときにはぞっとしたものだ。
でも今年は惑わされない。天候もいいし、踏み跡は明瞭であることがわかっている。左手にはP2263の尖峰さえ見えた。そちらに踏みあとはないから道迷いの心配もない。踏み跡を愚直にたどれば樹林帯の入り口には自動的に到着する。あのダケカンバの茂り具合、なんとなく記憶があるではないか。樹林帯の入り口に到着した。
そして3日目のクライマックス、明神南西尾根の地味で長く苦しい下降が始まった。
南西尾根下降は全部で4部に分かれると考えている。第1部は、固定ロープのない泥付きの岩のクライムダウンが続く。途中ダケカンバや巨大な柱状節理を鑑賞できる。
第2部はナイフリッジの部分から始まる固定ロープが続く急な下降地帯。ここも泥付きの岩のクライムダウンが何箇所もある。岩場っぽい部分を過ぎ、土の急斜面にも暫く固定ロープが続く。ちなみに、これらの固定ロープは積雪期のガイド用ではないかと思っているが、積雪期であれば雪の下になりそうな気もするので、真相はよくわからない。眺望が楽しめるのは、この第2部のナイフリッジが最後で、紅葉の時期には岳沢の黄葉を楽しむことができる。
第3部は樹林帯の中の少し開けた土の斜面だ。距離は第3部が1番長く感じられる。ルートは明瞭だが斜度が高い。湿っていると滑りやすいし、木の根が多く露出していて、登山道のように駆け下りることは普通はできない。それどころか四つばいを強いられるところが多い。似たような地形が何度も出てきて、永遠に歩くのではないかとべそをかくところだ。
第4部は笹薮がちの土の斜面だ。筆者が勝手に「難しい倒木」と名づけている箇所辺りから始まる。この倒木の下の空間を匍匐前進する必要があり、しかもザックが引っかかるので、体を横倒しにしてに匍匐前進しなければならないので、難しい倒木と呼ぶことにしたのだ。難しい倒木を過ぎると笹薮がちになるが、踏みあとはたどることができる。ただし、泥付きの垂直に近い斜面があったりと息を抜けない部分も通過した。
笹薮の難しいところを通過すると、岳沢側に倒木帯が見えた。昨年はなかったものだ。昨冬は積雪が多かったことの影響だろうと眺めながら、7番標識を探したところ、程なく見つかった。よりによって倒木帯の先に。最後の最後に、あの倒木だらけの中を進まなければならないのか。がっかりしながら近づいた。しかし最後の最後で南西明神尾根は親切で、まともに倒木群を乗り越えなくてもうまく歩けるようなルートがあった。
7番標識に到着した。おそらく、これで死なないだろう。恒例の岳沢天然クーラー、風穴詣でを済ませ、再び通った7番標識前で出会った女性登山者(岳沢テン泊とのこと)と雑談を楽しんだ後、登山口を目指した。昨年はここで、どこにそんな力が残っているのだろうと驚くほどのラストスパートが利いたものだが、今年はそれなりにのろのろペースで岳沢登山口を通過。生還を実感した。
その後はいつものように上高地までひと歩きだ。ようやくたどり着いた河童橋横の梓川河畔で、穂高の神様に好天下の岩稜歩きと、無事の下山を感謝すると同時に、今後の精進を誓って長い間手を合わせた。
お礼のあとはバスの予約、ネット予約で予約日を変更を試みた。通常帰宅に使っている4時15分の便が取れず、満席を心配したが、何とか3時のバスに席を確保した。
同時に雨が降り始めた。自分の下山を待っていたかのようだった。いつものように小梨平のお風呂へ急ぎ、脱衣所ロッカーに置いた飲み物をあおりながら、湯船へ出たり入ったりを繰り返した。1時間ほど掛けて汗を落とし、縦走の疲れを癒した。
小雨の中小梨平から上高地高速バスターミナルまで歩くと、3時少し前、バスに乗り込んでくつろいだ。
takahasisunさん
こんにちは。
ものすごいレコで、読んでいて見ていて臨場感たっぷりでワクワクドキドキしました。
takahasisunさんの山への感謝の気持ちを感じで、自分はまだまだ足りないなぁと思いました。
北穂の池というのが気になります。
普通の人には行くこともできない、見ることさえできない池が存在するんですね。
Maple19さん、まずは写真だけでも長すぎる(汗)レコを読んで下さってありがとうございます。多少なりとも臨場感をお楽しみいただければうれしいです。
奥穂ー西穂でmaple19さんもお気づきかもしれませんが、バリエーションルートやっていると、一般道も含めて、山に生かされているおかげで無事下山しているという気持ちが強くなってきてしまいました。
さて、北穂池についてです。ヤマレコで検索かけても記録が出てると思いますが、雑誌「山と渓谷」2011年10月号「私だけの北アルプス絶景紅葉」の写真がきれいで、略地図もついてます。その他アプローチの短さと紅葉の美しさではひょうたん池(明神岳)、奥又白池(前穂)もよさげです(行ったことはないのですが)。
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