塩の道(しおのみち)
最終更新:2026-01-08 22:52 - silverfrost
基本情報
▼日本国内の著名な塩の道
・日本海側からは姫川沿いの千国街道(糸魚川 - 塩尻)や北国街道(直江津 - 追分)
・太平洋側からは天竜川沿いの秋葉街道(御前崎 - 塩尻)や三州街道(岡崎 - 塩尻)
▼塩の運搬理由
・雪深い内陸地域に住む住人にとって、冬場は漬物や味噌を作って保存するなど、塩は生活に欠かすことのできないものであることから、重要な生活路であった
▼塩の道が遺すもの
・塩尻
相良から運ばれてきた塩の終着点を意味し、そこから更に山あいの村々へと運ばれていった場所だったことに由来する
・JAPAN TRAIL 塩の道トレイル
糸魚川〜大町〜松本(約112km)として https://japantrail.jp/?page_id=134 などで紹介されている
▼その他トレイル関連情報
・日本アルプスガイドセンター
https://thejapanalps.com/activities/shionomichi/
・小谷村観光サイト
https://info-otari.jp/salt-road/
・日本海側からは姫川沿いの千国街道(糸魚川 - 塩尻)や北国街道(直江津 - 追分)
・太平洋側からは天竜川沿いの秋葉街道(御前崎 - 塩尻)や三州街道(岡崎 - 塩尻)
▼塩の運搬理由
・雪深い内陸地域に住む住人にとって、冬場は漬物や味噌を作って保存するなど、塩は生活に欠かすことのできないものであることから、重要な生活路であった
▼塩の道が遺すもの
・塩尻
相良から運ばれてきた塩の終着点を意味し、そこから更に山あいの村々へと運ばれていった場所だったことに由来する
・JAPAN TRAIL 塩の道トレイル
糸魚川〜大町〜松本(約112km)として https://japantrail.jp/?page_id=134 などで紹介されている
▼その他トレイル関連情報
・日本アルプスガイドセンター
https://thejapanalps.com/activities/shionomichi/
・小谷村観光サイト
https://info-otari.jp/salt-road/
山の解説 - [出典:Wikipedia]
塩の道(しおのみち)は、塩や海産物を内陸に運ぶのに使われた道のことをいう。また反対に内陸からは、山の幸(食料に限らず、木材や鉱物も含む)が運ばれた道でもある。古くは製塩を海辺の塩田に頼っていたことから、日本の各地で、海と山を結ぶかたちで数多くあった。日本各地で盛んだった塩の道での往来は、大糸線や飯田線といった鉄道建設に反映されたり、1960年代以降に道路が整備されて、現在も物流の主要なルートとして残っている。また海外においても、ネパール西北部のカリガンダキ渓谷地域やマレーシア(ボルネオ島)サバ州の世界最大の花ラフレシアが咲くクロッカー山脈公園を横切る塩の道をはじめ、各地に が存在している。
日本の塩の道は、特に中部地方(北陸道〜東山道〜東海道)の連絡線に多く、日本海側からは姫川沿いの千国街道(糸魚川 - 塩尻)や北国街道(直江津 - 追分)、太平洋側からは天竜川沿いの秋葉街道(御前崎 - 塩尻)や三州街道(岡崎 - 塩尻)などが代表的。日本では、全国各地に塩の運搬路はいくつもあり、特に雪深い内陸地域に住む住人にとって、冬場は漬物や味噌を作って保存するなど、塩は生活に欠かすことのできないものであることから、重要な生活路であった。また、宿場町やその周辺は藩によって重点的な開発が行われた例もある。
これらの街道沿いには、宿場町、城下町、神社、寺院があるほか、当時の道標、道祖神、二十三夜塔、庚申塔、馬頭観音・牛頭観音、塩倉(現・長野県小谷村千国)、牛方宿が残っていたり、番所(長野県小谷村千国)が復元されているほか、周辺の自然をジオパークとして整備し地域振興にも利用される例もある。




